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44 幻想即興曲

F.F.Chopin 作

 大変です皆さん、フェリクス様がルロイでした!

 あれ? ルロイがフェリクス様でしたかな?


 フェリクス様と言えば、恐深山に住むルビーのような煌めく赤い瞳の白竜で、この世の竜を統括する竜王様だとソフィアさんから聞いておりました。

 どこをどうしたらこの二人が、イコールで結ばれるというのでしょう。


 いや、待て。

 ルロイと言えば、恐深山からやってきた、白髪赤目のショタイケメンで白竜に変身でき、魔獣さんを従えて……


「なんで気が付かなかったんだろ」

「ピアノのこと以外、アンジェはどうでも良いからじゃない?」


 今のは完全に嫌味ですよね。

 我が上司ならともかく、フレデリックにそのような嫌味を吐かれたことがないので動揺です。


「え?」


 驚きの余り、思わずフレデリックの瞳を覗き込んだ。

 いつもキラキラと金色に輝く琥珀色の瞳に影が落ち、今日は紅茶色までくすんでいる。


「別に」


 それだけ言うと、目を逸らすどころか立ち上がり、その場を去っていく。

 追いかけようとしたところで、困り顔のジョウに止められた。


「アンジェ、何をやらかしたの? フレデリック隊長の機嫌が恐ろしく悪いんだけど……」

「や、わ、わたしのせい?」

「隊長の感情波なんて、常にアンジェのせいでしょうが」

「えぇ?」


 そんな責任転嫁があってたまるか。

 なのにジョウは決定事項の如く言い放つ。


「兎に角、きっちり謝って、仲直りしてね。頼んだよ?」

「や、待って、何を謝れば?」


 答えの替りに、大きな溜息を心行くまで吐き出された。

 そんな私たちのやり取りを、最初から見ていたらしい後方方々の戯言開始。



「なんか僕、わかっちゃったかも~」

「奇遇だな、俺も分かったぞ」

「解ってないのは本人たちだけですよ、全く……」


「え、待って。その言い方だと、フレデリックも分かってないみたいじゃん」

「まぁ、そろそろフレデリックは自覚するべきだろなぁ……」

「えぇ? マジで自覚してないの?!」



◆◇◆◇◆◇◆



 この世界に、お盆やハロウィンなどという行事はない。

 けれど、ご先祖様の霊をお迎えして、悪霊を払う系のお祭りは存在する。

 茄子や胡瓜、南瓜などはございませんが、仮装はするんですよねぇ。なぜか。


 ということで、本日の大公邸でのお召し物は、ゴシックドレスです。

 それはそれはナディア様もリリ様も楽し気に、ロリロリしたドレスにボンネットにと、私を着せ替えておりますよ。


「どうしましょう……魔法で固めてこのまま飾りたい……」

「ちょっとリリ、思い切り声に出ているわよ? でもそれならまず先に防腐を内側から……」


 リボンもフリルもレースも、何もかも真っ黒な膝丈のドレスに網タイツ。

 ボンネットにはサテンの黒薔薇が咲き乱れ、内のレースが刺し色として私の瞳色で縫われている。


「ねぇアンジェ、わたくしの部屋で一生暮らしましょう?」

「時の魔術を使って、更に透明の防腐膜を塗布し……」


 リリ様のプロポーズは、毎度のことなので慣れました。

 どちらかと言うと、ナディア様のサイコパス思考駄々洩れのほうが怖いです。


 とても仲の良い姉妹でいらっしゃいますが、性格は真逆です。

 冷静な姉ナディア様に、情熱的な妹リリ様。

 ナディア様はセルゲイ隊長のお母さまでもあり、リリ様はフレデリックのお母さまでもある。

 そしてどちらも、ヴォルフ様のご息女だ。

 

