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黒のドラゴンとブロンズ通りの魔法使い  作者: 外宮あくと
第三部 罪と力と代償と
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18 裏切り

 リッケンとその部下たちは、一人飛び出したジノスを追って、がむしゃらに岩だらけの急斜面を登っていた。

 つい先程、ジノスは地図に光点が戻ったと叫ぶやいなや、猛烈なスピードで駆け上がっていったのだ。


 登山道を外れてからは道なき長い坂を下ってゆく。それを終えると、今度は崖のような急勾配の登りに転じるのだ。鍛えられた男たちでも、思わず息を呑む険しい行路を、ジノスはこの時を待っていたとばかりに俄然勇んで行ってしまった。

 リッケンの呼び止める声にも構わず、皆を置いてゆく勢いだった。


 目指す場所は近い。髑髏の騎士が眠るという墓所は目前なのだ。

 光点が戻ったということは、そこにテオたちがいるということだろう。

 消えていた間に何があったのだろうとリッケンは訝しむ。そして勝手に飛び出していったジノスの事が気がかりだった。

 何やら背中がむず痒い。


「急ごう!」


 心が急いていた。岩に手をかけ、グッと身体を持ち上げる。

 不味い展開になっていなければ良いのだがと前方を見上げた。







 グルルゥと獣は唸りながら、低い体勢を取りテオに向かってにじり寄ってくる。ガチガチと震えるように牙を鳴らし、瞳は不気味な脈動を繰り返していた。

 テオはギリリと歯噛みする。


「止まれ!」


 一喝すると、バシンと青白い火花が獣の足を捕らえた。途端に動きがピタリと止まり、獣は呆気なく石のように固まる。

 ゴブリンのヴァレリア姫が、ヒシッとニコの足にしがみついた。


「なんのよコイツ!」

「……アインシルト様のところにいるはずなのに……どうして」

「テオ! コイツよ! コイツがあの人を、夫を殺したのよ!」


 ドリスが悲鳴のような声を上げる。


「分かっている。今は黙っててくれ」


 テオの声は地の底から湧いてくる冷気のようで、その目だけがギラギラと燃えている。

 視線の先にジノスをしっかりと捉えて、剣を握る手に力を込めた。


「ニコ、チビどもを任せるぞ」

「はい……」


 ゴブリン達を守ってやれということらしい。ニコは即座に動いた。ゴブリン王と王女を背中にかばって、ここに来るまで進んできた細い通路の方へとじわじわと後ずさってゆく。


 ジノスがニタリと笑ってなおも近づいてくた。

 片手に持った剣をブラブラと振りながら、ヨオッとテオにふざけた敬礼を送った。緊張感の無いとぼけた態度だったが、その目はテオ同様にドロリと濁っている。


 獲物を見つけたヘビのようだど、ニコは身震いした。心臓が激しく脈打つ。なぜ、ジノスがここに現れたのか……そう、黒い獣の登場に合わせるように。


 ジノスが軽くあごをしゃくった。


「お楽しみに間に合ったようだな」

「そのようだ」


 テオもまた不敵に笑い返す。

 ドクンと剣が脈打ちその形状を変えた。

 長さと厚みが増し、ゆらゆらと湯気のようなものが刀身から立ち昇った。


 ダン! とテオは強く足を踏み込んだ。


 が、その足は前ではなく、後ろに引かれていた。

 ぐるりとテオが回転する。


「ドリス、しゃがめぇー!」


 ブオン! 


