中編
朝っぱらから公衆の面前で醜態を晒したわたしだが、なんとか入学式を済ませ、発表されたクラスに行ってみると、そこにはヒロインちゃんがいた。しかもわたしの前の席! うおおお! 流石親友ポジションのわたし! GJ!! 朝のお礼をきっかけに、わたしはヒロインちゃんと楽しくおしゃべりし、ごくごく自然な流れで打ち解け、ヒロインちゃんのLINEのIDも至ってスムーズに入手した。ふはは、無意味なコンパに慣れた元アホ大学生の手腕に恐れ入るがいい! 生前、狙った女子のメアド及びLINEのIDを引き出すテクニックを友人のチャラ男から教えてもらっておいてよかったー!
そんな下心をもっさりと抱えたままヒロインちゃんとお喋りをしていると、あっという間に下校時間になった。いやまぁ、今日は入学式だけなので帰宅時間は早いのだが。一緒に帰らない? と誘ってくれたヒロインちゃんを泣く泣く見送ったわたしは、暫くヒロインちゃんの可愛い笑顔を思い浮かべ、誰もいなくなった教室でニヤニヤと締りのない笑顔を浮かべていたのだが、ふと目に入った時計で時間を確認すると、ふぅと一息ついて己を机の中に突っ込んでいた例の書類を持ち出した。ヒロインちゃんとキャッキャウフフと帰宅したかったが、これから重要な仕事があるのである。書類を抱えて表情を引き締めると、わたしは教室を後にした。
「えー、では、第一回好感度報告会を開催します」
ホワイトボードの前に陣取ったわたしがそう音頭を取ると、集まったイケメンたちからよろしくお願いします、という声が上がる。場所は特別教室ばかり集まった特別棟一階の片隅にある小会議室。ヒロインちゃんの在学中、入り口の小会議室というプレートは取り外され、関係者以外立ち入り禁止の情報統括室となっている。大して広くも無いその部屋に、このゲームの攻略対象であるイケメンたちが一堂に会していた。
「おまっとさんでした。お忙しい中お集まり頂きまして、ありがとうございます。わたしがあなたの街の情報統括本部長、愛川欽也です。……嘘です。関東ローカルなネタを出してすみません。……いやホントすみません」
うっかり地方ローカルネタを口走ってしまい、室内の空気が若干冷えたところでこの場所の説明をしよう。この小会議室もとい情報統括室は、情報統括本部長であるわたしの城である。情報統括本部長とやらがこの城で何をするかと言えば、このゲームの攻略対象であるイケメンたちに、己の個人情報やヒロインちゃんへの現在の好感度を報告してもらい、ヒロインちゃんからの問い合わせに応じてその情報を開示したり、攻略対象の各ルートに進むためのヒントを出したりするのである。恋愛SLGで遊んだことがあれば、ピンと来たかもしれない。そうだよ、ゲーム中にお助けキャラに現在の好感度とか好きな洋服のタイプとかそういうの聞けるだろ? あれだよ! あれがお助けキャラポジションのわたしがやらなければならないことだよ!
