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黒のドラゴンとブロンズ通りの魔法使い  作者: 外宮あくと
第一部 復讐の天使 死の呪い
21/148

20 任務と無責任

 叫んだ時にはもう遅く、透明な力にテオは捕らえられていた。前後左右そして天地から、見えない壁が彼を取り囲み押しつぶそうと迫ってくる。


「クソッ!」


 抵抗を許さない圧倒的な力に、テオは顔をゆがめる。膝を折ってしゃがみ、更に背を丸めた。


「ああ! テオさん!」


 ニコが悲痛な声を上げる。

 テオは尻を付き、更に小さく体を丸くする。ついには、ベイブの身長ほどのキューブの中に、ぎゅうぎゅうに閉じ込められてしまった。かなり無理のある体勢だ。


「油断しすぎじゃ。こんなにあっさり捕まるとは思わんかった。がっかりじゃわい。自惚れが過ぎるから、こういうことになるんじゃ」

「痛ってー! ちきしょう! 出せ、このもうろくジジイ! オレを殺す気か!」

「このくらいで死にはせんわ」


 口汚くののしるも、テオは身動き一つできない。

 アインシルトは杖でコツコツとキューブを叩く。そして、じっとテオを見つめた。怒っているのか哀れんでいるのか、ニコにはその表情から読み取ることは出来なかった。


 その時、小さな黒い物が一直線に降りてきた。一羽のふくろうがアインシルトの肩に静かにとまった。


「少し、そこで反省しておれ」


 アインシルトの耳にふくろうが何かささやいているように見えた。テオに背を向け楠の木の巨木の向かっていくと、彼は吸い込まれるように消えてしまった。

 急いで、ニコはキューブに駆け寄っていった。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫なもんか! 体中の骨がミシミシいってる!」


 ニコの肩に座ったベイブは、薄っすら笑って見下ろした。


「自惚れが過ぎるから、こういうことになるんじゃ」

「…………」


 ベイブのアインシルトの口真似に、テオは口を尖らせるばかりだった。

 ビオラがクスクス笑いながら近づいてくると、途端にテオの視線は彼女に張り付いた。


「なんだか口ほどにもないのね。いい格好よ」

「ああ、どうも。君も素敵だよ。ここからの眺めは最高だ」


 ビオラは慌ててスカートを押さえ、スケベったらしい顔をした男をにらんだ。すぐにテオからは見えない位置に移動する。

 逃げないところをみると、何か話があるのだろう。


「あなたに会うのは初めてだけど、噂は聞いているわ。救国の魔法使いって、誰のことかしら?」

「さあね。おしゃべりが過ぎると、師匠に叱られるんじゃないのかい?」

「そうでもないわよ。あなたほど気に入られている訳じゃないけど、信用して頂いているもの」


 ふんと鼻を鳴らして、ビオラはテオの横顔を眺める。アインシルトから何度となく聞かされた、師の悩みの種という魔法使いの顔を。


 彼女は会う前からテオに嫉妬していた。強い魔力を持ち師匠の一番の愛弟子に、憧れ以上に反感を持っていたのだ。師のもとを飛び出して何年も戻らない恩知らずのくせに、他の弟子の誰よりも大切に思われている。それが憎らしくてならなかったのだ。


