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47 シンデレラ 組曲第1番 ワルツ・真夜中

Sergei Sergeyevich Prokofiev 作

SIDE リリ



「ねぇあなた、ゲオルク様に許可はいただけたの?」

「こらこら、サー・ゲオルクと呼びなさいな」

「いいじゃない、二人きりの時くらい」


 夢見る少女ならば、誰もが恋焦がれるサー・ゲオルク・ローレン。

 功績を上げ、勲章授与式典の時だけ姿を現す、絶世の麗人だ。

 その破壊的な強さと破滅的な美しさに、ついた二つ名は『傾国の魔王』


 南国の海のように、淡く煌めく碧眼。

 その美しい瞳の色を溶け合わせたような、艶めく銀髪。

 誰彼をも虜にさせる妖艶な美しさ。


 まだ幼い頃、両親・姉と共に訪れた式典で、初めて彼を見た。

 その時の興奮は色褪せることなく、今も鮮明に覚えている。


 あの方の人形が欲しいと駄々を捏ね、手に入れるまで部屋に籠るというストライキも決行した。

 そこで母が精巧なヴィスクドールを、国一番の職人に作らせた。

 異性の人形を愛でることは許されず、その髪は長く、ドレスを着せられ今に至る。


 ここコンラート国では、カラヤンとビューロの二大公爵家。

 そしてシュリフェ始めとする、五大侯爵家の七爵位を大貴族と呼ぶ。

 その大貴族だけが知る、周知の事実。



 青灰の一族――


 

