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黒のドラゴンとブロンズ通りの魔法使い  作者: 外宮あくと
第一部 復讐の天使 死の呪い
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16 怪異は続く

 黒い影が路地裏の小道を走り抜けてゆく。

 疾走する影は四足だった。人目につかぬ物陰を選んで影は走り、今にも崩れ落ちそうな屋敷の中へと入っていった。

 ガランとした部屋の中に、幾筋かの光が天井から差し込んでいる。細く白い陽光の中で、漂う埃がキラキラと光っていた。


 黒い獣は大きな姿見鏡に近寄っていった。

 覗き込むと、鏡に映った獣の後ろに黒いドレスの少女が立っていた。


「お帰り」


 もちろん、獣の背後には誰も立ってはいない。

 鏡の中の魔女が手を差し出すと、鏡面がふるふると波だった。そして獣がゆっくりと鏡の中へと入っていくと、魔女は彼の頭を優しくなでた。


「さあ、おいで」


 獣は魔女に誘われて、鏡の世界の森の中へと進んでゆく。

 二つに割れた石が転がっている。

 アンゲリキは悲しげにつぶやいて石の傍らに座った。


「失敗だったわ……でもお前にはどうでもいいことね……」


 獣の頭をなでながら自嘲気味に笑った。

 魔女が獣の喉をかいてやると、気持ちよさそうに目をつむった。


「でも、もう一つの計画は順調よ。お前のお陰でね。あの魔法使いはまだ気づいていない。ちゃんと見張っておくのよ」


 グルルと喉を鳴らして、獣は答えた。





 町外れにある朽ちかけた廃屋はいおくの前に、人だかりができていた。普段は全く人通りのない場所である。それが突如、騒然とした空気に包まれたのだ。


 大勢の警官が忙しく出入りし、シートに包まれた物を二人がかりで運び出している。物見高い人々が集まって、その様子にざわざわとささやき合っていた。

 シートの隙間から、ちらりとあずき色のジャケットがのぞいていたが、それがミリアルド兵の制服だと気づいた野次馬はほとんどいない。


 この廃屋の中で、数体の遺体が発見された。死後数日経ったものから、つい数時間前に亡くなったの思われるものもあったという。


「なんでも、喉を切られてたってぇ話だ。切り裂き魔か?」

「違うって。食いちぎられてたって、言ってたぜ」

「何に?」

「そりゃあ…………知るもんか」


 警官にしっしと追い払われて、不満気に後ずさる人々の後ろを、黒猫が通りすぎていった。ネズミの尻尾を口の端から垂らしたキャットだった。

 大きなあくびを一つして伸びをすると、我関せずと澄まして歩いて行く。


「あれ? テオさんちの猫ちゃん?」


 たたたっとツインテールの女の子が駆け寄ってきて、キャットの前にしゃがみ込む。テオの店に良く薬草を買いに来るジルだった。

 キャットの顔を覗き込み、嬉しそうに笑う。


「あ、やっぱり。ねえ猫ちゃん、なんでこんなとこにいるの? あっち行こう。ここ、怖いよ。前から幽霊屋敷だって噂はあったけど、本当に事件が起きちゃったんだって。いっぱい人が死んでたんだよ。怖いよね」


 ネズミの尻尾をぺっと捨てると、彼女の足にすり寄って普段より数倍可愛らしくにゃ~と鳴いた。

 ジルは、キャットから漂う血の匂いに一瞬顔をしかめたが、すぐに笑ってキャットを撫でまわす。話好きな彼女は、猫相手でも構わず噂話を続けた。

 キャットは彼女に身をまかせて、気持ち良さげに喉をゴロゴロと鳴らしていた。

 

「ねえ、知ってる? 最近、行方不明が多いけど、森で迷子になった人だけじゃないんだって。きっとここで見つかったのは、町で行方不明になった人だと思うんだ。……怖いね。一体どうなってるんだろう。この頃、町中兵隊さんばっかり。やっぱり魔女が戻ってきたのかなあ」


 ジルはブルっと身震いして、自分の腕を抱きしめた。

 彼女の言う通り、警官だけでなく数日前から軍も出動して、検問や見回りを強化していた。幾つもの小隊が、物々しく町の巡回しているのだ。

 少しでも不審な人物を見かけると即座に取り調べ、疑いが晴れるまで拘束する。魔女の手先が町に潜入しているのではと警戒しているのだ。ピリピリした空気が、警官や兵士たちから伝わってくる。