「皆さんご承知おきの通り、毎週金曜にこの情報統括室にて好感度の報告を行なって頂きます。今回は初回ということで、皆さんにお集まり頂きましたが、今後は個別に報告を行なって頂ければ結構です。諸注意はお手元の資料にまとめましたので、後ほどご一読ください。何かご質問等あれば、資料に記載しましたアドレスか電話番号にご連絡頂くか、直接どうぞ」
ざっと概要を話してから、椅子に座って手元の資料を眺めているイケメンたちを端から一人ずつ見やる。今更だけど、これだけイケメンが雁首揃えていると壮観だなぁ。高校を舞台にした乙女ゲームなので、基本的に十代ばかりだが、イケメンの方向性としては各種取り揃えている感じである。これならばヒロインちゃんの好みのタイプも一人二人はいるだろう。
そんなことを思いながらイケメン一同を見渡し終わった所で、特に質問がありそうな感じではないのでさっさと次の議題に移ることにする。
「では続きまして、自己紹介を行って頂きます。皆さんはある意味ライバル同士ではありますが、それ以上に攻略対象同士という仲間です。まぁ、特に親しくする必要もありませんが、仲良くなってヒロインちゃんの情報を共有したりするのも手です。そのあたりはこちらとしては一切規制しませんし、逆に殴り合いの喧嘩になったところで、ペナルティ等もありません。ただし……このゲームは、CERO:Bです」
CERO:Bに思いきり力を込めて話すと、聞いていたイケメンたちは神妙な表情で頷いた。CERO:Bとは、レーティング機構による年齢別レーティング制度の審査を受けた結果、ゲームソフトの表現内容(性的・暴力的・反社会的表現等)による対象年齢をB区分とされた、という表示である。B区分というのは、十二歳以上十五歳未満を対象とした表現が含まれている、という区分なのだ。
「つまり、彼女の前であまり暴力的な行為に走られるのも困りますし、彼女に対して思春期の性的衝動をぶつけるのも困ります。というかもってのほかです。因みに、昨今流行りの強引系俺様キャラに唇を無理矢理奪われたとか、わたしが彼女の親友ポジションに収まっている間は、CERO関係なく問答無用で性犯罪として騒ぎ立てるからな! イケメン無罪なんて甘っちょろいことはしないぞ!? 覚悟しておけよ!!」
両手で机を叩きつけて、そう高らかと宣言したわたしがじろりとイケメン一同を見回すと、皆、怯えたような表情でこくこくと頷いている。昨今流行りの強引系俺様男子だが、婦女子の唇を強引に奪うとは言語道断だと常々思っているわたしは、思わず本気で声を荒げてしまった。怯えた表情のイケメンたちを眺めて、若干の申し訳なさが沸き上がってくると同時に頭が冷える。
「……あー、取り乱しまして大変失礼いたしました。それでは自己紹介を始めて頂きましょう」
冷静になってみると、この醜態は気まずいこと山の如し。わたしを見るイケメン一同の目が、何か得体のしれないものを見る目になっているが、既に後の祭りである。こほんと一つ咳払いをしてから、視線を振り切るように話を進める。
「では、時計回りに行きましょうか。最初の方どうぞ」
その言葉に立ち上がったのは、笑顔の眩しい爽やか正統派なイケメンだった。ネクタイはややゆるめてあるが、さっぱりと着こなしている制服からして、優等生のたぐいであろう。
パラパラと手元の資料をめくって、目の前の彼の写真がついたページを引っ張りだす。ざっとプロフィールを見れば、なんというかベッタベタな設定が書かれていてげんなりしたが、そうなってしまったことは彼の責任ではない。なんとか顔を上げて、その爽やかなご尊顔を眺める。
「ええと、一年生の藤沢汐里くん。ヒロインちゃんの幼馴染、と」
「はい。小学五年生の頃に彼女が転校してしまうまでは、家が隣同士ということもあり、ずっと一緒に遊んでいました。高校生になって彼女と再開して、その、びっくりしました。とても可愛い子になっていたので……」
つらつらと、ヒロインちゃんとの過去や、今の彼女に対する気持ちをやや緊張した面持ちで語る藤沢くんは、なるほど文武両道の優等生系爽やかイケメンである。こんな子がリアルに存在したら、校内一のモテ男として名を馳せるに違いないが、悲しいかな、この乙女ゲー攻略対象という業界においてはあまりにも平凡すぎた。いや、平凡というか、ベタ過ぎるのである。食傷気味と言ってしまってもいいだろう。これ以上無い優良物件だというのに、没個性。世間が乙女ゲー業界の攻略対象の男性陣に求めるハードルはとにかく高い。イケメンだけでチートな人生を歩めると思ったら大間違いの茨の道なのである。
