7 金平糖の精の踊り
P.I.Tchaikovsky 作
史上最年少記録を更新し、まさかの十歳で入団試験に見事合格いたしました!
父に命を救われただの、現役時代の母が初恋相手だっただの、兄が怖いだのというローレン家忖度なお陰が七割以上かと存じますが、受かった者勝ちの精神で図太く生きようと思います。
ということで、入団式を来週に控え、私は王都に来て居ます。
何と申しますか?
そうだ、王都へ行こう!
という気分だったのですから、仕方ありませんよね。
まぁ、入団式に遅刻したら大変だとか何だとか理由を付けて、るるぶった王都教会巡りに勤しむ魂胆だったのですが、愛しのエリックお兄さまがそんな暴挙を許してくれるはずはなく……
「お兄ちゃんって、隊長だったんだ」
今更ながらの発言のせいか、護衛団員が唖然と口を開けたままだが、当のエリック兄は執務室の椅子に私を抱きかかえてご満悦中だ。
「うん。マイシュガーアンジェには言ってなかったよね。今年から隊長になったんだ」
「そうなんだ! すごいねぇ。やっぱりお兄ちゃんは」
「ふふ。ありがとう。ハニーアンジェに褒められるとどこまでも頑張れちゃうよ」
そう言って、最早悪癖であろう『スーハー』を繰り返す。
スーハー。
自分にとって最高だと思われる匂いを、心行くまで嗅ぐアレだ。
私は肉球のコゲ臭げな匂いが崇高ですが、兄は私の旋毛辺りが至高らしい。
けれどそこに、招集を知らせる一報が入る。
「エリック隊長、お時間です」
◆◇◆◇◆◇◆
「いってきますぅ?」
騎士団棟の見学をして良いとの許可を経て、兄の執務室をソロリと出た。
右も左も分からないけれど、同じような扉が規則的に並んでいるので、ここは隊長たちの執務室が集うフロアなのだろう。
二つ先の扉は大々的に開いており、なんとなく興味を惹かれて通りすがりながら流し見た。
そして通り過ぎた後、今目にしたものを脳が認識し、つと叫ぶ。
「はうっ! チェレスタさま!」
それはもう美しい二度見で、通り過ぎたはずの部屋に後進して戻って参りましたよ。
どなたの執務室なのだろう。
無人だが、品良く整えられた室内は、温かく私を迎え入れてくれている。
ような気がする。きっと。いや絶対。
「し、しつれいしまぁ……す?」
とりあえず疑問符を添付しながら、抜き足差し足忍び足でスルリと室内に入り込む。
脇目も振らず、カサコソと一直線に目的の場所まで到達した。
チェレスタ様。
アップライトピアノのような出で立ちの鍵盤楽器だが、鳴り響く音は鉄琴に近い。
前世のチェレスタ曲で有名だったのが、丸メガネ魔法使いの伝書梟テーマ曲だろう。
だが私は王道中の王道、ピョートル様を弾かせていただこうと思う。
だって、くるみ割り人形が大好きだったんです!
Andante non troppo
ホ短調、四分の二拍子。
鼓動のようにドキドキと、ときめかせるリズム。
更にチェレスタの高く透き通る音色が、よりインパクトを与えている楽曲だ。
本来はドラジェの精の踊りなのだが、当時はドラジェに馴染みのない日本だったがゆえ、金平糖の精と訳されているらしい。
ま、どっちもカラフルで甘いってことで、オールおっけ!
と、ほくそ笑んだところで微かな物音がし、驚きの余り飛び跳ねる。
焦って振り返れば、ドアに寄りかかり微笑み佇むガチイケメンがいた。
えぇ。なんというか、形容詞がイケメンです。
良い音楽とか良い絵画とかさ?
五感が強烈に刺激されると、ザワっと肌が粟立つでしょ。
アレが訪れるレベルのイケメンです。
上手く説明できないけれど、芸術的なの。造形が。
きっとこの部屋の主だろう。
そこで精一杯の言い訳を試みるけれど、被せ気味にその言い訳は遮断されました。
「うぇっ! や、あ、あの…その、扉がですね? 開いていてチェレスタが見」
「構わないよ。わざと開けて入れるようにしておいたんだし」
……。
えぇ?
確かにカサコソとは入室致しました。えぇ。
けれどそのGホイホイ的な物言いに、戸惑いが隠せません。
「アンジェリク嬢だよね? 明日入団する」
「は、はい! あ、でも新人なので呼び捨てでお願いします!」
「ハハッ。わかった。じゃ、俺もエリックと同じくアンジェって呼ぶよ。あ、名を名乗ってなかったね、俺は第一騎士隊のフレデリック。明日からよろしく」
握手を求められたものの、発せられた名前に反応する。
「ファッ!!」
「え?」
「や、あの、愛する方と同じ名で……」
「あ…そう、なんだ…も、もしかして婚約者……とか?」
見当違いな言葉を返され、握手をしたまま手を振った。
「えぇ? えと、歴史上の偉人です」
「あぁ! なんだ、そういう意味の敬愛か! よかった! いや、何が?」
「や、さぁ?」
二人で同時に首を捻る。
「そういえばアンジェは昔、ヨハン団長にもそんなことを言っていたよね。ヨハンはみんな凄いとかなんとか。それと一緒?」
……。
えぇ?
めくれめくれ、アンジェリクの登場人物記録書。
限りなく銀に近い金髪で、蜂蜜みたいな金色瞳で、騎士団服のイケメンに出……
「あっ、パイプオルガンの!」
「思い出してくれた? そう。パイプオルガンの」
てか、ヨハン様って団長だったのか。
そういえばそんな記憶もちらほら…ない。全く。
「アンジェは鍵盤楽器が得意なんだね」
「鍵盤楽器というかピアノだけですが、昔は得意でした。でも今は全く弾けていないので、かなり鈍っていると思います」
「充分凄いよ。でもピアノだけと言い切るってことは、ピアノならコレとかアレよりも凄いってこと?!」
アレとはチェンバロやパイプオルガンのことだろう。
「んー、剣でも長剣や短剣があるじゃないですか、それと同じで、扱うことはできるけど、自分に一番しっくりくる鍵盤楽器がピアノって感じです」
「なるほど。すごく分かり易い」
そこまで話続けて漸く、未だ互いに握手をしていたことに気づいた。
互いに視線が挙動不審になりながら、気まずさを紛らわす会話を探す。
「あの、フレデリック隊長は、チェレスタが得意なんですか?」
「いや、俺は片手でちょこっと弾くしかできない。その、祖父が好きなんだ」
そこで隊長がチェレスタに歩み寄り、ありがちな曲を当たり前に片手で弾いた。
知識のない人間が何となく片手だけポロンと弾く、そんな曲だ。
「祖父がずっと体調を崩していてね。だから祖父に喜んでもらいたくて練習するんだけど、どうも上手くいかない」
そこで突然、閃いたとばかりに隊長が言いだした。
「あ、ねぇ、もしよければなんだけど、祖父の家にピアノを弾きにきてくれない?」
「ぴぴぴぴピアノ?!」
「うん。国に五台しかないグランドピアノの一台が、祖父宅にあるんだよ」
当たり前ですが……
乗るっきゃないでしょう、このビッグウエーブに!!
「はい喜んでっ!」