 ジルも不要の外出は両親から禁じられていた。今日は、たまたまこの近くに用事のあった父親に無理やり付いて来たのだった。

 その父親が馬車の御者台から、帰るぞ、と娘を呼んだ。


 小首をかしげて、キャットは彼女を見上げる。ぺろっとその指をなめてやると、少女はニッコリ笑って立ち上がった。


「一緒に帰ろうっか。歩いて帰るには遠いでしょう?」


 そう言って、キャットを抱き上げると馬車へと駆けていった。





「よう! 見習い。ブロンズ通りの魔法使いは元気かい」


 ニコが買い物を終えて歩いていると、赤毛の若い男に声を掛けられた。

 テオを、イカれ具合が最高だといつもほめる、レオニードという男だった。


「元気ですよ」

「最近、オレの店に顔出さないから、死んじまったかと思ったぜ」


 カラカラと豪気に笑う。

 バーテンダーをしている男だった。ブロンズ通りからほど近いクロッカス通りで店を出していた。テオはそこの常連なのだ。


 男の肩にピクシーがちょこんと座っている。レオニードのセリフに会わせて、表情豊かに身振り手振りしている。

 ニコが笑うと、チュッと投げキッスを返してきた。


「イカレマホウツカイヨリ、アチキハアンタガスキヨ」


 彼女は、レダという名の屋敷妖精だった。

 レオニードの店に居付き、いつでも彼の側を飛び回っている。お色気過剰気味だったが、嫌味はなく客からの評判もいい。店のマスコット的な存在だった。

 彼女が居付くようになってから、レオニードの店はグンと繁盛しはじめた。幸運を呼び込む妖精なのだ。


「先々週は二日もオレんとこに入り浸ってやがったのに……。喧嘩したっていうヤツの可愛い子ちゃんとは、もう仲直りしたってことかい?」


 ニコは、吹き出した。

 その可愛い子ちゃんは実はゴブリンで、レオニードが思うような恋人のベイブ (可愛い子ちゃん)ではないのだ。


「ええ、もうすっかり」


 レオニードはニンマリ笑った。

 そして、急に真剣な顔になった。


「テオに頼みたいことがあるんだ。言付けてくれないか」

「アチキタチノハナシ、キイトクレヨ」


 レダもお願いというように手を合わせている。

 ニコはなんだろうと首をかしげ、そしてうなずいた。





「あのチンピラ・レオニードの弟なら、ソイツも相当ワルなんだろうさ。ほっときゃいいんだ」


 テオはせせら笑って相手にしない。親しい友人のはずなのにひどい言い様だ。

 ニコが顔をしかめる。

 レオニードがチンピラだというのなら、テオだって同類だろう。端正な容貌を台無しにして無思慮に毒を吐く。できれば発言も美しくお願いしたいものだ、とニコは思う。


「なんだかんだ言っても、やるんでしょう? だったら気持良く始めたらどうですか?」


 レオニードの依頼は弟の捜索だった。一週間前から、行方がわからないので探して欲しいというのだ。


 弟は配達の仕事で、迷霧の森を通り隣国のミリアルド王国へ行くはずだった。馬で行けば、一日で充分往復できる。しかし帰って来なかった。

 魔女の噂や行方不明者が相次いでいることもあり、心配になったのだ。


「ツケはチャラにしてくれるって?」

「ええ」

「なら、仕方ないから探してやるよ……」


 わざと面倒くさそうに言いながら、そそくさと魔法に使う鏡をセットしはじめた。

 なんだ、やっぱりすぐに始めるんじゃないか、とニコの顔が笑いに歪みそうになる。友人の為に一肌脱ぐというのが、照れくさいもんだからすねた態度をとるんだ。


 テオの仕事の邪魔にならないよう、そっとその場を離れた。だが、好奇心には逆らえずのぞいていると、鏡は何も映さず真っ黒になっていた。

 何が始まるのだろうかと興味をひかれたが、テオの背中に隠されてそれ以上は見ることは出来なかった。

 ニコは諦めてキッチンへ向かう。


 バン! と乱暴に扉の閉まる音が聞こえた。

 すぐに振り返ったが、テオはもういない。慌てて外に出て行ったようだ。


「どうしたんだろう?」


 ニコは鏡を見た。

 一瞬、鏡の中に男が倒れているのが見えた。よく見ようとした時には、もう普通の鏡に戻っていて、自分の顔が写った。


「今の……レオニードさんの弟?」





 大通りを騎馬警官の一団が走り抜けてゆく。その後ろを、パトロールの小隊が懸命に走って追いかけていた。

 行き交う人々が途端に立ち止まり、一斉に注目するなかを、彼らは駆け抜けていった。皆、一様に緊張した面持ちだった。ただならぬ出来事があったと、想像するのは簡単だった。


 その兵士たちが走り去ったあとから、もう一人兵士が必死に駆けて来た。

 丸々とした男だった。走っているというより、転がっているようだ。ゼイゼイと息を切らしている彼を、通行人が呼び止めた。


「いってえ、今度は何があったて言うんだい?」


 その呼びかけに、少しホッとしたような顔で兵士は立ち止まった。

 休憩ができることを喜んでいるようだ。

 息を整え、唾を飲んで兵士は話し始めた。


「……ひ、人が、いきなり燃えたんだ。少しは名の知れた魔法使いだったそうだ」


 集まってきた人たちの顔がくもり、ざわざわとどよめきが起こった。

 最初に声をかけた男が質問を続ける。


「それってえと、やっぱりアレかい?」

「アレって?」

「あんだよ! 決まってんだろう。魔女アンゲリキの仕業かって聞いてんだよ」

「……あああ、オレは何も聞かされないから、答えられないよ」

「っち。役に立たねえなあ。あんた、ちゃんと働けよ。ほれ、置いて行かれたぜ」


 言われて、兵士は慌ててまた走りだした。





 迷霧の森に、また乳白色の霧が漂っていた。

 この霧のせいで方向を見失った旅人がよく道に迷い、そのまま見つからないことも多い。


 テオは、ねっとりとまとわりつく霧の中を真っ直ぐに歩いて行った。

 左耳の紫水晶が、チリチリと熱を帯びてくるのがわかる。

 水晶に近い目の奥に、鈍い痛みを感じる。

 目的地はもうじきだろう。


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