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黒のドラゴンとブロンズ通りの魔法使い  作者: 外宮あくと
第三部 罪と力と代償と
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21 決意

 ニコはアインシルトの応接室にいた。一人ソファに座って老師を待っているところだ。

 今、師は隣室でドリスの治療にあたっている。任せておけという言葉に安堵したものの、キュール山での無残な結果にニコの気持ちは沈んだままだった。


 髑髏の騎士は解き放たれてしまい、ニキータはアンゲロスの手に落ち、テオのペンダントも奪われた。

 そして、ここで匿われていたはずのニキータがあの洞窟に現れたということは、王宮の結界は意味をなしていなかったという証明である。そう、守護魔法をかけたユリウスがアンゲロスだったのだから。

 何よりも、そのことが衝撃だった。

 テオとアインシルトの前に堂々と居ながら、全く尻尾を掴ませなかったアンゲロスに恐怖を抱いた。

 彼はいつでも王を狙えたのだ。しかしそうしなかったのは、髑髏の騎士を目覚めさせることを優先していたからに過ぎない。防衛すらできてはいなかったのだ。


 ニコは自分にできることは無いかと考えるのだが、圧倒的に不利な要素ばかり並ぶ現状に無力さを痛感するばかりだった。

 しんと部屋は静まりかえっている。

 アインシルトが隣の部屋に入ってから、そろそろ二時間近くなる。ニコはまんじりともしない時間を過ごしていた。


 コンコンとドアがノックされた。

 ドリスのいる部屋ではなく、廊下側のドアだった。誰か来たらしい。

 静かに開くと、小姓が立っていた。その後ろに背の高い男の影が見えた。


 一瞬ニコの心臓がドキリとした。

 冷たい氷のような影。

 ユリウス――。

 ニコはゴクリと唾を飲んだ。

 だが、それは幻影だった。小姓の案内で応接室に入ってきたのはテオだった。彼の陰鬱な表情が、ニコに幻を見せたのかもしれない。


「テオさん……」


 ホッとするニコの向かいに、テオは腰掛けた。


「まだか」

「はい」


 ドリスのことを聞いた後は何も喋らなくなった。

 また部屋はしんと静まり返る。

 コーヒーを持ってきた小姓は、この重苦しい雰囲気にいたたまれなくなったのかそそくさと退室してしまった。


 テオは腕を組んで目を瞑っている。

 ニコはそれを唇を固く結んで見つめていた。

 聞きたいことは色々あった。特にジノスが言っていた事が気にかかっている。ゴブリン王が邪魔をしていなければ、と思った。彼はテオを黒竜王の何だと言いたかったのだろう。


 カチャリ、と小さな音がしてドアが開いた。

 アインシルトが現れた。

 パッと目を開けたテオに、老師は落ち着いた声をかける。


「もう心配はない。じきに目覚めるじゃろう」


 ホッとニコは肩の力を抜いた。

 老師はその肩に優しくトントンと叩いてから、隣に座った。

 そして、じっとテオを見つめる。


「アインシルト……」


 テオの声が微かに震えている。


「……オレは間違っていたのか」

「何が正しいかなぞ、わしにもわからん。この歳になっても悔いてばかりじゃ」


 アインシルトはうつむいて、やるせなくつぶやく。

 全てを見通すことなど誰にもできはしないだろう。そんな理屈は解っていても、間違ってはいなかったと受け入れて欲しいと、弟子が願っている。彼がこんなことを言うのは随分と珍しいことだし、願いを叶えてやりたいと思ってしまう。すがるような目を向けられると一層そう思ってしまう。

 だが、安易な慰めなど今はできなかった。そういう状況ではない。


 テオは、また小さくつぶやく。


「……ニキータもユリウスも諦めなければならないのか」

「テオドール……すまんのぉ。その決断はわしにはできぬ。じゃが、お前の下した判断であればわしは賛成するし、結果も全て受け入れる」

「……きついな」


 老師の胸が痛む。

 変われるものなら変わりたいといくら願おうとも叶わぬことで、それを口にしたところで同じことだ。言葉で労ろうとも、突き放すことに違いはない。


「……いかようにもわしをこき使えば良い。このジジイには、そのくらいしかできぬ」

「ますますズルい……このタヌキめ」


 テオはフッと笑った。

 そんな返事がくることくらい初めから分かっていたという顔だった。

 カップに手を伸ばし、冷め切ったコーヒーを一口飲んだ。


「ジノスが動きづらいとぼやいていた」


 ゴブリンの国での去り際の会話のことだろう。ニコも気になっていたところだ。


「あやつは信用できぬか?」

「そんな事はないが、余計な詮索をされるとオレが動きづらい」

「あの……」


 ニコは恐る恐る口をはさんだ。


「僕もジノスさんが言うように、全てを明かして欲しいなって思ってます。……あ……でも、知ったからってできることはないし……。すみません役立たずなのに、余計なことを……」


