48 カリビアンな海賊
オットーさんが作ってくれた、丸大豆なお醤油瓶を握り締め、ルロイに向けてコソコソ喋る。
「会議室にサヨナラバイバイ。俺はこいつと旅に出る」
「ぴかち、って待て待て。僕はあんな黄色ネズミじゃない」
更に身を乗り出し、もっとヒソヒソ声で醤油瓶を突き出しながら言う。
「ねねルロイルロイ、お醤油持っていかなくちゃだよ」
「え、なんで?」
「フッ。聞いてた? 今回の討伐、クラーケンですよ」
「!! イカ焼きかっ」
キュキュッと身体を縮めて、熱き想いを告げる。
「イカ刺しもだよっ」
そこでまぁ、オヤクソクーなサムズアップを決めて、どちらからともなく歌う。
「必ずゲットだぜ」
「クラ~ケン、ゲットだぁ」
「「ゼィゼィゼィゼィエイエイエ~ 痛っ!」」
互いに身体を揺らしながらエコーをエイエイ歌ったところで、同時に頭をはたかれた。
だからルロイを先頭に、叩いた我が上司へ物申す。
「痛いなぁ! 何すんだよっ!」
「そうだそうだ! いつもいつでも何すんだ!」
「此処が何処で、何をしているのかをお忘れなようでしたので、思い出させてあげたのですよ」
「「oh~」」
「寸劇は終わったか? では話を進める。偵察隊の報告では……」
討伐司令の会議中でした。
いや、だって団長が「クラーケン、即ち巨大イカだ」などと言うから、意識がコンガリ香るお醤油に行っちゃったんです。
だから悪いのは団長だと思います。言ったら怒られそうだから慎むけれど。
大公邸料理長のオットーさんが、開発に一年を費やし、先日完成させてくれた。
皆さん。お醤油ですよ、お醤油。あの! お醤油です! ヒャッハ~っ!
何度も言いますが、今回の魔獣はイカさんです。
クジラの魔獣ケートスと並ぶ海の最高位魔獣であり、船舶での討伐となるため、各隊から選抜された三十名のみで行うとのこと。
そしてルロイも私も選抜されたため、こうして会議室におりますよ。
「てか会議に醤油はいらなくね?」
「だって会議が終わったらご飯じゃん」
ご尤もな意見をルロイが言っておりますが、それがどうした文句があるか。
そこで思いだしたように、ルロイが妙な事を言い出した。
「あ! さっき覗いたら今日のデザートプリンだった。アンジェ、プリンに醤油かけてよ」
「えぇ、なんで……」
「ウニ味になるらしいよ」
意味が分からない。
なぜ、あんなに美味しいプリンを、ウニ味へ変えなければならないのか……
「うえぇぇぇ、うまくいくなんて保障はどこにもないんだよっ」
「憧れのウニプリンを食べたいな、食べなくちゃ。絶対食べてやる!」
「……。あいつらはどの道、指示通りになど動かないから気にするな。解散!」
「「oh~」」
「ルロイ様、アンジェ」
ジョウが足早に、こちらへ向かってやってくる。
ジョウもまた選抜されて会議に参加していたのだが。
ちょっと待て。
私たちを呼ぶ声が気に入らないのですが。はぁ?
「ちょっとジョウくんや、なんでルロイ様で私は呼び捨てなのかね?」
「え、だって竜王様だよ? 呼び捨てするアンジェがオカシイんだよ?」
「フフン」
勝ち誇ったような顔でルロイが笑う。
だから妥協案を申し入れれば、銃型にした人差し指を私にビシっと向けてジョウに言い放たれました。
「むぅ。じゃあせめてアンジェ先輩にしてよ」
「会議に調味料を持ち込む人など、俺は先輩だと認められないね」
「ぷっ。ぐう正論」
「ぐぬぬ……ぅぅおお?」
突然身体が浮き上がり、語尾の疑問符を言い終えた辺りで、間近にフレデリックの横顔があった。
「なにやってんの?」
そんな疑問を投げかけたのは、私でなくルロイです。
そしてその疑問に疑問で答えるフレデリックが変です。
「え? や、誰かに抱き上げられちゃう気がしたから、先に抱き上げたんだけど、なんでだ?」
フレデリックの言動が変なのは、出会った頃からなので、気にしたら負けです。
騎馬戦の如く、食堂を指差し、意気込みを告げた。
「ねぇ早く食堂行こうよ! お醤油ぅお醤油~ フレデリックよ、いざ出陣じゃ!」
「だからぁ、プリンに醤油かけてみてってば」
「ショーユ! フランツがテリヤキィって言うの作ってくれたけど、めっちゃ旨かった!」
「マジかよ、僕、それ食べてない! 呼べよ、呼んでよ! 照り焼き食わせろよ!」
「あれ? ショウユって、俺の国の調味料に似てるかも」
「あぁ、醸黴使ったやつでしょ?」
「そうですそうです。発酵させてつくる液体の調味料で……」
未だフレデリックに抱きかかえられながら、四人で食堂を目指して進む。
右手で醤油を掲げ、気合充分に叫んだ。
「かもすぞ~!」
「かも? カ、カモスゾ~!」
◆◇◆◇◆◇◆
何もない。あるのは大空だけの大海原。
キラキラと光る水面を、突き進むガレオン船。
ともすれば当然、船首で両手を広げ、かの大サビを絶叫するっきゃないでしょう?
