50 動物の謝肉祭「水族館」
Camille Saint-Saëns 作
事の始まりは、またアホアンジェの余計な一言からだった。(byルロイ談)
「ねぇセルゲイ隊長、水に潜っていられるシールドってできないかな?」
「ん? 水に結界を張るのか?」
「んー、結界っていうか、潜っても呼吸できるシールドを貼っちゃう感じ。潜水服的な」
身振り手振りで説明したのだが、ヤバいことを言ってしまった気がする。
セルゲイ隊長が眉間に皺を寄せて試案を始めるし、ロベルト隊長はコレだ。
「至極複雑な魔術式が浮かんできたんだが……構築できるのかこれ。いや、でも……」
「アンジェリク、何ですか潜水服って? ちょっと詳しく……」
だから、上司がこう言うのも仕方がない訳で。
でも私、出来る女なんで!
「また貴女は遠征中に余計なことを……このオタク二人にそんなこと言ったら完成するまで徹夜ですよ」
「いや大丈夫です。私、できちゃったみたいなんで」
「「「はっ?」」」
三隊長のハモりをスルーして、フレデリックを探す。
辺りを見回せば、ジョウくんと打ち合いをしている彼を見つけた。
「フレデリック、ちょっと実験台になって~」
「はぁ? 隊長に何か遭ったら困るので、ここは自分が」
「え? 大丈夫だよ、面白そうだから俺がやる」
「ややや、やめてくださいよ、アンジェリクですよ? 本当ガチに危ないので自分が――」
ジョウくんがごちゃごちゃ何かを言っているが、そんな雑音は消え去った。
代わりに脳裏へ流れ出すのは、相変わらずの音楽だ。
サン=サーンス様の十四曲からなる謝肉祭、第七曲「水族館」
アルペジオで奏でるピアノが、水の流れや水しぶきを表していると思う。
そして弦楽器のちょっとミステリアスな旋律が、神秘的な水中を泳ぎ回る魚のように聞こえる。
でも聴きように依っては、怖い何かがほの暗い底から狙っているような不気味さをも感じる。
ということで、大海原真っ最中の今、ぴったりな選曲だ。
「もうとりあえず、面倒だからどっちも掛けちゃうね? むぅ。こんなイメージで、音楽は水族館で!」
アルペジオと弦の旋律を脳裏で奏でながら、レインコートのような耐水性のありそうなシールドを張る。
そして両首元に、ハーモニカ形の鰓を設置。にょいっとな。
「いや、アンジェ待って自分だけうがぁぁぁ!」
「ジョー大丈夫だっぐはっ!」
これでどうだと思っていたら、突然二人が首を両手で押さえて苦しみ始める。
「え、うそ! なんで?」
予想外の展開に慌てふためく私の脇から、ルロイが二人を海に突き落とした。
正確には、ドロップなキックで蹴飛ばした。
そして私に振り返り言い放つ。
「鰓呼吸の個体に陸上は死活問題!」
「あ! そうか!」
けれどそこで、フレデリックの呑気な呼び声が海から聞こえてきた。
「アンジェ見て~! すっごい速く泳げる~!」
ほんとだね~。
ドルフィンキックだけでスイスイだ。
「うお! ほんとだ、なんだこれ」
ジョウくんもフレデリックに劣らず、平泳ぎで楽しんでいる。
「あー、うん。シールドに水掻きとフィン付けたからさ?」
「フィン? 何やら面白そうな響きがしましたが、それはどのような?」
ロベルト隊長は、魔道具職人であるからして、相当のオタクだ。
地球の当たり前な感覚は、ロベルト隊長のオタク心を沸き立たせるらしい。
「う、えっと……ルロイが説明してくれると思います?」
「はぁ? アンジェおま、丸投げするってどういうこと!」
私は説明が苦手なので、理路整然としているルロイが適任だと思うんです。
決して面倒などと思ったりしたりしなかったりしていません。
「おいお前ら、上がってそのシールドの構築をみさせろ」
セルゲイ隊長が、人魚の如く楽し気に泳ぐ二人へ向けて何やら言っている。
私の役目はここまで。
さぁピアノを弾こうかな、と、振り返れば、団員たちが二列の行列を作り待っていた。
え? なんのアトラクション待ちですか?
