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黒のドラゴンとブロンズ通りの魔法使い  作者: 外宮あくと
第三部 罪と力と代償と
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28 再会

 敷き詰められた石畳の通り。茶色い外壁の家々。見慣れた景色の中にヴァレリアはいた。

 懐かしいブロンズ通り、ここを離れていたのはほんの数週間だというのに、まるで何年かぶりの帰省のように感じるヴァレリアだった。


 飛竜から降り乱れた髪をサッと整えると、引き寄せられるように通りを歩いた。目指す家はもう目の前だ。

 しんとして真っ暗な室内を小窓から覗きこむと、月明かりが床にヴァレリアの影を映した。ゴブリンとして過ごしていた頃とは、まるで違って見える室内に心臓がドキドキと高鳴った。視点の高さの違いでこんなにも変わるのかと、元の姿に戻れたことを再度実感するのだった。


「ヴァレリア様、今すぐ王宮に入ることはできませんから、まずはここからアインシルト様に連絡をとりましょう」

「ええ」


 ビオラに促されて、玄関の前に立つと「シェーキー魔法店」の看板が目に入った。

 シンプルな看板の手書きの文字はテオのものだ。ヘラヘラと笑い悪趣味なローブを着る魔法使いは、意外にもきっちりと美しい文字を書く。

 指先でなぞるその文字にさえ、愛しさを感じる。ヴァレリアの唇が震えていた。


「……さあ、入りましょうか」

 

 ビオラは解錠の呪文を唱えるが、反応がない。

 不審に思い、ノブに手をかけるとカチャリと開いた。テオは鍵をかけずに出て行ったのかとビオラは、眉をしかめた。それとも他に誰かいるのかと、中に入ろうとするヴァレリアを制して、様子を伺った。


 用心深くビオラは部屋の中を見渡した。そして眉をしかめた。

 微かに血の臭いが漂っているの気づき、背後に立つヴァレリアを振り返る。臭いの事には触れず、囁き声で注意を促した。


「私から絶対に離れないで下さい」


 ヴァレリアの顔が引き締まる。そして二人は足音をたてないようにそっと部屋の奥に踏み入った。


「……誰かいるのね」

「ええ、ここに潜んでいるなんて、一体何者かしら」


 緊張した声で答えるビオラの背に張り付くようにして、ヴァレリアは周囲に視線を走らせた。荒らされた様子はないが、どことなく部屋が不気味に見えてくるのは不安のせいだろうか。

 ビオラがニコの部屋のドアをそっと開けた。誰もいないのを確認し、二人はうなづきあう。


「上に……」


 ビオラの背を追って、静かに階段を上っていく。

 この上はテオの部屋だ。そこに誰かいるというのか。ヴァレリアの鼓動が早くなる。

 まさかテオが? と思うと身体に震えが走った。王宮付きになったという話だから、居るはずないと思うのだが胸の奥で期待してしまう自分がいる。でしゃばるなと言われたばかりだというのに、しかも本当に彼が居たとしたらどんな言葉を投げつけられるやもしれないというのに、それでもときめいていた。


 緊張した面持ちのビオラはノブに手をかけ、フッと短く息を吐く。

 一気にドアを開くと同時に、キンと小さな音がして二人は障壁に包まれた。


「誰! 何をしてるの!」


 ビオラの声が大きく部屋に響いた。その手には既に攻撃の光の矢が準備されている。

 もぞりと人影が動いた。

 テオのベッドで丸まっていたものが起き上がったのだ。それは少年だった。

 あっとヴァレリアは息を飲んだ。


「お前、何者?」


 全く警戒を解かないビオラの腕をつかんで、ヴァレリアは彼女を止める。


「待って! 大丈夫だから!」


 少年が、顔をあげた。金色の髪が月明かりを浴びてキラキラと輝く。青い唇が震えて、儚げな微笑みをうかべた。


「……ニーカ」

「ヴァリー……良かったね、元に戻れて」


 ニキータがベッドから足を下ろし立ち上がろうとすると、ビオラは動かないでと手の平を向けて制止する。まだ警戒を解くわけにはいかないようだ。


「どちらのニーカさんかしら」

「ビオラ、本当に大丈夫なの。ここに居た黒猫のキャットを知らない? ニーカも魔女に猫に変えられていたの」


 ヴァレリアの言う黒猫という言葉に、そういえばとニコの話を思い出した。ゴブリンのベイブを慕う黒猫が実は少年で、行方が分らなくなっていると言っていた。その少年が何者であるかは聞いてなかったが、少々口ごもるニコの様子からかなりの訳ありだと察するのは容易だった。

