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お題小説【カブト】『カブトガニを食べたいの!』

作者: EAST

4年ほど前に書いたショートショートです。

これもお題小説で、一番最初の投稿で晒した『エンドレス掃除戦争』の、ちょっとあとのお話です。


それでは晒します。

「ねえ、カブトガニって食べられるのかな」

 二人で夕食を終え、片付けを後回しにして行儀悪く寝そべりながらテレビを見ていると、横に座っていた陽子が何の前触れもなくそう切り出した。

「なんだ?唐突に」

「カニって言うくらいだから、やっぱ鍋とかの具になったりするのかな」

 カニが食いたいのか。しかし、いくらなんでも日本では絶滅寸前の天然記念物を食うのはどうかと思うぞ? ……でもちょっと気になるな。調べてみるか。俺はその程度の軽い興味を抱きつつ愛用のパソコンの電源を入れた。OSが起動するとすぐにブラウザを立ち上げて、ブックマークから検索サイトを開く。

「ネットで調べるの?」

「ああ。前にシーラカンスを食った話をどっかのサイトで読んだことがあるんだ。もしかしたらカブトガニの話だってあるかもしれないだろ?」

 ちなみにシーラカンスはすごく不味かったらしい。なんか、『歯ブラシを食べているようだった』とか書いてあった気がする。どんな歯ごたえなんだろうか。

 さて、“カブトガニ・食べる”で検索をかけると、すぐに多数のサイトがヒットした。

「お、あったあった。タイじゃ食べるみたいだな」

「へぇ……あ、韓国でも出汁を取るのに使うんだぁ」

 ふむ。日本でも食糧難の時代なんかには食用にしていたとの記事もあったりしたが、俺はあんまし食いたいと思えなかった。実を言うと普通のカニもあまり好きではない。甲羅をがばっと開けて中身を食うという、あの行為がどうにも好きになれないのだ。何というか、ほら、野蛮な感じがしないか?

 しかも、どうもカブトガニというのは卵を食うのがメインで、身はほとんどないらしい。つぶつぶぷちぷちしたものも俺が苦手とする食べ物である。数の子なんか何であんなものを有難がって食うのか、まったく理解に苦しむ。そんな俺の気を知ってか知らずか、陽子はとんでもないことを言い出した。

「ねえ! タイに行こう! タイに!」

「ああ? まさかカブトガニ食いたいからじゃなかろうな?」

「まさかって何よ。それ以外に何があるっていうの? カブトガニよ? 絶滅危惧種よ? それが堂々と食べられるのよ?」

 こいつの困ったところは、一度こうと決めたらなかなか引き下がらないところだ。しかも非常に食い意地が張っている。俺は夕食後で腹いっぱいの状態でなお食い物に執着できる陽子に、半ば尊敬の念を抱きつつこう答えた。

「日本じゃ絶滅危惧種かもしれんが、タイじゃ普通に市場で売ってるらしいじゃないか。つまり、向こうじゃありふれた食材ってことだろ? それに、俺は卵しか食えんようなものを食うためだけに外国まで出かけるような気もないし、経済的余裕もない」

 大体、この食った人だって書いてるじゃないか。美味くも不味くもないって。そんなもの食いにわざわざタイまで行けるかっての。

「行くわよ、絶対! 食べられるって分かったんだから、意地でも食べてやるんだから! 当然あんたも一緒に行くのよ」

「ああ、行け行け……って俺もか!?」

「当然じゃない。誰が旅費を出すのよ」

「しかもたかる気か!!」

 この女が俺の幼馴染で、しかも彼女だということをこれほど呪ったことはないかもしれない。以前あった掃除云々の時にもかなり頭にきたが、今回はそれ以上だ。しかし俺にはなぜか最後にはこいつに甘くしてしまうという悪癖がある。ええい、いつもいつもそう甘い顔ばかりしていると思うなよ。

「ダメだ。俺は行かん。行くなら自分の金で一人で行ってこい」

「えー? なんでよ」

 露骨に不満そうな顔だな。しかしもう俺は決めたのだ。

「俺にはタイに行く理由がない。何故ならカブトガニを食べたいと思っていないからだ」

「絶滅危惧種よ?」

「行かない」

「天然記念物を堂々と食べられるのよ? 日本だったら逮捕されるかもしれないわよ?」

「俺は普通に食えるものを食えればそれでいい」

 俺の決意は固いんだ。少なくとも陶器程度にはな。……そこ、すぐに割れそうだと思っただろ。しかし今度の俺の決意は、日本のセラミック技術をふんだんに使った90式戦車の複合装甲並みの強度を誇るのだ! 並みの砲弾じゃ貫通しないぞ。

