一応お子様なので(12/2編集)
とある休日のことである。
「……これは一体何なんですか?」
場所は夏季都内にある百貨店。そこの七階で経営されている、休日の家族連れで賑わうその店内一角に、四人の見目麗しい少年少女が来店していた。穏やかな雰囲気で彼らにつきあっている癖毛の少年、鍛吾。どうしてそう落ち着けないのか知らないが、口から出る言葉が止まらないサイドポニーの少女、茉莉。そして、茉莉と同じくテンションが高い、色黒の少年、夏生。
三人の視線の先には、目の前に置かれた『もの』に、不審気な視線を注いでいる銀髪の美少女、紫蘭。この事の発端は、部活終了後の掃除中にどこからともなく聞こえてきた【お子さまランチ】の一言でした。
「そういえばさー」
専用の眼鏡を掛けて観る猫型ロボットの映画を夏生と語り合っていた茉莉が、唐突に紫蘭の端整な顔を覗き込んできた。
「紫蘭ちゃんって、お子さまランチ、食べたことある?」
「なんですか? おこさまランチ?」
「うん」
「……何処で食べるものですか?」
「そう聞くってことは、ないんだよな?」
「見たこともないですね」
首をかしげた紫蘭の答えを聞いて、鍛吾と映画のことを喋っていた清和が振り返り、にやりと笑った。相変わらずの地獄耳だ。紫蘭が身構える。
「じゃあ、皆で食べにいかない?」
彼は意外なことを言い出した。いつもそういうことには受動的な方なのに。
「お子さまランチとやらを、ですか?」
「そうだよ」
「口に合わないものはごめんですよ」
「その点、一流百貨店のレストランなら問題ないでしょ? じゃ、今度の日曜日にでもいこうよ、部活はオフだったし」
皆も行くよねー? と清和が微笑んだ先で、そこにいた全員が頷いて。―そして、決行と相成ったわけである。
当日の日曜日。待ち合わせの百貨店の前で、紫蘭が一番に到着した。彼女は内心面食らう。大概、自分が来ているときは誰かがいるものだが。小さくため息をついて、懐中時計を取り出し蓋を開ける。長針は、待ち合わせ時間ちょうどを指していた。またため息をついて、日曜日の喧噪を眺めることにする。しょぼしょぼ降っている雨の中、自分が何故こんな所に居るのかも改めて考え直す。
(――上手いように乗せられた気がしますね、彼らの口車という外食の口実に)
全くと心の中で毒づくものの。本心から嫌がっているわけでもないようだ。紫蘭は一人の時間を楽しむかのように、行き交う群集に再び目をやっていた。
「すまんなぁ、紫蘭さん」
柔らかな声がかかり、そちらを振り向くと、鍛吾が微笑みながら近付いてきた。その後ろには、珍しく怒っているらしい茉莉が夏生を引っ張っているのが見える。そこで、紫蘭は遅れた理由に合点がいった。いつもは、清和が上手い具合に夏生をあしらっている。(本当にお騒がせ組の扱いが上手い)故に、大幅な遅刻こそないものの、今日は肝心要の発案者である金髪少年の姿が見えなかった。
「まあ、見ての通りや」
察したのか、肩を竦めてみせた。
「ほんまごめん。清和君が急に来られやんようになってもた、遅れてもうた」
「構いませんよ。たまには一人で人混み観察しているのも、ナカナカ楽しいものですからね」
「ごめんね、夏生っ、ほらっ、アンタもあやまって!」
「ごめんなしらん~」
その様子を見て、珍しく紫蘭は嫌味を吐かず笑い流すだけ。とりあえず一名を除いて揃ったところで。ようやく目的地へと歩き出す。
「で、今日の発案者はどうしたんです?」
「清和君、大阪から親戚が来ることを忘れとったらしいわ」
「全く。自分のスケジュールくらいきちんと把握しておくものですよ」
そんな他愛のないことを喋りながらも、いつの間にかレストランの前に。さほど混んでおらず、窓辺の席に案内される。席順は何となく。四角いテーブルに奥に茉莉と鍛吾、手前に夏生と紫蘭。メニューを見ながら――とは言っても、紫蘭が頼む物は昨日から決まっているのだが。
