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黒のドラゴンとブロンズ通りの魔法使い  作者: 外宮あくと
第三部 罪と力と代償と
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16 ヴァレリア

 ゴブリン王はテオをじっと見つめている。値ぶみでもしているようだった。

 対するテオも王を試しているのか挑発しているのか、紋様の焼き付いた手のひらを自身の額の前に広げてニヤニヤと笑っている。


「……さて、騎士の墓所に案内する気になったかな?」


 生意気な口をきくと、王女がキーッと金切り声を上げる。


「こんなヤツの言うことなんかきくことないわ! 永遠に森の中に閉じ込めちゃえばいいのよ!」

「うるせーよ。お前」


 箱に閉じ込められたままの王女とテオは、お互いにイーッと歯をむき合う。それをニコがまあまあとなだめた。

 一方、ユリウスとドリスは落ち着いて成り行きを見守っている。肩をすくめて、呆れたように目配せしあっていた。


 ゴブリン王は彼ら全員の様子を注意深く観察していた。

 そして再びテオに視線を戻し、ゆっくりと口を開いた。


「……よかろう。余について参れ」


 ニカッとテオが笑う。続いて同行者三名もパッと表情を明るくした。

 王女だけが怒りに顔を真っ赤に染めている。


「なんですってーーー! ダメよ、お父様ったら!」


 箱の中で両足をばたつかせて抗議している。


「よいのだ。黙っておれ」

「さーすがゴブリン王! 話がわかるじゃないか」

「…………じゃから、まずは娘を解放してやってくれないか」

「おう! 出してやるさ。その代わりちゃんと案内しろよ」

「大丈夫だ。余は(・・)嘘は言わぬ」


 ゴブリン王は、ニコリともせずにテオに言う。


「そなたも、これから先は(・・・・・・)嘘は無しだ。いいな」

「……ああ」







 リッケンたちは登山道を走るように登っていた。

 村でテオたちが朝食のあとすぐに山に入ったという情報を得て、即座に後を追うことになったのだ。


 鍛えられた男たちの集団だ。女や少年を交えたテオのグループよりも、ずっと早く進むことが出来るはずだ。未だ彼らが足止めをくっているならば、日没までには合流できると考えていた。


 黙々と山の中を進むリッケンの顔は険しい。水晶の地図から、テオたちの居場所を示す光の点が消えてしまった為だ。

 何があったのか……その不安がリッケンの眉間にふかいシワとなって現れている。

 日は傾き始めていた。早く見つけなければと気が焦っていた。


「さて、何処へ消えたものやら」


 ジノスは、いつもの薄笑いを浮かべてつぶやいた。


「ゴブリンの地下帝国にでも、引きずり込まれているかもしれないですね」


 冗談めかして言ったことだったが、それが半ば事実であることはジノスには知りようがない。ニヤニヤと笑いながら「おーいゴブリン、出てこーい」などと呼びかけていた。共に行く兵士たちが、顔を見合わせて苦笑していた。


 確かにキュール山はゴブリンの王国があるといわれている場所だ。

 しかし、大した魔力も力も持たない小さなゴブリン集団が出没したとしても、取るに足りない相手だと分かっていた。王宮付き魔法使いともあろう者が、連れ拐われることなどあり得ないのだ。


