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黒のドラゴンとブロンズ通りの魔法使い  作者: 外宮あくと
第三部 罪と力と代償と
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17 洞窟のレリーフ

 気が合うのか合わないのか、テオとゴブリンのヴァレリア姫は騒々しく口撃し合っていた。

 この狭い通路で騒ぐとこの上なくうるさいのだが、ニコが注意したところで全く効果はなかった。二人共負けてたまるかと、アホだのバカだのと低次元な言い争いを続けている。


 が、ここでようやくゴブリン王の一声が二人を鎮めた。


「さあ! もうじき到着するから、静かにしてもらおうか」


 大声を上げたわけでは無かったが、王の声はやかましい二人の間に割って入り、すっと全員の耳に入り込んできた。

 そして、おしゃべり達も静まり返り、ぴりりと空気が引き締まった。




 黙々と前進すること十数分、ようやく一同は細い通路から抜けだした。

 テオは両手を上げて伸びをし、周囲を見回した。

 またしても洞窟の中のようだ。とは言っても、ゴブリン宮殿のような広さは無い。幅三メートル、高さも三メートルほどの横穴だ。


 ゴブリン王がすっとランタンを掲げると、その先に美しく精緻なレリーフが浮かび上がった。インフィニード王宮の地下にあるものと全く同じ意匠のものだ。

 回りはゴツゴツとした岩肌を見せているが、洞窟の奥への侵入を阻む石壁だけはまっ平らに磨き上げられ、レリーフが施されていたのだ。


 うわぁと、ニコが感嘆の声を上げる。ドリスも、なんて素晴らしいのと賞賛した。

 今にも動き出しそうな躍動感あふれる馬、それにまたがる凶々しい異形の騎士。頭蓋骨は水晶で、眼窩には瞳を模した真っ赤なルビーがはめこまれている。

 圧倒的な迫力をもった芸術作品でもあった。

 一同は沈黙のまま、しばしレシーフを見つめていた。


 テオの顔が若干緊張する。

 ようやく目指す場所に到着出来た。


「テオさん、この奥……なんですね」

「ああ」

「ドキドキしてきました」

「ここから先、お前の仕事はないんだ。緊張なんかしてないでしっかり見学してろよ」

 

 ふんと笑うテオにイーッと歯をむいて、ニコはぷいと横を向いた。

 するとレリーフを見上げるユリウスの顔が目に入った。彼も少々緊張しているのか、仮面のように表情をなくしている。

 ふと、以前彼のことをガラスのようだと感じたことを思い出した。

 テオとよく似た後ろ姿をもちながら、性質は全く違うユリウスに、訳もなく冷たさと堅さ感じたのだ。


 ニコがじっと見つめていると、それに気付いてユリウスが小首をかしげてニコリと笑う。

 慌ててニコは、笑みを返して視線を逸らした。そしてレリーフをもう一度見え上げた。




 その背後から、ゆるゆるとした風が吹いてきた。ほんのりと薄明かりも差こんでいる。

 洞窟の出口は意外と近いようだ。

 だが、山の動物がここを住処にしている様子はない。ゴブリンの空間を操る魔法は、人間だけでなく全ての生き物に有効なようだ。


 レリーフには厚くほこりが積もっている。誰も触れた者がいない証拠だろう。長い間放置され、外界からの接触を遮断されていたのだ。


「余もこれを見るのは初めてだ。惑わしの魔法を解除したのも、歴代の王の中で余が初めてのことだろう」


 ゴブリン王は少し不安気に言った。

 代々受け継いで来た大事な役目を、果たせなくなるのでは無いかとの懸念からだろう。


「いいじゃないか、初めてづくしで」


 テオはゴブリン王の隣に立ち、ふふんと笑う。彼の心配事など関係ないといった様子だ。


「で、この奥で眠っているって訳だな」

「……言い伝えによれば、この扉を開ければ王国は滅びるということだが…………まあ、そなた達人間の王国、インフィニードのことだ。我らゴブリンには関係ない」


 意趣返しだろうか、王は知ったこっちゃないという表情を浮かべる。

 テオはハハッと笑ってかわした。


「関係ないという割には、律儀に言いつけを守って番をしてきたなんて泣ける話だな。苦労もあったろうに、なんでそんなに髑髏の騎士に忠義立てするんだ?」

「……これも言い伝えだが、このキュール山に我らの王国を築けたのは、騎士が他の妖魔を退治して我らを守ってくれたかららしいのだ。恩人という訳だ」

ていよく、見張り番を押し付けられただけだろう」

「ハッハッハ、今となってはそうかもしれんな。だが、ここが我らにとって住みやすい場所であるのも確かだし、色々と役にたつ魔法を与えてくれたのだから、そう悪い役回りとは思っとらんよ」

