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黒のドラゴンとブロンズ通りの魔法使い  作者: 外宮あくと
第三部 罪と力と代償と
132/148

37 嘘と誠

 騎士団より一足早く、ニコはヴァレリアのもとにたどりついた。そして、フクロウの変化を解いた途端、その顔に驚愕が走った。

 片手にヴァレリアを抱きながらも、腰を少し落として剣を構え殺気を放っているのは、黒い軍服を来たテオだった。ここにいたのは黒竜王のはずだったのにと、ニコは驚きを隠せない。


「え、あ、あれ? テオ、さん? なんで、ど、どういう……?」

「その話は後だ。何が起きた?」


 早口で、つい先程の爆発の説明を求めるテオの視線はアンゲロスに固定されている。ニコの疑問の答えている暇はなく、一瞬たりとも時間を無駄には出来なかった。そしてニコもすぐに応じる。

 

「突然アンゲロスの魔力が膨れ上がって、デュークを圧倒しだして……」


 ニコが伝える間にも、そのアンゲロスが迫ってくる。

 テオはつかつかと歩み寄り、ニコの襟首を掴んで脅すように言った。


「ニコ、ベイブを護れ!」

「はい」

「襲ってくる奴は容赦するな!」

「はい!」

 

 ニコにヴァレリアを押し付ける。

 そして猛然と走りだした。アンゲロスは目前に迫っていた。


「テオ!」


 ヴァレリアの叫びを背中に受けた時には、もうアンゲロスと剣を交えていた。ギギギギと金属の擦れる高音が響き火花が散った。

 テオの大剣から紫の妖気が吹き出し刀身が脈打つと、アンゲロスはドンッと吹き飛ばされていた。


「言え! デュークを押し返すなんて、お前何をやらかした?!」


 テオは詰問する。嫌な予感がしていた。

 アンゲロスが発している圧倒的なエネルギーは、今までの彼が持っていたものではない。そして、テオにとっては既に体感済みのもののようなのだ。

 チッと舌を鳴らすと、アンゲロスが睨み返してくる。そして立ち上がり、いやらしく笑った。

 

「ふ……ドラゴン召喚は貴様の独占ではないということだ」


 再び、二つの剣がガギンと激しい音を立てて火花を散らした。

 魔剣同士の斬り合いに力で押し勝ったのはアンゲロスの方で、今度はテオが弾き飛ばされる。先程組み合った時よりもアンゲロスが桁違いの魔力を放っていることに、テオはやはりかと歯噛みする。

 アンゲロスがドラゴンの召喚を口にしたことで、テオの中で否が応でも憎悪と困惑が増大してゆく。


「貴様にドラゴンを召喚できるものかぁ!」


 目で射殺してしまえるほどに睨みつけるも、アンゲロスは不敵な笑いをテオに投げつけるばかりだった。

 その手はドラゴンの鱗をつまんでいた。テオに見せつけるように掲げるられた鱗は、少し歪に欠けている。

 アンゲロスは半ば自棄気味につぶやく。


「できるさ。……と言ってもあの悪魔が邪魔で、面倒な召喚の儀式をやっている暇がなくてなあ」


 ニヒヒと嗤う端から、アンゲロスの左腕にボコボコとこぶが盛り上がり、失ったはず腕が生えてきた。人間のものとは全く違う色と形の腕が。

 テオの背にゾクリと冷たいものが這い上がる。

 それは鱗に覆われたドラゴンの鉤爪だった。


「少し喰らってやったわ! 凄まじいな、この力は!」


 勝利を確信したか、狂ったようにゲラゲラと笑い出す。真紅に染まった目は、あの黒のドラゴンそのものだった。ビリビリと空気が震え、人ならざる妖気が拡散されてゆく。

 ユリウスの形をした魔物アンゲロスが、更なる異形に変化しようとしていた。


 ドラゴンの召喚には多大な代償が必要となる。それを召喚ですらなく、我が身に取り入れようとすればどうなるか、解らないアンゲロスではなかろう。それでも実行したということは、自暴自棄に陥り、捨て身の戦いを選んだということなのだ。

