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トゥルーエンドの味方  作者: 加藤有楽
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前編

 女神転生魔界転生、転生が付くフィクションは数あれど、まさか自分がそうなるなどと思ったことがある人はそんなに多くないのではなかろうか。だって死後の世界どころか、己の死に様自体あんまり真面目に考えたことないし。

 そんなわたしの死に様は、なんとも自業自得かつ、両親に申し訳が立たない死に様だった。アホ大学生の代名詞、ビール一気飲みによる急性アルコール中毒であっさりとこの世を去ったのだ。享年二十一歳。わたしもいろいろあって一気飲みに至ったわけだが、死んでしまってはどう言い訳をしても仕方がない。

 幽霊のようなものになったわたしは空中から己の葬式を見物した後、そろそろあの世へ行くかと光溢れる上空へふわふわと漂っていったのだが、途中でふっと意識が途切れ、再び目を覚ますと、わたしは別人になっていた。しかも、親不孝な死に様を晒したバチがあたったのか、なんだか特殊な別人に。わたしは何故か、死亡する数時間前に購入した乙女ゲームの登場人物になっていたのだ。お察しの通り生前の記憶はばっちりきっかり、あの世へ行こうとした直前まで残して。

 流石のわたしも、このことに気づいた当初は夢を見ているのだと思っていたのだが、そうではなく、どうやら前述の「転生」という現象に見舞われていることに気が付いた時は、二日間自室に引きこもって頭を抱えた。二次元に転生とかどういうことだってばよとか、そんなにゲームしたかったのか生前の自分とか、これが親より先に死んだ子供に与えられる罰か、とかまぁ色んなことを考えたのだが、引きこもって三日目、部屋に差し込んでくる朝日を浴びながら、なってしまったものは仕方がない、という境地に達した。寝間着代わりのよれよれのスエットを着て、寝不足のひどい表情で朝日を浴びるわたしは、別の意味で神々しかったに違いない。ある意味悟りの境地である。

 そんなわけでわたしはこの「転生」した乙女ゲームの、ヒロインの親友兼、お助けキャラポジションというものに収まり、第二の人生を歩むことになったのだ。まぁこれ、昨日の話なんだけどね?



 とりあえず腹を括った翌日、わたしは早々にこのゲームの舞台である高校の入学式へと向かった。高校生であるから当然制服を着たわけだが、わたしはつい数日前まで二十一歳の大学生だったのである。なんだろうこの羞恥心! まるでコスプレして登校するような心持ち! とんだ罰ゲームをさせられている居たたまれない気分だわ……。

 なんだか世間に申し訳ない気分になりつつも、制服をちゃんと着て、背中には通学カバンを背負い、手にはこれでもかという程資料の詰まった紙袋。何の資料かと言えば、親友兼お助けキャラがこの世界でどういう役割をこなすのかという所々のことが書かれた資料だ。昨日の朝、腹を括って一眠りして目覚めると、いつの間にやら自宅のポストに届いていたのだ。ある意味天の声なのだろうか。夜中までかけてその資料に目を通していたお陰で、入学式だというのにわたしは若干の遅れ気味。しかもまだ資料に目を通し終わっていないという有様である。

「こうなったらもう歩きながら読むしかないか……」

 残るはこのゲームに登場するメイン攻略キャラクターの皆様のプロフィールだけである。つまり、この先なんだかんだと付き合っていかねばならぬ人たちなのだ。できれば入学式で顔を合わせる前に把握をしておきたい。歩きながらごそごそと紙袋の中を引っ掻き回していると、ビリッ……というこの状態ではあまり聞きたくない音が手元から発生した。ファッ!? と思った時にはもう手遅れで、紙袋の底が破れ、中に入っていた資料の山がざざーっと地面に広がる。Oh……。

 場所は高校の通学路。遠くに校門が見える位置は通学してきた生徒たちが密集しだす頃合いで、あまりの出来事に呆然と立ち尽くすわたしは、なんというか集めたくもない視線を独り占め状態である。消えたい! 今すぐこの視線を集めている状況からどろろんぱっ! したい! しかも皆、うわぁ、悲惨……みたいな視線を送ってはくれるものの、この状況に収集つけようとしてくれる人はいないのな! これが東京砂漠ってやつか! ゲーム世界でも世知辛いとか悲しくなってくるわ!

