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黒のドラゴンとブロンズ通りの魔法使い  作者: 外宮あくと
第三部 罪と力と代償と
135/148

40 サラマンダー

「テオ、急げ! 今の内にこの体ごとヤツを消してくれ!」


 ブルブルと震え束縛の魔法と解こうと暴れる身体は、再びユリウスの意識と交代していた。


「頼むから、私に最後の仕事をさせてくれ! テオ!」


 その願いは悲痛な叫びとなってほとばしる。

 人間の腕がテオの手を掴みグッと握りしめた。その温かい体温が、人の心が消えてないことを教えていた。

 テオは友の思いを受け止め理解しながらも、自分が背負う荷の重さに胸が押し潰されそうになる。声も出せずにユリウスを見つめる目からは、ボロボロと涙がこぼれていた。


「初めて見た……お前のそんな顔」


 ユリウスは柔らかな笑みを浮かべた。

 テオには自分が今、どんな表情を浮かべているのかなど解らない。ただ息苦しくてたまらない。指先から体温が全て抜けだしてゆくようで、じわじわと寒気が襲ってくる。

 何もかも投げ出してしまいたかった。

 だがユリウスの笑みは、儚い一瞬の幻のように消えてしまう。

 テオに決断を迫るのだった。


「糞ボケェ! 来るぞ!」


 デュークの罵声にテオは機械的に反応し、ガッと剣をつかむ。

 と、ドラゴンの腕がブンと振り上がり、仰け反るテオの頬に朱線を引いた。


「我の、邪魔を、するなぁ!!」


 突然、入れ替わったアンゲロスだった。

 テオの脇腹に膝を突き上げ、地面まで深く刺さっていた剣を抜いて起き上がってきた。


「アンゲリキ……のところへ……」


 真紅の瞳がギラギラと強い光を放ち始めた。ドラゴンの侵食が進んでいる証だろう。

 咄嗟にデュークが羽交い締めにして動きを封じる。内部ではユリウスがアンゲロスを抑えているのだろうが、いつまでも持たないことは明らかだった。

 イライラとデュークが怒鳴った。


「だぁーー! 早くやれって! 取りつかれたコイツが悪いんだ! てめぇは悪くないって言ってやるから、さっさと殺せって!」

「クソ、離せぇ! ―――― テオ、早く ―――― 邪魔するなと言ってるだろうが! ―――― テオ、斬れぇ! 滅ぼせ! 早……」


 めまぐるしく、ユリウスとアンゲロスが入れ替わる。

 鱗が肌を覆うってゆくスピードも上がっていく。

 一刻の猶予もない。それでもまだ、テオの心は迷う。


 デュークが、チッチと舌を打っている。彼の周りで激しく散っている火花は、アンゲロスに無効化された攻撃魔法の残滓ざんしだった。拘束の魔法も全く効かない。

 デュークは自分よりも上をゆく、剛力を発揮するアンゲロスいやドラゴンにイラつき、バサバサと翼をはばたかせながら懸命に抑えこむ。だが、直に振り払われてしまいそうだった。

 テオに向かっていやみったらしく叫ぶ。


「やらないんなら、もう巫女ちゃんとこに行きましょうかねぇ!?」

「よせ!」


 とっさに怒鳴っていた。

 アンゲロスをこれ以上抑えられないとなれば、デュークはヴァレリアの力を使ってユリウスもろとも敵を倒すだろう。彼は彼女にいくら危害が及ぼうが、躊躇などしないのだから。