 風を切って大剣が半円を描く。

 剣より先に、テオの目が真後ろの標的を捕らえていた。

 切っ先は、すんでのところでかがんだドリスの頭上をかすめ、なんとユリウスの首に迫っていた。


 そんな馬鹿な、とニコが声を上げる。

 ジノスに向かってゆくとのかと思えば、なんと背後のユリウスに剣を振るっていたのだ。

 ユリウスの首が落ちる、と思わず目をそむけそうになった。


 が、大剣はユリウスの首に触れるギリギリで静止していた。

 一撃で頭と胴体を切り離せるであろう猛烈な勢いで振られた剣を、テオはブルブルと腕を震わせて止めていた。

 刀身から沸き立つ青白い靄も、ブルブルと震えていた。

 強く噛み締めた歯をむきだして、ぐうぅと呼気を絞り出す。


「お前を信じたかった……」

「甘いな……つくづく」


 最初の一刀で仕留めなかったことを後悔するぞと、目の前の男は裏切りを宣言していた。


「で、いつ気づいた」

「さあな……」


 テオの顔がゆがむ。浮かんでいるのは怒りだろうか、絶望だろうか。

 眼前の友の目を射るようににらみつけると、ブワリと熱いものがにじみだし零れそうになる。


「……なぜ、アンゲロスに加担する!」


 叫びというよりは、悲鳴に近かった。

 突然のテオの行動に驚き、呆然としていたドリスがハッと顔色を変えた。おずおずと後ずさると、その腕をユリウスがガッシと掴んだ。ショックを隠せずにいる彼女を、強引に引き寄せる。


「加担?」


 ユリウスの表情は消え、仮面のような顔でつぶやく。

 ドリスを後ろ手に締め上げ、テオからの攻撃の盾として突き出した。

 ユリウスの暗い金髪がゆらゆらと逆立ちはじめた。そして、燃えさかる炎のようにうねりだす。

 片手で眼鏡を放り投げると、点のように収縮した瞳をテオに見せつけた。


「加担ではない……なぜなら、我がアンゲロスなのだから」


 その声はもう、ユリウスではなく別人のものになっていた。


 ニコはガツンと頭を殴られたような気がした。その声は、以前聞いた魔物の声だった。驚愕に胸が押しつぶされそうになる。

 ユリウスが、アンゲロス……だって? 混乱する頭に、様々な記憶が一瞬にして蘇る。


 王宮内にアンゲロスの犬がいると、廷臣たちが疑心暗鬼に陥りお互いを疑い合っていた。

 そのきっかけであるナタでの作戦を持ちだしたのはユリウスで、王宮に残り守護魔法をかけたのも彼だ。北の尖塔では忽然と姿を消した。地下の間では、守り人の石像が彼を含む三人を盗人と呼んだ。

 肝心な場所には必ず彼がいた。


 ああ、なんてことだと足が震えた。

 ユリウスは時折、ガラスのような冷たい空気を放っていた。

 そして声を出さずに、何かをつぶやいていたのはつい先程だ。その後、獣が現れた!