「あの透明なカーテンみたいなヤツとか、オレたちを山に閉じ込めたヤツのことだな」


 ゴブリン王は笑いながら頷く。

 大した魔力も力も持たないか弱い妖精であるゴブリン。彼らが一大地下帝国を作り上げられたのは、髑髏の騎士の力添えがあったからという話は、至極納得できるものだった。

 それでも千年にわたって守り人を続けてきたとは、ゴブリンとは意外にもお人好しな妖精だなと、テオは微笑む。


 ドリスは石扉の足元にしゃがみこんで、鞄から取り出した護符を等間隔に貼り付けていた。これからかける封印の魔法の下準備だった。

 ふらりと揺れるように歩いて、ユリウスも扉に近づいて行く。高い位置に護符を張るのを手伝うのだろう。

 ユリウスが直ぐ横を通り過ぎるとき、声を発せずに何かをしゃべるように唇を動かしたのにニコは気付いた。


 おやっと首をひねる。

 テオは時折魂が抜けだしたように呆けてしまうことがある。その時の状態にとても似ていると思ったのだ。しかし、直ぐにユリウスは極普通にドリスに話しかけ、護符を張り始めていた。

 気のせいかとニコは後方に下がる。何も仕事が無いので、皆の様子を見ているしかなかった。


 すると、ヒマそうねと足を突かれた。

 ゴブリンのヴァレリア姫だ。彼女も特にすることは何もない。面白半分に付いて来たようなものだ。


「凄いレリーフでしょ。私達のご先祖さまが作ったらしいわよ」

「へえ、そうなんですか。本当に素晴らしいです」

「石細工は私達のお家芸ですもんね」


 ふふんと自慢気に笑っている。

 石扉の素晴らしさはレリーフの出来だけではなかった。その周囲を飾る装飾も見事なものだったのだ。


 王女のセリフに耳にして、テオはわずかに眼尻を上げる。その装飾が、自分の右手に焼き付いた紋様と同じものであることに気付いたのだ。

 テオは石壁に近づき、そっと指でその紋様をなぞった。

 それを見て、ゴブリン王が答えを言う。


「古い言葉で、騎士の末裔のみにこの先へ行く許可を与えると書かれている。それ以外の者は誰も通さぬ封印の魔法でもあるのだ」

「王宮の地下と同じだな」

「開けるのか?」

「いいや。オレたちは決して騎士が目覚めないように、より強い封印をかける為に来たんだ。あんたの役目をぶち壊したりはしないから、安心しなよ」

「それならよい」





「ユリウス、ドリス、用意はいいか」


 テオが言うと、二人は黙ってうなずき彼の隣に立った。

 今から三人でこの扉に封印の魔法をかけるのだ。


 テオは、扉の奥の騎士が眠っているであろう部屋を、まるごとこの世から消してしまうことを考えている。

 二人に強力な守護結界を張らせ、その上で異界に飛ばそうというのだ。デュークが元いた世界、鏡の中へと。誰も近づけない上に、デュークなら申し分のない見張り番にもなる。

 

 ポケットの中の手鏡をそっと握った。

 騎士を封印した後でこの鏡を破壊してしまえば、いかに双子の邪天使といえども絶対に手出しは出来なくなる。


 彼らは鏡の中に侵入する術を持っている。だが、どの鏡も同じ世界につながっているわけではない。一口に鏡の世界と言っても、鏡の数だけ無数に存在しているのだ。

 故に、別の鏡から入り込み騎士のもとにゆくことは不可能となる。

 無数の鏡から自由に出入りでき、これまた無数の鏡の世界を自在に飛び回れるのは、デュークくらいなものなのだ。


 テオの目に真剣な光が宿る。

 レリーフの前に立つ三人はキリリとした空気をまとい、緊張感が辺りに漂った。

 ニコと小さなゴブリンたちは、自ずと後ろへ下がっていく。


 しんと静まり返った。


 と、その時、ゴウ! と風が吹き込んできた。

 彼らの背後、洞窟の入口から突風が襲ってきたのだ。


 サッと振り返ると、黒い影がギラリと気が牙をむき、ノシノシと歩いてくるのが見えた。


「あれは!?」


 ニコが叫んだ。見覚えのあるその影は、あの黒い獣だった。黄色く光る目は、瞳孔を不気味に拡大と収縮を繰り返している。そして、大きく開いた口からはダラダラとヨダレを垂らしていた。


「何故だ……」


 テオは唸るようにつぶやいて、腰を低く構える。動揺しながらも素早く戦闘態勢をとり、洞窟の入口に目を凝らした。

 獣の動きに用心しながらも、その後方により強い警戒を向けている。

 まだ他にも何かがいるのかと、ニコの背を冷たいものが駆け上る。


 ゾクリと身震いしたその時、ザリっと砂を踏むかすかな音が聞こえた。


「……ここかぁ……やっと見つけた」


 遠くから笑いを含んだ男の声が響いてきた。


 その瞬間、テオの瞳が暗く淀み全身から殺気が湧き上がった。ブンッと腕を振ると、突然と現れた大剣が握られていた。

 ニコを押しのけて、ダッと前に出る。


 ガッーーー!


 黒い獣が跳躍した。

 空中で、一瞬テオと獣の目が合う。


 ガキンッ!


 鋭い音が洞窟内に響いた。

 ナイフのような獣の爪をテオの剣が叩き折っていた。

 着地した獣は、フフゥとうなって、テオをにらみ上げた。


「キ、キャット……」


 ニコの声が震えた。

 すると洞窟の入口の方から、先程の男の声が聞こえてきた。


「ほほぉ……間違いないようだな」


 ザッザッと足音が近づき、人影が見えてきた。ランタンの灯りが徐々に照らしだす。

 インフィニードの軍服姿。

 それは、ジノス・ファンデルだった。


 うす笑いを浮かべるジノスの手にも、剣が握られていた。


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