 本来の体をすでに失い、他人を憑代よりしろにするアンゲロスにすれば、身体を犠牲することのハードルは無いに等しい。だが代償が精神に及ぼす悪影響や、生命を脅かすことに違いはなく、それを解ってドラゴンの鱗を口にしたアンゲロスは、手負いの獣そのものとなってしまったのだ。


 ブルルと武者震いをするテオの唇にも、歪んだ笑みが灯る。

 友の姿を奪った目の前の敵に、もう容赦など要らない。叩き切り、跡形なく滅ぼすことが友の弔いになると、魔剣を握りしめた。


 その時テオの隣に、黒翼のデュークが降りてくる。耳まで避けた口から血を滴らせていたが、雷撃に串刺しされた腹の傷は既に癒えつつある。


「いやぁ、ぶっといのでヤられちゃいましたぁ」


 さほど堪えてはいなかったのか、のん気な口調だった。


「まさか、こういう手に出るとはねぇ。あなたが私を喰ったのとは訳が違う。なんと言ってもあのドラゴンですよ……あの人、完全にキてますよねぇ。実に面白い……殺しがいがあるってもんです。ゾクゾクしますねぇ」


 長く伸びた牙を光らせて、ニヒヒと笑う。大きく目を見開くと、異様に白目が目立ち紫の瞳が縮んでゆくように見えた。アンゲロスを熱心に見つめるその目には、変質的で淫靡な喜びの色があった。敵が力を増すほどに危険が増すほどに、恍惚として高ぶってくるようだ。


 アンゲロスはドラゴンとなって再生してくる腕を空に向かって伸ばし、みなぎる力に歓喜の笑いを上げていた。


 それを凝視しながらテオは、アンゲロスとデュークへの嫌悪を眉間に刻む。どちらも殺戮に酔って狂乱し取り返しの付かない惨事を引き起こすのではないか、そう危惧していた。


「……邪魔すんなよ。絶対に余計なことはするな」

「それはこっちの台詞です。引っ込めなんて言ったら先にあんたを……締めますよぉ?」

「言わねえよ。オレの女に手ぇ出すなって意味だ」

「ああ、あの巫女ちゃんね。趣味じゃない女を殺しても楽しくないのでヤりませんよ」

「ゲスめ…………いいか、アンゲロスだけだ。他には手を出すな!」

「はいはい」


 口の減らないデュークに行けと命じると同時に、テオも疾風の如くアンゲロスに斬りかかる。

 異形の腕が完成する前にその首を切り落とさんと、豪剣を振るった。

 風がうなり、アンゲロスに白刃が迫る。

 そして、一瞬で敵の背後に回りこんだデュークの追撃。剣の如き爪が白い航跡を走らせた。


 が、それは空をきっていた。斬ったと見えたのはアンゲロスの残像だった。

 ドンと、空気が破裂するような爆音。


 テオとデュークは同時に上空を見上げる。

 その視線の先に、天高くアンゲロスが舞い上がっていたのだった。その背にはドラゴンの翼が広がっていた。

 僅かに明るさを増してきた藍の空に、真っ黒な翼がバサリと不気味な羽ばたきの音を響かせていた。










 リッケンが率いてきた兵士達に二重三重に囲まれて、ニコはヴァレリアに寄り添うように立っていた。厚い人の壁に阻まれて、アンゲロスに向けて突進していったテオの様子を見ることは出来なかった。

 ニコの胸はモヤモヤとしていた。ヴァレリアを守ることは本望であるから良いとして、突然のテオも登場がどういうことなのか分からないでいるのだ。


「ねえベイブ、どういうことなの。いつの間に黒竜王とテオさんが入れ替わったの?」


 険しい顔で質問した。遠目だったがずっと見ていたのだ。入れ替わったのでは無いと、もう解ってはいたが、そう質問せずにはいられなかった。


「違うわ……テオが、黒竜王ディオニス、なの」

「……テオさんが黒竜王……本人が言ったの?」

「ええ、認めていたわ」


 テオが黒竜王だった。

 ニコは、ああと大きな息を吐き目をギュッと閉じた。

 衝撃が強すぎた。クラクラと目眩を感じていた。

 テオは憧れの対象だが、黒竜王は両親の死の遠因を作ったいわば仇のようなものだ。今となっては王に対して憎しみはさほど無かったが、だからといって好意を持つ相手でもなかった。