 世の無常を何故かゲーム世界でも感じたところで、わたしはしゃがんで公道にぶちまけた大量の資料を拾い始めた。若干視界が歪むのは涙のせいであろうが、この涙は何の涙なのか……。と、その歪んだ視界に桜貝のような可愛らしい爪の手が映った。その可愛らしい手は、忙しそうにわたしがぶちまけた資料を集めている。わたしの手は勿論こんな可憐な手ではない。ではこの手は誰の手か。しかしまぁ、可愛い手だなぁ。指も白くて細くて長いし、この桜貝のような爪の可愛らしさったら。爪の形って後でどうにもならない部分だからこりゃあ素晴らしい手だね間違いない。

「……大丈夫?」

 若干戸惑ったような声が耳に届いて、わたしはその可愛らしい手を凝視していたことに気づいた。慌てて声の主の顔にまで視線を上げると、そこにいたのはこれまた可愛らしい女の子だった。肩まで伸びたやや明るめの茶髪に、ぱっちりと大きな目。すらりと伸びた鼻筋は大人っぽさが滲むが、まだ幼さを残した女の子らしい丸い頬に瑞々しい唇がなんとも言えず可愛らしい。ああこれ天使や……と呆けたわたしだったが、よくよく考えてみれば、この可愛らしい顔には見覚えがあった。生前はゲームのパッケージ裏で、そしてこの世界に来てからは今日の明け方、このゲームの登場人物を紹介する資料で。そうだよこの子このゲームのヒロインちゃんだ! 実物可愛いなおい! なんだかこう全体的にちんまりとした小動物的な魅力がある! こう意味もなく突っついて反応を見たくなる雰囲気が! しかもヒロインちゃん、キラキラしいエフェクトかかってる気がする! いやわたし涙流してるからセルフエフェクトか!? 何でもいいやこりゃ可愛い! イマドキの女子高生ってこんなに可愛いの!? わたしが高校を卒業した数年前から何があった!? いやむしろこの可愛いオーラが乙女ゲームのヒロインを務める子のオーラか! 半端ねぇ! 半端ねぇよヒロインちゃん!

 わたしがヒロインちゃんの顔を見つめたまま謎の感動に打ち震えていると、わたしの視界に映るヒロインちゃんが、困ったように小首を傾げた。うおおお、若干あざとい仕草だけど可愛い! でもそのあざとさが全く感じられないところがまた可愛い! 謎の可愛さにわけの分からないことになっているわたしだったが、落とした資料を拾い集めてくれている上に、話しかけられているこの状況でいくらなんでも無言はまずいという判断はできた。わたしがとりあえずこくこくと頷くと、ヒロインちゃんはふっと表情を緩め、再びその可愛らしい手で資料を拾い集めてくれた。あかんこれ天使ですやん……!

 前後不覚に陥ったわたしがなんとか己を取り戻している間に、ヒロインちゃんはてきぱきとわたしがぶちまけた資料を全て拾い集めて立ち上がった。うわぁ、自分で落としたものを他人に拾わせるとかわたし印象最悪じゃね!? 慌ててわたしも立ち上がると、ヒロインちゃんは嫌な顔ひとつせず、にこりと微笑んだ。

「これで全部かな? 気をつけてね!」

 そう言って笑顔を浮かべたヒロインちゃんは、わたしに拾い集めた資料をそっと手渡してくれた。ええ子や……と孫を持つ祖父母の気分になりかけたところで、ヒロインちゃんの指が偶然わたしの指に触れ、するりとわたしの指を滑って離れる。その感覚に、わたしは一瞬で釘が打てるバナナ程度に固まった。

 あばばばば! ゆ、指が! 今触れた指が! めっちゃ柔らかい! 女子高生の指焼きたての食パン並に柔らかいしなんだろうこの肌の滑らかさ!? しっとりとしつつ全く摩擦の抵抗を感じられない! 絹か!? これがシルクの肌触りってやつか! 一瞬触れただけだけど、肌の滑らかさとふわっとしたような柔らかさ! そしてその下にある張りのある筋肉をほんのりと感じる! これが!! 若さか!!?