「ふーん……じゃあいい」

 へ? 何だ、あっさり折れたな。流石に無駄だと悟ったのか? しかし次の瞬間、陽子はこれまたとんでもない事を言い出した。

「谷内くん誘うから、いいよ」

 な、なんだってーーーーーーー!!!(懐かしいなMMR……は置いといて)谷内と俺とは幼馴染、つまり陽子とも幼馴染であり、かつ昔陽子を奪い合った相手である。しかも、谷内本人は陽子を諦めていないと公言しているのだ。マズイ。これはヒジョーにマズイですよ、奥さん!

「谷内君なら、絶対連れて行ってくれるもん。あんたと違ってお金持ちだしー、優しいしー」

 俺の心の複合装甲にゼロ距離から劣化ウラン弾芯の徹甲弾が打ち込まれる! こいつ、タイにカブトガニ食いに行かせる男が優しいと定義しやがった。確かに俺は貧乏だが、車を買おうと貯金してる金を下ろしてくればタイくらい行かせてやれないことも……いやまて、もう少しで心のバリアーが貫通されるところだったぞ。落ち着け、落ち着け俺。まずは深呼吸だ。すーはーすーはー……よし!

「谷内に連れてってもらうってことがどういう意味かは当然分かって言ってるんだよな?」

 俺はつとめて平静を装いそう聞いた。どの程度平静に見えたかは甚だ疑問だが。

「分かってるわよ。あんたこそ、分かってるんでしょうね?」

 ニヤニヤ笑いながら陽子が挑発する。一言でもかける言葉を間違えば取り返しのつかない事態になりかねない、タイトロープ。それは陽子も分かっているはずなのに、何故俺の立場はこんなもに弱いんだ? 平気な顔をするのも限界ってものがある。大体、何でカブトガニごときでこんなに話が大きくなるんだ?

「カブトガニ、そんなに食いたいのか」

「うん」

「俺と別れて、別の男の所へいって、そうまでして食いたいのかと聞いてるんだ」

 俺様渾身の一撃! 陽子の頭の中には「最後には俺が折れる」という誤った情報がインプットされている。それを何とかして正してやらねばならない。俺のこの言葉に、一瞬陽子がうろたえた。他の奴には分からない程度の感情の揺れだったかもしれない。しかし、物心ついた頃から傍にいる俺にははっきり読み取れた。しばしの無言。しかし、俺にとっては無限の永さに感じる、沈黙。陽子は今何を考えているのか? 本当にカブトガニ程度でこの関係を終わらせる気なのか?

「……わよ」

「え? なんだって?」

「分かったわよ! カブトガニは諦める。あんた以外の男になびくつもりなんて最初からないし」

 勝った……。いや、最悪の事態は避けられたと言うべきか。どっちにしろ、あの思い込んだら一直線の陽子がその意思を曲げて俺を選んだのだ。俺様万歳!

「その代わり、カニ食べに行こう」

「へ?」

「だーかーらー。カブトガニは諦めたから、カニを食べに行きましょって言ってるのよ」

 ちょっと待て。カブトガニは日本じゃ食えないから海外まで行かなきゃならんが、カニはかに●楽でも食えるよな? それでいいんだろうか? 

「よし、んじゃ、かに道●でも連れて行ってやるか」

「なによそれ。カニって言ったら北海道でしょ!」

 なにぃ!? タイの次は北海道か! まあ確かに国内だし、タイに行くよりは安いかもしれんが……いや、わからんぞ。下手をすれば海外に行くより高くつくかもしれん。まさか、こいつ最初からこれが狙いだったんじゃあるまいな。


 そして数ヵ月後、俺は北海道は小樽にいる。もちろん陽子も一緒だ。(当然飛行機代も宿代も食費も俺持ちだ)

 いやぁ、いいねぇ! 北海道はでっかいどう! ……もう開き直るしかないな。結局俺はまたしても陽子の策にハマったわけだ。ちなみに旅費がタイ行き格安ツアーをはるかに上回ったことは秘密でもなんでもない。

なるべく力まずさらりと読めるものを目指して書いたんですが、いかんせん筆力が足りないというか。こういう日常系のコメディとかが好きで、上手く書きたいと思ってるんですけど、なかなか思うようには書けずにいます。

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