 彼女はアインシルトをひたすらに尊敬し、彼の指導に答えようと必死に努力を続けている。それでも師にとって一番の愛弟子は、テオドール・シェーキーなのだ。


「……仕事、する気ないの? 私、あなたのサポートをするように、アインシルト様から言われているの。ちゃんとしてくれないと困るのよ」

「君を困らせようって気はないが、オレにはオレのやりたいことがあるんでね。他をあたってくれ」

「……もう……あなたの他に誰がいるっていうの。宝玉の予言のことで聞きたいこともあるのよ」

「オレから取れる情報なんてほとんど無いさ。……それより君。隠れてないで、顔を見せてくれよ」

「ダメ。さっきすっごいスケベな顔してたから」

「そりゃあ、罪作りな美しい脚のせいさ。一緒にお茶でもどうかな? ここから出してくれたら、今すぐ人気のカフェでデート出来るんだけど」

「ダメよ。私じゃアインシルト様の魔法は解けないし、私、好きな人いるもの」

「……ああ、そう。とても残念だ」


 ビオラは肩をすくめる。予想以上に癖の強い男だと呆れた。師匠が彼に手こずるのも分かる気がする。


「あなたも大変ね」


 ニコを見てビオラは苦笑する。見るからに生真面目な少年が、この奔放な男に振り回されていることは、容易に想像できた。

 ニコもビオラに苦笑を返した。


 突然、アインシルトが消えた巨木がパアッと光を放った。

 光の中から大きな真っ白なふくろうが飛び立ち、アインシルトの声が辺りに響き渡った。


「ビオラ! 来るんじゃ」

「はい!」


 ビオラは即座に反応し、サッとふくろうの足につかまった。


「テオドール! わしが戻るまでじっとしておれよ!」


 白いふくろうは、ビオラをぶら下げて高く舞い上がり、空と思われた薄い膜のようなものを突き破って飛んでいった。二人の姿が見えなくなる頃には、膜はもと通りの空に戻っていた。


 不思議な空間だった。王宮の中にあって王宮ではない場所。アインシルトの作り出した幻想の森だった。こんなところに閉じ込められたら、二度と出られないのではないかと、ニコは思った。


「……何かあったな」

「テオさん。出られますか」

「うん、まあな。ベイブさっき渡したヤツを、そこに置いてくれ」


 ニコに向かって彼女を放り投げる時に、テオはソレを押し付けてきたのだ。

 ベイブはしっかり握っていた、ソレを見て首をかしげる。


「これのこと?」

「早く置いて。この体勢は苦しい。クビの骨が折れそうだ」


 ベイブがテオの目の前にソレを置くと、ブツブツと呪文を唱える。折りたたまれていたフタがパカリと開く。

 途端に、二人は弾かれたように五メートルは飛び退き、目をむいた。

 ベイブが叫ぶ。


「な! 何よそれ!」

「……ゴブリンはこんな物も知らないのか? これはガラス板の片面に銀などをメッキしたもので、光を反射させる性質を……って、要するに鏡だ。女性もよく持ち歩いていると……」

「違うわよ! そんなことじゃなくて! ……いやー!」

「手が! 手が! テオさん、鏡から手がー!!」


 二人は絶叫していた。

 五×十センチ程の小さな折りたたみ式の鏡からから、人間の手首が突き出して、二人においでおいでしているのだ。

 見ている間にぐんぐんと肘まで伸びて、その根本からもう片方の手が生えてきた。


「おい、もったいぶらずにさっさと出ろよ」


 テオが言うと、その手がぐんと肩まで伸び、ガバっと頭が持ち上がったかと思うと全身が飛び出してきた。

 あの小さな鏡面から、テオよりも上背のある痩せた男が出てきたのだ。上品なスーツを着こなし、貴族然としている。銀色の髪をした華奢なその男は、あごを突き出してテオを見下ろした。


