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黒のドラゴンとブロンズ通りの魔法使い  作者: 外宮あくと
第一部 復讐の天使 死の呪い
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21 精霊の捕え方

 ニコは自室でスーツの上着を脱ぎ、リボンタイを解いた。やっと緊張から開放された気がする。身軽になると、先ほどのアインシルトの幻想の森でのやりとりの事が気になってきた。


 テオは、自分の事をほとんど話さない。だからアインシルトの弟子だということも、重要な仕事を抱えているらしいことも、ニコは今まで全く知らなかった。

 多くの意味深な言葉が、ニコの胸の中でもやもやと煙のようにうずを巻いている。気になって仕方がなかった。


 王と王宮の警護というテオの任務のことや、偉大な魔法使いアインシルトの話も聞きたい。それに救国の魔法使いとは何のことだろう、宝玉の予言のことももっと詳しく……。テオに聞けば、教えてくれるだろうか。ニコはため息をつく。恐らくムリだろう、と頭を振った。


 紫の目の精霊のことも思い出されてきた。彼は簡単に、アインシルトの魔法を破ってしまった。

 高名な王宮付き魔法使いにも負けない力を持つ精霊を支配しているなんて、やはりテオは素晴らしい魔法使いなのだと思った。すると自分のことのように、誇らしい気持ちになってくる。


 どうすれば、精霊を支配できるのだろう。とても知りたい。自分が彼のようになれるとは思わないが、少しでも近づきたいと心から思う。

 とは言え、性格の悪さまでは真似たくないが……。

 でもあの奔放さが魅力でもある、そう思っている自分にニコは苦笑する。


 リビングに戻ると、珍しくテオが自分でコーヒーを淹れていた。ニコに気づくと、ニカッと笑ってカップを差し出す。

 ああ、この笑顔に弱いんだ。人を惹きつけずにはおかないこの笑顔。根性悪のくせに、その笑みは反則だと思う。

 ニコはカップを受け取り、自嘲気味に微笑み返した。


「ところでさっきの精霊、どうやって捕まえたんですか?」


 自分の物思いを悟られたくなくて、ちょっと質問してみた。

 先ほどの面倒くさそうな態度からして、あまり話したくないのだろうということは解っていたが。

 予想どおり眉をしかめて、答えたくない質問には質問で返してくる。


「なぜ、知りたい?」

「知りたいから知りたいの」


 ベイブがピシャリというと、テオがムウっと口をとがらせる。

 大儀そうに椅子に腰掛けて、わざとらしく大きく息を吐く。


「真似されると困るんだ……と言っても真似しようもないか。まあ、これも勉強の一つだな」


 少々不満気につぶやいた。


「精霊だとか妖精だとか、異界に住む霊的存在……彼らが生まれた時から持っている真実の名、それを知ることができれば、ソイツの全てを支配することができるんだ。能力も命も、全てだ。」

「それは、召喚とは違うものなんですか?」

「何も知らないんだな」


 ニコの質問に、テオは大げさに肩をすくめる。


 それは何も教えてくれないからじゃないですか! と言う不満をニコはゴクリと飲み込む。

 生意気は言えない。テオからは弟子は取らないと、最初にきっぱり言い渡されているのだ。時々呪文を教えてくれるのは、彼の気まぐれと好意のおかげなのだから、文句を言える立場ではないだろう。


 テオの説明によると、召喚魔法は精霊と魔法使いとの契約に基づいているものらしい。その契約の内容は、精霊の性格や魔法使いの能力によって様々であるが、概ね精霊が求める代償を魔法使いが支払うことで成立する。

 その後、魔法使いは精霊を召喚して、その能力を一定の期間操ることができるようになるのだ。


 それに対して、精霊を支配するというのは一切の代償を必要としない。真実の名を手に入れれば、絶対的な拘束力でその精霊を自由に操れるのだ。精霊は決して逆らうことは出来ない。

 真実の名とは、精霊の根幹であり命そのものでもある、というのだ。生かすも殺すも自由に出来る。


 だから、どの精霊も自分の真実の名を巧妙に隠している。他者に知られぬよう、細心の注意を払っているのだ。

 そんな大切な名を、テオはどうやって手に入れたというのだろう。


「オレはたまたまデュークの名を知ることが出来た。やろうとしてやったわけじゃない。偶然の賜物だ」


 二人はほおっと声を上げる。

 ニコは少し驚いて、ベイブはうさん臭げに。


「じゃあ、デュークっていうのが、真実の名なんですか?」

「ち・がーう。それは、オレがつけたただの通名。真実の名を大ぴらに使うわけにいかないだろ。彼ら自身も普段は通名を使っているんだ。」


 そんなことも解からんかと、呆れ顔で言った。


「仮にお前に真名を教えたとしたら、お前もヤツを支配できるんだぞ。教えないけどな」


 なるほど、最初に精霊を支配した者だけでなく、複数の者に名前を知られればその全てから、何重もの支配を受けることになるということなのか。

 ニコはふむふむと肯いた。

 それにしても精霊にとって何よりも大切であろう真実の名を、偶然手に入れたなんてうまい話、本当だろうか。


「偶然ってどういうことなの? まさか、彼が名札つけてたわけでもないでしょうに」


 ニコが考えている間に、ベイブが代わりに質問してくれた。


「当たり前だ」


 コーヒーをズズッと音をたてて飲んだ。

 カップの中に目を落とす。波だった茶色い液体が静まってくると、水面に自分の顔が映りこんできた。それを見つめたまま、テオは語りはじめた。


「水鏡の魔法を使っていた時だ。オレは興味本位でアチラ側、精霊の世界をのぞき見ていたんだ。偶然はこの時から始まっていた。デュークも同じ魔法でアチラ側からこっちの世界をのぞいてたんだ。水に写ったオレに姿を変えてな」