 アインシルトとテオに注目されて、ニコは口ごもった。

 テオが動きづらいと言っているのに、本当に余計なことを言ったと後悔した。

 だが、テオはクスリと笑った。

 

「何言ってる。お前には重要な仕事があるじゃないか」

「え?」

「例の文通相手さ。ちゃんとガールフレンドの面倒見ろよ」


 ひやかすような言い方に、ニコはカクンと首をかしげる。それはちょっと違うじゃないか、面倒みなきゃいけないのはあなたでしょうに、と思うのだがそれは黙っておく。

 ついさっきまでなんだか弱気な様子だなと思っていたのに、コロッと態度を変えるテオに苦笑してみせた。


「…………えっと、今回の件、失敗したって伝えたのマズかったですか?」

「はあぁぁ?! もう喋ったのか!」


 手にもったカップのコーヒーをぶちまける勢いで、テオが乗り出してきた。

 その勢いに、思わずニコとアインシルトはソファの両端に逃げた程だ。


「あのなあ! 男はなあ、失敗はした時は知らん顔して、成功した時だけ女の前でドヤ顔するもんなんだよ! おしゃべりめ!」

「す、すみません」

「分かってねえなあ。そんなんじゃフられるぞ」

「…………すみません。っていうか、そういうもんなんですか……っていうか、なんか違う……っていうか、フられるもなにも……」


 それに関しては自分は第三者ですよ、と心の中でツッコミをいれる。

 とは言え、気難しい顔で黙りこくっていたテオが、怒りながらもいつものように軽口を言ってくれて少しホッとした。


「そういうもんだ。当たり前だろ」

「……心配しなくても大丈夫って言ったんですけど」

「ブァッカか! それが一番ダメなパターンだろうが!」


 唾を飛ばして怒鳴る。

 ギーと歯をむいて威嚇する様子は、ワルガキのようだった。

 

「まあ、良いではないか。……ヴァレリア王女の力をお借りするには、事情も話さねばならんのだし……」


 アインシルト言うと、テオの顔が真顔で険しくなる。

 ニコは、ハッと老師の顔を伺った。

 アンゲロス達に対抗するのに、ヴァレリアの力を借りる。魔を浄化する『破魔の巫女』の力のことだ。髑髏の騎士を鎮めるためにも必要な力なのだろう。

 しかし、テオはギロリを師をにらみつける。頬がピクピクと震えていた。


「ダメだ! もう巻き込むな。いいか、絶対だ」


 ガンとした口調だった。


「しかしのぉ」


 アインシルトが反論しようとすると、ガシャンとカップをテーブルに叩きつけた。

 ニコにふざけて怒ってみせた態度とは明らかに違う、本当の怒りがテオの顔に浮かんでいる。


「くどい! おい、オレが誰だか分かってんのか。あんたが言ったんだぞ。お前は救国の魔法使いとして生きるんだってな! だったらオレに任せろよ。他を頼るな。全部オレに押し付ければいいだろう。自分で言ったことを覆すな!」

「…………」


 老師は答えることができなかった。


「ああ、オレが弱音を吐いたせいだったな! なら、前言撤回だ。オレは何も間違っていない。だから自分が信じる通りに動く。邪魔するな。従えよ」


 テオは少し青白い顔で命令する。

 反論を一切許さない、強硬な態度だった。

 助けも助言も要らない全て一人でやるという、追い詰められた決意だった。

 彼女だけは巻き込んではいけない。


 その時、コツコツと窓ガラスを叩く音がした。ニコのふくろうが窓枠に止まっている。ヴァレリアの元から帰ってきたのだろう。

 ニコはドキリとし、テオの顔を伺った。

 行けと目で合図されおずおずとが窓を開けると、ふくろうはその腕にとまった。

 足にくくりつけている筒から手紙を取り出し、さっと目を通してすぐにテオに手渡した。


――焦らないで、テオ。


 たった一行。

 テオの胸に、手紙の主の声が染みこんだ。ズキリと胸が痛む。


「なんだよ……」


 手紙をグッと握りしめて、うつむいた。ギリッと歯噛みの音がなる。


「……全部お見通しかよ。……たまらないな」


 テオは手紙を握ったまま、大きく息を吐き出した。

 そして顔を上げた。


 ニコはその顔を不審に思った。もっと苦々しい顔をしていると思ったのが、まるで仮面をつけているかのように表情が消えていたのだ。

 テオは指でちょいちょいとふくろうを呼んだ。


「行ったり来たりで悪いな。もう一度お使いしてくれ」


 ふくろうがホーと鳴いてテオの腕に飛び移ると、鳥に小さく冷たいつぶやきを与えた。


『でしゃばるな』


 そして、ふくろうを外に放つ。


「テオさん!」

「お前も文通ごっこはもう終わりだ」

「なんでそんなことを」

「言ったろう。オレはオレの思うようにやる。誰も邪魔するな」


 ダンと床を鳴らして立ち上がり、テオは出て行った。

 アインシルトの深いため息がその背を追ったが、扉はパタリと閉じてしまった。


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