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黒のドラゴンとブロンズ通りの魔法使い  作者: 外宮あくと
第三部 罪と力と代償と
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7 レリーフの奥

 テオの手のひらがレリーフを押してゆくと、ゴリリと石のこすれる音と共に扉がゆっくりと開いていった。ひんやりとした空気が、ゆるゆると足元に這い出してくる。


 もとより地下通路は地上よりも気温が低く夏とは思えない程なのだが、レリーフの奥の部屋から染み出してくる冷気は冬を思わせる程だった。テオはゾワリと毛が逆立つのを感じた。しかしそれは、寒さによるものでは無かった。

 ブルンと頭を振って、テオは部屋に足を踏み入れた。ランタンを胸の高さに掲げて部屋を照らし、ゆっくりと歩を進めてゆく。


 あまり広い部屋ではないようだ。アインシルト、ユリウスが後に続きそれぞれのランタンでもって部屋を照らしだす。すると、古い様式の文様に飾られた壁が浮かび上がった。約五メートル四方の小部屋で、その四隅に石像が据えられている。


 テオは背中にむず痒さを感じていた。壁から天井から何者かの気配を感じるのだが、それは不明瞭かつ不確かなもので、ばくとした悪い予感のようなものだった。


 壁に沿って奥に歩いてゆく。彼は左奥の石像を見つめていた。

 甲冑の戦士の石像だ。四体とも同じ意匠のもののようだが、この石像だけは他と様子が違っている。首が無いのだ。足元に細かく砕けた石が散乱しているのだが、それは元はこの石像の頭部だったのかもしれない。


「こっちのは胸に切られた痕がある」


 テオが石像の首の部分を注視しているのを受けて、ユリウスがそう言った。テオは軽く振り返る。入り口のすぐ右側、首の無い石像の対角にある石像の戦士は、ざっくりと胸を切り裂かれていた。元から施されていた彫刻であるはずもなく、故意に傷付けられたとしか思えない。


「アンゲロスの痕跡じゃな」


 何故に石像を傷付けたのは分からなかったが、宝玉を持ち去る為に必要だったのだろう。白い髭を撫で付けながら、アインシルトは呟いた。


「それにしても、ニキータ様を利用しようとはのぉ……」


 眉をしかめて、やるせなく息を吐いた。

 ニキータはなかなか傷が癒えず、未だに夢現をさまよっている。彼の事を思うと、アインシルトは居た堪れない気持ちになるのだった。

 幼い頃、魔女に母を奪われたとも知らずに、その張本人を母と慕い今なおその呪縛に囚われているのだ。そして、再び利用されてしまった。


 テオは沈黙したまま、部屋の中央へと視線を移した。

 一段高くなった土台の上に、人の腰の高さほどの円柱が立っている。上面には十センチ程の丸いへこみがあった。

 テオは土台に上がると、へこみを覗きこむ。


「アインシルト、ここに宝玉があったのか?」

「そうじゃ。確かにそこに置かれておった。見たのはディオニス陛下がお生まれになった時じゃから、随分前のことじゃがのぉ」

「何か仕掛けなどは無かったのですか? 賊に奪われぬ為の……」


 ユリウスが質問した。この国の王が代々受け継いできた宝玉だ。厳重に守られていたに違いないと思ったのだろう。

 しかし、アインシルトの返答は違っていた。


「分からぬなあ……そもそも、この部屋に賊は侵入出来ぬという前提じゃったしの」


 地下全体に張り巡らせている、幾重にもかけられた守りの魔法の事を指しているのだ。その魔法によって地下通路は迷路となり、特定の人物以外を決してこの部屋に辿り着かせはしないのだ。


 特定の人物。それは王家の血を引く者、そして王の許しを得た魔法使いのことだ。

 魔女たちはインフィニードの第二王子であるニキータを手に入れたからこそ、宝玉を奪えたのだ。


 アインシルトの力のこもらない声を聞きながら、テオは宝玉が置かれていた台座を見下ろす。浅いへこみの周りに描かれた文様は、規則性がなく異国の文字のようにも見えた。呪文だろうかと、テオは訝しみそろりとへこみに指を伸ばした。