 その黒竜王がテオだった。

 これをどう受け入れればいいのかと、ニコは煩悶する。


「ニコよ、どうか恨まんでやってくれ」


 アインシルトが苦渋に満ちた声で言う。


「テオドールは王ではなく、ただの魔法使いとして生きることを望んでいた。お前たちを欺こうとしてやった訳ではないのじゃ」

「……亡国の王にならない為に……ですか?」

「そうじゃ。予言の的中を回避しようとしての。じゃから、殆どの時間をあのブロンズ通りで過ごしておった。王宮には身代わりの傀儡を置いてのお」


 テオはブロンズ通りにいながら傀儡を操り、王としての職務をこなしていた。場合によっては王宮に出向く事もあったが、それは極まれなことだった。この事に、周囲が不信を抱くことなく二重生活を送れたのは、ひとえにアインシルトとリッケンのサポートの賜物だった。


 アインシルトは長い髭を撫でながら、先刻、鏡の中からテオが出てきた時のことを思い出していた。土くれで出来た人形の黒竜王と生身のテオが、鏡越しに入れ替わりを果たした魔法のことを。

 傀儡はテオと寸分違わぬ姿を持っている。一ミリの身長差も、一グラムの体重差も無い。結界を壊さぬよう鏡の世界のバランスを保存するために、ただ出てくるのではなく瞬時に傀儡と入れ替わったのだ。

 あのような技を教えたことなど無かったのに、いつの間にか彼は新しい魔法を身につけていた。そしてどんどんと無謀な試みへの躊躇を失くしていっている。そのことに不安と憐憫を感じていた。この局面でも、更にテオが闇雲に突っ走ってしまうのではないかと懸念してしまうのだ。


 目を伏せるニコを見つめ、アインシルトは言い訳じみていると思いつつも言葉を継いだ。


「お前の知っているテオドールは、作り物ではない。あれが素顔じゃ。偽りはない」


 何も答えないニコの隣でヴァレリアがつぶやく。


「そう……全ては、救国の魔法使いでありたかったから……黒竜王を嫌っているように見えたのは、予言を否定したかったから……なのね」


 ニコはやおら頭を振る。なぜ彼女はそんなに平然と受け入れられるのか不思議でならなかった。

 呆然としながら予言の言葉を頭の中で繰り返し、テオとの暮らしの中で感じてきた違和感についてめまぐるしく考えを巡らせた。

 黒竜王についてわけ知りな言動をしていたこと、テオが時折魂の抜け出た腑抜けのようになってしまうことや、近衛隊の下士官を名乗りながらも軍務についていないこと。

 彼が黒竜王だったとすれば、様々なことに合点がいってしまうことが悔しくてならない。彼が腑抜けになるのは、傀儡の方に意識を飛ばしていた時だったのだ。それに、勅命を受けて市井しせいの動向を調べてるだなんて、ご本人様がとんでもない言い訳をしたものだ。


 はあとため息をこぼすニコの肩をアインシルトがぽんと叩く。


「許してやってくれ。テオドールなりに誠実に生きようとしていたと、わしは思うとる」


 誠実、今だけはこの言葉の意味を考えたくない、そう思うニコだった。

 そして、はたと顔を上げた。


「そうか……酷い嘘ってこれのことか……」


 ナタの城塞でヴァレリアを置き去りにした時の置き手紙を思い出していた。確かに酷い嘘だ。今までで一番罪深い嘘だ。心から慕い続けた気持ちを、踏みにじられたような気がした。

 ニコは胸苦しさを紛らわせるように唇を噛む。憎めばいいのか許せばいいのか解らず、救いを求めるようにヴァレリアを見つめた。


「ベイブは許せるの?」

「……ニコは怒ってるの?」

「よく、分からない」

「テオはテオよ。ブロンズ通りで暮らした日々に嘘はないわ。あなたが言ったのよ、私たちはお互いに代えがたい大事な存在になってるって」

「でも…………黒竜王は……僕の両親を殺したんだ」


 自分の両親を殺したのはドラゴンなのだと解っている。だが、それを召喚したのは黒竜王なのだ。この混乱する気持ちにどう決着をつければよいのか解らない。

 ニコの視線は定まらない。キョロキョロとヴァレリアと周囲を見るのだが、何も見えてはいなかった。頭の中に浮かぶのは、燃え上がる家とドラゴン、そしてテオの顔ばかりだった。