「ユァァァ~ヒィィィ~ナァァ~ッシンアイフィィィ~!」
けれど、後ろから支えてくれるデカってプリった素敵な男性はいない。
代わりに、甲板に寝転んで足を組むルロイのヤジが飛ぶ。
「アンジェやめてよ縁起でもない! 沈没したらどーすんのさ!」
ですので、お忘れな正論をぶっ放しました。
「ドラゴンに変身して、飛べばいいじゃん」
「あ! あーねー」
そこに上司がやってきて、珍しく上司の口から嬉しいことを報告された。
「風に乗って恐ろしい断末魔が聞こえると思ったら、またあなた達ですか」
「はぁ? アンジェだけですぅ。複数形にしないでくださいぃ」
「どっちもどっちですよ。それよりアンジェリク、船室にピアノがありましたよ」
「え? マジで! やっほ~!」
スキップでその船室とやらに向かう。
どこにあるかは知らないが、あっちのほうな気がする!
「なぜワルツは踊れるのに、スキップができないのでしょう……」
「あぁ、川田アナのナイトメア・リバイバル……」
ちょっと広めの食堂兼広間に、アップライトピアノが置かれていた。
我が上司のお墨付きだ。早速弾かせて頂こう。
蓋を開け、指体操をしながら何を弾こうか考える。
けれどすぐに、脳裏へあの曲が浮かんでくる。
船と言えば海賊! 海賊と言えばアレだ!
初っ端だけは主旋律も弾いた。
けれど途中からは、脳裏に妄想バイオリンとチェロの音が聞こえているから、それを声に出し、手は伴奏を弾く。
要は変な弾き語りね。
一曲丸々弾き終えたところで、ドアの縁に凭れ掛かり、考察していたらしき男が片眉を上げてニヤリと笑う。
「そのイメージは海賊か?」
だから私もニヒルに両眉を上げ下げしながらニヤリと笑って、出だしのリズムを煽り叩く。
ダンダダンダ ダンダダダダ
ダンダダンダ ダンダダダダ
「ねぇアンジェそれさっきから主旋律がないじゃ……なるほど」
ルロイが何かを言いながら部屋に入ってきたけれど、チェロを抱き座る男を見て訳知り顔で笑う。
そこらにあった椅子を反転させて座り、背もたれに顎を乗せて続きを待ち始めた。
こういうところが、セルゲイ隊長は天才だと思う。
いつもノリと勢いだって笑うけれど、一発で確実に適格なノリを発揮してくれる。
更に要求してもいないアレンジをぶっこんで来ては、こっちを煽る。
クソが。こんなアレンジのカリビアンがあってたまるか!
けれど……
どちらも何も言わないが、多分この二人は、長い間相棒だったのだと思う。
どっちが右京さんかは知らないが。
その証拠に、何の合図もなく、我が上司のバイオリンが曲の中へ滑り込んでくる。
私とよりも肌理細やかな、意思疎通ができているのだと痛感するんだこれがまた。ちっ。
「こいつら、ほんとカッコよすぎて鳥肌立つわ……」
「うん。なんかさ、もう一度楽器をやりたくなるんだよな」
「分かるわぁ。続けてればよかったっていつも思うもの」
「フッ。お前ら悪いな、俺は今日から参戦する」
「「「えぇ?」」」
ジョージ・クロード・テクラ三隊長の驚く声が、かすかに聞こえてくる。
そこにトランペットを持ったヨハン団長が、人込みを掻き分け入ってきた。
突然加わるペットの音に、驚いたのは私だけではなかったようだ。
フランツ隊長も一瞬だけ音が飛び、団長より後からバイオリンを抱えたフレデリックが声を張り上げる。
「嘘でしょ?! 団長がペット?!」
それに伴いセルゲイ隊長が、まるで箸休めのように、チェロのソロをアレンジで入れ始めた。
即興でそのアレンジに食らいつき、伴奏に撤して成り行きを図る。
上司もフレデリックも、慣れた様子で主旋律をppで繰り返し弾き続け、指示を待つ。
そこでセルゲイ隊長が、団長を見て目力で合図を送る。
待ってましたとばかりに、満面笑顔の団長が、神々しくトランペットの即興アレンジソロを吹く。
その尊大な音色に、大海原を雄大に進む、はためく海賊旗が見えた。
そして大ジョッキを一気に飲み干したような顔と仕草で、団長がソロを吹き切った。
割れんばかりの指笛と歓声が船を包む。
さぁラストスパートだ。
全員が思い思いに、壮大に、全力クレッシェンドで大海原を駆け上がる――
「ク、クラーケンが大量に出現しました!!!」
「「oh~」」
 