 にたーっと薄い唇の両端を持ち上げ、優雅な動きで両手の親指と人差し指を四角に組み合わせる。そして小首をかしげて覗きこんだ。


「これはこれは、なんとまあ。貴方ともあろうものが、いい見ものですね。記念写真、撮っておきましょうか?」


 ベイブとニコの方に向き直ると、ふふふと笑ってお辞儀をする。

 紫の瞳をしていた。魔物の目だ。


「無駄口はいいから、早くここから出せ!」

「アインシルトの檻ですね。簡単です」


 男はキューブをコンコンとノックし、その後手のひらを当てた。するとキューブはチカリと光り、粉々に砕け散った。

 アインシルトの魔法をいとも簡単に破るとは、この男は何者なのだろう、とニコはゴクリと唾を飲んで身構えた。

 伸びをしてテオが立ち上がる。


「あああー、痛てえ。ったく、あのクソじじいめ」


 首をなでながら、テオはアインシルトが飛び去った方向を見上げた。それから、男を二人に紹介した。


「あー、こいつはデューク。オレが使役している精霊、使い魔ってやつだ。ダークサイドのやつだから気をゆるすなよ」


 度肝を抜かれているニコとベイブに、デュークはまた華麗な仕草で礼をする。


「……鏡の精ですか?」

「いえいえ、違いますよ。私はこのお人に囚われて、こんな薄っぺらい物に閉じ込められてしまったんです。おまけに何かとこき使われて」


 ベイブはどこかでこの声を聞いたような気がしたが、思い出せなかった。


「ああ、もういいから、帰れ」


 テオがしっしと手で合図する。

 デュークは肩をすくめて、首を振った。あんまりだと言いたげた。そして、すうと鏡の中に吸い込まれていった。


 ニコは、テオがあんな精霊を飼っていたとは、今のいままで知らなかった。テオの使う魔法のほんの一部しか、自分は知らないのだとショックを受けさえした。


「……あの、今の精霊、いつからいたんですか?」

「いつからだっけなあ。お前がうちに来る前に捕まえたと思うけど?」

「すごいなぁ……精霊を使い魔にしてしまうなんて……一体どうやって捕まえたんですか?」

「まあ偶然にな」


 面倒くさそうな返事だった。そして打ち切るようにパンパンとローブを叩いた。


「さて、アインシルトが戻る前に帰るとしようか」

「いいの? 王宮の警護をしろって言われてたのに」


 と、ベイブ。ニコもうんうんとうなずく。

 警護する気が全くないのは、先ほどのやりとりで解ってはいたが、本当に帰ってしまって大丈夫なのかと心配になる。あのビオラという魔女にも文句を言われていたではないかと思う。


「いいさ。アイツはオレを縛りつけたいだけなんだから。秘宝だって護りたいヤツが護ればいいんだ。人に押し付けるなっていうんだ」


 テオはぶつぶつと不満をたれる。

 師匠からの命令を、よくもそうまで言って無視できるものだとニコは呆れた。

 ベイブも同意見のようで咎めるように、質問を繰り出した。


「救国の魔法使いって何よ。あんたのことなの?」

「知らんな」

「秘宝って何よ」

「玉さ」

「説明して!」

「……うるさいなあ。本当かどうか知らんが、時々予言するんだと! この国の未来がどうとかこうとか。オレには全く興味がない!」


 ニコは神話に出てくる騎士と宝玉の話を思い出した。この玉の予言によって、インフィニードは数々の困難を切り抜けてきたという、おとぎ話のような伝説だ。実在していたとは驚きだった。


 予言も、かつて魔女が狙いアインシルトが守らなければならないと言う以上、本当の事なのだろう。本物の秘宝なのだ。絶対、守るべきだ。それを興味ないの一言で切り捨てるとは。

 二人はじとーっとテオを見つめた。


「テオさんに興味なくても、大切なものなんでしょう!?」

「な、なんだよ。その非難めいた目つきは」

「いいえ! しっかりはっきり非難してるのよ!」

「…………」


 テオは唇をとがらせてそっぽを向いた。なんと言われようとも、やりたく無いことはやらないつもりのようだ。見下げ果てた根性の持ち主だった。

 ベイブは、あーあと声を出して息を吐いた。


「……途中で見つかかるわよ。きっと」

「大丈夫。扉一つで帰れるから」


 ふふんと笑っている。

 ベイブとニコは、顔を見合わせて首をひねった。

 テオは再び鏡を取り出した。デュークの時と同じように、その小さな鏡面からドアがぬーっと現れた。

 おお、とニコは小さく唸る。

 テオが、ガチャリとノブを回した。


「さあ、どうぞ」


 ドアの向こうは、ブロンズ通りにあるテオの家の見慣れたリビングだった。

 ニコはもう一度唸った。

 にゃ~と、嬉しそうにキャットが出迎える。

 全員が中に入ると、テオは鏡をポケットにしまった。


「ただいまキャット。ネズミは持って帰ってないだろうね」


 テオはキャットの頭をなでようとした。が、キャットは彼をスルーして、ベイブに擦り寄る。

 ケッと悪態をつくテオを、ベイブが勝ち誇ったように見上げた。


 ニコは、部屋にはいるとすぐさま玄関わきの小窓を覗いた。いつものブロンズ通りの風景だ。恐る恐るドアを開けると、やはり、茶色い外壁の家々が立ち並ぶ石畳の通りが、いつもどおりにそこにあった。


「……便利ですね、それ。テオさんが遠くの町に簡単に行ったり来たりできる理由が、やっと分かりましたよ」


 テオは気を良くしたのか得意げに胸をはった。


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