 ヴァレリアはそっとニコの手を取る。両手で包み込むようにして彼の冷たい手を温める。


「きっとテオは苦しんでいたわ、あなたのさみしげな顔を見る度に」

「あ、あの人は………一度も謝らなかった!」

「そうね、謝れなかったでしょうね」

「…………っくう」


 思わず小さな嗚咽を漏らす。

 ヴァレリアの言うことは解りすぎるほどに解るのだ。テオに謝られたら一層自分は傷ついていただろうし、まして謝罪が欲しいなんて今この瞬間でも思っていない。


「全てを話して謝れば、彼はブロンズ通りを出ていくしかないし、あなたをまた一人ぼっちにしてしまう」

「……わかってる、ベイブの言う通りだ…………ズルいよ。テオさんはズルい……」


 必死に唇を笑みの形にしたが、堪えきれずに一粒光るものが頬を流れた。結局何があろうと、自分はテオを嫌いになどなれないのだなと、ニコは自嘲気味につぶやく。


「ホント、敵わないよテオさんには……」


 ヴァレリアの手を握り返してからニコはそっと手を離し、激しい斬撃の音に耳を澄ませた。

 今テオはアンゲロスと戦っている。自身の唯一の弱みであるヴァレリアをニコに託して、敵に向かって行った。

 アインシルトやリッケンではなく、自分にヴァレリアを護れとテオは言った。黒竜王だということが露見した直後だというのに、ニコが逆らうなどと微塵も疑っていない。ただ頭ごなしに命令してるだけではない。お前を理解し信頼している、そう言われているような気がした。

 傲慢ではあるが、それが彼なりの贖罪なのだろうかとニコは思う。とても真似などできはしない。そして、する必要もないのだろう。だから、自分は自分らしくやるべきことをやればいいのだ。

 ニコは大きく息を吐き、戦況に耳を澄ませた。


 ひときわ大きな爆音が、バリバリと空気を震わせた。








 ビオラはアインシルトに指示され、ニキータの治療をしていた。ヴァレリアたちから少し離れたところで、こちらも兵士達に取り囲まれ護られていた。

 真っ赤に爛れた腕は見るも無惨で、先程のブロンズ通りでの比ではなかった。目にした途端、思わず息を呑み眉を潜めたが、ビオラは黙々と癒やしの魔法を使い続けていた。

 

 ニキータも静かに治療を受けていた。だが、ビオラの魔法はあまり効果が上がらなかった。破魔の巫女の力に長く晒されすぎたせいなのだろう。

 だが治癒が芳しくないというのに、ニキータにはあまり気にした様子は無かった。

 ぼんやりとビオラの顔を見ているばかりだった。


「どうしました? 私の顔に何か?」


 静かにビオラが尋ねる。


「お姉さんは、やっぱり驚かないんだなって思って……」

「……黒竜王のマスクに下に誰の顔があるのかは、ブロンズ通りでのお話である程度予測していましたので」

「やっぱり」


 ニキータがニッコリと笑うと、ビオラも微笑み返した。


「王族名と幼名のお話をされましたから。陛下の正式なお名前は、ディオニス・テオドール・ファン・ヴァルディック……」

「そっか、兄さんの幼名を知ってたんだね。大人になると略して使わなくなるから、知らないかなって思ったけど。ほら、僕がバラしたって知ったらあの人怒りそうでしょ? でも、こんなに大体的に素顔晒したんだから、もう怒られないよね」