 だが、テオは承服できない。彼女を危険にさらすことはできないのだ。

 しかしデュークを止めるということは、友を自らの手にかけるということなのだ。


「お前に送られるなら本望だ……」


 暴れていたユリウスの体が、動きを止めた。

 目と目とが合う。

 ギリギリと噛みしめるテオの唇から血が流れ落ちた。


「くぅ……ぐがああぁぁぁぁ!!」


 咆哮するテオの顔は死人のように青白い。

 ユリウスの腹から剣を引き抜く。

 半分抜いたところで、テオに向かってドラゴンの腕が爪を光らせて迫ってきた。

 左腕でそれを受ける。

 ドゴンッと重い衝撃を受けて後退り、そのまま剣を全て引き抜いた。


「ブリザード!」


 抜いた剣に瞬時に魔法を纏わせて、横殴りに剣を振るう。

 ザクッと肉の弾ける音。


「ユリウスゥ!!」


 剣から吹き出す冷気が血を凍らせ、肉を凍らせる。

 勢いを止めない剣が、ガリガリと音を上げながら、胴を上下に分断していった。

 背骨を断つ感触に総毛立つ。


「……ユリウス!」


 もう一度、友の名を呼んだ。

 一瞬だった。たった一刀で、二つに分かれた身体。


 テオの肩が震え、剣が放り投げられた。

 無残な肉の塊となった友の身体は、瞬く間に鱗が消失しドラゴンの腕も消え人へと戻っていった。その顔は、子どものころからよく知っている、大切な友の笑顔だった。

 テオはそれを見つめるうちに、浅い呼吸を繰り返し始める。吐き気がこみ上げていた。


 魔剣の攻撃のとばっちりを喰らって、腹に浅い傷をつくったデュークが掴みかかってきた。


「お前こそ砂糖菓子か! シャキとしやがれ! アンゲロスが、サラマンダーが出てくるぞ! まだ死んでない! ったく、いつも一歩遅せーんだよテメーは!」


 ハッと表情を引き締めるテオだったが、その時にはもうユリウスの腹の中から飛び出してきた火の玉が眼前に迫っていた。





 






 髑髏の騎士は立ち上がり、ヴァレリアたちに背を向けた。そして、テオとアンゲロスの戦いに目を向ける。戦況を分析するように、じっとみつめていた。


 その身体は細く白い蒸気を上げ続けている。徐々に身体の崩壊が進んでいるのだ。彼の魔力の源はアーリティが授けたものだった。そしてアーリティの中の妖魔が、彼に魔性を植えつけた。そのため、異界のものを滅する破魔の巫女の力によって、彼の存在も消されようとしている。ヴァレリアの側にいるだけで、その力の作用をうけてしまうのだ。


 一方、足元に横たわるアーリティには、めだった変化は無かった。彼女の半身である妖魔が浄化されたことで、残された身体は崩壊を止めている。

 だが、彼女が異界のものであることに変わりはなく、半身の失った上に破魔の巫女の力に晒されていれば、直に消滅することだろう。


 騎士はテオの動きを注意深く見つめている。


「破魔の巫女よ、続きはあれが終わってから頼もうか」


 騎士はテオがアンゲロスを倒すのを見届けたいのだろう。

 ヴァレリアは小さく頷いて、騎士と同じように遠くのテオを見つめた。

 彼の剣がアンゲロスを差し貫いて地面に縫い付けているのが分かる。何が起きているのかわからないが、何故か二人が話をしているようにも見えた。


「どうなってるの……」


 不安げにニコを見ると、彼も厳しい顔をしてテオを見ている。


「もしかして、ユリウスさんの意識がまだ残ってたんじゃ……もしそうなら、テオさんは勝てないかもしれない……」


 ドキリとしてヴァレリアは両手で口を覆う。

 ニコの言う通りだろう。友人であるユリウスの心が完全に消え去っていたならば、迷いを捨てることもできるだろうが、そうでなければ……。

 ヴァレリアは祈るような思いで、テオを見つめた。非情になりきれないだろうテオの無事を、願わずにはいられなかった。


 騎士が歩き出した。

 その前方では突然跳ねるように、ユリウスが起き上がった。

 そしてテオがその身体を両断する。

 

「巫女よ、お前に迷いは必要ない。お前の力は『護る』力なのだ。護りたいと思う気持ちがあるなら、何も迷うな」


 そう言い置いて、騎士は疾風の如く疾走っていった。


「待って!」


 ヴァレリアは思わず叫んだが、騎士は止まらない。

 迷うなという言葉の真意が分からなかった。

 インフィニード王国を護る為に、テオの手助けをする為にここへ来たのだ。髑髏の騎士とアーリティを滅することも、自分の役目であると覚悟を決めた。

 迷うことは何もない。


 だが、まるで釘を刺すような騎士の言葉に不穏な予感がして、ヴァレリアは胸の前でギュッと両手を握った。

 己のもつ能力が、いかほどのものか完全に把握できていないが故に、困惑が深まるのだった。










「ボケっとしてんじゃねえ!」


 テオの目の前に迫った火の玉を、横から出てきたデュークが払い落としていた。

 地に落ちた小さは炎は、クルンと回転すると四足の生き物の形になった。それは三十センチ程の炎のトカゲだった。

 サラマンダー。

 ユリウスが言った、アンゲロスが真名で支配した精霊だ。アンゲロスはこのサラマンダーと完全に同化している。更には、黒のドラゴンの力を欠片ほどではあるが、手に入れている。


