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黒のドラゴンとブロンズ通りの魔法使い  作者: 外宮あくと
第三部 罪と力と代償と
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33 狂おしい夜の続きを

「どういうこと?! ニコ、飛べるなんてすごいわ!」

「アインシルト様のご命令で、ここに来るように言われたんだ」


 ヴァレリアは駆け寄り、ニコの手を握った。

 頬を染めるニコの声は少し上ずっていたが、誇らしげでもあった。兄弟子の誰でもない、自分が選ばれたことは師の信頼を受けている証だと素直に信じられるからだった。もちろん、ヴァレリアやニキータとは既知の仲であるという事情を含んでのことではあろうだが、全くの役立たずであれば他の者が使われされたはずなのだから。


「ベイブを……あ、ヴァレリア様をお守りするようにって。それから、巫女の力をいかんなく発揮できるよう、全力でサポートをせよと仰って。伝説の妖魔が町に現れて、いよいよ事態が動き出したんだ」


 ニコの言葉に厳しい顔でビオラはうなずいた。つい先程、空を駆ける髑髏の騎士を目撃したところだ。この少年と共にヴァレリアを守りつつ、悪しき者たちを退けなければならないと気持ちと新たにした。

 ヴァレリアはキリリと頬を引き締めるニコに頼もしさを感じた。しばらく会わないうちに、少年っぽさが消え、大人びてきたように思えたのだ。


「ありがとう、ニコ。あなたが守ってくれるなら安心だわ。……でもね、一つお願いなの。今まで通りベイブって呼んでちょうだい」


 ヴァレリアの微笑みに、ニコも笑顔を返しうなずいた。

 そして自分を不安気に見上げているニキータにも微笑みかける。


「キャット、君の事も守るよ」


 ニキータは首をかしげる。なぜ自分を守るなどと言うのか不思議そうだった。以前、彼の目の前で、黒い獣に変げして見せたのだ。危険な存在だと知っているはずのに、なぜそんなことを言うのかと、首を振った。


「僕を守る必要なんてないよ」

「そんなことない。君は利用されただけだろう?」

「アインシルトの命令だから?」

「確かに命じられたけど、そうじやなくても僕は君を守るよ。だって、友達だろ?」

「…………」


 ニキータの胸に、友達という言葉がチリリと胸にしみた。今まで友達と呼べるような相手など誰ひとりとしていなかったのだ。キョロキョロと視線を彷徨わせ、つぶやく。


「僕なんて、いない方が……」

「君を大切に思う人間は、君が思うよりもいっぱいいるんだよ」


 ニコはニキータに最後まで言わせなかった。そして、うつむく金色の綿毛のような頭をよしよしとなでる。猫だった時、何度もそうされたことをニキータは思い出し、熱くなる目をそっと閉じた。

 

 ヴァレリアは部屋にいる全員をゆっくりと見回し、微笑みを浮かべる。


「私、なんだか勇気が出てきたわ」


 本当は不安が消えた訳ではないが、ヴァレリアはしっかりと決意を固めていた。自分にしか出来ない事があるのだ。弱気になっては、可能も不可能になってしまう。そして自分は一人ではないのだからと、もう一度ニコにうなずいてみせる。