 ニキータがえへへと無邪気な笑みを見せると、ビオラもつられてふふふと声に出して笑った。

 ぐずぐずに崩れた腕が痛くないはずがない。治癒魔法の効果も上がらない。それでも笑みをたやさないニキータがいじらしく思えた。


「怒られるのがそんなに怖いのですか?」

「ううん……見捨てられるのが、怖い」

「大丈夫です。……テオはあなたを見捨てたりできないわ」


 ビオラは確信を持って言った。見捨てたりできないからこそ、七年前テオは彼を王宮から逃がしたのだからと。

 そして一層心を込めて、癒やしの魔法を彼に注ぎこむのだった。


「さっき僕が頼んだこと、よろしくね」

「さあ、何のお話でしたかしら?」

「やだなあ……とぼけないでよ。もしもの時は、僕を……」

「もしもの時は来ないでしょう。今言ったばかりですよ、テオはあなたを見捨ないと」

「すごいな。ヴァリー以外にも、あの人を信じられる人がいるなんて」


 目を丸くするニキータにビオラは苦笑した。


「……ひどい言いようね。まあ、あの素顔の彼はともかく……黒竜王としては信じられるわ」


 偽らざる思いだった。

 ビオラの真っ直ぐな瞳に、ニキータは唇をほころばせた。











 魔法騎士団達はアインシルトのもとに集合し、ヴァレリアらの警護の為に壁となっていた。

 そこへ駆け戻って来たジノスは、なんなんだチキショウと独り言を叫びながら、目を吊り上げていた。

 人垣の中から出てきたアインシルトとリッケンに、声を裏返して詰問する。


「あ、あれはどういうことなんですか?!」


 ジノスのいうあれとは、マスクを外した黒竜王がテオであったことを指している。テオのことなど知らぬ団員達にしてみれば、何をそんなに興奮しているのかと言うほどの慌てぶりだった。彼らは単純に、王が素顔を晒したことに驚いただけであった。


「老師! なんでアイツが!」


 テオを飛竜から突き落としたり、クソ呼ばわりしたり嫌味を言ったりと、酷い扱いをした記憶がグルグルとジノスの頭の中で回りはじめる。そして黒竜王の身を凍らせるような威圧感を思い出すと、みるみるうちに顔が青ざめていった。もしかして、とんでもない無礼をしでかしてしまったのかと、頬が引きつっていた。

 双子なのではないかと疑ってはいた。しかし、同一人物だとは思ってもいなかったのだ。

 動揺しているジノスに、アインシルトが困ったように髭を撫でながら答える。その目は、テオの動きをずっと追っていた。戦況から目を離すことは出来ないのだった。


「すまんのぉ。今は説明できんが見た通りじゃ」

「そんな……勘弁してくださいよ……」


 愕然とするジノスの肩をリッケンが叩いた。


「この話は後だ。そして他言は無用だ」

「……ああ……はい」

「さっきから動きまわっていたようだが、何を探っていたのだ」

「あ……それは、アンゲリキの姿が見えないのでどこかに潜んでいるのかと……しかし見当たりませんでした」


 ジノスにしては珍しくガックリと項垂れている様子に、リッケンは苦笑する。


「まあ、そう悩むな。お前の働きは良く理解されているし評価もされている。多少の態度の悪さぐらいで罰せられたりはせん」

「…………」


 そうじゃなくて、あの野郎に騙されてムカついてるんですけど、という言葉をかろうじて飲み込むジノスだった。だが、こいつらもグルだったかと、二名の重臣も恨みの対象にリストアップすることは忘れなかった。


 リッケンは、騎士団の輪の中心にヴァレリアがいることをジノスに告げた。どのタイミングで破魔の巫女として彼女の出番となるかはまだわからないが、いざその時はニコやビオラと共に警護するように命じた。

 ジノスは心中穏やかでは無かったが、粛々と従い人垣をかき分けてヴァレリアのもとへと赴いた。

 その後姿を見つつ、リッケンがつぶやく。


「それにしてもアンゲリキか……」

「テオドールが言うておったのぉ。鏡の中に結界を張ったじゃの、切り札じゃとか…………な、なんじゃ!」


 突然、アインシルトが叫んだ。

 それは丁度テオとデュークがアンゲロスに斬りかかった時だった。

 爆音が轟いたかと思うと、凶々しい黒翼が広がりアンゲロスが空に飛び上がっていた。


「まさか、ドラゴンを……」


 アインシルトの眉間に深い溝が刻まれていた。


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