49 Queen
「はああぁぁ! ダンスも歌もなきゃ、僕が参加できないじゃん!」
吸盤が顔よりも大きい巨大イカの十本足が、ビッタンビタンと飛び交っている真っ最中に、放つ文句はそれですか?
でもちょっと分かる。
オケのピアノ曲は少ないから、仲間に入れなくて淋しかった記憶がある。
そして今、色々なジャンルの曲を皆と弾くようになって、特にそう思う。
顔の目の前を、吸盤が風を切ってしなり通る。
のけ反り避け、そのままバック宙で体制を整えた。
甲板にダンっと着地の足音が響く。
そこで閃いた。
楽器も弾ける状態じゃない今、ルロイの悲しみを救えるのはアレしかないでしょう?
二度足踏みをしてクラップを一回。それを何度も繰り返す。
勿論、イカ足鞭を避けながらですよ?
ダンダン チャ! ダンダン チャ!
ダンダン チャ! ダンダン チャ!
板は音が響いて気持ちが良い。
そのリズミカルな音に、何事かと団員たちが私を見るが、選抜団員は心の余裕が違います。
面白そうだと私のリズムに合わせて、次々と足踏みクラップを開始した。
勿論、イカ足鞭を躱しながらですよ?
そしてその音に反応したルロイが、満面の笑みを湛えてロープを駆け上り、マストの上で予定通りの曲を歌い出す。
「ウィ~ウィル~ウィ~ウィルロッキュっ!」
けれど船尾方から、フレデリックの声が届く。
「アンジェ~~! 剣使ってるから手拍子できな~い!」
ご尤も。けれど、秘策があるのですよ。
だからフェイント&クラップを続け乍ら、大声でフレデリックと会話する。
「ルロイが変身して、炎でイカ焼き作るから大丈夫~~!」
「えぇ? それじゃ、消し炭になっちゃうんじゃない?」
「むぅ。じゃ、団長がちょっと燃えればさぁ?」
「おいアンジェリク、私の炎は調理器具か」
そう言いつつ楽しそうに、団長が剣と身体に真っ赤な炎を纏う。
そして掛け声とともに、海に向かって飛んだ。
「お前ら! さっさ終わらせて、イカ焼きパーティだ!」
そもすれば、全団員の合唱です。
「「「「「ウィ~ウィル~ウィ~ウィルロッキュっ!」」」」」
◆◇◆◇◆◇◆
「バーナーを想像して、人差し指から火を出せばいいじゃん」
「あ! そうか! やってみる……うわっちぃ!」
ダメでした。
指先を火傷しました。
「ロベルト隊長、ピタスラ頂戴~!」
つい先日、思い付きで言いだしたスライム冷却シートを、ロベルト隊長はサックリ作ってくれました。
レモングラスにユーカリだのミントだの除虫菊などを配合した、虫取り線香もはじめました。夏っぽく。
遠征のキャンプで、非常に助かっておりますよ!
「何をまたやらかしたんですか、大人しく座っていれば良いものを」
隊服のポケットから、ちゃっかりピタスラを取り出した我が上司が、私の人差し指をチェックしながら小言を始める。
だから、事の経緯を直入に伝えた。
「だって、炙りが食べたかったんだもん」
クラーケンと一緒に、鯛っぽいお魚が釣れました。
正確には、団長の炎でぷっかり浮かんできたのですが。
「アンジェリク、炙ってやるから醤油をよこしなさい」
私の声が聞こえていたらしい団長が、等価交換を申し出る。
お醤油は大量にあるので渡すのは構わない。構わないが、どうしても伝えたい。
「でも、炙りはお塩で食べた方がおいしいですよ?」
「そうなのか? よし試すぞアンジェリクこい!」
東の国出身な団員が、握った酢飯の上に、団長が炙った鯛もどきを乗せてくれた。
そこに、パラパラっとお塩をかけて、はいどうぞ!
「ううううまっ!」
「でしょう?」
「お前たち、炙ってやるから塩で食ってみろ」
「フッ。結局団長の炎は調理器具……」
「うるさいだまれ」
余は満足じゃ状態で、グラス片手にピアノへ近づく。
するとそこには、ピアノ椅子に座り、鍵盤を見ながら深く考え込んでいる先客がいた。
「ルロイ?」
「んー、さっきアンジェがさ、弾き語りしてたじゃん?」
「え? あー、主旋律を歌ってただけだよ。弾き語りじゃないって」
「いや、なんかさぁ、僕だけ楽器できないなって」
「でも声も立派な楽器じゃん。私、歌を習ってから、ルロイの凄さがめっちゃわかるよ」
「でもさぁ、あれやってみたかったんだよねぇ」
「あれって弾き語り?」
「うん……」
「じゃ、何やる?」
「は?」
「努力と根性があれば、遅すぎるなんてことはないよ」
「そ、そうだよな、諦めるには早いよな! じゃじゃあさ……」
ルロイが弾き語りたかったのは、クラーケン討伐の最中に歌った曲と同じグループがリリースした曲だ。
ボーカルがピアノを弾きながら、ポップなメロディをロックに歌い上げる。
ただ正直、世代も専攻ジャンルも違うので、何となくしか知らない。
サビだけ。とか、大雑把な雰囲気だけなら分かるけれど、カラオケで歌えと言われたら無理な感じ。
でも、ルロイは前世でも私より年下なのに、アカペラで歌えちゃうレベルだ。
良く知っていると本気で感心する。とても歌が大好きなんだと思う。
「あー! オッケ、連弾しよ? ルロイはこの和音をこう弾いて……」
「え、こう?」
「そそ! んで、私がこう弾くから、ルロイがこうして……」
そんな私たちを見守るアラサー隊長(団長)たちが、
「そういえば、エリックの姿が見えませんが」
「お前の察している通りだ」
「はぁぁ。遂に魔王が動きだしたか……」




