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黒のドラゴンとブロンズ通りの魔法使い  作者: 外宮あくと
第三部 罪と力と代償と
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25 鏡の世界

 呆然とテオを見送ったクレイブだったが、やはり見過ごすわけにはいかなかった。ふらふらと立ち上がると遅ればせながら後を追い始める。何をしようとしているのかと気が気でなかった。


 官舎から続く渡り廊下を小走りに走ってゆくと、以前フィリップ王子が仮住まいしていた別館へとテオが入っていくのが見えた。扉が閉まると、真っ暗な一階部分に明かりが灯った。

 急いでクレイブも別館へと向かう。一足遅れて辿り着き急いで中に入る。


 だが、もうテオの姿は無く、シンとしたエントランスには誰一人いなかった。

 クレイブはゆっくりと回りを見渡した。扉の正面には大きな階段があり、左右の壁には二つづつドアがある。

 テオはどこへ行ったのか、一つ一つ確かめてゆくしかないかと、エントランスの中央でクレイブは立ち止まる。

 そして、ふと背後を振り返った。


 入ってきた扉の横には大きな姿見鏡があった。

 途端にクレイブは目を見開き、グルリと再び振り返る。今度は階段の方だ。心臓が早鐘を打っていた。

 階段を見上げるが、誰もいない。


 しかし鏡には階段を登ってゆくテオが映っていたのだ。

 信じられない思いで、クレイブは鏡に駆け寄っていった。

 すると、丁度階段を登りきったテオが、ちらりと振り返りニヤリと笑った。


「おい! どうなっているんだ?!」


 クレイブがドンと鏡を叩くと、紫の片目を光らせてテオが答えた。


『アインシルトに伝えてくれ……吉報を待ってろってな』


 少し反響を伴った声。やはりこの中にいるとクレイブの背筋がブルっと震えた。冷たい汗が額ににじんだ。


「な、なんの話だ! この鏡に何があるんだ?!」

『ただの鏡さ。丁度いい大きさだったから入り口に使った。…………なあ、アソーギ中の鏡を割るってのは、可能か? 無理とは思うが……取りあえずやってみるか? 割ったところで役に立つかどうかは分からんが』


 ひらひらと手をふるとテオは、廊下の角を曲がって姿を消した。

 クレイブは訳も分らず、見つめるばかりだった。

 またテオがひょいと顔を出しはしないかと、鏡を凝視していたが映るのは誰もいない階段と自分の姿だけだ。

 ふうと大きく息を吐き出す。


「あの野郎……何の説明もなしか! 素直に割ってくれって言えないのか! クソガキめ!」


 片手を鏡に当て、ハッと気合を入れると白い火花があがり、バリバリと鏡面にヒビが入りバリンと砕け散った。そしてローブの内側に手を入れ、サッと引き抜くとふくろうが飛び出してきた。


「希望通り、一つ残らず割ってやる! だからちゃんと戻れよ……」


 扉を開いてやると、ふくろうはアインシルトへの伝言をもって飛び立っていった。クレイブは踵をかえすと、別館の中を駆けまわった。どんな鏡も余さず叩き割るのだ。

 テオがやろうとしていることは全く解らないが、これから何か重大なことが起ころうとしていることだけはひしひしと感じていた。







 アインシルトはふくろうの伝言を受け取ると、即座にリッケンとシュミットに報告し、鏡を排除を依頼した。シュミットは王宮内を、リッケンは城下に向かって走る。

 どれだけ急いだとしても、アソーギ中の鏡を割るなど不可能だろうが、それがテオの助けになるのならばと彼らは部下を伴い急務に懸命に挑んだ。


 アインシルトは二人を見送ると、自分は黒竜王の居室へと向かった。緊張した顔で小走りになりながら急ぐ。

 自分が突き放したことで、テオは結果を急ぎ行動に出たのだと分かった。せめて自分に相談して欲しかったと望むのは、矛盾しているだろうかと自問する。


「……わしを手足としてくれるなら、喜んで差し出すものを」


 ガシャンガシャンとあちこちで鏡の割れる音を聞きながら、王の部屋の前まで来た。

 一つ大きく息を吐き、中へと入った。


 黒い後ろ姿が窓に向かって立っている。

 ソファには紫の目の男がいた。

 コーヒーカップを指先でつまんで香りを楽しんでいる。王をよそ目に、尊大に足を組んで座っていた。いや、その足の先は紐のように細くなってローテーブルの上の小さな手鏡へと繋がっているのだが。

 気取った手つきでカップをアインシルトに掲げて、ニッと笑った。


「これはこれは老師殿。何を慌てていらっしゃる?」

「お前か……」

「随分と騒がしいですね。……あ、この鏡だけは割っちゃダメだと思いますよ。私は望むところですが、ご主人様が怒り狂うのが目に見えてますから」


 ニヒヒと笑うデュークを、アインシルトは汚物でも見るようににらんだ。


「お前がそそのかしたのか?」

「まぁーさか! 勝手に突っ走ってるだけですよ。ご存知でしょう。いつものことです」


 アインシルトは大きくため息をついた。

 精霊の言う通りだと分かってはいたが、この物言いが鼻についてならなかった。テオがコレを捕らえてから、一度として好意を感じたことなどないが、いつにも増して嫌悪を感じる。できればさっさと滅してしまうか、封印してもらいたいものだった。