 それが今目の前にいる少年なのかと、観察を深める。彼の事情の内容を聞くまでは、ヴァレリアに近づけられないし、警戒も解くべきではないだろうと思った。


「ヴァレリア様、この少年とはいつからのお知り合いなのですか? 貴女にかけられた呪いのことも知っているようですが」

「インフィニードに来る前からよ。ミリアルドでは私の馬の世話をしてくれていたの。心配しなくていいわ、私がこの子を連れて家出したんだから」


 ヴァレリアが次第を掻い摘んで説明すると、一応は納得したようでビオラは彼に近づくことを許した。

 途端にヴァレリアはニキータに駆け寄り、そして抱きしめた。


「ああ、可哀想に。こんな酷い怪我をして……」


 ヴァレリアが触れると、ニキータはクッと眉をしかめブルブルと震えた。なおも強く抱きしめようとすると、そっと押し返される。

 困ったように頬を染めるニキータに微笑み、ヴァレリアは癒やしの光を与えた。ビオラもベッドサイドに膝を付き、傷の回復を手伝ったがその目は探るようにじっと少年を観察している。


 柔らかな光に包まれて、ニキータはうっとりと目を半眼にする。かなり体力を消耗しているようで、けだるい表情だった。

 懸命にヴァレリアは光を与えるのだが、傷の回復はかんばしくない。


 ふと、ニキータがビオラに顔を向ける。


「お姉さん、強そうだね。ずっとヴァリーを守ってあげてね」

「……もちろんよ」


 ニッコリと笑う少女のようなニキータに、ビオラは思わず見とれてからふるふると頭を振った。そして質問をぶつける。


「これはどうしたの? あなたのような子どもがこんな怪我するなんて普通じゃないわ」

「……ん。ごめんなさい。今は言えないんだ。でも信じて、僕は絶対にヴァリーを傷つけたりしないから」


 不審な顔をしているビオラに代わって、ヴァレリアが尋ねる。ニキータの手を優しく握りさすってやる。


「ニーカ。アンゲリキなんでしょう? 森で私達を襲った時、あなたを連れていきたそうにしていたわ。また襲われて、逃げてきたんじゃないの?」

「……相変わらず、察しがいいね。そんな感じ……」


 ニキータはヴァレリアから逃れるようにすっと手を引いて答えた。

 その手の甲がほんのり赤く腫れているのに気づいたのは、ビオラだけのようだ。


「この子は魔女と繋がりがあると疑われたく無かっただけなのよ。だからビオラ、怖い顔しないで。私と同じで魔女に呪いをかけられただけなの」


 厳しい顔で吐息するビオラを見上げ、懇願する。弟のように思っているニキータに、これ以上疑いの目を向けてもらいたくなかった。

 優しく金色の髪を撫で、ひたすらに癒やしの光を彼に注ぎ続けた。

 ビオラは、言葉には出さず解りましたとうなずいた。


「あの人が呪いを解いたんでしょう?」


 唐突に、ニキータがつぶやく。

 あの人という言葉に、ヴァレリアの鼓動が早まる。


「……テ、テオのこと?」

「うん」

「……ええ、そうなの。私の名前を言い当てることが呪いを解く鍵だったのよ」


 少し焦り気味に答えるヴァレリアを、ニキータが意味ありげにじっと見つめる。何か問いたげに見えて、ヴァレリアは忙しく瞬きをする。


「……違うよ。それだけじゃなかったでしょう?」

「え? でもテオがそう言ったわよ?」

「キス、されたくせに」


 不満気に口をとがらせるニキータの発言が、ヴァレリアの胸で弾ける。途端に頬が朱に染まった。

 あのナタの城塞でのひと時がよみがえる。君の名前はヴァレリアだ、そう言ってキスされたのだ。その直後、光に包まれたかと思うと元の姿に戻っていたのだ。


「な! な、なんで、そんなことを……」


 動揺して声が上ずっている。

 どうして知っているのと問いたかったが、それを言ってしまったらキスしたことを肯定してしまうしと、挙動不審に目を泳がせてしまった。

 ビオラがクスリと笑ったのが聞こえて、更に赤面する。


「名前と真実の愛のキス、それがあの呪いを解く鍵だから。聞いてなかったの?」

「……き、聞いてない。全然、聞いてない!」

「呪いを解くキスには条件があったんだ。挨拶のキスじゃダメだし、片思いでもダメ……」


 ニキータは、ハアっとため息を付きながら話し続ける。