目の前の期間限定デザートのメニューを見た途端、夏生ははっきりと目が覚めたようだ。茉莉と一緒にはしゃぎはじめてしまった。同然だが二人分の声が一段と大きくなる。その声に、紫蘭は眉を顰めて。
「ちょっと、鍛吾少年……。その小うるさい二匹、どうにかしてくれませんか」
一方、メニューを軽く閉じながら鍛吾も笑顔で応戦します。
「私が?」
「清和少年が居ない今は、君がおもりじゃないですか」
「私かて二人いっぺんには無理やわ。大体、茉莉君で手一杯やし。夏生君は君が何とかしてくれへんかな」
「はい?」
「頼んます」
柔らかく無情に言い捨てると、次の瞬間には茉莉に引き寄せてなだめている癖毛の友人。紫蘭は幼稚園からの付き合いである友人を見た。お騒がせ女子の方は、鍛吾に何か言われたらしく、やっと落ち着きを取り戻す。一方、お騒がせ男子は相変わらず一人興奮している。メニューの写真が、彼をそこまで興奮させるのかわからなかったが。
「ちょっと。夏生少年」
「あっ、紫蘭。オレ、これとこれと、あーこれも食いたい!」
「少し静かに出来たら、奢ってあげてもいいですよ」
「え? なに?」
「少し黙りなさいと、い・っ・て・る・ん・で・す!」
ゴンと少し鈍い音がした後、夏生が頭を摩りながら素直に返事をした。その様子を見て、鍛吾が笑いを堪えきれないような感じで肩を震わせ、茉莉はちょっと呆れた顔をした。紫蘭は大仰に溜息をついた。――いろいろあったが、やっと注文にすることができた。しかしやはり、年齢的な問題もあるらしく、鍛吾がウェイトレスの女性に数回と尋ねていたが。何とか出してもらえることになったようだ。
目の前に運ばれてきた『食事』を見て、紫蘭は絶句し、茉莉と夏生は嬉しそうだ。鍛吾は仕方がないねと言ったところでしょうか。
紫蘭の今日の昼食。小ぶりなフライドポテト、タコさんウインナー、ハンバーグ、そして星型の小皿に入ったミックスベジタブルが、可愛らしい色彩のプレートに盛られている。丸く形作られたチキンライスには、ご丁寧に紫蘭が馴染み深い国の国旗がついていた。デザートにはお子さまランチのお約束とも言える、プリン・ア・ラ・モード。
「いっただきま~す!」
エビフライが乗ったカレーライスのお子さまランチを選んだ夏生の声に、はっと我にかえった紫蘭は、自分が目の前の物を呆然と見つめていたことに気づく。そして出た一言が、冒頭のそれだったのである。一向に手を付けようとしないお子さまランチ初心者に、飛行機型のプレートに入れられたサンドイッチを食べようとしていた茉莉が、じれたように声をかけた。
「紫蘭ちゃんってば、毒なんか入ってないって」
「うまいぜっ! 早く食わねーと冷めるぞ」
「そうそう」
そう三人に後押しされては、ずっと固まっているわけにもいかない。冷めてしまうし。紫蘭はおそるおそる、フォークを手に取って食べはじめた。料理一つ一つは見知ったメニュウばかりだが、一堂に会しているところを見たことがなかっただけだ。口にすれば、あっという間にそれは空っぽのお腹の中へ。
満足気にプリンを食べている茉莉を見ていた紫蘭に、お子さま餃子ラーメンセットを頼んだ鍛吾が笑って声をかけた。
「美味しかった?」
言って、自分も己のデザートを食べるべくスプーンを手に取る。彼のデザートは杏仁豆腐だった。紫蘭は口の端を、軽く優雅に上げると。
「まあまあ。ですね」
その言葉を聞いて、茉莉と夏生はふき出す。鍛吾も先程よりニコニコしている。みんな、紫蘭が今上機嫌なことは、ちゃんと気付いていたから。
「なァーんだ。結構気に入ったんじゃん!」
「また食べに来る? 今度は先輩達や後輩君達も誘って」
「そうですね――」
最期のプリンを一口。
窓の外は、ぼそぼそと雨が降り続けている。雲っているせいか、水底の中に沈んだような、モノクロの街並み。硝子越しに見るその景色は、まるで水槽の中のようだ。さらさらと硝子を流れる雨粒を、ちらりと見てから、紫蘭は友人達の顔を順繰りにみて、にんまり笑いました。
「たまには食べても、いいかもしれませんね」