 ゲオルク様は、隣国の大聖女セシル様のご子息だ。

 けれど人知れず、我がコンラート国の辺境騎士ローレン家に里子へ出されたと聞く。


 そんなゲオルク様を射止めたのが、騎士団員のアヴァだ。

 インディゴの髪にグレーの瞳。

 確かに美しい女性だとは思う。思うが絶世とは言い難い。いや、わたくしの方が美しいはず。

 と、わたくしでさえ思うのだから、アヴァへの嫌がらせは相当だっただろう。


 そんなアヴァが、男児を出産したと噂になった。

 ゲオルク様に似ているのではないかと、皆がこぞって密偵を出した。

 けれどその男児は、ゲオルク様ではなくアヴァそっくりな聡明の子だった。


 現国王陛下は、その男児エリックを可愛がり、懐に入れた。

 否、エリックを人質として懐に入れた。が、正解なのかも知れない。

 息子を人質に取られれば、ゲオルクが謀反を起こさないだろうという算段で。

 けれどそんなエリックは、剣技と聡明さで頭角を現していく。

 そして陛下の影と呼ばれるまで上り詰めた。


 時を経て、アヴァが女児を出産した。

 今度もまたどうせアヴァに似ているのだろう。と、誰も気に留めることなく時は過ぎる。

 けれど真実は違う。

 認識阻害を施され、人々の興味を引かぬよう隠蔽されたのだ。

 そして腹黒い大人の都合に全く染まることなく、天真爛漫なアンジェリクが育った。


 初めてアンジェリクを目にした時の震えは、ゲオルク様にお会いした時と相関していた。

 作法に煩い姉のナディアが、ティーカップを落としそうになったほど、衝撃的だった。


 性別を超えた絶世のゲオルク様。

 呼吸をし動き話す、わたくしの可愛いヴィスクドール……


 そんなアンジェリクを見つめる我が息子フレデリックは、数十年前のわたくしそのままだ。

 まるで時を遡ったかのように、胸がときめき、愚息を応援したくなる。


 我が夫アルフレートは当初、わたくしの初恋への嫉妬から、アンジェリクに逢おうとしなかった。

 けれど義兄モーリスや姉ナディアに諭され唆され、大公邸で初対面を果たした。

 娘を欲しがったアルフレートにその夢を叶えてあげることができなかったけれど、アンジェリクを一目見た途端、その夢は叶うと希望を抱いたらしい。

 義兄も夫も、どうにかしてアンジェリクを親族に向かい入れるだろう。

 その為の権力だ。美しく使う。ここぞという時に使うのだ。


 けれどゲオルク様は、自身の生い立ちのせいで、我が子たちに政治的な関与がなされることをとても嫌がると聞いた。

 そこで冒頭へ戻る。


「ねぇあなた、ゲオルク様に許可はいただけたの?」

「こらこら、サー・ゲオルクと呼びなさいな」

「いいじゃない、二人きりの時くらい」



 大公邸、公爵邸、及び、我が侯爵邸で行われる大貴族のみの夜会には、アンジェリクを出席させている。

 勿論パートナーは常にフレデリックで、更に我が一族が脇を固め、周りに圧力をかけた。

 大貴族は馬鹿じゃない。

 我が一族に喧嘩を売ってまで、アンジェリクを我が物にしようなどとは思わない。

 現に今はもう、フレデリックとアンジェリクの子の争奪戦となっている。

 後は、ゲオルク様の許可だけなのだ。


 表向きは、我が家よりも爵位が格下であるローレン家に、拒否はできない。

 けれど相手はゲオルク様だ。

 気に入らなければ、隠蔽、忘却などのありとあらゆる魔術で、アンジェリクを隠してしまわれるだろう。

 だからこそ、慎重に慎重に事を進めてきたのだ――


 

 それはアンジェリクの入団式だった。

 レディ・アヴァと共に現れた、とても美しい少女。

 髪色、瞳の輝き、そしてアヴァ。

 その場にいた誰もが、アンジェリクをゲオルク様の息女と認識する。


 けれど当のゲオルク様は不在で、確実に格下のレディ・アヴァしかいない。

 表向きは騎士爵のローレン家だ。

 上位爵位は力技で、アンジェリクを手中に収めようと画策するだろう。


 けれどそこは父。

 大公を名呼びさせること。つまり、後見人を名乗り出て、アンジェリクを守った。

 そしてアヴァを姉と挟んで座り、他の貴族から守るのは私たちの役目だ。


 この五年間、努力と根性を全面に押し出し、アンジェリクを鍛えてきた。

 前世でもドレスは着慣れていた様子で、マナーにも疎くない。

 流石にダンスは踊れなかったけれど、ピアニストだけに音感は素晴らしく、騎士だけに姿勢も美しい。

 兄エリックから短剣を操るための剣舞を習っていたようで、ステップを覚えるのも時間はかからなかった。


 フレデリックとの身長差を気にしたけれど、歩幅の乱れを瞬時にリフトでカバーしてしまう二人は、その派手なパフォーマンスのお陰も重なり夜会の花形に成長している。


 親の欲目もあるが、客観的に見ても息子は精霊(エルフ)の如く美しい。

 それは当然だ。面食いなわたくしが、本当に恋に落ちた男性。

 そう。我夫アルフレートは麗人だ。


 着替え、化粧を施し、絶世に輪を掛けたアンジェリクと並んでも、見劣りすることなく誰もに感嘆とされる。

 だから、我こそはと勘違いをする殿方が現れない。

 それはそうだ、家格、容姿、強さ、我が息子よりも秀でる者などそういない。

 姉ナディアの子、甥のセルゲイくらいなものだろう。


 けれどセルゲイは、アンジェリクを可愛がっているものの、完全に線引きをしている。

 あの線引きの仕方は、我が夫に似ている。

 つまりセルゲイは家族として、兄的な目線でアンジェリクを可愛がっているだけだ。


 ところが、その過ちに気がついた。

 滅多に社交界へ現れることのない御方ゆえ、その存在を失念していた。


 フランツ・フォン・ビューロ。

 強さ、美しさは我が息子と同等。けれど家格が上だ。

 現に今回の計画も、フレデリックを差し置き、アンジェリクを守る最高峰に彼が適任とされた。


 孤高の公爵閣下が、アンジェリクを見つめて穏やかに微笑む。

 そんな大事件が目の前で繰り広げられ、一時場内が騒然とした。

 いやよ、そんなの! 私のアンジェリクがビューロに取られるなんて!!




「ねぇアンジェ、ビューロ公爵のことはどう思っているの?」

「ん? お母さんかな?」

「え?」


 間を置くことなく、何かとてもおかしな返答が聞こえた気がする。

 だから思わず問い返すが、我が姉ナディアが話に割って入った。


「お待ちなさい。ビューロ公が母だと言うのであれば、アンジェリク貴女、まさかセルゲイのことは……」

「ん? お父さんかな?」


「いや~~~~それじゃわたくし、お祖母ちゃまじゃないの~~~!」


 ナディアの悲鳴が控室に響き渡った――



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