 現役女子高生のあまりの肌の滑らかさに衝撃を受けたわたしだったが、当のヒロインちゃんは指が触れたことなど気にもしていないのだろう、笑顔のまま、バイバイ、と可愛らしい別れの挨拶を残して校門の方へと歩いて行った。あまりの衝撃に前後不覚になりそうだったわたしだが、資料を全て拾ってもらった上に最後まで無言などというのは流石にまずい。ヒロインちゃんが可愛いとかそういうことは横においても、人としてどうよというレベルである。

「あああああありがとう!!!」

 既に若干離れてしまった新しい制服が眩しい後ろ姿に、慌てて声をかけると、ヒロインちゃんはこちらに振り向き、にっこりと笑顔で手を振って校門の門柱の影に消えた。……天使が……天へと帰っていった……。

 ヒロインちゃんの消えた空間を呆然と眺めていたわたしだったが、しばらくして急に足の力が抜けてしまい、がくりとその場に膝をついた。まるで魂が抜けたように膝をついたわたしだったが、呆然としつつも、胸の内からぐわりと噴き出る謎の高揚感がある。謎の高揚感は全身を駆け巡っていたが、思考だけは割と冷静で、わたしはこの謎の高揚感の正体をあっさりと理解した。ああ、なるほど。これが乙女ゲームの住人に科せられた業か。気づいた時には、わたしは天を仰いで大仰に叫んでいた。

「今ッ! わたしの中で何らかの数値が急上昇したッ! 血が逆流するような高揚感ッ! これが乙女ゲームの住人に科せられた噂の好感度システムのメカニズムッ! 攻略されるとはこういうことかッ! これは……惚れるッ!! 惚れざるを得ないッ!! 乙女ゲーヒロイン……恐ろしい子ッ……!!」

 叫び終わったわたしは蹲って、集めてもらった資料の束をばしばしと地面に打ちつけながら身悶える羽目になった。そうなのである。ここは乙女ゲームの世界で、わたしにはヒロインちゃんへの好感度というものが設定されているのだ。その名の通り、彼女への好意が数値化されているわけだが、先程の出来事で、わたしの中のヒロインちゃんへの好感度は急上昇してしまったらしい。

 なんというか女子高生に身悶えている自分に呆れるやら絶望するやら、ゲームの登場人物ってこういう経験をしているのかという妙な感動やら、それとは別にしてもヒロインちゃんはとても可愛かったやら、色んな思考と感情が混ざり合って、おぉぉぉぉぉんという呻き声を発しながら打ち震えるしかなくなってしまった。いやここが登校時間の校門近くという人通りが鬼のようにあるところだということは理解しているのだが、取りあえず今は呻かせてくれるとありがたいですおぉぉぉぉぉん!



 ヒロインちゃんは間違いなく天使。いや、これは最早女神。我々のような下々の者はあまりの神々しさに呻き声を上げて打ち震えるしかない、と訳の分からない思考に陥っていると、後ろから軽く引いたような低い声が聞こえてきた。

「……そこのお前頭大丈夫か?」

 いや確かにわたしもそう思うけど、実際口にするのはどうなの、という物言いに、思わず顔を声のした方へ向くと、黒髪を短くまとめたお世辞にも愛想がいいとは言いがたい三白眼の男子学生が目に入った。制服のブレザーはだらりと着こなしているが、纏う雰囲気はどちらかと言えば硬派だ。三白眼が若干剣呑な雰囲気を醸し出しているが、顔の作りは全体的にスッキリとしていて悪くない。今となっては懐かしさすら感じる、典型的なアウトロー系イケメンである。一瞬この学校の番長的なアレかと思ったが、制服の新品っぽさや、胸ポケットからはみ出しているネクタイの色を見るに、わたしと同じく新入生らしい。番長のカツアゲならばさくっとポケットの中の小銭を差し出すところだが、同い年ならば特に遠慮もいらないだろう。座り込んだまま、アウトロー系イケメンの整った顔を見上げる。