「心配はない」


 くるりと黒竜王が振り返った。

 鷹揚な声だ。アインシルトの胸にある不安など全く意に介さない、そんな態度だった。


「すこぶる好調だ。吉報を待て」

「……よくものん気なことを仰る……」


 再びため息をついた。

 すると、デュークがウキウキと楽しそうに口を挟んできた。


「なんなら、私が様子を見に行ってきましょうかねぇ?」

「行かなくていい。あの双子の魔法使いどもの所に行ったのだな?」

「それしか無いでしょう。カッコつけちゃって単身で乗り込むなんてアホですね」

「……なぜ止めないのじゃ」

「なぜ止めなきゃならないんです?」

「……もう、よい……」


 黒竜王は二人の会話には無関心なようで、窓枠もたれてじっと彼らを眺めていた。腕を組みうつむき気味なその様子は何か考え込んでいるようにも見えるし、またぼんやりと佇んでいるようにも見えた。

 激しやすい王にしては、珍しく熱のこもらない態度だった。

 その王に向かって、アインシルトは問いかける。


「今度こそ倒せると?」

「倒せるかどうかではなく、倒すのだ。諸共に死んだとしてもな」


 王の冷めた口調に、アインシルトはキッと眉を上げた。

 軽々しく死という言葉を発する王に、激しく怒りを感じている。


「いつからそんな死にたがり屋になったのだ?!」


 心底頭にくると、アインシルトは王と廷臣という関係を無視する。これまでも、はばかる者さえいなければ、遠慮無く師匠として王に意見してきた。話が聞き入れられるかどうかは別としても、己の意見だけは伝えてきたのだ。

 師としては弟子が死んでも良いなどとは、絶対に思えないのだ。


 黒竜王がアインシルトに向き直った。不思議そうに老師を見つめる。


「……お前には、死に急いでいるように見えるのか? 最後の日が来るまで生き足掻くつもりだが、それが少々前倒しになったとしても誤差のうちだろう。たかだか数年の話だ……」


 こんなことは、お前もとっくに了解済みの話のはずだと言外に伝える。

 黒竜王は、冥府の王を退けた折のドラゴンとの会話を思い出していた。自分の残りの命と引き換えに、邪神を倒す方法を教えてくれと懇願した。だが、ドラゴンはいくらも残っていない彼の命になど興味を示さなかった。

 そう、七年前の契約の時に三十年程の寿命をドラゴンとの取引に使ったのだ。

 

「ああ、確かにそうですね。いいとこ後二、三年ですかぁ? 節制すればもう少し持つかもしれませんが」

「止めよ!」


 ダンッと杖で床を叩き、ニヤニヤ笑いながら指を折るデュークに怒鳴った。汚らわしい奴だと、心底思っていた。そして、ギリギリと歯を食いしばり絞りだすように言った。


「……そ、それだけあれば、出来ることは山程ある!」

「山程のことを成せなくてもいい。ただ一つ、あの双子の天使を倒せればそれでいいんだ」


 アインシルトが苦渋をにじませても、王はどこかぼんやりとした様子で他人事のようにつぶやく。

 既に何度か繰り返された会話でもあったから、今更老師の言葉に心を動かされることは無いようだった。


「しかし……」

「そこまでだ! 見つけられそうだ……」


 黒竜王は手の動きでアインシルトの言葉を制すると、ピタリと動きを止めた。







 テオは前には幾つもの鏡が並んでいた。その鏡面には、一つとして同じ景色は写っていない。

 別館の鏡が特別なものであったわけではない。ただあの時一番に近くにある大きな鏡がそれであったというだけだ。鏡の世界への出入り口にするのに丁度良い鏡だったのだ。

 今テオの前にある鏡は、別館の鏡以外で異界への出入り口になり得る条件を備えたものたちだ。この中から、アンゲリキたちが出入り口としている鏡を探しだそうとしていた。

 無数の鏡から条件に合うものをここまで絞り込んできたが、あとは目視で確認していかなければならない。


 何枚もの鏡を一瞥しさっと手を振ると、パタリと鏡の群れは倒れ、その足元から別の鏡が湧いて出てくる。

 そして腕をふるとまた別の鏡が現れる、それを何度か繰り返すと割れた鏡が出現しだした。


 ふと思いつきで、アソーギ中の鏡を割れるかとつぶやいたのだが、どうやらクレイブたちは実行しているようだ。


「仕事が早い」


 満足気に微笑んだ。

 双子の魔法使い達の退路を塞ごうと考えたのだ。できれば国中のと言いたいところだったがさすがにそれは無理だ。彼らの移動できる範囲がどのくらいあるのかもまだ分からないが、アソーギの鏡だけでも処分できれば、かなり囲いこめるのではないかと思うのだ。


 鏡一つひとつに厳しい視線を走らせる。目的の鏡はまだのようだ。

 テオは根気よく繰り返し、そして見つけた。

 ひび割れ白く濁った一枚の鏡を。それは陽炎のようにゆらゆらと揺らめいていた。

 ニッと口角が釣り上がる。


「ここかぁ……」


 テオは鏡に歩みよる。

 嫌な匂いが漂ってくる。何度も嗅いだことのある、あの天使共の匂いだ。

 間違いないと、片手を差し向けると、紫の片目がギラリと光った。

 と、ヒビ割れが消え、鏡面はすっと透き通った。


「フレア!!」


 叫ぶと同時に、まばゆい光球が鏡の中に打ち込まれた。

 驚きの声が聞こえてくる。


「見つけた! 見つけたぞ! アンゲロス!」


 ハハハと高笑い、テオは一気に鏡に飛び込んでいった。


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