 次々と事象がつながってゆき、一つの答えがでる。

 皆がユリウス・マイヤーだと思っていた人物は、はじめからあの炎の魔物だったのではないのかと。




「何故だーーー!! お前は確かにユリウスだった!」


 テオは剣を突きつけたまま、全身で叫んだ。

 大きく肩が揺れる。乱れる呼吸、早まる鼓動。

 疑念を抱いてはいた。だが友を信じていたかった。

 それなのに……と、無念でならないのだった。


 ユリウスは動かない。

 テオが剣を薙げばいつでも、首を刈れる。

 だが出来ないのだ。テオには出来ないのだ。

 だからユリウスは動かない。

 余裕の微笑みを浮かべて、息を荒げるテオの顔を眺めるのだった。


「そう、インフィニードに戻るまでは、な。オルガの家では緊張したものだ。貴様に気付かれるのではないかとな」


 クウッと噛み締めた歯の隙間から、テオの苦しげな息が漏れる。

 再会した時には既に、友はアンゲロスの手に落ちていたとは。


「はっはぁ、やっぱりなあ。あの会議の時から、妙だとは思ってたんだよなあ」


 ジノスは相変わらず、無造作に剣を振り回しながらニタニタと笑う。だが、敵からほんのわずかにも目をそらしはしなかった。

 クルクルと剣を回したかと思うと、サッと肩の高さに持ち上げ構える。


「行くかぁ?」


 とぼけた声を合図に、テオが声を限りに叫ぶ。


「ドリス、始動!」


 バリバリと空気が震えた。


 途端に、腕を捻り上げられもがいていたドリスが動きを止め、無機質な人形の顔になる。

 彼女の足が突如跳ね上がり、鋭い後ろ蹴りにユリウスの肩口に向かって走った。

 鍛えぬかれた戦士の動きだった。テオの指令により、ドリスは戦闘に特化した人形に変化へんげしていた。

 が、その攻撃はユリウスに足首を掴まれて不発に終わる。


 しかし、ドリスの動きと同時に横に回りこんだテオの剣が、ギラリと煌めいていた。

 ボトリとユリウスの片腕が落ちる。

 ドリスを拘束していた左腕が切り落とされたのだ。


「アイス・スピア!」


 間髪入れずにジノスの声が響き、彼の剣先から白い光が発射された。

 空気を切り裂き、氷の槍はユリウスめがけて突進する。


「笑止!」


 槍は突き刺さる寸前で砕け散っていた。

 障壁が張られていた。

 ユリウスは、切断面からゴブリゴブリと血をほとばしらせながらも、冷たい笑みを唇に張り付かせている。


 腕を解放されたドリスは、すかさず手刀を繰り出す。

 目や喉、確実に急所を狙っていた。

 片方の足首を掴まれたままで、動きが取りづらいにもかかわらず、無表情でひたすらにユリウスに攻撃を仕掛ける。

 だが、それは全てユリウスには届かず、障壁に跳ね返されていた。


「はあぁぁぁ!」


 テオの剣が再び、ユリウスに迫る。

 青白い靄が空中に弧を描き出し、今度こそは確実に切り裂く軌道を走っていた。


 ユリウスはドリスの足を掴んだままブンと大きく振り回し、テオの動きを阻止する。片腕だというのにいとも簡単に人ひとりを振り回し、テオの足元に叩きつけた。


 ゴンッと嫌な音を立てて、ドリスの頭が地面に激突する。

 そしてユリウスは即座に彼女を引き上げた。首に指を食い込ませて、抱え込む。


「ドリス!」

「次は殺そうか」


 笑うユリウスに、ジノスがチッと舌を打つ。

 人質をとる事自体が彼には虫唾の走る行為だというのに、それが女性でしかも暴力を加えたとなると許せるものではなかったのだ。喧嘩っ早く、激しやすいことは自覚していたが、卑怯な真似はしないという矜持きょうじがあった。


「ゲスい野郎だせ」


 吐き捨てるように言うと、ユリウスは更に嘲った。


「ゲスなのはソイツの方だろう。この女を武器に変えた。道具にしたのだ」


 いやらしくヒヒヒと笑い、テオを見つめた。


 更にジノスは舌を打つ。

 ユリウスはテオを挑発している。

 ちらりと見ると、テオは再びしっかりと構え直していた。落ち着いているとはいえないが、突っ走る様子もない。


「なんとでも言え」


 テオの大剣からボウっと更に靄が湧き上がってきた。


「ドリスを離すんだ。……ユリウス! 聞こえているんだろう!」

「……フフフ……ハハハハ!! まだ、あの男がいると思っているのか? もう、我が完全に消してくれたわ!」


 炎の魔物が勝ち誇るように嘲笑する。


 ニコは立ち尽くしていた。

 炎の魔物に身体を奪われ焼きつくされた男を思い出す。あの時、アンゲロスは身体をもっていなかった。だから手当たり次第に自分を受け入れられる器を欲して何人もの犠牲者を出していた。

 今、ユリウスの中にその魔物がいる。ようやく器を手に入れてしまったのだ。ユリウスという、王宮付きの魔法使いを。


 強い魔力を持つが故にアンゲロスに魅入られてしまい、その心も既に焼きつくされてしまったと言うのか。

 なんて残酷なことだと、ニコはくしゃくしゃと顔を歪める。



 そして耳障りな甲高い笑い声が、更に大きく洞窟内に響きわたった。

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