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45 組曲 仮面舞踏会「ワルツ」

A.Khachaturian 作

SIDE フレデリック



 自分の置かれている立ち位置に、今日ほど憤りを感じたことはない。

 頭で理解はしていても、心がついてこない。そんな感じだ。


 事の始まりは、騎士団に大聖女が居るという噂が立ち、王都教会の教皇聖下の耳にまで届いてしまったことだった。


 聖属性魔法を使うことができても、必ずしも聖職者になる必要はない。

 当然我が騎士団にも、主に四番隊の面々は、聖属性使いがほとんどだ。


 けれど大聖女は別だ。

 歴代の大聖女は皆、教会の預かりとなっていたし、それが通例だという教会側の言い分がある。


 ヨハン団長は、陛下にも聖下にも、騎士団に聖女は居ないと否定した。

 けれど聖下は納得せず、確認をさせろと詰め寄った。

 そこで団長が噂の元を辿ると、たどり着いた先は例の九番隊伯爵令嬢だったことが発覚した。

 次の討伐で自分が大聖女に覚醒すると、あちらこちらの社交会で予言したそうだ。


 聖下は、噂の条件に合う騎士団員を全て集めるよう、陛下を通じて申し立ててきた。

 そして聖下から告げられた大聖女の条件や、歴代大聖女から照らし合わせると、当てはまるのはアンジェしかいない。


 けれどアンジェは大聖女ではない。

 なぜなら、回復系だけでなく攻撃系魔術をも扱えるからだ。

 それでも、他の条件をクリアしてしまっているため、そんな大聖女が居てもおかしくないと言い切られるだろう。


 ところが、オロチ討伐後、伯爵令嬢が本当に覚醒したようだった。

 魔力数値も大幅に跳ね上がり、聖属性魔法も使えるようになったらしい。

 ともすれば条件も、そして容姿を含む様子も、アンジェ以上に当てはまっている。

 そして何よりも彼女自体が、大聖女になりたがっている。


 そこで、アンジェを教会に渡したくない面々総出の計画が始まった。

 祖父が仮装パーティを主催し、大公邸を会場とする。

 伯母と母が魔術と化粧で、アンジェの目尻黒子を消し、実年齢よりも相当幼く見える服を着せる。


 国王陛下は簡単な挨拶だけで、アンジェを目立たせないよう立ち去る。

 聖下の使い貴族からも守れるよう、最高貴族位である公爵がパートナーとなる。


 もうその時点で、身体の中から沸騰するような苛立ちが湧き上がっていた。

 なぜ俺じゃない?