藤沢くんの自己紹介を聞きながら、わたしは手元のチェック表にあれこれと書き込んでいく。自己紹介や今後の展望などについて受けた印象を書き留めて、ヒロインちゃんからの情報開示に役立てなければならない。つまり、この攻略対象はオススメだよ! と言えるぐらいには、攻略対象の人柄と攻略対象の個別ルートに入った場合の展開などを把握しておかなければならないのである。
「では、次に将来の展望、というか、個別のルートに入った場合の大まかな展開とアピールポイントをどうぞ」
「はい、大まかに説明しますと……」
藤沢くんの印象は、悪くもないがわざわざ薦める程でもない、というのが正直なところである。ポジション的にはメインヒーローなのであろうが、キャラ設定にしろ個別ルートに入った場合の展開にしろ、何しろベタ過ぎるのだ。実際の人生であればベタ万歳と言ってしまえるが、ここは天下の乙女ゲームの世界。ヒロインちゃんには是非とも、ゲームならではの劇的な恋愛をして、揺らぐことない幸せを手にして欲しいのである。そういう意味では、藤沢くんは若干物足りない。
まぁ、まだ自己紹介も一人目なので、結論を出すのは早すぎるだろう。自己紹介を終えた藤沢くんにお礼を言うと、わたしは手元のプロフィールをめくって、次の攻略対象のイケメンに声をかけた。
「では次の方。えーと、虹野咲人くん」
「はーい!」
わたしの声に立ち上がったのは、可愛らしい顔立ちの美少年だった。その顔立ちとは雰囲気の異なる、元気ハツラツ! と表現するしかない身のこなしには、まだ幼さが残る。そもそも、着ている制服が皆と違った。おや、と思ってプロフィールをよくよく確認しれみれば、虹野くんはヒロインちゃんより一つ年下の中学生三年生だったのだ。
「虹野咲人です! まだ中学生なので、この高校に入学するのは一年遅れになっちゃうけれど、それまでは外出コマンドとかで先輩に会えます! よろしくお願いします!」
なるほど、年下キャラポジションは彼の担当かと思いつつ、手元のチェック表に書き込みを続ける。どうやら虹野くんは、先輩先輩と懐いてくる、犬タイプの年下キャラらしい。年下キャラは大まかに分けて、犬タイプと猫タイプがあるが、ヒロインちゃんはどちらが好きだろうか。そんなことを思っているうちに、虹野くんの自己紹介は個別ルートの紹介に入った。さて、ベタな展開で終わらなければいいけれど、と思ったが、虹野くんの話す内容は別の意味で予想外だった。
「僕のルートに入った場合、先輩には音楽科の作曲コースに編入してもらいます! 同じく音楽科のアイドル志望の僕のパートナーになってもらって、事務所の新人発掘オーディションの合格目指して二人で頑張りつつ、更に仲良くなっていくっていう」
「アウトォォォォォォ!!」
予想外の内容に、わたしは思わず大声を出して、虹野くんの言葉を遮ってしまった。にこやかに元気よく己のルートを語ってくれたが、内容がアレだ。どこかで聞いたことがありすぎる。ベタとかそういう意味ではなくて、あんたそれあれでしょ!? アニメにもなったあれだよね!? ドキドキで壊れそうになっちゃったり、ウン%で君のことをラブ! のやつだよね!? 明らかにあの乙女ゲームの内容を意識しているよね!? オマージュとかインスパイアとかしてるよね!?
急に大声を出して虹野くんの自己紹介を遮り、ぜぇぜぇと荒い息をつくわたしを、きょとんと不思議そうな目で見てから、可愛らしい顔立ちの虹野くんはあっさりと続きを口にした。
「因みに、ルートの後半になると、音楽科の先輩たちも含めたアイドルユニットの楽曲をプロデュースしてもらう予定なんだけ」
「以上、虹野咲人くんでした! どうもありがとう! 時間ないんで巻きでいきまーす! 次の方どうぞォ!!」
これ以上虹野くんに喋られると、オマージュとかインスパイアなどという曖昧な単語で誤魔化せない領域にまで足を突っ込むハメになりそうだったので、わたしは慌てて次の人に助けを求めることにした。だってこれ丸パク……いやいやいやいや。今の話は聞かなかったことにしよう。たかが親友兼お助けキャラポジションのわたしにはどうにもできないことだ。うん。そういうことにしよう。
とりあえずわたしは、手元のチェック表の虹野くんの名前の横に、赤ペンでバツ印を書き込んだ。色んな意味で触れてはいけない子である。もちろんヒロインちゃんにおすすめもできない。虹野くんすまぬ……すまぬ……。
わたしが叫び声を上げた後、苦渋の表情でチェック表への記入をしていたのを無言で見守ってくれたイケメンたちだったが、完全に引いていたのは場の空気からひしひしと伝わってきた。そんな中、わたしの叫び声に応じて立ち上がってくれたのは、きっちりと制服を着込んだメガネのイケメンだった。バラララッと急いで資料をめくり、同じ顔が写っている写真の付いた資料を引っ張り出す。
