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8 きらきら星変奏曲

Wolfgang A Mozart 作


★ヴォルフガング登場

 お迎えの破茶滅茶豪華な馬車がやってきて、驚愕する私を何事もなくフレデリック隊長がエスコートする。


 生まれてこのかた、馬車は乗合馬車にしか乗ったことがない。

 というか、騎士家なので物心ついた時には自力で乗馬をしていたため、馬車自体に乗らない。

 それでもこの馬車は凄いと解る。

 前世で言うところのリムジンが迎えに来たようなものだ。

 だからもうこの時点で、これはヤバイ展開だと薄々感じてはいた。


 ……。

 いえ、ちょっと嘘を吐きました。

 国に五台しかないピアノを所有しているという時点で、ヤバイ案件だと悟っておりました。えへ。



 けれど、けれどですね?

 ピアノを弾きに来ないかという言葉に、抗えるわけがないのですよ。

 だから重要会議中のエリック兄に伝言を残し、こうして馬車に揺られているわけなのですが……

 そこで今更ながらに気が付いた。フレデリック隊長も隊長だと言うことに。


「あれ? フレデリック隊長は隊長会議に出席しなくても良かったのですか?」

「え? あぁ、あれね。今回一番隊はその件に関われなかったんだ」


 意味がわからないけれど機密なのだろうから、軽く受け流そうと思います。


「そうなんですね~」


 けれど私の返答にご満足を頂けなかったようで、フレデリック隊長は続けます。


「いや、関わりたかったんだけど、分が悪いから抜け駆けすることにしたんだ」


 黄金色の瞳をキラッキラさせて爽やかな笑顔で仰っておりますが、言ってる内容は微塵も爽やかさを感じないのはなぜでしょう。

 先程からこの方、天真爛漫そうで、吐く言葉は結構腹黒いです。

 それでも機密なのでしょうから、右から左でお話を転換させようと思います。


「へぇ。というか凄い馬車ですね~」



◆◇◆◇◆◇◆



 王城より馬車に揺られ半刻ほどで到着した隊長の祖父宅は、家ではなく城でした。


「あのぉ、今更なんですが、隊長のおじいさまは……」

「ん? あぁ、大公閣下だね。でも俺んちは公爵家じゃないよ。母の実家なんだ」

「あーなるほど。ホッとしました」


 何にホッとしたのか分かりませんが、パニック過ぎて口から出まかせが飛び出てしまいました。

 貴族でもない私のような人間が、足を踏み入れてはならない場所に、すっごい普段着で降り立ってしまいましたよ。


 多分、ここの使用人さんたちは皆、私よりも家柄が良いはずです。

 ほんっとすみません。色々。



 明らかに場違いな私でも、恭しく対応してくださる方々が案内してくださった部屋はホールでした。

 コンクール会場を彷彿させる、完璧規模の室内楽ホール。

 勿論膝高程度の舞台があって、そこにはウォルナットのグランドピアノが置かれていた。


 ウォルナット。

 クルミ科クルミ属の、えぇ、胡桃の木です。

 その落ち着いた重厚なる木目のピアノは


「嘘でしょ…ベヒシュ…あなたなの? そんなわけないよ、ね…?」


 それは前世の相棒(マイピアノ)と全く同じ形だった。

 願望なのか、木目も同じに見える。


 何年何十年経ったとしても、生まれ変わったとしても、相棒を忘れるわけがない。

 けれど、ピアノまで異世界転生するわけがない。

 それでも、それでも、確かめたくなった。

 譜面台の右下につけてしまった、五センチほどの傷を。





 あぁ……




「アンジェ?!」


 膝から崩れ落ちる私を、咄嗟にフレデリック隊長が支えてくれた。

 なぜ、どうして、なんで、でも、でも、会いたかった。会えた。


 解らない。

 色々な感情や前世の記憶がコマ送りの映像で流れ出し、心がそれに追いつかない。

 それでも指が鍵盤をさするように触れ、そしてまた、その感触に沸き立つ感情で嗚咽する。



 はしたないと分かりつつ、涙まみれの顔でフレデリック隊長に告げた

「び、びがぜでもらっでもいいでずがぁ!」

「も、もちろんだよ!」


 どこまでも紳士で騎士な隊長は、驚きながらも問う言葉を全て飲み込み、ピアノの椅子を引いてくれた。


 家に帰ったら絶対弾こうと誓った曲。

 でも辿り着けなくて、弾くことができなかった曲。

 前世の私は胎児の頃から聴いていた、慣れ親しんだ曲。


 訳を聞かずに、受け入れてくれたフレデリック隊長に感謝しよう。

 そして隊長が、ちょっとでも幸せになってくれると嬉しいな。

 あの時の私のように。




 誰もが知る主題と、十二の変奏からなるこの曲。

 更にセシル様編曲バージョンをセレクト。


 久しぶりだから指が攣っちゃいそうだ。

 でも何もかも記憶のままだった、私の細胞全てで覚えている。

 このタッチ、この音色、あぁベヒシュ我が相棒……




 好きだーーーっ!




 相棒、楽しいね。楽しいよ。

 きらきら星が流れ星になって、流星群になって、みんなの元に降り注ぐといいな。





◆◇◆◇◆◇◆





「まさか…まさか此処でまた…あぁサラサ…セシル……」


「閣下!」

「お祖父様!」

「旦那様!」


 フレデリック隊長や使用人の皆さまが、幽霊でも見たような驚き具合で叫んだ。

 車椅子に乗って現れた瘦せ細る白髪の紳士は、大公閣下その人なのだろう。

 使用人さんたちすらも驚き慌てふためいているところからして、もしかしたら起き上がれないほど具合が悪かったのかも知れない。


 しかも一瞬、前世の我が名や憧れの神名を呼ばれたような気がして、直立不動のまま、茫然と立ち竦んで白髪紳士に見入っていた。

 けれど白髪紳士は、駆け寄る隊長や側使えたちを手だけで制し、凛とした瞳を滾らせ私に言った。



「お嬢さん、作品53、ポロネーズ第6番。お願いできるかな?」


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