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黒のドラゴンとブロンズ通りの魔法使い  作者: 外宮あくと
第三部 罪と力と代償と
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14 地下の国

 ニコの説得のかいあって、ゴブリンの王女は四人を彼らの王国へ連れて行くことになった。

 囚われの身だというのに、彼女は全く下手したてに出ること無く、キューブからの解放を要求し続けたのだが、譲れないのはテオ達も同じで、行く手を阻む魔法を解かない限り解放しないと強く主張した。


 そして話は堂々めぐりになりかけたが、それを上手く収めたのはニコの笑顔の賜物だった。柔らかな笑みに、気丈なゴブリンも牙を抜かれてしまったようだ。不承不承に人間たちの要求を受け入れたのだ。


 とは言え、条件はしっかりと突きつけた。

 魔法を解けるのはゴブリン王のみ。その王のいる地下王国への侵入を許す代わりに、絶対にテオは王女に近づかないこと、仲間に手荒な事をしないこと、そして閉じた空間から解放されたら、即刻キュール山を下りることを約束させられたのだった。


 山を下りては目的が果たせないのだが、ここはとにかく話を合わせておこうと四人は無言でうなずき合う。

 話が決まると、ユリウスはゴブリン入りのキューブをしっかりと抱えて、テオに言った。眼鏡が鋭く光る。


「しばらくお前は黙っててくれよ、ややこしくなるのはゴメンだ」

「……お、おう」


 そして、イヤイヤながらに固まっているゴブリン達を元に戻してやった。

 途端に彼らは飛び跳ね、ギャーギャーと騒ぎ出す。テオが歯をむいて威嚇しても、木の枝を振り回したり石を投げたりと騒がしい。が、王女が一声かけると大人しくなり、攻撃態勢を解いた。

 解放された双頭犬のオルトロスはすっかり戦意を失って、面目なさげにしっぽを尻の間に挟み込んでいる。


「さ、国に戻るわよ! 道をひらいて! コイツらも行くから先に戻って報告しといてちょうだい」


 すると四人の直ぐ目の前で、あの奇妙なカーテンがふわりとめくれ上がり、その奥に薄暗い空間が覗いた。ゴブリン達はその中に、ダダっと走ってゆく。双頭犬もそれに続いた。数匹のゴブリンだけが残り、王女を心配そうに見上げてユリウスの周りをグルグルと回っている。


 これがゴブリン王国に続くと隠し通路か、と小さく感嘆の声を上げるニコとドリス。疑わしげな表情を隠さないテオ。そして、ユリウスは無表情に暗い小道を見つめていた。


「ほら、入んなさいよ」


 あら、怖いの? とでも言うように、フフンと笑っている。お供のゴブリンは、さっさと行けとばかりに四人に蹴りを入れてくる。大して痛くはないが、足元をチョロチョロと走り回る彼らはかなりうざい。

 ニコが肩をすくめて目配せすると、テオは先頭に立ってその薄闇の中に入っていった。







 その頃、リッケンとジノスそして数名の兵士が、北に向かって馬を走らせていた。

 日は僅かに西に傾き午後の強い日差しが照りつける中、もうもうと砂埃を上げてひた走っていた。寂れた一本道の街道の先に、キュール山が迫るように見えている。山頂のに残る雪が白く輝き目にも眩しい。