「通常運行だけど?」

「……そりゃよかった」

 至って普通の様子で答えたわたしに、アウトロー系イケメンは呆れ半分、なんかキモいの見ちゃったなという感じ半分のなんとも微妙な表情を浮かべると、ひょいとこちらに手を伸ばしてきた。ふてぶてしいくらいのフザけた態度を取ってしまったので、これはアウトロー系らしくぶん殴ってくるのかと一瞬身構えたが、その手はわたしをぶん殴ることはなく、代わりにわたしの制服のシャツの後ろ襟を掴むと、遠慮もなしにその手を一気に上へと引き上げた。

「ぐへェ」

 後ろ襟を持ったまま引き上げられたわたしは、潰れたカエルのような声を上げながらよろよろと立ち上がった。お互いの身長差があるため、立ち上がった状態でもわたしは未だ後ろ襟を引っ張られている状況なのだが、アウトロー系イケメンはあろうことかそのままわたしをずるずると道の端まで引っ張っていき、掴んでいたわたしの後ろ襟をなんの予告もなく無造作に手放した。どうやら天下の公道のど真ん中で打ち震えていたわたしが邪魔だったらしく、道の端に退かしたかったようだが、なんだろうこのクロネコヤマトのロゴマーク的な退かし方。これ名前も知らない初対面の人間に対する態度じゃないだろ。なかなか粗雑な扱い方だろこれ。

 アウトロー系らしい不遜な退かし方に文句を言おうとする直前、アウトロー系イケメンがこちらにじろりと視線を寄越した。睨んでいるのか三白眼の迫力なのか、その視線にわたしが思わず口を閉ざすと、アウトロー系イケメンは腕を組み、反論の余地が全く無い正論を吐いた。

「通行の邪魔だろ」

 多少粗雑な運ばれ方をしたところで、こんな正論を吐かれたら、天下の公道にうずくまって醜態を晒していたわたしに出来る言い訳などほぼ無い。強いて言えば、ヒロインちゃんが可愛すぎるのがいけない、といったところであるが、これを口に出してしまうと色んな意味で越えちゃいけないラインを越えてしまいそうになるので、わたしはとりあえず謝罪だけを口にした。

「……サーセン」

 イマイチ真面目な謝罪にならなかったのは勘弁してもらいたい。後ろ襟を掴まれて、地味に苦しかったのだ。未だに首周りに若干の違和感が残っているので、眉間に皺を寄せて首周りに手をやりつつ現状確認していると、アウトロー系のお兄ちゃんは小さく笑いやがった上、じゃーな、と簡単な挨拶を残してすたすたと校門へと歩いて行ってしまったのである。ちくしょう名前くらい確認させろ! 地味な仕返しくらいさせろ! ちょっとイケメンだからって調子乗ってんじゃねーぞ!

 内心憤ったところで後の祭りである。わたしは仕方なくヒロインちゃんが拾ってくれた資料の束を抱え直し、気を取り直して校門に向かおうとしたところで、すっかり頭から抜け落ちていた周囲の視線というものを思い出した。そうなのである、資料を大胆にぶちまけた時から、わたしは周囲の視線独り占め状態なのである。そしてそこからのわたしの暴走とアウトロー系お兄ちゃんとのやり取り。ヒロインちゃんの登場で完全に頭の中から消え去っていたけれども、これはあれだよね完全に変質者を見る視線だよね……。

 ドン引き、としか表現しようのない周囲からの視線に耐えかねたわたしは、書類を抱え、無言でその場から脱兎の如く走り去ることしかできなかったのである。大荷物を抱えた全力疾走だが、そんなハンデなんのその。あああああああ! 恥ずかしい! 死ぬほど恥ずかしい! 穴があったら入りたいどころか、そのまま地球の反対側まで到達してブラジルの片田舎のコーヒー豆農園で第二の人生を送りたい! まだ学校にさえ着いてないのになんだこの状況! これからの乙女ゲーム人生に、最早不安しかありません!


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