俺の妹が中二すぎる。
0.
俺の妹が中二すぎる。
「中二病」をご存知だろうか。知らないという方はインターネットでグーグ●先生に質問してみることを推奨とかしてみる。
とりあえず俺の口から説明されてもらうと、中二病とはつまり、言ってしまえば「イタい子」のことである。どんな行動にもいちいち必殺技をつけてしまったり(また、その技名が果てしなくイタい)、とにかく意味もろくに理解していないのに覚えたばかりのカッコイイ言葉を使ってみたり(ミシシッピとか)と、中学二年生ごろによくそのような症状が現れることから、世間ではその患者のことを「中二病患者」と呼んだりするのだ。
俺には中学二年生の妹が一人いる。地毛でうっすらと金髪に近いそのボブカットをした自慢の可愛い妹なんだが、まさにその年相応で、妹は中二病の患者入りをしてしまった。今日はそんな妹と俺との日常のことについて、話そうと思う。
妹の名は、如月鈴。大事なことなので何度でも言う。俺の妹が中二すぎる。
1.
俺の妹が中二すぎる。
俺の家には、一年の大抵、両親がいない。しかし、決して不慮な事故に巻き込まれたわけでもなければ、不治の病にかかって病死したわけでもなく、母は日本を、そして父は外国を転々と飛び回っているサラリーマンなのだ。
前に父に「後はお前が宇宙を飛び回るサラリーマンになれば地球は俺たちが制圧したも同然だな」と言われたことがある。冗談じゃない。宇宙通いのサラリーマンなんぞ聞いたこともない。
とにかく今は、高校二年生の俺と、先程紹介した中二の妹の二人暮らしといっても過言ではないのである。
「うしっ」
テーブルの上に綺麗に揃えられた今日の夕食を見て、俺は満足そうに一声。夕食をはじめとする二人暮らしのこの家では、両親が家を空けるようになってからは、食事、洗濯などの家事を全て俺が担当している。料理を覚えるのも苦労したものだが、今はこのように見栄えのいいようなものまで作れるようにまでなった。
さて、せっかく綺麗に盛り付けた料理を冷ますわけにもいくまい。鈴を呼びに行くとするか。そう思ってエプロン(自分で作った)をとり、キッチンの上に置いてから、妹の部屋のある2階へと向かう。
午後七時を回った我が家の廊下は喰らい。そろそろ廊下にも電気を設置しようかしないかで迷ったこともあったが、よくよく思えばこの家で何十年も暮らしていれば暗くてもどこに何があるのかが分かるので特に気にすることもなかったのだ。
とん、とん、とん。足音を立てながら階段を昇っていき、「鈴」という立て札のかかった部屋の入口の閉ざされたままのドアの前で立ち止まる。そして、
「おーい鈴、晩飯だぞー」
ノック一つせず、『いつも通り』、そう『いつも通り』。躊躇いもなくそのドアを開けた。すると、
「くっ……もう『光』は失われてしまったのか……!?」
これまた『いつも通り』の聞きなれた妹の声が聞こえてくる。ちょうど中二モードのスイッチがONになっているようだ。そこで俺はどうでもよさそうにジト目を作り、その後を黙って見守ることにする。
「闇だけに覆われた世界を、私たちはもう救うことができないの!?」
どうやら今回の設定は『光』の消失してしまった闇に覆われた世界を救おうとしているものらしい。うちの妹は光やら闇やらレインボーやらエターナルやらアルティメットやらが大好きなのである。
そしてツッコミを入れるとしたら、誰だ私たちって。「たち」って何だ。お前の他に誰か居るのか。そういえば、いつも鈴が抱きかかえている猫のゾンビをモチーフとしたぬいぐるみ、「ニャルちゃん」が居たような気がする。なるほど、ニャルちゃんが相棒というわけか。何がなるほどだ。
「どうしよう、マイケル!」
初耳である。どうして妹の相棒がマイケルという外国人なのだろうか。話の展開が気になるんだが。
「神よ、闇を払う聖なる光を――!」
カッコよく言っているが、それは要するに神頼みである。大丈夫か主人公。と、まだまだ妹考案の物語は(友情出演:マイケル)まだまだ続くようで見てみたい気持ちもあるのだが、こちらの空腹度も限界なので、さっさと終わってもらうことにする。
色々ツッコみたいのも山々。しかし、それを全て要約して一言だけ言わせて貰おう。
――部屋の電気スイッチを押しながら。
「部屋真っ暗闇にさせて何やってんだ」
一気に現実に戻す魔法の言葉。
2.
