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53 私を泣かせてください

Georg Friedrich Händel 作

 SIDE ゲオルク




 密かに訪れた社交場で、私のアンジェリクが、透き通るソプラノでアリアを歌っていた。


 Lascia ch'io pianga mia cruda sorte,

 e che sospiri la liberta.

 Il duolo infranga queste ritorte

 de'miei martiri sol per pieta.



 悲しい歌詞と心洗われるその声は、遠く忘れたはずの過去を思い起こさせた――




 私は呪われた子であった。


 この世界は、王家の血が濃い者ほど魔力が高い。

 というよりも、王家の血筋でないと魔力がない。

 王家から、降婿・降嫁した殿下も多く、民にも魔力があるのはその為だ。


 けれど矢張り、血は薄まる。

 それ故、数代に一度、異世界より魔力の高い者を召喚し、王族と子を成させる。

 こうして保つのが古くからの習わしだ。

 そして我が国コンラートもその代は、召喚が行われた。


 勇者ヴォルフガング・ヴァン・カラヤン。

 ピアノと共に現れた召喚者。

 彼の活躍は記憶に新しい。


 けれどもう一人、隣国にて彼よりも先に召喚された者が居た。


 隣国大聖女、セシル・ミュラー。

 後に知り得た情報では、異世界地球でヴォルフガングの婚約者だった。


 ネオンブルーの瞳と色素の薄い灰色がかったアッシュブロンド。

 この世界に無いその出で立ちは、見る者全てを魅了したと聞く。

 そして彼女の美しさに魅了された隣国王は、嫌がる彼女を手籠めにし、孕ませる。


 訳も分からず異世界に召喚され、愛する男性と引き離され、手籠めにされ孕み……

 気を違え病んだ彼女は、後に大貴族邸宅にて幽閉され、そして自ら命を絶った。

 奇しくもその日は、ヴォルフガングと第一王女の子、ナディアの誕生した日だと言う。


 そんなセシルの子は、これまた人知れず隣国の辺境騎士爵ローレン家へ養子に出された。


 帝国一の魔力を誇る国王と、異世界召喚人の子だ。

 現生で、一番血の濃い魔力を持つ者だと恐れられた。

 けれどそんな子を、覚醒する前に殺せなかったのには訳がある。


 セシルは誰にも解けない呪いを掛けたのだ。

 大聖女の呪いは、自分の血が絶える末代まで続く。



◆◇◆◇◆◇◆



 養父母から、自分は養子だと教えられ育った。

 けれどだからとて、養父母と軋轢があったわけではない。

 夫婦に実子はなく、私を愛情込めて育て上げてくれた。

 養父母には全く似ていないこの容姿から、周囲から不義の子だと蔑まれたりはした。


 それでも私は、自分の容姿が特別優れていることを幼少期には悟っていたと思う。

 セシル同様、この世界には居ない人種なのだろう。

 唯一父方の血を引くのがこの髪色で、父親のコバルトブルーと母親のアッシュブロンドを混ぜた青灰色だ。


 真実を知らぬまま、知らされぬまま成長し、ある日突然、有り余る魔力が爆発した。

 けれど私には『探られる』ことを防止する呪いも掛けられており、五歳児検診も魔力ゼロで通過した。


 私の魔力は隣国の現帝、つまり異母兄よりも高く強い。

 それどころか、全盛期のヴォルフガングよりも高いと感じる。

 なぜなら、武道の如く、対面し相手の強さを推し量ることで把握できるからだ。

 だが厳密に数値として計ったことはない。

 どのような計器でも、私の能力は測ることができないからだ。



◆◇◆◇◆◇◆



 時は経ち…… 

 私は成人し、騎士爵ローレン家の名に恥じぬよう、辺境にて戦いに明け暮れた。

 そしてそれは功績を上げ、王都の式典に招かれた時のことだった。

 陛下の脇に佇むヴォルフガングは、私を見て後生大事の愛剣を落とした。

 それほどまでに私は、セシルに似ているのだろう。


 それから疑惑に満ちた彼は、彼なりに調べ尽くし、真実にたどり着いたのだと思う。

 全てを悟ったとき、彼は心を病み、生きる気力を失ったようだった。

 そしてヴォルフガングの子、ナディアとリリを産んだ王女もまた、背負う悲劇に耐えられず命を落とした。


 そんな他人の物語など、どうでも良い。

 会ったことのない実両親だ。

 それらの悲劇など、私の感情を揺さぶるものでは決してない。

 だが我が子は別だ。


 案の定、青灰色を持って生まれた我が息子は、即座に王家へ取り上げられた。

 いわば私の謀反を阻止する人質であり、高い魔力を持つ不義の兵器に仕立て上げられていく。

 セシルを。私を。そこまでは良い。

 けれど、我が息子までを――


 許せなかった。どこまで手前本位なことを当たり前にしでかすのか。

 さもそれが当然であるかの如く、我ら一族を愚弄するのかと……


 だが気づいた。どうやら私は、魔力の使い方を間違えていたようだ。

 我が子を護れずして、何が傾国の魔王だ。

 だからアンジェリクは隠しに隠し、全てから簸た隠して育てた。

 勿論、ありとあらゆる魔術を施し、頭角を表し始めたエリックとともに全力で守り抜いた。


 けれどそれも七の歳までだった。

 アンジェリクが突然覚醒する。

 私を以ってしても、手に負えない程の威力で開花したのだ。


「閣下、私に妙案がございます……」


 護れなかった未熟な私の罪悪を煽るように、決して私を父と呼ばない我が息子が告げる。

 自分と同じ道を歩ませるなど反吐が出るとばかりに、エリックもまた容赦がない。

 そしてエリックの案で、アンジェリクは騎士団に所属した。


 セルゲイとフランツは、かつての我が優秀なる部下だ。

 ジョージは親友であり、テクラはアヴァの親友だ。

 そして私やエリックも居る。


 イレギュラーではあるが、白竜王と新大聖女もアンジェリクに寄り添う人物のようだ。

 そして、当然ながらヴォルフガングも……

 

 ヴォルフガングの孫であるフレデリックと、セシルの孫であるアンジェリク。

 互いが本能で惹かれ合うのも、人知れぬ何かの思し召しではないかと思う。


 だがまだ早い。

 私を超える者でなければ、アンジェリクは渡さない。

 アンジェリクを護り切れる者でなくては、アンジェリクを渡せない。

 ここまで登ってくるが良い。その覚悟があるのならば――



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