「二年生の片桐彩彦先輩ですね!」
「あ、ああ……」
赤ペンを机に叩き付けるように置きながら確認を取ると、片桐先輩は若干引いたような表情ながらも、ひとつ頷いて自己紹介を始めた。片桐先輩がそのクールな表情で話してくれた自己紹介を人権すら無視する勢いで物凄く端的にまとめると、風紀委員の秀才系ツンデレキャラ。更に言えばみんな大好きメガネ属性である。ツンデレキャラは好き嫌いがあるが、無類のツンデレ好きという人も多い。ヒロインちゃん、ツンデレはお好みだろうか。
先ほどの虹野くんの個別ルートの件から逃げるように、チェック表に片桐先輩の所感を書き留めているうちに、片桐先輩は個別ルートの説明に入った。よくよく考えてみれば、自分の個別ルートの解説というのは、彼女と良い感じになったらこんなお付き合いをするよ! ということをゲロっている、というなかなかの羞恥プレイなのだが、片桐先輩は平然と解説を始める。
「俺のルートは、幕末の京都にタイムスリップすることになる。俺はその世界では京都の治安を守る剣士集団の一員になり、彼女の役回りは鬼の末裔で、彼女を守るために瀕死の重傷を追った俺は、舶来の不思議な水の力で、白髪赤目の人ならざる者になるとい」
「お前もかぁぁぁぁぁぁ!!」
片桐先輩がクールな表情で語ってくれた彼の個別ルートの内容は、クールな表情で聞き流すことのできない展開だった。虹野くんの悪夢再来である。これもどう考えてもアレだね新撰組が吸血鬼的な乙女ゲームをオマージュとかインスパイアとかしてるわ! これもアニメになってたなぁ! どうして有名どころからことごとく引っ張ってくるの!? しかもいきなりタイムスリップってどういうことだよ!? どうせオマージュとかインスパイアとか丸パクリとかするなら、似通った世界観のものにしろよ! バレバレだろうが!
わたしの雄叫びに無言になってしまった片桐先輩を、ぜぇぜぇと荒い息のまま万感の思いを込めて見つめると、彼は無言のまま着席した。それ以上喋らないでくれ、というわたしの必死の思いは伝わったらしい。それを見届けたわたしは、またしても赤ペンでチェック表にバツ印を入れる。片桐先輩自身に罪はないが、やはり他の有名乙女ゲームとストーリーがもろ被りのルートをおすすめすることはできない。嗚呼、ヒロインちゃん。無類のツンデレ好きだったらごめんなさい。
二度に渡るわたしの雄叫びに、この場に集ったイケメン一同が引くどころか怯えつつあることは分かっていたが、わたしはこれを途中で辞めることはできない。ヒロインちゃんの円滑なゲーム攻略のためにも、状況の把握に努めなければならないのである。
「はい、では次の方お願いします……」
さて、次の人は誰かと資料に目を落とすが、雄々しい叫び声を上げ過ぎたのかごほごほと派手にむせこんでしまった。すると、ガタリと椅子から立ち上がる音がして、わたしの背後に人の気配が近づいてくる。
「まったく、女子があんな雄々しい声出すんじゃないよー。お茶飲めお茶」
そう言ってペットボトルのお茶を差し出してくれたのは、クラス担任でもある朝日奈先生だった。ノーネクタイのワイシャツスラックス姿に白衣を羽織った、タレ目が印象的なイケメンだが、教師とはいえまだ若いので、気安い兄ちゃんという印象を受けるタイプの先生である。因みに、ここは学校だが、今この情報統括室にいるのはこのゲームの攻略対象のイケメンたちのみであるので、当然朝日奈先生も攻略対象だ。学園もの乙女ゲームの定番、攻略対象先生枠である。年上という意味では先の片桐先輩も年上だが、自立した大人キャラというのも人気があるものだし、何より『先生と生徒』や『歳の差』というシチュエーションが大好物だという人もいる。個人的に、ヒロインちゃんの相手としてあまり歳が離れているのはどうかと思うのだが、そのあたりはヒロインちゃんの好みになるので、わたしがどうこう口を出すことではない。情報開示に備えて、状況だけは把握しておかなければならないのだ。
その朝日奈先生は、わたしがペットボトルのお茶に口をつけて落ち着いたのを確認してから、手慣れた様子で自己紹介を始めた。自然と、その場にいた全員が朝日奈先生に注目する。
「片桐とかは知ってるだろうけど、学外のやつもいるから一応自己紹介なー。一年C組の担任の朝日奈夕士だ。担当は英語。テストは長文ばかり書かせるって不評だぞー。お前ら覚悟しとけよー?」
あっはっは、と笑って自己紹介をした朝日奈先生は、自ら言った通り英語の先生なのだが、何故か白衣を着ている。引っ張りだした資料によれば、白衣はチョークの粉よけに着ているらしい。……エプロンみたいな役割ってことだろうか?