 いつも社交界でのパートナーは俺なのに、こういった大事にはフランツだ。


 更に苛立たせたのは、伯爵令嬢をバックアップする側に俺が回されたことだ。

 これも矢張り大聖女要項の一つで、皆から愛される天性の才を持つかららしい。

 依って、俺にセルゲイ、そしてヨハン団長までが彼女をエスコートするという。


 そんな時に、何も知らされていないアンジェは、ルロイが白竜王だったと今更気づきボケている。

 だからつい、苛立ちが言葉になった。


「ピアノのこと以外、アンジェはどうでも良いからじゃない?」


 俺を覗き込むネオンブルーの瞳に影が差し、瞳孔が一気に広がる。

 この瞳加減は慄きだ。

 とても驚き不安なとき、アンジェの瞳はそれになる。


 拙い。やらかした。

 そう思った時、目尻のホクロが目に入る……


 オロチ討伐の時、アンジェは身を挺して伯爵令嬢を助け、自らの死を覚悟した。

 今までの人生で、あんなにも恐怖を感じたことはない。

 間一髪で間に合ったけれど、抱きしめても締めても震えが止まらなかった。

 泣きそうになりながら、アンジェのそのホクロに唇を寄せたあの時……


 その感情と感触と思い通りにならない苛立ちと、全部がごちゃ混ぜになって、吐き出した言葉は短かった。


「別に」



◆◇◆◇◆◇◆



 二箇所同時に扉が開く。

 片方は、伯母に母にアンジェが。

 もう片方には、伯爵令嬢がいるはずなのだが、役目そっちのけでアンジェの姿を探す。

 けれど後ろから従弟殿(セルゲイ)に小突かれ、溜息とともに、もう一方の扉前で佇む彼女(ソフィア)を見た。


 鎮魂祭でもあるため、弔意を表す仮装をするのが習わしだ。

 主催者である祖父だけは、マスター服とされる臙脂色の宮廷服だが、他は皆ダーク色を纏っている。

 それなのに、彼女は真っ白なドレスだ。

 だから俺の眉間に皺が寄る。

 そんな俺の眉間を見て取ったのか、聞いてもいない説明を、彼女が説明を始めた。


「国王陛下から贈られて参りましたの。流石に大聖女候補が、魔の仮装服を着るのはいただけないとのことでしたわ」

「なるほど」


 理由はどうでも良いが、陛下から贈られたで理解した。

 陛下がすぐ解るようにの目印だ。


「フレデリック隊長、申し訳ありませんがエスコートを……」


 腕を組まれて、全身が粟立つ。

 アンジェに対して別段何も感じなかったため忘れていたが、女性が苦手なことを思い出す。




 祖父が勇者であり、名門侯爵家嫡男ともなれば、どうにかして接点を持とうとする輩が後を絶たない。

 まだ力なき時代は、力づくで既成事実を作ろうともされた。

 大人たちがどんなに守ろうとしてくれていても、隙を見ては老若男女に襲われる毎日。

 だから強くなりたいと、必死で剣を振った。


 それは俺だけでなく、否、俺以上にセルゲイの方が酷かったはずだ。

 だからセルゲイはある日突然、放浪の旅に出てしまったし、俺はほとんど女性のいない騎士団へ入団した。

 そしてあの日、パイプオルガンを弾くアンジェと出会った――


 そこまで考えて、アンジェを探す。

 これほど大きなホールでも、アンジェを見つけることは容易だ。


 アンジェは、あれでも一応成人女性だ。

 それなのに、こんなにもベビーボンネットが似合うとは。

 出会った頃の幼いアンジェを思い出し、頬が緩む。

 けれど視線が重なって、それなのにいつもより遠いその距離に置かれた立場を思い出す。

 そして怒りもぶり返す。



「セルゲイ、フレデリック、二人とも息災かな?」


 国王陛下が教皇聖下を伴い近づいてくる。

 隣に並ぶセルゲイと共に、片手を胸に当てた辞儀をする。


「セルゲイ、こちらの可憐なお嬢さんはどなたかな?」

「我が騎士団員の、ソフィアと申します」

「ほぉ、ソフィア、面を上げなさい」


「お初に御目文字致します。わたくし、ブルーム伯爵が娘のソフィアでございます」

「なんと、伯爵令嬢が騎士団にとな」

「はい。神託がございまして、わたくしは――」


 彼女の返答に、聖下が食いつき、もっと詳しい話を聞かせて欲しいと連れ出した。

 これで自分の出番は終了で、この後はセルゲイと団長が繋いで行く予定だ。


 そして計画通りに、彼女がピアノを弾く。

 大聖女要項に、ピアノの腕前が群を抜くと記録されているためだ。


 その曲は、俺ではない『愛するフレデリック様』の即興曲なのだと、アンジェが弾いていた曲だった。

 確かに伯爵令嬢も、ピアノが上手いと思う。

 今日の曲など、巧みなアルペジオが必要だ。

 それでもアンジェなら、ここはこう弾き熟すだろうなどと考えてしまう。


 そこでまた、見なければ良いのにアンジェの方を見てしまった。

 そう、見なければ良かったのだ。


 うずうずとピアノを弾きたそうに、ドレスを指で叩いている。

 そんなアンジェを見て笑みを浮かべたところで、アンジェの手が大きな手に包まれた。


 聖下とその取り巻きに、アンジェがピアノを弾けると知られてはならなかった。

 だからフランツは場に溶け込むようなやり方で、違和感なくそれを止めた。

 分かっている。解っているんだ頭では。

 フランツに疚しい心など無いことも、何もかも。

 けれど心がついてこない。


 そして場内に、ざわめきが起こる。

 それは孤高の公爵と呼ばれ、社交界になど滅多に現れないフランツが、アンジェを見ながらそれは優しく微笑んだからだ。


「っ!」


 耐えられたのは、ここまでだった。

 アンジェを奪い返しに行こうと動いたところで、手首を力強く押されつけられた。


「我慢しろ」


 全てを悟っているような口調にて、我が従兄殿が真顔で告げる。

 だから俺も真顔で返した。


「何の話? 何を我慢するの?」

「何ってお前……アホの子か!」


 そこで演奏が終わり、どこかしこから奏者へ拍手が送られる。

 団長がピアノを弾き終えた彼女をエスコートし、陛下や聖下と談笑をしている。




 祖父のセレクトだろう。

 ダークミステリアスな曲調のワルツが始まった。


 俺の目線と、フランツが傍を離れたものの数秒で、アンジェの姿が忽然と消えた。

 咄嗟に左手を腰へ伸ばしたところで、携刀をしていないことに気が付いた。


 何もかもが腹立たしい。

 燻っていた苛立ちと、理解できない葛藤と……

 消化できないまま、全力で魔力を開放した。

 

 久々に魔力を使った気がする。

 家系的遺伝子で、自分にも魔力はある。それも無駄に多大に。

 しかも三属性もある。宝の持ち腐れ的に。

 けれど繊細な魔術が特に苦手だった。

 大容量でぶっ放す。それしかできなかった。


「見つけた……」


 俺の放った覇気魔力に耐えきれず、苦しむ人だかりを手で払いながら進む。

 セルゲイが両手のひらを上にあげて肩を竦めるが、知ったこっちゃない。


 探索にて、アンジェリクの場所は既に把握している。

 だが一人じゃない……今度は誰だっ!



