13 襲撃
テオの注文にユリウスは肩をすくめる。解説しろといっても、実際に不思議を体験してきたのはお前の方だろうといった顔だ。
「これは私の想像だが……我々は閉じられた空間から出られなくなったようだな。堂々めぐりをしていたんだ」
「ずっと同じ場所を歩いていたことですか?」
ニコが質問するとユリウスはうなずいてテオを見る。この先をずっと下り続けていたと言う人間が、上から下りてきたということは、どこかで空間がループしていることになる。
テオはうんざりを顔一杯に表して、地面から突き出している岩にもたれかかって座った。口をムッと結んで、側の木の葉をブチブチとむしっていた。
「さっきのヤツのしわざでしょうか?」
「そう、考えた方がよさそうだな」
ニコの問いに、ユリウスも困ったなと眉を歪ませて岩の上に座った。
四人の間に、酷く脱力した空気と少しばかりの焦燥感が漂った。この数時間の道程が徒労に終わったのだ。そして目的達成までの目処もつかなくなった。
「どうするのよ、これから」
ドリスは葉をちぎっては投げしているテオをにらみつけて言った。
「抜けだせるの?」
「今、考えている」
ジロリとにらみかえした。まだ文句が言い足りない様子のドリスに、邪険にもシッシと手を振り、眉間に指を当てて目をつむり考え込んだ。
耳を澄ませ、辺りの気配を探っていた。近くにゴブリンがいるのだろうか。
三人は静かにそれを見守った。
すると、パッと目を開いたテオが急にガラの悪い大声をあげた。
「おい、ゴラァァァ!! 出てこいドチビども! 覗き見なんて悪趣味な真似を続けてると、ぶっ飛ばすぞ!」
ニコは呆気に取られてテオを見る。やはり、ゴブリンがいるのだ。しかしいきなり怒鳴りつけるなんて。彼らを怒らせてどうするんだ、余計にややこしくなるんじゃないかと心配になる。
相当、テオは頭に来ているのかもしれない。ドチビ、クソチビと罵り続けた。
すると、突然キーキー声が響き渡った。
「こら人間! いい加減にしなさいよ!! だーれがドチビよ! 失礼ねぇ!」
と、同時に四人のまわりの景色が、ブワリと揺れ動いた。あの透明なカーテンがそこかしこでめくれ上がったのだ。
ぐにゃりと歪んだ景色はなんとも奇異で、しかも暗い向こう側から光る目の小鬼の集団がドッと出てきたのだ。
「うわぁ~!」
ゴブリンの集団にニコが驚きの声をあげた。一瞬で、四人は彼らに取り囲まれていた。
小さな痩せたゴブリン達の中に、一匹だけ丸々と太ったのがいる。ソイツが一歩足を踏み出し、片手を上げると他のゴブリン達がさっと身構えた。
テオが、ケケケっと笑った。
「やる気かぁ~?」
「みんな! やっつけちゃって!」
太ったゴブリンが腕を振り下ろし号令をかけると、一斉にテオ達に飛びかかってきた。
さっとユリウスがドリスの前に出て、ニコも彼女の後ろに背中わせで立つ。二人が障壁の呪文を唱え始めた、その途端テオが叫んだ。
「止まれ!」
テオの声が空気を震わせる。
ゴブリンの大群はピタリと動きを止めていた。人形のように固まっているのだ。飛び上がっていたものは、ドスンと地に落ちた。
「いきなり野蛮なヤツラだなあ」
「ちょ……何してくれてんのよ! 元に戻しなさい!」
太ったゴブリンだけは難を逃れていた。キーキーと叫びながら、ノシノシとテオに近づいてくる。
「ここは私達の王国よ! 勝手に入ってきといて何するのよ、生意気よ!」
「こっちだって大事な用があってきたんだ。邪魔しないでくれ」
「うるさい! 不法侵入者! 私達には関係ないわ、出て行って! 上に登って行けば直ぐに道に戻れるわ。さっさと帰りなさい。これ以上は、どんなに頑張ったって進めないんだからね!」