「黙って歩け!」


 リッケンが叱責した。

 不安な気分を逆なでされたようだ。ジノスを睨むと、真一文字に口を結んで足早に坂を登ってゆくのだった。

 肩をすくめてジノスが軽く敬礼したあとは、誰もが口をつぐんだ。一行の足音が、山の中を登ってゆく。







「おい! なんだってまた、ほふく前進しなきゃならん!」


 テオの大声が、細く狭い通路に響きわたった。

 ゴブリン王国の地下宮殿に向かった時と同じ、狭苦しい横穴のような通路を再び彼らは進んでいた。


「うるさいわね。私達だって辛いのよ。我慢なさいよ!」


 すぐ後ろで、いつまでもブツクサと文句を垂れているテオにドリスが言った。

 ニコとドリスは、なんとかしゃがんだ状態で歩けはしたが、腰を思い切り曲げた姿勢を続けるのはかなり辛いものがあるのだ。


 四つん這いになるしかないテオとユリウスも大変ではあるが、こっちだって我慢しているのだから、諦めて静かにしてもらいたいと思っていた。


「お前のケツが目の前で揺れてるのは楽しいが、この狭苦しい道がどうにも気にくわん!」

「ちょっとーー!」


 思わずお尻を抑えて座り込み、テオを振り返ってにらみ付けた。そして前をゆくニコの肩を叩いた。

 何も言わなかったが、ニコは彼女の意をくみとったようだ。苦笑しながら壁に張り付きなんとか道を開けて、ドリスを先に行かせる。


「なんだよ。触った訳でもないのに、逃げることないだろ」

「はいはい、分かってますよ。テオさんのいつもの軽口だって」


 口をとがらせるテオに、ニコは笑いながら言う。


「僕の後ろじゃ楽しくないでしょうけど、とにかく文句は無しで先を進みましょうよ」

「…………屁、するなよ。絶対」

「しませんから……」


 ニコは更に苦笑して、ドリスの後を追っていった。


「もっと広い道を作れってんだ!」


 ニコの注意など耳に入っていなかったのか、不平を言いつつ四つん這いを続けた。

 最後尾をゆくユリウスも這うように進んでいるというのに、彼は文句の一つもない。時折、テオに向かってうるさいと低い声でつぶやいては、小石を投げつける程度だった。


 前進するのに四苦八苦している人間たちの隙間を縫うようにして、ゴブリンの王女がテオに近づいてきた。

 ゲッと嫌そうな顔をするテオの鼻先をペチッと叩いた。


「やかましいのよ、あんた! いい加減にしてくれない?」

「何しやがる!」

「これ、娘。やめなさい」


 先頭をゆくゴブリン王に注意されたが、彼女はペシペシとテオの頭を叩き続けた。

 テオのことが余程気に入らない様子で、キューブから出た後もずっと悪態をつき続けていたのだ。


「だってこいつ生意気なのよ。ただの人間のくせにぃ!」

「ガー! うぜぇ! めちゃくちゃ、うぜーぞお前!」

「うるさい! 黙れ!」

「マジでシメるぞ、コラ」


 自分にばかりまとわりついて嫌がらせをしてくる王女にイライラとしていた。チビのゴブリンに少々叩かれたところで大して痛くもないが、煩わしい事この上ない。

 王女が足を浮かせた。ケリを入れようというのか。テオはサッと足首掴んで、思い切り引っ張ってやった。

 ドスンと勢い良く尻もちを付いた王女が、ギャッと悲鳴を上げた。


「へへへ、参ったか」

「もう我慢出来ない!」

「娘! やめなさい!」


 再び王がピシャリと言った。

 思い切り頬を膨らませて、王女は不満気に地面の土をテオに向かって蹴り上げ、サッと父の元へ駆け寄っていった。


 クスリとニコが笑う。

 気に入らないと言いつつテオに構う王女とそれに対抗するテオを見ていると、ゴブリンだった頃のヴァレリアを思い出してしまったのだ。いつも二人は口喧嘩してたっけなぁ、と。あの頃に戻りたい、そんな思いがわいてくるのだ。


 そしてふと気になったことを、ゴブリン王に尋ねた。


「さっきから、王女を娘、娘と呼んでいるのは何故ですか? そういえばまだお名前を聞いてませんでしたし」


 すると、王がきょとんと振り返り、王女が呆れたというふうに小さく笑う。


「そなた達人間と違って、我々のような妖精や精霊は名前を知られると、その者に支配されてしまう、というのを知らないのかな? 能力も命も、存在の全てが支配され自由を奪われてしまうのだ」


 ニコは、ハッとデュークの事を思い出した。テオはデュークの真実の名前を手に入れて彼を支配している。そして、黒竜王も冥府の王の真名を見つけることで、あの邪神を退けることができたのだった。


「我々の間では、名ではなく身分や役職、階級などで呼び合うことが通常なのだ。家族の前でも決して名を呼び合うことはない」

「……そうだったんですか」


 用心深いのだなと、感心した。

 しかし、面倒だなとも思う。自分の娘に向かって「娘」と呼びかけるなんて妙な話しだ。


「でも、誰を読んでいるか分らなくなったりしませんか」

「そうなのじゃよ。余が『大臣よ参れ』などと言おうものなら、二、三十人に囲まれてしまうこともある」


 ゴブリン王はホッホッホと笑った。

 大臣と一口に言っても色んな大臣がいるわけで、正式名称で呼ばなければ誰のことだか分からないということだ。


「バッカじゃねーの! 通り名をつけて、それで呼び合えば済む話だろ? ポチでもミケでも何でいいだろうが」


 テオはガハハハと大笑いをして言った。彼は支配している精霊に『デューク』という通り名をつけている。真実の名は秘めたる名前だからだ。なぜゴブリンたちはそうしないのかと、呆れ顔で笑っている。


 ん? とゴブリン王と王女が顔を見合わせた。


「それはいい考えだ」

「……って本気で思いつかなかったのかよ」


 なんとも呑気なゴブリンたちだと、ニコもクスリと笑った。

 早速、王女は何て名前にしようかしらと、ブツブツとつぶやき始める。


「じゃあこんなのはどうかしら……エリザベス……うーん、やっぱ止めた。そうねぇ、ヴァレリア。ヴァレリアがいいわ!」


 途端にニコがガクンとつんのめり、テオがブハーッと吹いた。

 今まで静かだったユリウスがプッと笑い出す。


「ヴァレリア! ゴ、ゴブリンでヴァレリア……」


 腹と口を抑えて必死に笑いをこらえるが、たまらずブフフと声を漏らしてしまう。ミリアルドの王女をテオが救い出した経緯をユリウスは知っている。


「お前、つくづくヴァレリア姫(・・・・・・)に縁があるな」

「黙ってろ!」


 テオはからかうユリウスを怒鳴りつけてから、ニコを押しのけて前に出た。


「ボケェ! なんでお前がミリアルドの王女の名前を騙るんだ! やめろ!」

「別にいいじゃない。なんでもいいんでしょう? その王女様って美人だっていうし、王女同士で私にピッタリ~」

「……やっぱお前、シメるわ」

「テオさん……」


 あぁとため息混じりでニコが止める。

 それにしても、ユリウスの言う通りだ。全く何の冗談だと笑わずにはいられない。


「これからはヴァレリアって呼んでね。じゃないと返事しないわよ」

「ふざけんな! 他の名前にしろ」

「やーよ。あんたが嫌がるなら、なおさらヴァレリアが気に入ったわぁ」

 

 ウガっと歯をむいて拳を振り上げるテオに、ゴブリンのヴァレリアはベーっと舌を出す。コンチクショーと二人の罵り合いが始まった。

 ついにニコも吹き出した。


「やっぱりテオさん、ゴブリン好きなんですね」

「何を言う! オレはムカついてるんだ!」


 いかにも心外だという顔だが、本気で怒っていないのは丸わかりだった。

 ゴブリンのヴァレリアと言い合いをするその顔は、ブロンズ通りにいた頃の明るい顔だった。


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