「次は先生の個別のルートだけどなー」
はっと気づけば、いつの間にか個別ルートの紹介に差し掛かっていた。危ない危ない。まるで授業を聞いているような気分になっていた上、自分の思考に集中してしまい、先生の言葉をうっかり聞き流し慌ててノートをとるなど、まさに授業そのものである。慌ててチェック表の記入をしている間にも、朝日奈先生はまるで授業のように、すらすらと話を進めていた。
「先生のルートはガキどもとは一味違うぞー。スマホのアプリにデータを移植して、俺が副業でこっそり営業している、芸能事務所近くのレストランを一緒に経営! そこから売り出し中のアイドルたちを胃袋からガッツリ掴んでいくという」
「アカーーン! それもアカーーーン!!」
まったり授業中のような気分は、一瞬で吹き飛んだ。完全に気を抜いていたが、まさか朝日奈先生もこのパターンとは! よりにもよって恋愛SLGの代名詞とも言えるシリーズの最新アプリをオマージュとかインスパイアとか丸パクリするあたりにガッツを感じるが、そんなガッツは今この場においては欠片も必要無い。今日の入学式で遭遇した来賓の無駄な長話並に必要無い。
しかし、朝日奈先生は年の功なのか、片桐先輩のようにあっさり無言になることもなく、あろうことかスマホを取り出してまでアピールを続けてきた。しかも、ちらりと見えたユーザーインターフェースのデザインすらオマージュとかインスパイアとかを越えた似通り具合である。
「いや、でもすごいぞ!? みんな大好きおさわり機能搭載! アニメーションもスマホアプリとは思えないほどヌルヌル動くし!」
「黙らっしゃい!」
朝日奈先生が突きつけてくるスマホから目を逸らしつつ、わたしは持っていたチェック表で、長机を思い切り叩く。パァン! という乾いた音が室内に大きく響いて、流石の朝日奈先生も口を閉ざした。朝日奈先生の自己紹介を聞いていた他のイケメンたちに至っては、最早半泣きの勢いでわたしに怯えているようだが、泣きたいのはこっちである。話を聞いた四人中三人の個別ルートが、他の有名乙女ゲームの設定およびシナリオ丸パクリの非常事態なのだ。攻略対象であるイケメン一堂に罪はないが、ヒロインちゃんにおすすめできるようなものではない。
「とりあえず、次の方どうぞっ……!!」
しかし、まだ話を聞いていないイケメンが数人いる。一縷の望みを託して、わたしは議事の進行に努めた。というか、まだ話を聞いていない数人の可能性に賭けるしか、縋れるものが無かったのである。
「えー、はい。では以上で第一回の好感度報告会を終わりにします。お疲れ様でしたー……」
なんだかもう精神的に疲れ果てたわたしが、なんとか解散の号令をかけると、集まっていたイケメンたちは、お疲れ様でしたーと挨拶をして、三々五々に情報統括室から出ていった。最後に退室していった朝日奈先生は、憔悴しきったわたしの様子に苦笑しながら飴をくれた。そう、わたしは憔悴しきっていた。何故かと言えば、賭けにボロ負けしたのである。
あの後、残りイケメンたちにも自己紹介もしてもらったわけだが、何故か全員ことごとく他の有名乙女ゲームでお目にかかったような展開ばかりだったのだ。平安京にタイムスリップして京を救うだの、クラシック系の音楽科へ転入して妖精さんを追って校内を走り回るだの、古代中国にタイムスリップして天才軍師の弟子になるだの、白ウサギを追ってちょっとスリリングな不思議の国に迷い込むだの。というかこの高校が舞台で無くなる話が多すぎだろ!? 何故世界観すら変えてくる!? オマージュとかインスパイアとか丸パクリとかするというのであれば、せめて設定が似た学園ものから引っ張ってこい! そのぐらいの誠意を見せろ! パクっておいて誠意もクソないけどな!