コロコロに太ったゴブリンは坂の上を指さす。
やはり彼らが四人を足止めにしていたのだ。チッとテオは舌を鳴らす。このゴブリンをたちをどうにかしないことには、目的地には行けそうにない。
ユリウスがテオの肩を叩く。
「私が交渉しよう」
「いや、オレがやる。おい、デブチビ!」
いきなりの暴言に目を剥いたユリウスがテオの肩を揺さぶったが、構わずに大声を張り上げる。
「お前がリーダーなんだろう。よーく聞け、オレた」
「デ、デブチビ?! キー、もう許さない!」
テオの話など全く聞こうとせず、ゴブリンは怒鳴った。真っ赤な顔をしてカンカンに怒っている。そして更に大きな声で怒鳴った。
「オルトロス来なさい! コイツ、殺しちゃって!」
その声が消えぬうちに、ゴブリンの背後から大きな黒犬が飛び出してきた。鋭い牙をむいた頭が二つ、涎をたらしながらグガァと唸った。
「テ、テオさん!」
「もう、バカー!」
ニコとドリスの悲鳴が上がる。
「何やってんだ! くそテオ!」
バンとテオの背中を叩いて、ユリウスが前に飛び出す。考えなしに喧嘩を売るからこういうことになるんだ、と説教したいのは山々だったが、その余裕は無さそうだ。
双頭の黒犬に向かってユリウスの雷撃と、テオの炎の矢が同時に飛んだ。
「オルトロス!」
ゴブリンの指令に、犬は素早く伏せる。交わされた攻撃は、後方のゴブリンを四、五匹吹き飛ばしていた。小鬼達がコロコロと坂を転がっていく。
伏せていた双頭犬がバネのように勢い良く二人に飛びかかった。
前に出たユリウスの障壁が、辛うじて間に合った。釘のような爪がオレンジ色のバリアに突き刺さる。二つの頭の光る牙がガチガチと鳴り壁を引き裂こうとしていた。
その間に、テオは一気にリーダーゴブリンに走り寄っていた。驚くゴブリンを片腕で抱え上げ、ギュウギュウと締め上げる。
「召し捕ったりー!」
揚々と叫ぶテオの腕に、ゴブリンがかぶり付いた。小さく鋭い歯が、ガッチリと食い込む。
だが、テオは構わず締め続ける。大きく開いた口の中に腕を思い切り押し付けられて鼻まで塞がり、ゴブリンは反撃するどころか、息ができなくなってフガフガと喘ぎ始めた。足をばたつかせて苦しんでいる。
「大人しくしやがれ! おい、犬ころ!」
テオの声に、オルトロスが振り返る。
「言うこと聞かないと、お前の主人を絞め殺すぞ! お座り! 伏せ!」
人質をとった悪党よろしく脅しをかけるテオを、恨めしげににらみながらオルトロスは地面に腹を付けた。グルルルと唸り続けてはいたが、主人思いな犬らしく大人しく従っていた。
「よし、そのまま待てだ! おい、デブチビ。オレたちをこの閉じた空間から解放しろ! じゃないと、地獄に落とすぞ」
テオはニヤリと笑って勝ち誇ったように言い放つ。
「……野蛮なのはお前の方だったな」
ユリウスは呆れ顔でオルトロスに拘束の魔法をかけた。たちどころに、双頭の犬はイバラでがんじがらめにされた。そしてキューブの中に収められ、縮められた。
「全く……話しあおうって気はないの?」
ドリスが近づいてきた。相手はゴブリンだ。大して強い敵ではない。いくら数が多かろうとも、テオ達が本気になれば容易く倒せる相手なのだ。
ゴブリンの方も喧嘩っ早かったが、何もこっちまでそれに乗ることはないと思うのだった。
「チンタラやってる場合じゃないからな。コイツらのせいで時間くっちまったんだし。……で、どうしてくれるんだ?」
テオはリーダーを締めあげたまま、んああぁぁ~とガラの悪い声で迫った。しかし、喋りたくても喋れないゴブリンは、テオの腕にカブリ付いたままフゴフゴ唸るだけだ。