「「「アンジェ、アレ掛けて~」」」
アレか。やるのか。水遊び。
仕方がないので、並ぶ全員にシールドを掛けました。
もがき苦しみながら次々と、海へ飛び込むその姿は火サスです。完全に。
「チャチャチャ! チャチャ! チャラ~」
「ちょっ! なぎさと英一郎が出てきちゃうからやめて!」
速攻でルロイのツッコミが入りましたが、出てきたのはそのお二方ではなく、もっとルロイを慄かせるこの方なのでした。
「フェリクスさま~~~~~~~~~っ!」
「チャチャチャ! チャチャ! チャラ~」
「フレデリック! ぶっとばすよ!」
私を真似てKYな音楽を口ずさんだフレデリックは、KYなのでルロイに怒られましたとさ。
◆◇◆◇◆◇◆
「騎士団がクラーケン討伐に出発したと伺って、慌てて追いかけて参りましたの」
「お嬢様。矢張り、獲れたて出来立てのイカ焼きをご賞味に?」
「そ、そういえば微かに残る、この香ばしく懐かしいかおり……はっ! まさか!」
芝居くさいその物言いに、ノリノリで答えようと思います。
懐のポケットから、ガラス細工煌めく小瓶を取り出し、そっと蓋を開ける。
そして跪き、ずいっとソフィアさんにその瓶を差し出した。
「その、まさか。でございますゆえ……」
「まぁ! こ、これは せうゆ!」
「……。 で、いつ終わるの、そのコント」
文字通り、開いた口が塞がらないルロイが、げんなり顔で言う。
けれど大聖女様は、歌劇団のような大振り仕草で盛り上げてくださいます。
「あ、そうでしたわ! 大事なお話がございましてよ!」
「はっ、何んなのさ」
「皆様良いですこと? このクラーケン退治がトリガーとなり、ケートスの群れが騎士団船を襲うのですわ!」
「途轍も無く、地獄のような話が聞こえてきたんだけど。今、群れって言った?」
クロード隊長が眉間に深い皺を寄せて、こちらに近づいてくる。
そんなクロード隊長に、大聖女様が返答する。
「えぇ、群れ。ですわ! こちらは予言ですの!」
「予言? 大聖女は予言までできるの?」
えー、微妙。
やー、インチキくさ。
んー、確実に起こり得るであろう事柄なのでしょうけれど、ゲームの知識がソースな予言ですからねぇ。
というか、イルカやクジラなどは群れで行動すると習った気がするのですが、こちらの世界では群れだとマズイのでしょうか?
なので思ったことを口にしてみましたが、当然我が上司の顔が般若です。
「ん? クロード隊長、群れじゃおかしいの?」
「アンジェリク、まさかとは思いますがケートスが何かを知らな……」
「ややややだなぁ、知ってますよ! くじらの魔獣でしょ?」
上司の説教を回避し、クロード隊長から回答をもらう。
そこに上司が上乗せ補足を入れてくるから、想像して震えあがった。
「ケートスはこの船より大きいんだ。それが群れで襲ってくるってことだよ」
「この甲板を崩されたら、足場のない大海原で、魔獣の群れに襲われるということですよ」
「ひぃぃぃ」
「安心してくださいませ! そこで、わたくしの出番なのですわ」
何をお任せするのかすら何もわかっていないけれど、そう言うのだからノリで言おう。
「おお! 大聖女様万歳~!」
「ふふん。崇めるのはまだお早いですわよ」
さらに大聖女様が何かを言おうとしていたのですが、セルゲイ隊長に呼ばれたためその場を去りましたとさ。
「お~いアンジェリク、こいつらのシールドを解除しろ~」
「あ~、はいはい」
「てゆーかさぁ、鰓か肺って、面倒だよね」
「ん?」
「亀とか蟹とかみたいにさ、水陸両用なシールドができないかな」
何となくな前世の浅知恵で、そんなことを呟いた。
さすれば歩く生き字引なルロイに、広辞苑されました。Wiki〇diaでも可。
「亀と蟹は真逆だよ。亀は肺呼吸、蟹は鰓呼吸」
「え? そうなの?」
「うん。亀は水中の酸素を取り込む器官があって、蟹は水を体内に溜めてるね」
「ほぉマジか! どっちも水陸で切り替えてるわけじゃないのか!」
顎に手をやり、ぶつくさと考える。
「ていうことはだよ? 鰓を作るんじゃなくて、肺呼吸の亀戦法でいこう! フレデリック~!」
「なに~?」
循環機能をイメージし、もう一度水陸両用シールドをフレデリックに張った。
火サスのようにもがき苦しむことなく、フレデリックが物申す。
「あれ、苦しくないよ? ひょっとして失敗? 海で苦しくなるかな?」
そういうが早いか、また海へダイブした。
「大丈夫~! 水の中でも苦しくない~!」
そこでセルゲイ隊長が、解答に辿り着いた模様。
「俺も今ので解ったぞ。循環機能を構築すりゃいいんだろ? おいジョウ、ちょっと頼まれろ」
「はい! セルゲイ隊長、全く苦しくありません!」
こうして、また遊びたい全員に、セルゲイ隊長と手分けをして術を施した。
凄く働いた気分です。こういう時はアレが欲しい。
「やったぜ完成~! なんか甘いもの食べた~い」
「そうだな。アイス作るか」
「やった~! クッキーアンドクリームって言っ」
ところがそこで、座礁したような大きな衝撃が船体に加わった。
まさか本当にタイタニックかと慄いたけれど、氷山はありません。暑いくらい。
もんどりよろける私を、セルゲイ隊長が瞬時に抱き上げてくれる。
そしてそんなセルゲイ隊長にしがみつき、同目線から目の前に広がる大海を見て言葉を失った。
なんだアレ……