 縁を撫でる。

 途端に、パシンッと火花が散った。

 台座の文様が発光したかと思うと、グイと見えない力がテオの手を引っ張った。抵抗する間も無く、彼の手のひらは台座に吸い付けられてしまった。


「な、なんだぁ!?」


 テオが立っている土台の周囲から、光が垂直にほとばしる。それは天井まで届き、テオをすっかり囲んでしまった。

 慌てて手を引き離そうとするが、指一本動かせない。そのままアインシルト達を振り返えると、彼らは驚いて駆け寄ってくるところだった。


 テオを囲っているものは、ただの光では無かった。透明な壁となっていたのだ。檻の中に閉じ込められたような格好だ。

 アインシルトがその壁をドンドンと殴っていた。


「テオドール! 何をやったんじゃ!」

「知るか! オレは何もしてねーぞ!」


 一体何が起こったのかこっちが知りたいくらいだった。

 ユリウスはつい先程は驚いていたくせに、今はもう薄ら笑いを浮かべている。オレが何かやらかした前提で物事を判断するのはやめて欲しい、と思うテオだった。


 どうやっても、台座から全く手は離れない。なんてことだ、と舌を打って部屋の中を見回した。

 そして、途端に目を見開いた。


「後ろだ! 伏せろ!!」


 思い切り、叫んだ。

 そして、とっさにアインシルトとユリウスが身をかがめたその瞬間、大ぶりの剣が横薙ぎにその頭上をかすめていった。二人の後ろには、なんということか部屋の隅にあったはずの石像が立っていたのだ。


 動き出した戦士の石像は、再び剣を振り上げユリウスに斬りかかった。

 ユリウスが体をひねって、すんでのところでかわし、体勢を整えようとした時、もう一体が加わった。


「ユリウス!」


 テオは駆け寄ろうとするが、台座の上に張り付いた右手は一ミリたりとも動かない。意表をつかれ焦りに唇がわなないた。

 何故、石像が我々に襲い掛かるのか。


 そして首のない戦士も胸を切り裂かれた戦士さえも、おぼつかない足取りでありながら集まってきて、二人に対して剣を構えていた。


 アインシルトの杖が雷槌を放った。

 青白い閃光が、刹那、部屋を真昼の地上のように照らす。石像たちは壁際まで吹き飛ばされていた。

 ドガガッ! と大音響が響き、バラバラと砂埃が落ちてきた。


「鎮まれ! そなた達は守護者であろう! これは何故の所業じゃ!」


 アインシルトの叱声が石の戦士に届いたのか否か、彼らはゆっくりと立ち上がってくる。


「盗人ニ死ヲ……」


 石像が低く唸る。そして、またしても斬りかかってきた。

 ユリウスが、さっと師の前に立ち塞がり障壁の呪文を唱える。石の剣はそのバリアに弾かれ逸れて、テオの囲む透明な壁に激突した。壁はビクともしない。


「盗人に死を、だとぉ。ふざけんな! お前らが護れなかったから、オレらが来たんだろうが! ボケぇ!」


 テオは、この石像達はもう狂っていると断じた。自分を取り囲む壁に、思い切り腕を伸ばす。右手は囚われたままで、動きが取りづらい。ギリッと歯を食いしばり、手のひらを壁に付けた。