「あー……疲れた」
個別ルートの発表の度に絶叫していたので、流石に肉体的にも疲れた。そしてそれ以上に疲れたのが、この攻略対象であるイケメンたちの惨状である。結局、パクリではないと判断できる個別ルートだったのは、最初の藤沢くんだけだったのだ。ベタではあるが、ベタであるが故に具体的なオマージュ元というかインスパイア元というかパクリ元というのが出てこなかったのである。しかし、前述の通り藤沢くんの個別ルートはベタベタすぎるのだ。あの可愛いヒロインちゃんに、わたしは藤沢くんルートを自信を持っておすすめ! と言えるだろうか。否、わたしはもっとゲームならではの劇的な恋愛をヒロインちゃんに提供したいと思っていたはずだ。しかし、藤沢くん以外の状況は酷いもので、こちらをすすめることはもっとできない。できるはずもない。
四面楚歌の状況に、わたしが長机に突っ伏し、頭を抱えてのた打ち回り、唸り声を上げ始めると、がらり、と部屋の引き戸が開いた音がした。はて、誰か忘れ物でもしたのかと顔だけをそちらに向ければ、そこにいたのは今朝がた校門付近でわたしの首根っこを掴んでくれやがった上、名前すら名乗らずとんずらこきやがった、アウトロー系イケメンだったのだ。そのアウトロー系イケメンは入口に立ったまま、机に突っ伏したままのわたしを無言でガン見してきた。ガッツリ目があったのに無言を貫くアウトロー系イケメンに対抗し、わたしも姿勢を正すことなく、首だけ入口に向けた状態のまま、アウトロー系イケメンをガン見し返す。なんだコノヤローいきなりガンつけてきやがって。負けねぇよ!? 何にって言われたら困るけど、今回は負けねぇよ!?
しばし睨みあった後、アウトロー系イケメンはこてりと小首をかしげると、怪訝そうな声でぼそりとこう言った。
「……ヨガでもしてんのか?」
「してねっす」
アウトロー系イケメンの疑問を光の速さで否定するが、彼は返事を聞いてんだか聞いてねんだか、ずかずかと室内に入って来た。一応この小会議室、情報統括室になっている間は関係者以外立ち入り禁止の秘密基地である。
「残念ながらここ関係者以外立ち入り禁止なんで。さー出てった出てった」
わたしはようやく姿勢を正すと、相変わらず迫力のあるアウトロー系イケメンの三白眼を見据えながら、ひらひらと手を振った。しかしわたしの言葉を完全に無視したアウトロー系イケメンは、そのままわたしの目の前まで来てやっと立ち止まった。
「関係者だよ」
「は?」
「関係者。そこに資料あるだろ」
アウトロー系イケメンが指差すわたしの手元には、攻略対象のイケメンたちの資料の束。堂々と関係者だと宣言された手前、確認しないわけにもいかない。わたしが半信半疑でパラパラと資料をめくると、最後に目の前のアウトロー系イケメンの写真の付いた資料が確かにあった。資料の右上にはでかでかと赤い文字で『隠しキャラ』の表記。アウトロー系イケメンは、恋愛SLGでお馴染みの要素、隠し攻略対象だったのだ。
「さっき藤沢とたまたま会って、ここに顔出した方がいいって言われたんだよ。あまり来る気もなかったんだけど、藤沢がやけにすすめるからさ」
何やらぐだぐだと話しているアウトロー系イケメンの資料を見ながら、わたしはぶるぶると震えていた。今まで絶望しかなかった攻略対象のイケメンたちだが、彼の場合はどうだろうか。ある意味オマケ要素である隠し攻略対象であれば、わざわざ他のゲームから個別ルートの展開を引っ張ってきている確率は高くない。そしてアウトロー系な感じを見るに、藤沢くんのような平々凡々な個別ルート展開では無い可能性も高い。これは、ひょっとしてひょっとするのか。ワンチャンあるのだろうか。
「隠しキャラさん!!!!」
思わず大声を出して立ちあがったわたしを、アウトロー系イケメンは驚いた表情で見返してきた。逃がしてはならぬと、わたしはさらに彼に詰め寄る。
「とりあえず、自己紹介と個別ルートの解説をお願いします!!!!」
鼻息荒くチェック表を取りだしたわたしに、アウトロー系イケメンは押される様にして頷いた。彼がこのゲームの救世主となるのだろうか。ある意味この世界の運命は、彼の両肩にかかることとなったのである。