 肩でせわしなく浅い息をしながら、テオはギリギリとトカゲを睨み付ける。食いしばった歯を剥きだした憤怒の相で、火を吹くトカゲと化したアンゲロスと対峙する。


「うおおああぁぁ!」


 雄叫びを上げ、雷撃を放つ。

 このトカゲのせいで、ユリウスは死んだ。

 この魔性のせいで、友を殺す羽目になった。

 ちきしょうと何度も叫び、跳び跳ねるトカゲに、続けざまに何本もの雷槌の槍を喰らわせた。


「ちゃんと狙えよ、盲撃ちかぁ?!」


 怒鳴るデュークも、自らの爪を投げナイフのように放っているのだが、一つも命中していない。火吹きトカゲの動きは、驚くほど敏捷だった。

 二人の周りをチョロチョロと跳ね回るのだ。


『貴様ノ身体ヲヨコセ……我ニヨコセ』


 トカゲが地の底から湧き出るような声で呪詛を吐いた。

 そして執拗にテオ目掛けて、飛びかかってくるのだった。

 剣を拾い上げたテオにしっぽを切り落とされたが、構うことなく襲いかかってくる。


『身体ヲ……身体ヲヨコセ!』


 ゴウと炎を吐いて、テオに迫る。


「くれてやるわけ、ねぇだろうが!!」


 爆風で炎を蹴散らし、剣を振り下ろす。

 トカゲの小さな足が一本ちぎれ、その身体は風と剣の圧で後方に飛ばされていった。

 ボトンと落ちて、くるくると転がる。


 と、その先に黒い影のような巨体が立っていた。

 それは、全身からシュウシュウと白い蒸気を沸き立たせた髑髏の騎士だった。テオの加勢にきたのだろうか、仁王立ちで剣を振りかぶり、眼窩に真紅の光を灯してトカゲを見下ろしていたのだった。


 トカゲはチロリと舌をだし、動きを止めた。

 そこに騎士の剣が振り下ろされる。有無を言わせぬ勢いで、妖刀が地面を打った。その重い衝撃が、ズズっとテオの足に伝わる。

 渾身の一撃を、トカゲはするりとかわしていた。そして、なんと切りつけてきた剣を登りはじめたのだ。

 テオは騎士に向かって叫ぶ。


「ソイツはオレがやる! 絶対にオレがやってやる!」


 駆け登るトカゲめがけて、テオの横振りの一閃が風を切って走った。


 ガキン!


 飛び散る火花の中から、更にしっぽが短くなったトカゲが跳ね跳び、騎士の腕に取り付いた。

 舌を打つテオ。

 振り切った態勢から素早く剣を返し、後ろ足を前へ大きく踏み込む。

 肩まで来たトカゲを騎士が掴んだところに、極寒の冷気をまとった大剣が走り抜けた。騎士もろともに切り裂く勢いだった。


「アイスソード!」


 剣に触れた途端、骨だけの騎士の手が砕け、トカゲが凍った。握られていた下肢からピキピキと凍ってゆくのだ。そして、サラマンダーは切り裂かれた。

 だが炎の精霊の生命力は、テオの想像以上に強かった。ドラゴンの上乗せが効いているのだろう。

 凍結を免れた上半身が跳ね上がり、騎士の頭蓋骨に向かったのだ。


『ヨコセェ!!』


 トカゲの絶叫が、その狙いを暴露した瞬間、テオは驚愕に眼尻を釣り上げる。


「……はね退けろ!!」


 もしも、騎士の体が乗っ取られてしまったらと、考えるだけでも怖ろしい。奪われるのは、器としての肉体だけでなく能力もなのだ。テオが必死に叫ぶ中、騎士はトカゲをかわしていたが、あまりに素早い動きに一瞬の遅れをとっていた。

 その遅れは致命的だった。

 キヒヒと嗤う声が聞こえた。


『壊レカケノ方ガ、意識モ奪イヤスイ……』


 トカゲは髑髏の眼窩にスッと入り込んでいった。

 ぐうっと唸り、騎士が膝をついた。


「これはヤバイですねえ。ヤバイくらいに面白い!」


 息を飲むテオの後ろで、デュークがニヒヒと笑っていた。


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