「ユリウス、アインシルト! 離れろ! ぶっ飛ばす!」


 その叫びが終わらぬうちに、障壁をまとったユリウスが老師を抱えて走った。テオの後側へとダッと回りこんでゆく。

 テオの手のひらが発光し一瞬で火球が出現した。そう認識した時には既に透明な壁を貫いて、火球は石像の一体を粉々に破壊していた。


 しかし無傷の石像は、仲間が倒れたことを意に介さず、逃げる二人を追っていく。

 素早くテオは向きを変え、二撃目を放とうするが狙いが定まらない。むやみに撃っては二人を巻き込んでしまう。ユリウスはぐるりと台座を囲む壁を回ってくる。

 どうする……。

 透明な壁に開いた穴に目がとまった。


「中に入れ!」


 ユリウスはニッと歯を見せて笑い、テオが囚われている檻の中に突入してきた。無論、アインシルトを抱えたままだ。

 追って来る石像とテオは正面から睨み合う。その後ろには負傷した石像二体もいる。丁度いい。

 テオは左手を差し出し、ニヤリと笑う。


「火焔弾!!」


 小型の太陽が出現したかのようだった。

 白光するエネルギー体が、放たれると石像達は一瞬で蒸発し、壁に沿って瞬く間に業火が広がり部屋に充満した。

 そして、ドンッと爆発を起こした。

 予想外の破壊力に、放った本人が驚いていた。


 ユリウスの障壁魔法がなければ、三人も諸共に焼かれていたことだろう。

 部屋の壁に大きなひび割れが走り、ガラガラと崩れ始めた。

 台座を囲っていた透明な壁が不意に消失し、円柱に吸い付けられていたテオの右手が前触れも無く離れた。


 おっとっと、バランスを崩してテオがたたらを踏んでいると、天井がビシビシと不気味な音を立て始めた。


「ありゃぁ……」

「加減せんか! この馬鹿もんが!」


 アインシルトが怒鳴った。今にも天井が崩れ落ちて来そうだ。

 さすがにこれはまずいなとテオは頭を掻いた。どうもこの所、力のコントロールが上手くいかない。左目を取り戻したことで、唯一生じた不具合だった。


 炎は治まったが、壁はどんどんと剥がれ落ち、天井もヒビ割れからボロボロと破片をこぼれて、部屋の崩壊は進んでいた。

 自分で破壊しておいて言うのもなんだが、壁の文様や台座をもっとしっかり調べたかったなあ、などと呑気に独り言ちてユリウスに目をやる。


「これ、直せるか?」

「……避難が先だろうよ」


 うんざり顔のアインシルトとユリウスを尻目に、素知らぬ顔でテオは部屋を出て行った。

 三人がレリーフの扉の向こう、通路に出たところで、天井を形作っていた巨大な石がドカンと割れて落ちてきた。振り返ると、モウモウと沸き起こる土煙で、中は全く見えなくなっている。が、壊滅的な様相であることは想像に難くない。


 ゲフゲフと土埃にむせながら、三人は後ずさってゆく。

 なんてことだと、アインシルトが大きな溜息をつく傍らで、テオは肩を竦めて首をかしげる。


「お前だったら、直せるだろ?」


 思い切りわざとらしい笑顔を振りまいて、ポンとユリウスの肩を叩く。


「…………本気で言ってないよな。修復魔法を万能と思うなよ」

「そう言うなよ。天下のユリウス・マイヤーなら……ゲッ!」


 アインシルトの杖が、したたかにテオの頭を打っていた。本日三度目の制裁だ。


「ちっとは反省せんか! お前が、やり過ぎなんじゃ!」

「ジジイ! てめえも加減しやがれ。頭が割れたらどうしてくれる!」

「お主の石頭は、杖が折れても割れはせんわ!!」


 しゃがみこんでいたテオは、グウと喉の奥で唸って頭をさすった。石頭だろうがなんだろうが、痛いものは痛いんだとブツブツと文句を垂れていいたが、アインシルトとユリウスは、構わずにさっさと地上に向かって通路を進んでゆく。


 ケッと悪態を付きながら頭をさすっていた手を下ろすと、その右の手のひらに丸い文様がついていることに気付いた。

 なんだこれはと、途端に顔を引き締めじっと見入った。


 あの宝玉の台座に吸い付けられてい部分に、薄茶色の文様が浮かんでいる。魔法陣のようにも見えた。テオは思いつく限りの呪文を、頭の中で念じた。

 と、ポウっと文様が淡い光を放った。


「おい、待てよ」


 先をゆく二人に声をかける。

 彼の視線は、手のひらに向けられたままだ。文様から発せられた光が、手のひらから十数センチ上の空間に映像を浮かび上がらせていたのだ。


「……地図だ」


 立体的な地図だった。山は盛り上がり、海はさざなみを立てている。インフィニード王国のミニチュア模型のよう映像だった。

 振り返ったアインシルトがおおぉと感嘆の声を上げ、ユリウスは目を見開いていた。


 手のひらの上に浮かんだ立体模型は、徐々にある一点をクローズアップしてゆく。

 テオの口角がきゅっと釣り上がり、白い歯をこぼした。


「なるほどな……」


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