俺の妹が中二すぎる。
夕食の準備ができた、ということを鈴に伝えると、「ふむ、ご苦労であった。我がしもべよ」と言われた。誰がしもべだ。
とりあえずまぁ、妹を現実に引き戻すことができたので鈴と一緒に階段を降り、食卓の方へと向かう。サランラップをしておいていないから冷めていないかが心配である。
あまり話す機会がないのでここで鈴の好きな食べ物を紹介する。前に好きなものは何、と尋ねたところ、鈴はきっぱりとこう言い放った。
「『動物の生き血』……いや、『死した雌牛の魂』……か?」
ここは日本です。そういった宇宙食の持ち込み、飲食はご遠慮下さい。
最初は何のことだか分からなかった俺だが、適当に何年もこいつの兄をやっているわけではない。勿論、その2つは本当に生き血、死んだ牛の魂なんかではない。
食事の準備が整ったテーブルの前に座って、鈴は手を合わせて一人黙々と夕食に食らいついた。コイン会のメニューは、ご飯、わかめスープ、麻婆茄子、そして牛肉とピーマンの炒めもの(別名:『死した雌牛の魂』)である。
鈴が食べ始めたのと同じ、俺はせっせと冷蔵庫から飲み物を二つ取り出す。一つは俺が飲む冷たい麦茶。そしてもう一つは、
「ほら、『果汁たっぷり!おいしいグレープジュース』」
別名、 「動物の生き血」。色が血の色に近いからということだろう。何て単純な。そしてグレープジュースが好きなんて可愛すぎる。一応世界を救う主人公なんです、我が妹は。
「ご苦労」
一言吐き捨てるようにそう言う鈴は、俺の手からグレープジュースを受け取り、シャンパンやワインでも飲むのであろうそんな感じのカッコイイグラスにそれを注ぎ、ぐびっ、ぐびっ、と一気飲みする。
「ふぅっ……やはり生き血は最高であるな……」
ぶどうな。死んでるし。
そして、もぐもぐと小さな口を動かして、自分の分だけ盛られている牛肉を食べる鈴。鈴は身長も胸囲も中学二年生の平均よりも小さい。決して小食な方ではないのだが、どうも成長が遅れている。その理由は、
「おい、ちゃんとピーマンも食わなきゃ駄目だろ」
箸でまだ鈴が一口も手をつけていない炒めたピーマンを差す。鈴の表情が苦しそうに歪み、「うっ」といったうめき声をあげた。
「み、緑の悪魔を体内に取り込むなど……あ、あまりにも危険すぎる」
危険じゃねーよ。毒でも入ってんのか。
「だーから成長が遅れるんだよ。好き嫌いを無くしていかなきゃな……。とりあえずそのピーマンは全部食うこと」
「わ、我はもう大人といっていい年頃なゆえ……その命令を却下す――」
「食え」
「……兄ぃのいじわる」
おっ、ちょっとだけ本性に戻った。涙目になった鈴は渋々箸をピーマンへと伸ばした――。
3.
俺の妹が中二すぎる。
夕食を終えて(ピーマンは何とか全部食べた)、俺はキッチンで洗い物、鈴はリビングでお気に入りのアニメ(※中二心をくすぶるであろう作品)を見ていた。
「……」
じゃぶじゃぶと音を立てつつ、俺は鈴のことを心配に思っていた。たまにどうしても心配してしまう。こんな中二病の妹が、普段学校ではどんな生活を送っているのだろう。もしかして、こんなひねくれた性格のせいで虐めとか、そういうのを受けているんじゃないだろうか?