 全く持って見知らぬ男が、人気の無い場所へ場所へとアンジェを巧みに誘導している。

 迂闊すぎる。なぜ、見ず知らずの男についていった?

 確実にピアノだ。こっちにピアノがあるだとかそんな馬鹿馬鹿しい台詞に、釣られたに決まっている。

 なぜなら俺もその手合いで、アンジェを釣った過去があるからだ。


 優男の手を捻り上げ、そのまま投げ捨てる。

 床に投げ出され転がる男を視線で威嚇しながら、アンジェの顔脇の壁に盛大な音を立てて手を着いた。


「あ、あ、シュシュシュリフェ様のお連れとは知らず……」


 ごちゃごちゃと、未だ退かずに何かを呟く男のことなど完全に無視して、眼下のアンジェに低く文句を放つ。


「無防備すぎ」


 全く理解をしていないキョトンとした表情で見上げられ、男への威嚇ついでにアンジェの泣き黒子に嚙みついた。


「痛っ」


 アンジェは大袈裟だ。歯痕が残るほどに本気で噛むわけがない。

 それでも目を見開き驚くその姿に、ゾクとした感覚が込み上げる。

 威嚇だ、威嚇。そう自分に言い聞かせ、間抜け面でこちらを見上げる男を睨みながら、アンジェの首元を噛んだ。

 その男が触れそうになった箇所を、だ。


「んっ!」

「ヒッ!」


 アンジェのくぐもった声と同時に、男が足を縺れさせながら慌てて逃げ行く。

 首筋から甘いアンジェの香りが上り鼻孔を擽る。

 制御の効かないその衝動は、噛みついたままその箇所をきつく吸い上げた。


「痛っ!! なんで最近ずっと怒ってるの?」

「アンジェが余りにも無頓着だから」


 けれどここで何故かの形勢逆転。

 ちっこいアンジェに半回転され、壁ドンされながら文句を放たれる。

 勿論、アンジェが手を付いた箇所は、俺の腰高辺りなのだが。


「はぁ? フレデリックだって大概じゃん!」

「え? 俺のどこが無頓着なの?」


 少しでも大きく見せたいのだろう、ふんぞり返ってアンジェが言う。


「だってさっきだって、ヤダヤダ言ってたくせにソフィアさんと腕組んで歩いたりして」

「なっ、それは、計画で」

「計画って何っ!」

「うっ、それは……って、怒ってるのは俺だし!」



「うえぁっへん!」



「ルロイ?」


 なぜか聖都教会の宣教服を纏ったルロイが、可笑しな咳ばらいをしながら現れた。


「ルロイは僧侶コスかぁ~」

「ふふん、どうよ、似合う?」


 俺はてっきり教会の密偵でもしているのかと思ったが、アンジェの返答からして仮装らしい。


「てか、国王と教皇があいつ連れて帰ったよ。計画成功~って、伝えにきたけど喧嘩中?」

「そう! 聞いてよルロイ、フレデリックが私のこと無頓着だって言うんだよ、自分だってなくせに!」

「は? 俺は無頓着から程遠いし!」


 ニヤニヤとはまた違う、意味ありげなニヨニヨした笑いを浮かべるルロイが、俺を見た。

 なぜそんな顔をされるのかが分からず、首を捻る。

 

「どうでもいいけどアンジェ、僕より年下に見えるね、それ」

「えぇ? 流石にそれはないって。ルロイより下に見えるなんて言ったら、十歳くらいになっちゃうよ」


 実際そのくらいに見えるので、ルロイも返答に困り口籠る。

 だから今度は俺に向かって、話の転換を試みるようだ。


「やつらが帰ったなら、僕ももう顔出していいよね? 腹減ったし」

「え? あぁ、大丈夫だろ」

「じゃ、喧嘩中みたいだし、アンジェは僕がエスコートししてあげる」

「え? や、いいよ俺がエスコ」


 言うが早いか、俺の返答を待つことなく、ルロイがアンジェの手を取り歩き出す。

 俺の知らない。知りようのない。チキューの会話で盛り上がりながら。


「アンジェ、ワルツ踊ろうよ! このハチャトゥリアンのゴシック調なワルツさぁ、ハロウィン思い出してウズウズしちゃってさぁ」

「あ! ハロウィンで思い出した! ねぇ知ってる? 魔女の仮装ってないんだよ」

「え? なんで? テッパンじゃん」

「でしょう! でもね、見渡す貴族、ほとんど魔女」

「あ! あーねー!」


「ほら、無頓着じゃん」


 そんな俺の呟きにアンジェが振り返る。

 その顔を見たら、何だかもうどうでもよくなり、笑っていた。


「で、自覚したわけ?」


 ルロイがずいっと近づき、俺の顔を覗き込んで囁いた。


「は、なんで? 俺は無頓着でも無防備でもないし、自覚するべきはアンジェだし!」

「うっわ、マジだった、マジでドンだわ、ないわぁ……」


 何がだよ!


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