 ヴァレリアは彼が一体何を言おうとしているのかと、爆発しそうな胸を押さえてじっと見つめている。


「僕、貴女をこの家から連れだしたでしょう。呪いを解いてあげようと思ったんだ。だって僕は名前を知ってるし」

「ニ、ニーカも魔法使えるんだったね。わ、私全然知らなかったわ……」

「でも、解けなかったんだ。愛のキスもしたのに」

「…………え?」

「知らなかったでしょ。僕が貴女を好きだってこと」


 ヴァレリアはもう言葉がでなかった。耳の奥でワンワンと低い音が響きわたり息も苦しくて、体が熱かった。ニキータが自分を想ってくれてたなんて気づきもしなかったし、今聞かさた呪いを解く条件のことを考えると、顔から火が出るのではないかと思った。

 呪いを解く条件は、名前を当てるだけでなく真実の愛のキスが必要で、ニキータには解けずテオには解くことができた……それは……。


「ナタの城塞でね、あの人と呪いの解き方のこと少し話したんだ。ヒントをあげたつもりが、全部知ってたよ。腹立つよね。自分だったら解けるって言わんばかりの態度だったし」

「…………」

「僕に解けなかった理由まで解説してくれちゃって……貴女が恋しいと思う相手から愛の口づけを受けること、それが呪いを解くキスの条件だって……」

「う、うそ……」

「本当だよ。だって僕には解けなかった……ああ、何度も言うと苦しいね……」


 再び大きくため息をつき、やんなっちゃうと肩をすくめるニキータの背を、ビオラがトントンと優しく叩いた。

 二人は苦笑して、真っ赤になってうつむくヴァレリアを見つめた。


「あぁあ。あの人、本当に隠し事ばっかりだなあ……」

「ホント、そのようね」


 ビオラは相槌を打つと、そっとベッドから離れた。窓枠にもたれて、微笑みながらヴァレリアを見守っていた。ようやくニキータへの警戒を緩めてよいと思えたのだ。


 自分が言っても彼女は信じなかったが、この少年の言葉ならきっと信じるだろう、そうビオラは思った。テオに関しては酷く卑屈になってしまうヴァレリアだったが、そんな態度は彼女らしくないと常々思っていたのだ。本来のヴァレリアは、もっと闊達で聡明なはずなのだ。


 ニキータは少し声に苛立ちをにじませながらも、優しい口調で話しつづける。


「ズルいよ、僕から貴女を奪っておいて肝心なところは隠してるなんて。だから仕返しにバラしてやるんだ。もう一度言うよ、相思相愛だから呪いが解けたんだ」

「…………」


 ヴァレリアがもう言わなくていいと、ふるふると頭を振るとニキータはクスクスと笑った。年下のはずなのになんだか大人びた笑いで、そんなふうに笑われるとヴァレリアはますます体が熱くなって仕方がなかった。

 あの日「どさくさに紛れてなんかしたっけかな」とすっとぼけた顔をしたテオを引っ叩いてやりたくなる。


「ねえヴァリー、気づいてる? あの人、実はあまり嘘は言ってないって。呪いの解き方みたいに部分的に隠しても、全くの嘘は言ってないんだ。卑怯なことにね」


 ムウと口を尖らせ拳を握った。何かを思い出して腹を立てているようだ。


「いつだってそうだったよ。口にした言葉は嘘じゃないんだ。嘘じゃないけど本当でもない。どこかに逃げ道をつくって隠してるんだ。だから真実とは言えない。真実を言わないあの人は、やっぱり酷い嘘つきなんだ。昔からそうだった……このブロンズ通りでも変わってなかった」


 最後の言葉に、ヴァレリアが首をかしげる。チラリとビオラに視線を送ると、彼女も怪訝な顔をしていた。


「……ねえニーカ。あなたはテオをいつから知っているの?」

「……うん……ずーっと前から、かな。僕を王宮から連れだしてくれたのがあの人なんだ」

「え? 連れ出すって、それは私でしょう?」

「ミリアルド王宮じゃないよ。七年前のインフィニード王宮…………死んだことになってたけど、本当は生きてたんだ」


 ああ、とヴァレリアの目が驚きに見開く。

 七年前。王宮。黒竜王の乱。近衛兵だったテオ。

 ヴァレリアの頭の中に数々とキーワードが浮かぶ。

 亡くなったといわれていたのは……。


「王子……アリウス・ニキータ・ファン・ヴァルディック……」

「そうだよ……隠しててごめんね。僕もあの人と同じだね……」

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