そもそも妹は、元々こういう性格ではなく、どちらかといえば消極的、控えめという言葉が似合う性格だった。それが親の仕事が忙しくなり、家を空けることが多くなってから急変してしまったのだ。まるで別人になってしまったかのようだった。
「なぁ、鈴」
「どうした?」
すぐに返事が返ってくる。
「今、お前って何歳だっけ?」
「ふむ……ざっと2000年は生きてきた。それゆえ、歳などもう覚えておらぬわ」
……なるほど。
お前はあの卑弥呼とため口が聞けるヤツだったのか。俺より遥かに年上じゃねえか。何で妹やってるんですか。
そんな時、ビュオオ――と、外で風が切る音が窓から聞こえてきた。
「――うぐっ!?」
どうした妹。
「左眼が――我が邪気眼が……疼く……っ!」
出ましたいただきました。中二病最大の武器「邪気眼」。
「――じゃあ病院行ってきた方がいいんじゃないか?」
邪気って確か「風邪」って意味もあったはずだし。というか風邪よりその中二病を治して欲しい。お兄ちゃんは「中二病は薬で治せます!」という世の中を願っています。
「我が眼が呼びかける――明日、嵐が来るであろう、と」
「明日は超快晴だってさっき天気予報で言ってたぞ」
現代の天気予報しの予報に負ける2000歳超えの悪魔って一体。
「そいやお前、明日はお前の学校、弁当の日だっけ?」
「……うむ」
先程までの声と違って、静かで小さな声が返ってくる。
「悪いけど、いつもみたいにお金渡すから朝にコンビニで頼む」
今日は日曜日。明日からまた憂鬱な一週間が始まるという日だが、毎週月曜日の妹の学校は給食でなく弁当を持参する。弁当は最初、その当時は母が作っていたのだが、二人暮らしになってしまってから、俺も料理を覚えるのに必死だったし、今ではその料理を覚えたものの他の家事で忙しく、お金を渡して学校に行く前にいつもコンビニで昼食を買ってもらっている。
「――お風呂」
「えっ?」
「お風呂、入ってくる」
「――お、おう」
鈴がしょぼんと項垂れて、リビングのテレビを消す。そして立ち上がったかと思うと、そのままお風呂場へと向かっていった。
「兄ぃの、ばか」
「え?」
小さかった鈴のその呟き声は、水道から流れる水音にかき消される。
どうしたのだろうか。何だかいつもの鈴らしくないというかなんというか。
「……あ」
洗い物を終えてタオルで濡れた手を拭いたあと、俺はリビングで金曜日から放置されてしまっている鈴の通学カバンを見つけたのであった。
4.
俺の妹が中二すぎる。
「ったく、しょうがない奴だな……」
通学カバンを持って、暗い階段を昇っていく。鈴はゲームで遊べば遊びっぱなし、服を脱いだら脱ぎっぱなしと、女の子にしては少し適当というか大雑把な性格をしていた。
土曜日に「この通学カバンを部屋に持って行け」と注意したんだけどなぁ。そんなことを思いながら今は誰もいない鈴の部屋を開け、まずは電気をつける。一気に周りが明るくなって、部屋全体が俺の視界に入ってきた。
「どっこらせ、っと」
オヤジ臭いと言われそうなことを呟きつつ、俺はカバンを部屋の隅っこに置く。さて、俺はまだやってない洗濯物をたたんで――と、今日の残りの家事は何だったかと考えながら部屋を後にしようとしたら、勉強机の上に置かれている分厚い本のようなものに目をとられた。
「……?」
大きく、分厚い本のようなそれは、何度か見覚えのあるものだった。思わず手が出て、そのページをめくってみる。すると、何十枚とたくさんの写真がその開いたページ中に貼られていた。
「アルバム、か」
しかし、なぜアルバムが鈴の部屋にあるのだろう。確か、このアルバムは両親の部屋のクローゼットの中に入っていたはずだ。鈴は普段からアルバムなんて見ないはずなのに、わざわざ両親の部屋から取り出して見たい写真でもあったんだろうか。
「……懐かしいな」
そのページの真ん中に貼られている一枚の写真が俺にそう思わせた。それには、口の周りをケーキのクリームまみれにしながら、無邪気に笑う、押さないころの鈴が写っていた。写真の下には親の手書きで「鈴、五回目の誕生日!!」と書かれている。