「さあ、出発しよう。騎士と妖魔は迷霧の森に向かってるそうだから。……止めなくちゃ」

「ねえ、ニコ。テオもそこへ向かってる?」

「ゴメン、ベイブ。テオさんのことは聞いてないんだ。でも向かってるんじゃないかな。あの人がじっとしているとは思えないし」

「そうね。きっといるでしょうね。さ、私達も行きましょう」


 ビオラに促されて、四人はうなずきあった。







 草原に天駆ける騎馬が降り立った。

 腕にむしゃぶりつき、暴れていた妖魔の女を、髑髏の騎士は遠慮呵責(かしゃく)なしに地面にダンと叩きつける。


 迷霧の森の手前に広がるこの草原は、普段であればピクシーたちがキラキラと跳ね回っているのだが、今は全ての生き物が死んだように閑散としている。


「お、お前さま……申し訳ありません……再び、現し世に見えてしまうとは……」


 地に伏した女の体が震えている。微かな嗚咽が漏れていた。


「ど、どうかひと思いに……こ、殺してくださいまし…………。キヒャッヒャッ、あの狂おしい夜の続きじゃあ!」


 ガッと頭を上げると、鬼の顔が騎士を見上げて笑っていた。


「……私はずっと考え続けてきた。長い時をずっと、な。千と有余年前、私はお前の肉体を亡ぼした。そして、お前の魂は宝玉に生まれ変わりこの国を守護してきたではないか。妖魔としてのさがを、お前は抑えてきたではないか。二つの顔を一つにすることは不可能ではないはずだ」

「おお、おお! 一つにしようではないか! 邪魔なクソ女を消せばせいせいするわ!」


 髑髏は静かに妖魔を見下ろす。


「アーリティーを……返せ」

「ヒッヒャッヒャッ! ワシがお前のアーリティーじゃ! 愛しい愛しいお前のアーリティーじゃ!」


 騎士の剣がまっすぐに妖魔アーリティの頭上に振り下ろされる。

 バッと大きく後方に跳ね飛んでかわした彼女は、イヒヒと笑って鋭い牙と爪を光らせた。

 馬を降りた騎士は、妖魔を追って駆け出す。

 二体の異形の者の、千年の時を超えた再戦が始まった。


 迷霧の森の入り口に、佇む黒い影がそれをねっとりと見つめている。片腕の長身の男。ユリウスの体を乗っ取った、アンゲロスだった。


「さあ、髑髏の騎士よ。殺してしまえ。愛する女の血を浴びれば邪に染まりきるだろう。そして破壊の限りを尽くしてみせろ……」





 閃光のごとき速さで大剣を振るう騎士の周りを、軽々と飛び跳ねて攻撃をかわしていたアーリティが、ざんばら髪をブンと振り回した。すると、無数の黒い羽虫が髪から飛び出し騎士にまとわりついた。キーキーと耳障りな泣き声を上げて、騎士の体、骨を削り始める。


「喰われてしまえ! 心ごと喰われてしまえ!」


 がなり立てるアーリティに、騎士は鋭い突きを浴びせるが、先程までのスピードには遠く及ばない。羽虫のせいで鈍っているのだ。そして無数の虫を攻撃が防ぎようもないと承知して、払うことをせず攻撃にのみ集中していた。