 もう直、キュール山の麓にある村に到着できそうだ。

 テオ達から遅れること一日、彼らもこの山を目指して王宮を出立していたのだった。

 無事に彼らが任務を遂行出来れば言うことはないのだが、万が一に備えてリッケンは密かに彼らを追うことにしたのだ。


「どうだ、順調に進んでいるか?」


 走る馬の上からリッケンは、隣を並走するジノスに声をかける。順調か、というのは自分たちの事では無く、山中をゆくテオ達のことを指している。


 彼らはゆっくりと馬を止めた。円形に集まると、ジノスは懐から水晶を取り出した。その中に地図が浮かびあがっている。テオの手にある地図と同じだ。

 これはアインシルトが地図を水晶に取り込み、テオたちの位置を把握できるようにと手渡してくれたものだった。

 ジノスはじっと水晶を見つめ、それから上官に向かって首を振った。


「まだ進んでいないようです」


 地図の中、登山道から東に逸れた地点に小さな点が光っている。その点は先ほど確認した時から全く移動していないのだ。


「二時間近く経つか……」


 リッケンがつぶやいた。モヤモヤとした不安が胸に広がってゆく。一日と置かずに後を追えば良かったかという気になる。

 ジノスも顎ひげを撫でながらつぶやいた。


「動かないのか、動けないのか……、何かあったと考えるのだ妥当でしょうね」

「うむ、急ごう」


 馬にムチをいれ、また街道を走りだす。どんどんとスピードは上がり、先程よりも早い速度になっていた。

 黙々と進むうちに、村の入口を示す案内板が見えてきた。まだ日は高い。村で休憩はとらず、このまま山に入ろうとリッケンは決めた。







 暗く細い通路は天井も低く、テオ達は這うようして進んでいった。

 そこはゴブリン専用の連絡通路であり、人間が通ることなど元より考慮されていない。そこに無理やり入っているのだから、進みにくいのは当然のことである。数メートル進むのに何十分もかかってしまう有り様だった。


「何だってこんな所で、ほふく前進しなきゃならないんだ……」


 身体の大きなテオとユリウスは、特に難儀していた。ニコとドリスは手をつきながらも何とかしゃがんで歩けたが、二人は腹ばいになるしかなかったのだ。

 ブツブツと文句を言うテオの尻を、一匹のゴブリンが蹴りつける。


「黙れ! この野蛮人間め。王女様が寛大なお心で、ゴブリン王に合わせてやると言っておるのだ! 感謝して平伏してついてくるのが当然だぁ!」


 先ほど襲いかかった途端に固められ、そしてテオがオルトロスを攻撃した時の煽りを喰らってふっ飛ばされたうちの一匹だ。

 全く役立たずな連中だったわけだが、動けるようになった途端テオに仕返しをはじめていた。


「このクソが……ぶっ殺されたいか」

「テオさーーん。ダメですよ……大人しくしてて下さい」


 不穏な空気を察して、ニコが釘を刺す。


「もうすぐ着くから我慢しなさいよ。野蛮人間! ひとでなしの小悪党!」

「お願いですから王女様も、あんまりテオさんをイジらないで下さい。お互いの為に……」


 王女がフンと鼻を鳴らす。今、彼女が入ったキューブはニコの腕の中にある。ほふく前進中のユリウスには運びづらいからだ。王女はチラリとニコを見上げると、大人しく従った。




 苦痛の前進を続けようやく解放されたのは、それからしばらく経ってからの事だった。

 先頭をゆくゴブリンが小さな扉を開くと、広い空間が現れた。思わずテオの口から、安堵のため息が出た。


 そこは洞窟の中のようだった。床は平らな石でならしているが、天井はでこぼこな岩で鍾乳石が垂れ下がっている。長く伸びた鍾乳石のぐるりにロウソクと水晶の飾りが取り付けてあり、まるでシャンデリアのようだ。

 その少々無骨なシャンデリアが幾つも下がっているこの場所は、ゴブリン王国の大広間といったところだろうか。


 テオが立ち上がると、無数のゴブリンが一斉に振り返った。数えきれない程の金色に光る目に、一瞬圧倒されたが、負けじとばかりににらみ返す。

 そしてパンパンと服をはたいていると、ドリス、ニコ、ユリウスも続いて広間に入ってきた。みな疲れきった顔をしていたが、特にニコは興味津津といった様子で広間を見回している。


 キューブの中に、王女の姿を発見しゴブリン達はざわめいたが、何者かの声が聴こえると直ぐにザザッと左右に別れて壁際に整列した。

 見通しの良くなった広間の奥、一段高くなった場所に玉座に座ったゴブリン王が居た。王が彼らを制したようだ。


「お父様!」


 キューブに囚われた王女が叫んだ。さっきまでの居丈高な態度は何処へやら、急に甘えた声で喋り始めた。


「酷いのぉ、この人間たち。何にもしてないのにいきなり襲いかかってきて、私をこんなところに閉じ込めてさぁ、おまけに殺すって脅すのよ! お父様ぁ、ねえ、早くお仕置きちゃってよぉ」