「……懐かしい、か」
そこで俺は思う。俺は最近になって、こんなに楽しそうに笑う鈴を見ただろうか。
否、もう何年も、こんなに笑う鈴を見ていない気がする。何で、そしていつから笑わなくなったんだっけ。あぁそうだ、両親が家を毎日空けるようになって、俺も鈴のことを前よりかまってやれなくなったからだ。
「ん?」
アルバムの横に、何枚か束になっている裏返しの写真があるのに気がついた。そういえば、このアルバムのページから何枚か写真が貼っていたであろうスペースから写真が消えてしまっている。消えたのは、ここに鈴がまとめていたからなのか。
束を手にとり、それを表にしてみる。すると、父と母――両親二人がカメラに向かってこれまた満面な笑顔でピースしているという仲睦まじいというか、比翼連理な写真が目に入った。日付は今から七年前。随分と昔のものだった。
――束になっている写真を全て見ると、母、父のような両親の写真と、俺の小さいころの写真ばかりだった。ばかり、と言うどころか、肝心の鈴の写真は一枚も見つからない。
「……なんで」
どうして。どうして、親や俺の写真ばかりで自分の写真が一枚もないのだろう。どうして――――。
「…………もしかして」
妹は――鈴は―――――ずっとずっと、何も言わなかっただけで寂しかったんじゃないだろうか。まだ十分親に甘えたい年頃だし、何より小さいころから両親にあまり甘えられなかったこともある。
両親に会えない辛さ、寂しさ、悔しさ。色々な感情がぐちゃぐちゃに混ざり合って、鈴はそんな気持ちでこの写真たちを見ていたのではないだろうか。
「――鈴……」
写真とは、「真」実を「写」し出す。
またアルバムに貼られている五歳のころの懐かしい鈴の写真を見る。その写真は、そのころの鈴は、口の周りをケーキのクリームまみれにしながら、無邪気に笑っていた。
俺はここで堪らなく怒りを覚えた。大事な妹がそんな気持ちだったなんて知らない自分が、憎くて憎くて堪らない。
中二病。あんな風に鈴が性格を変えたのも、これが原因だったのかもしれない。自分の寂しさを紛らわすため――明るく見せようとするため――。
なんてこった。
「……ッ」
唇を思い切り噛み締める。すると、口の中に鉄の味が広がったのが分かった。痛い。でも今は、そんな唇の痛みよりも、鈴の中二病のイタさよりも――
「妹」の心の痛みの方が、よっぽど痛くて、辛いものだと思った。
鈴の部屋の壁の時計を見た。既に夜九時をまわってしまっている。
「コンビニ、コンビニ、なら……!」
慌てて束とアルバムを見る前の状態に戻してから、電気を消して部屋を飛び出す。そして自分の部屋まで走り、部屋から財布を取り出し、尻ポケットにしまう。
――洗濯物をたたんで、明日着るYシャツにアイロンをかけて、宿題もやらなきゃ……
――知るか!
全部後回し! 俺は玄関を飛び出し、これでもか、これでもかと全力で走った。
途中、走りながらスマートフォンを通話状態にして、耳に当てる。
ぷるるるるる、といった音が鳴る。早く出ろ、早く出ろ、とイライラする気持ちを抑えつつ、走るのだけは止めない。
『もしもし――?』
「はぁっ、はぁっ……もしもし、母……さんっ? はぁっ、はぁっ……!」
「む、息子がついに母親に対して変態求愛行動を!?」
「違ぇよ! 今は走って息が上がってるだけだって! そっ、それより!」
『なに? 美しさの秘訣?』
「現実を見てくれ34歳」
『う、うるさいわね! 四捨五入すれば私はまだ30歳よ!』
三十路を堂々突破中にうちのおばさんがぷんぷん、と電話越しで怒っているのが安易に想像できる俺は、この人の息子なんだなと改めて思う。
そんなやり取りをしている時間も無いんだぞ、という脳から司令が送られてきて、さっさと要件を済ませることにする。
「時間もあんま無いし、もう一回言うぞ。――聞きたい、ことがある」
5.