 テオの話に二人はじっと耳を傾けている。


「……その時たまたま、オレがつぶやいた言葉がヤツの真実の名だったらしい。それが何かは教えない。……とにかく、水面に映ったオレが突然飛び出してきてあのデュークになったんだ。で、名前を知られた腹いせだろうなあ、八つ裂きにしてはらわた喰ってやるだの、インフィニードを滅ぼしてやるだの、悪鬼の顔で怒鳴り散らしてたよ。でもいきなりケロッと嗤って、オレを主人と認めて命ある限り仕えるって言いやがった。……喰えないヤツさ」


「面白いわね」


 ベイブの目が輝いている。からかいのネタを見つけた時のしたり顔だ。


「想像をかきたてられるわ。水鏡に映った自分に向かって、あんたがなんて言ったのか。……そうねえ『オレが世界で一番!』とか『ナイス! イケメン』とか」

「……あのなあ、バカにするにしても、もっと気の利いたこと言えないのかよ。せめて『天上天下唯我独尊』くらい言って欲しいな」

「言葉の使い方間違ってるわよ。あんた尊くないもの」

「おう、そうさ。ま、お前じゃ思いつかない言葉さ」


 ベイブを軽くあしらって、冷めたコーヒーを一気に飲み干した

 ニコは心が踊るのを感じていた。自分の知らないことを知る喜び、特に魔法にまつわる話は胸が高鳴る。

 テオにしては珍しく多くを話してくれたと、ニコは感謝と満足を感じていた。そして、やっぱり彼は素晴らしいと改めて思った。


「あたしだって別に知りたくないわよ、精霊の名前なんて。後が面倒そうだもの」

「まあ、確かに面倒だな。アイツ性格悪いし……」

「それはお互い様なんじゃない?」

「……お前もな」


 二人はニヤリと笑いあった。

 唯一、生真面目な一人が立ち上がった。


「テオさん、教えてくれてありがとうございます! これからもよろしくお願いします!」


 頬が赤らむのが自分でもわかった。ドクドクと心臓が高鳴る。

 ニコのテオへの憧憬は、ますます強いものになっていた。

 テオの目が見開く。


「……なんだよ急に。気持ち悪いな。熱でもあるのか?」


 茶化されると余計に顔が熱くなる。ニコはいたたまれず、自分の部屋に駆け込んでいった。

 ベイブはその後姿に、好まし気に目を細めた。そして、こちらも照れくさいのかそっぽを向いているテオに当て擦る。


「あんたこそ、もっと気の利いたこと言えないの? 一応、師匠でしょ?」

「それは、仕返しのつもりかい?」


 椅子にもたれかかり首をコキコキと鳴らしながら、薄らとぼけている。

 まだ首が痛むようだ。


「しょうがないわね」


 ベイブがテーブルに飛び乗り、テオの肩に手を載せた。

 痛みが引いていく。


「ああ、ありがたいね。君が居てくれてホント助かるよ」

「そうでもないでしょ。あたしっていう、厄介事かかえこんでるんだもん。アンゲリキの手先かもしれないでしょ?」


 ベイブはアインシルトの言葉を繰り返す。

 もしかしたら、とんでもない迷惑をかけてしまうんじゃないかという、不安を抱えているのだ。

 テオはベイブの手を握って真っ直ぐに見つめた。


「違うさ」

「……でもあたし自分でも、絶対に魔女の駒じゃないなんて言えないわ。操られているかもよ?」

「大丈夫。信じろよ」

「あたしに解らないのに、なんであんたにわかるの」

「うーん、なんでかな? 君はいい匂いがするからかな」


 はあ? とベイブは首かしげると、クンクンと自分の匂いを嗅いだ。少し石鹸の匂いがするだけだ。


「あんた、本当にヘンなやつね」

「いいかげん、テオって呼んでくれよ。ねえ、ベイブ」


 甘ったるい鼻にかかった声で言う。

 ベイブはゲッとそっぽを向いた。


 でもなんだか、申し訳ない気持ちがわいてくる。

 迷霧の森での一件以来、テオは何も言わなかったが、呪いを解くために影で手をつくしてくれているのをベイブは知っていた。キャットがガラクタを持ち帰る度に、それにどんな意味があるのか検証していることにも気づいていた。


 キャットはベイブの為に、彼に何かを教えようとしている。謎解きのヒントを与えようとしている。テオもそれに気づいて応えようとしているのだ。

 ベイブはもどかしかった。一番伝えたいことが伝えられないのは苦痛だった。名前さえ言えたらと思うとため息がでた。


 パンと膝を叩いて、テオは立ち上がった。


「さて、行ってくるか」

「どこに?」

「アインシルトのところさ」


 ベイブは、アインシルトが慌てて飛び去っていったことを思い出した。

 折角捕まえたテオを置いていく程だから、何か大変なことがあったのだろう。


「とりあえず、様子を見てくる」


 テオは、サッとドアの向こう側に消えた。

 間髪入れずにベイブはドアを開けたが、やはりテオの姿はもう無かった。


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