ため息まじりのユリウスに放してやれと言われて、ようやくゴブリンの口から腕を抜き取る。が、自由にはしてやらない。首根っこをつかんで、ブルンブルンと振り回している。フフンと笑う顔は、満足そうだった。
「良かったなあ、こいつらが甘ちょろいお陰で命拾い出来そうじゃないか。さあ! オレたちを解放しろ!」
「お父様に言いつけてやる!」
「おう! 言いつけろ、まとめてぶっ殺す!」
「テオさん! ちゃんと話し合いましょうよ」
ニコがズイと前に出て、凄んだ。テオの暴走に呆れ返っていた。
相手を逆なでするようなことは止めて欲しいものだと、心底思う。そして、テオの腕を掴んでゴブリンを振り回すのを止めた。
「あのさ、君……お父様って?」
「ふん! 解放しろって言ったって、お父様しかあんたたちをここから出すことはできなのよ。私を殺したって逃げられないわよ」
宙ぶらりんにされたまま、腕を組んでぷいっと横を向いた。その耳にテオが怒鳴る。
「じゃあ、ソイツのところへ連れて行け!」
「いや!」
「耳ちぎるぞ!」
言ったそばから本当に耳を引っ張りだした。ギャーギャーとゴブリンが叫ぶ。
「テオさん……」
「ったく。話にならんな」
ユリウスが強引にゴブリンを奪い取った。大げさにため息をついて、オルトロスにかけたのと同じ魔法を使った。透明なキューブの中にゴブリンは収められた。
窮地に落ちても気の強いゴブリンは、まったくへこたれる事が無い。
「仲間を元に戻しなさいよ!」
「お前がお父さまってヤツの所に、オレたちを連れて行くって約束するならな」
「いやよ」
「くそゴブリン!」
噛み付くように言うテオを押しのけて、ニコが言う。ユリウスからゴブリン入りのキューブを受け取った。
「ごめんね、こんなとこに閉じ込めて。でも、僕達の話も聞いて欲しいんだ。大事な用があって、どうしてもこの先に進まなきゃいけないんだ。君たちに危害を加えたりしないから、魔法を解いて欲しい。頼むよ、その人の所に連れて行ってくれないかな。ゴブリンの国にいるの?」
「……あんたが危害を加えないって言ったって、そこの野蛮人間が私達を皆殺しにするかもしれない」
「絶対させないよ! っていうか、テオさんは口だけだから」
「口だけなもんか!」
「黙ってなさい!」
また首を突っ込みかけたテオを、ドリスが引き戻す。そしてユリウスにつまみ出されて、後方に追いやられた。
「ね、手出しなんてさせないから、安心してよ。僕はニコ、こっちがユリウスさんとドリスさん、さっきのがテオさん。落ち着いて話しあおうよ。えっと……まず名前を教えてくれる?」
「人間なんかに、私の名前を教えられないわ」
「そ、そう……。じゃあ、さっき言ってた君のお父様もダメなのかな」
「もちろん! でもこれだけは教えてあげる。聞いて驚くわよ! お父様はゴブリンの王よ!」
コロコロ太ったゴブリンは、腕を腰にあててふんぞり返った。と言うことは、このゴブリンは王女様ということらしい。
マズイぞと、ニコの顔がひきつった。テオを除く三人が思わず顔を見合わせた。
「ヤバくないですか……この展開」
「……うーん」
「よりによって王女様に手荒な真似をしちゃったなんて……さすがはテオね、考えなしもいいところ!」
一斉にテオをにらんだ。しかし、テオはケケッ下卑な笑みを浮かべる。
「ヤバイもんか。最高の人質じゃないか」
「……悪党、ですね」
ニコは、ハハハと引きつり笑いを浮かべた。
それにしても、なにかと王女様に縁があるもんだなあと、何故かしみじみと思った。