「おーい、起きろ、鈴!」
「はにゅ……あと、ごふん……」
朝。鈴の部屋に鈴を起こしにやって来た。それは死亡フラグだぞ妹よ! 何としても可愛い妹を死なせるわけにもいかない俺は、ばっ、と若干の躊躇がありながらも布団をぶん取ることに成功する。
「ひうっ!?」
もうすぐ夏という今の時期でも朝はまだ肌寒い日があるもので、鈴が吃驚して体を猫の様に丸める。適応性の高い妹だな……。それでもまだ起きようとする気配を見せない。
「ほら! 悪魔が一般人の前で隙を見せるなよ!」
兄の揺さぶる攻撃。
「……ぐー」
また寝た! 眠い時は中二モードもお休みらしい。それなら、最終手段を使わせていただいますよ。実力行使もやむを得ず!
「そら行きますよ、姫さま!」
「――ッ、ふえええっ!?」
現実で「ふええっ」っていうのを初めて聞いた。可愛い。とにかくそれほど驚いたのだろう。
――お兄ちゃん、超絶絶賛、妹を全力でお姫様だっこ中だからな! 青い服の人にお世話になる予感。
「にっ、兄ぃ!?」
「俺はお前のしもべだからな。――忠実な、お前のしもべだ」
鈴を抱きかかえたのは何年ぶりだろう。昔々まで遡ってしまうが、昔と同じく妹の体は軽かった。髪の毛からシャンプーの香りがする。俺も同じシャンプーを使っているのになんだこの格差社会は。
鈴を抱きかかえたまま階段を降り、食卓につく。
「さ、朝ごはんを召し上がってくださいませ」
「!? ――っ!?」
鈴が未だに驚きを各せずに、目を丸くして辺りを見回している。
「じゃあ俺は溜まった家事をやらなきゃいけないから、早めに食べちゃってくれよ」
「……う、うむ?」
*
朝食を済ませ、もうすぐ学校に向かう時間。俺は既に準備を終え、妹を玄関で待っていた。やがて、とたとたとた、と小さい足音が階段をかけ降りる音。その音は玄関にまでやって来た。
……よし。時間も無いし、さっさと話を進めてしまおう。
「なぁ、鈴」
「なんだ? 我が忠実なるしもべよ」
「今日の弁当のこと、なんだけど」
「……んむ」
途端に、鈴の表情が曇り出す。……やっぱりか。ここで俺は確信してしまう。
弁当というのは基本的に親が作るものなんだろう。親の気持ち、愛が篭った弁当をみんなで楽しくわいわい食べるものなんだろう。それなのに俺は、忙しいという理由だけで鈴の弁当を作れずにいた。
きっと言われたんじゃないだろうか。
――鈴はまた、コンビニの弁当なんだね、と。
そんなの辛い。辛いに決まってる。嫌に決まってる。ずっとずっと、そんな気持ちを察せずにいた俺は、自分で自分をぶん殴りたい衝動にかられる。ひとまず自分の反省は置いておくとして、今は一秒でも早く妹を救ってやりたかった。
「ほれ」
俺が巾着袋に入っているそれを鈴の前に差し出す。それは、紛れもない「お弁当」だ。
「……」
最初、無言で動かなかった鈴だが、やがて、おそるおそるゆっくりと弁当に手を出す。
「ど、どういう風の吹き回しなのだ!? 我を騙そうとして……」
「――悪かった!」
鈴の言葉を遮るようにして、俺は妹の小さな体を思い切り抱きしめた。
「!?」
鈴の右手には弁当が握られたまま。吃驚仰天とした鈴は完全にフリーズしてしまう。
「今まで……今まで……お前の気持ちをろくに知らなくて……!」
後悔。懺悔。愚かさ。俺に襲いかかるそれらが、勝手に俺の口を支配していた。それゆえに、それは本心からの言葉だった。今思っていることを全部伝えよう。そう思った。
「淋しいよな! 辛いよな! 家族にずっと甘えられないなんて、悲しかったよな――!」