 二撃目を上段に構えた時、騎士の目が迷霧の森の入口を捉えた。


「アンゲロス!」


 その叫びに反応したのは、呼ばれた本人のみではなかった。

 さっとアーリティも森を見ると、アンゲロスがこちらに歩みよってくるところだった。


「お前たちの邪魔をする気は無い。さあ、存分に続けよ」


 不敵に笑い、男はもう一度さあどうぞと手を広げる。

 ヒヒっと妖女が笑う。髪が逆立ち、第二弾の羽虫の軍団が飛び出してきた。それはアンゲロスへと向かっていた。


「お前の存在が邪魔じゃあ……小童が!」


 黒い靄のように羽虫が、薄ら笑いを浮かべるアンゲロスを包んだ。

 髑髏の騎士は、大地を踏み鳴らしてアンゲロスへと疾走る。

 大剣が紫にギラギラと輝き出し、火花が散った。

 ほんの数秒でアンゲロスの眼前に到着したが、ボンと炎の柱が立ち上がり、騎士は一瞬動きを止めた。

 妖魔が放った羽虫が炎に焼き消されていた。アンゲロスは無傷だ。

 それを視認した途端、騎士は横殴りに一刀を浴びせる。


「玉を返せ! この妖魔を再び封印する!」


 アンゲロスは後方に跳ねてかわしたが、腹に朱線が走っていた。チッと大きく舌打ちをして、騎士をにらみ返す。


「……貴様の相手は、そっちの女だろうがっ……」


 騎士の追撃が来る前に、アンゲロスは身を翻して森の中へと駆け込んだ。

 追いかけてくるかと思われたが、騎士は再び襲いかかってきた妖魔との戦闘を再開していた。髑髏の体を蝕む微細な黒い虫の数が更に増え、ワンワンと羽を震わせせる不気味な音がアンゲロスの耳にも届いた。

 軽々と跳びはねる妖魔に、騎士は斬りかかるが確実にスピードは落ちていた。


「使えないヤツらめ……」


 苦々しく独りごちる。

 穢された玉から妖魔が復活すれば、からなず騎士が現れると踏んでいた。それはその通りになった。だが、その後は全く思惑通りに進まないのだ。


 完全に邪に転じると思っていた妖魔に、まだもう一つの顔が残っている。そして、悪鬼と化した女と接触すれば騎士も邪に転じて、狂戦士として復活すると目論んでいたのだ。それなのに、あろうことか妖魔を封じるなどと言い出す。

 これが怒らずにいられようか。

 アンゲロスは歯噛みして、彼らを睨んだ。


「手駒にするには、相手が悪すぎたか……」


 ポケットに手を差し込み、その中のものを確認する。

 それはニキータがテオから奪った、ドラゴンの鱗だった。


「さて、我がコレを使ったならどうなるかな……」


 アンゲロスの頬に引きつったような笑みが浮かぶ。

 黒のドラゴンの召喚には重い代償が必要だ。あの黒竜王が何を代償として差し出したかは知る由もないが、クーデターの折に消えた人命ではなかろうかと想像していた。

 生け贄くらい幾らでも差し出せるが、今のアンゲロスにはあれだけの数を用意する時間的な余裕がない。この場にいる者を全て殺したとしても、クーデターの死者の数には到底足るまい。ならば、我が魔力と魂を差し出すまでか、と考えニヤリと嗤った。


 愛しいアンゲリキを自ら失った自分に、最早欲しいと思えるものなどなかった。

 アンゲロスが渇望したのは「二人の王国」だった。彼女が死んだ今、インフィニードを手に入れようとも、世界を手に入れようとも、何の意味もない。どう足掻こうと望むものは手にはいらないのだ。

 それならば、壊してしまえと思う。

 全てを無に帰してしまえるなら、命など惜しくもなかった。


 アンゲロスは、拳の中の鱗をギュッと握りしめた。



 





 ジノス率いる魔法騎士団が草原にたどり着くと、既に妖魔と髑髏の騎士は血濡れの戦いの最中だった。

 人の身では到底、割って入ることなど出来ないその戦いを、彼らは見守るしかなかった。

 自分達に出来るのは、彼らの争いが町に被害を与えぬようにすることぐらいだ。そして、幸いな事に、騎士は彼らの思いを汲んで、この草原を戦いの場に選んだらしいことに感謝し、妖魔を滅ぼしてくれることを祈っていた。


 だが、その後はどうする。騎士は大人しく墓所に引き返すのだろうか。もしもそうでなかったらと、ジノスの背がブルルと震える。

 さっと部下に合図を送り、人外の争いを遠くから囲みこむのだった。


 そして、ジノスは注意深く周囲を探る。

 あのユリウスの顔をした炎の魔物アンゲロス、そして魔女アンゲリキがこれを何処かで操っているはずだと考えていた。見つけ出し、必ず倒さなければならない敵だ。あれが生きている限り、インフィニードに安寧はないのだからと。


 直にアインシルトと黒龍王もここに到着するだろう。

 それまでに、せめて双子の所在だけでも突き止めておきたいと、ジノスは数名の部下を伴い草原の探査を始めるのだった。


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