 クワッと目を吊り上げてテオが王女を振り返る。ニコも思わず絶句した。

 いきなり襲ってきたのはそっちじゃないかと。まあ、挑発したのはこちらなのだが。

 キューブを引ったくろうとするテオを、ニコは一応止めたがうんうんとうなずいてみせた。


「気持ちは分かります。でも、抑えて下さい……」

「がーー! クソチビ! 事実を改変えるな!」

「なによ。クソはあんたよ」

「オレたちは、お仕置きされに来たんじゃねーんだ。さっさと本題に入ってもらおうか!」


 ムキになるテオを、まあまあとニコがなだめる。

 ゴブリン王は落ち着いた様子で、じっと彼らを見ていた。先に戻ったゴブリン達から、事のあらましは聞いているらしく、王女の姿を見ても特に驚いたようでもなかった。


 一匹のゴブリンがこちらを指さしながら、王に何事が報告している。あのうるさいデカイのが何をしたとか、眼鏡が何をしたとか、いちいち脚色して話しているのが聞こえてくる。

 テオの眉間にシワがより、イライラが募ってきた。

 ずかずかと広間を進んでゆく。


「あんたがゴブリン王か。娘を返して欲しかったら、妙な邪魔は止めるんだな。オレたちを解放してもらおうか!」


 三人もテオに続いて王の前へ出た。ズラリと並んで、ゴブリン王を見つめた。

 するとひょいと王座から、ゴブリン王が飛び降りた。他のゴブリンよりも一際小さい年取ったゴブリンだ。ひょこひょこと歩み寄ってくる。


「全く無鉄砲な娘でな。余も困っておる。これ! 娘! これに凝りてお転婆は控えると約束せい!」

「お父様ぁ!」


 ゴブリン王はテオ達は眼中にないと言った感じで、娘に語りかける。


「人間のことは放っておけと、いつも言っているのに聞かぬからひどい目に遭うんだぞ。よく解っただろう」

「でも、勝手に私達の領域に入り込まれたら迷惑じゃない。私はお父様の為に」

「何を言うか。人間に関わるなといつも言っているのに、無視するのがいかん」

「酷い! お父様は人間の味方をするのね?」

「そうではない」


 二匹の会話は終わりそうにない。ユリウスが大きく咳払いをしてみせても、全く効き目がなかった。

 痺れを切らしたテオがキューブをバシバシと叩いて、無理やり会話を止めた。


「おい、お前ら。こっちの話聞いてんのか?」

「うるさーい。箱を叩くな! あんたのせいで怒られちゃったじゃないの。早くここから出しなさい!」


 王女はキィーッと歯をむきだしてテオをにらんだ。

 自分たちのホームグラウンドであるからか、王女も王も全くテオたちを恐れる気配がない。おまけに周りのゴブリンもヤンヤヤンヤとうるさくてたまらなかった。


「あのなあ。要求しているのはこっちで、お前は人質なんだぞ! 人質らしくめそめそ泣いてろ!」

「誰が泣くかー!」

「これ、娘! いい加減に黙りなさい!!」


 ようやくゴブリン王が大声を上げた。その小さな身体から発せられたとは思えない大声で、圧力を感じるほどだ。

 するとようやく静かになり、王が目配せすると、広間のゴブリン達が波のようにザザザっと後ずさって、退室していった。


 広間に残ったのはゴブリン王とテオ達四人、そしてキューブの中の王女だけになった。

 王はニコニコと笑って、テオを見上げた。


「いやはや、大騒ぎでしたなあ。……で、まずはその子を解放してくんかな?」

「やっと会話できる状態になったんだ。こっちの要求を先に飲んでからにしてもらおうか」


 テオは腰に手を当てて、仁王立ちで王を見下ろす。舐められてたまるかといった様子だ。

 ゴブリン王は、テオの無礼さを気に留めることなくおっとりと話しだした。


「そうは言ってもな、アレは自動的に発動するものでな、侵入者は全て行く手を阻まれるようになっている。余はそれを解除できるが、ある御方の許しなしに勝手に解放せぬことを誓約している。まあ、諦めてゴブリン王国の見聞でもして楽しんで行きなされ」


 ある御方(・・・・)だと……、テオの眉がピクリと釣り上がった。

 このキュール山には髑髏の騎士の墓所がきっとあるはずだ。そして、同じキュール山に棲むゴブリンたちは、どうやらある御方(・・・・)とやらにかしづいている様子。

 となれば答えは一つだ、と口の端をすっと上げるのだった。


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