なんだか涙がこみ上げてくる。ずっと泣きたくて我慢してきたのは鈴の方なのに。相変わらずズルイ奴だなぁ、俺……。
「……兄ぃ?」
小さな鈴の声が、俺のいつも聞きなれた代名詞で俺を呼ぶ。
「俺は……お前の忠実なるしもべであって――お前の『兄ぃ』なんだ」
「……」
俺は正真正銘、如月鈴の兄で、同じ血が通う眷族なのだ。それなのに。
「ごめん……! ごめんな……! その気持ちにまず気づかなきゃいけなかったのは、一番側にいる俺だったのに!」
「……!」
鈴がはっ、とする。
「――泣いていい。辛かったら、悲しかったら、泣いたっていい。嬉しかったら、笑ったっていい」
「……………………ひくっ」
その時、鈴を制御していた感情のリミッターがぷつん、と外れたのだろう。
「にっ……兄ぃ……ひっく……!」
鈴の目から、長い間溜まっていた涙が溢れる。
「ごめんな。辛かったな……ごめんな」
鈴の身長に合うようにすkしかがんで、そのまま頭を撫でてやる。
「――――――――――――ッ!」
鈴は、俺の肩に寄って、声を上げて、泣いた。
やっぱり妹は、小さかった。
やっぱり妹は、中学二年生だった。
*
「でもこのお弁当、どうしたの?」
通学路。青空の下のもと鈴が手に持った弁当箱をまじまじと見てそう聞いてくる。
「あぁ、それな……今日の夜にちょっと、な」
実は「ちょっと」という表現は正しいものではない。料理を覚えたオレだが、弁当というものをろくに作ったこともなく、盛りつけの方法だとかメニューは何がいいのか、鈴は何を入れれば喜ぶのかなどを母にレクチャーして貰い、完成したころにはちゅんちゅん、と太陽と一緒に鳥のさえずりが聞こえてきた。
まさかの徹夜となってしまったが、何とか試行錯誤を繰り返し完成した「それ」は、何とか弁当を呼べるべきものだと思う。
「ちゃんと昨日の肉の炒めものも入ってるぞ」
「ほんと!? やったー!」
子供のようにはしゃぐ鈴。あぁ、なんだか眩しいなぁ。
――ここで俺はニヤリと笑う。
「まぁ、ピーマンも入ってるけどな」
「! ――ぬ、ぬぅ……緑の悪魔を食すと死んでしまうと言うとおろうが……」
「だから死なねぇって。逆に野菜とか食わねえ方が死ぬと思うぞ」
常識的に考えて。
……ピーマンは嫌な顔をされたが、弁当自体は喜んでくれたようで本当に良かった。これからは出来る限り弁当を作ってあげないといけないな。しもべとして、兄として。
「これからはもっと甘えたっていいんだぞ? 俺ももっと気を配るし」
もう二度と淋しいという辛い感情を感じさせないべく。
「なぁ、鈴」
ふと空を見上げる。
「俺一人だと、やっぱり淋しいか?」
両親が不在なのは、女の子にとって辛いものなのかもしれない。そう思った俺は正直に問うてみる。
「ううん」
鈴は迷う素振りを見せることなく、首を横に振った。
「このお弁当だってそうだし、いつも周りのことは全部やってもらってるし、ひとりじゃないと思えて、嬉しいよ」
「そっか」
それなら、もう何も言うことはあるまい。
「兄ぃっ!」
鈴が駆け足で俺より少し先を行ってから、ぴたっと立ち止まり、腰を曲げ、こちらに顔を近づけて、言った。
「――ありがとね!」
その時の鈴の笑顔は、今、空の上で照る太陽よりも眩しかったことを、俺は忘れない。
俺の妹が中二すぎる。
そして何より、俺の妹が可愛すぎる。
「兄ぃ! 早く早く!」
「お、おい! そんなに急がせるなって! 寝不足なんだからああああ!」
俺の手を無理矢理に引っ張る鈴に俺の叫びが青空に浮かぶ初夏の雲に熔けていった。
感想とか貰えたら嬉しい限りです。
あと、中二病は薬では治せません。