 社交界では、氷の公爵夫人と炎の侯爵夫人などと呼ばれていらっしゃるけれど、本人たちはそれが面白可笑しいようで、そのイメージ通りに振る舞うことを楽しんでいる。


 今日のドレスも、ナディア様は紫色の立ち襟がアクセントなマーメイドドレス。

 角の生えた帽子を被ったら、まんま眠れる森の魔女だ。

 リリ様は臙脂色のロングプリーツドレスに黒マント。

 こちらは王冠を被ったら、まんま白雪姫の継母だ。

 そんな二人に連れられて、大公邸の仮装パーティに出席する。


 大公邸の催しだけに、華々しい大掛かりなものかと思っていたけれど、これまた真逆でした。

 来賓は王族と厳選された有力大貴族と騎士だけで、ここに呼ばれること自体がステータスなのだと思われます。


 本日の舞台は、ロココ調の大ホールだ。

 高窓とクリスタルミラー、壮大なシャンデリアに白銀色の漆喰装飾と、天使が描かれた天井画。

 完全にネズミの国のプリンセスが大集合し、王子様とダンスをする場所ですよ。夢の国な感じで。


 カールさんの手で、重厚なホールの扉が開かれる。

 煌びやかな光の中で、優雅に佇む皆様方が、一斉にこちらへ視線を投げた。


 自身の奥様方をお迎えに、モーリス様とアルフレート様が古代仮装で歩み寄ってくる。

 いつもなら私を迎えにフレデリックも来るのだが、今日は何やら違うらしい。

 騎士団礼服のフロックコートではなく、ジャボを付けた燕尾服で我が上司がやってきた。


「え、なんで?」

「事情があります。私に合わせなさい」


 この世界にも吸血鬼の概念はある。

 だからこうなるのか、前世のハロウィン同様に、ドラキュラ伯爵風な仮装が多い。

 というか、こちらの世界の吸血鬼もまた、一目で分かるこういうイメージなのだと感心する。


 上司にエスコートされながら、ホール中央へ進んでいく。

 ふと人だかりを眺め見れば、上司とは違う色合いのヴァンパイア仮装をしたフレデリックが、ソフィアさんと腕を組んで歩いていた。


「え、なんで……」

「ですからあちらも同じくですよ」


 そこで、フレデリックと目が合った。

 一瞬だけその瞳が煌めいたような気がするのだが、すぐさま視線を外されたから定かではない。


 ソフィアさんはダーク色だらけのホールで、唯一人だけ純白のドレスを纏っていた。

 そのドレスには真っ白く大きな羽がついており、頭にはファーの輪が浮いている。


「天使さんだ!」

「貴女は呪いの人形でしょうかね」

「え? これ魔女でしょ?」

「何を馬鹿なことを。貴女は元々魔女でしょう?」

「あ、そうか!」


 目から鱗が落ちるとは、正にこのことであろう。

 この世界、魔法が当たり前にありますもんね。うんうん。


「アンジェ~。なんて可愛いんだ。可愛過ぎて出会った頃を思い出すよ」

「うぉぉぉぉ! ヴォルフ様がモーツァルト様だ!」

「フフフフフ。どうかね?」


 臙脂色のフロックに白髪のクルクルウィッグ。

 あの有名な音楽室に飾ってある肖像画そっくりのヴォルフ様が、くるりと回転しながら楽し気に言う。

 そして柔らかく微笑みながら、上司へ声をかけた。


「ビューロ公爵も息災なく何よりだ。今日はアンジェを宜しく頼みますよ」

「はい」



 ヴォルフ様と別れ、会場中央へ上司と歩み進む。


「フランツ、息災かな」


 その声が掛かると同時に、上司が完璧なボウ・アンド・スクレープを決めた。

 公爵閣下でもある上司が、この辞儀を行うのは王族に対してだけだ。ヴォルフ様にもここまでの辞儀はしてはいない。

 だから私も即様、カーテシーでお声が掛かるまで待機する。

 めっちゃキツイけど。プルプル。


 国王陛下が王妃殿下を伴なうことなく、ゆったりとした口調で語りかける。

 つまり団長のお父様である。


「フランツ、こちらの可愛らしいお嬢さんはどなたかな?」

「第四番隊の我が部下、アンジェリクと申します」

「ほぉ、アンジェリク、面を上げなさい」


 顔を上げれば、団長に良く似たイケオジが立っていた。

 隣には、ポコンとお腹の出た偉そうなおじさんも居る。

 まぁ、教皇聖下なのですけれどもね。そのおじさん。


「お初にお目に掛かります。第四騎士隊員アンジェリクと申します」

「うむ。これからも励みなさい」

「はい。ありがとうございます」


 挨拶を済ませると、陛下と聖下は、次の相手元へ挨拶に向かう。

 そこで珍しく、そっと安堵の息を吐きだす上司に戸惑った。


「もしかして緊張してたんですか? 隊長が?」

「陛下に。ではありませんよ。貴女は知らなくて良いことです」

「じゃ、聖下になの?」

「貴女は知らないほうが身のためです」


 聖下とは、我が国の教会最高指導者を指す。

 こういった夜会に、聖下が出席することなどないと思っていたのだが、宗教的な催しだからなのかお初にお目にかかった次第です。

 

 そうこうしている間に、今度はセルゲイ隊長がソフィアさんをホール最奥の舞台までエスコートする。

 そしてソフィアさんは、こちらに一礼したあと、そこに置かれた我が相棒椅子に腰かけた。


「今日は彼女がピアノを弾きます。私たちが許可するまで、貴女はピアノに触れてはなりませんよ」

「それも大人の事情ですか?」

「お願いです。どうか私たちを信じて、今日だけはお利口にしてください」





 ソフィアさんが始まりの一音を弾いただけで、その曲題が分かる。

 それほど印象的に始まるこの曲は、左手が三分割、右手二分割のポリリズムをallegro agitatoで弾く即興曲だ。


 演奏とは、奏者の感覚感性だと毎回思う。

 このallegro agitatoの捉え方が、私と彼女では全く異なる。

 だからちょっとムズムズしてくる。

 なんだかんだ言っても、弾きたくなるのだよ相棒を。


 無意識で小刻みにドレスを叩いてしまう私の手指を、そっと握り締められた。

 当然未だ隣にいるのは我が上司で、何事かと上を向く。

 少しだけ同情めいた悲哀の笑みを浮かべた上司が傾き、耳元でそっと囁く。


「もう少しです。我慢してください」


 上司の云わんとすることは、なんとなくだが分かっている。

 貴族の腹芸コミコミな、大人の事情なのだろう。

 しかも私のピアノ演奏や立ち位置が、大きく関わっていることも。

 つまり、私のためなのだ。


 だから安心してほしいと笑顔を作り、上司に言った。

「大丈夫です。みんなありがとう」

 するとその返事の意図に気づいたらしい上司は、ママンそっくりな優しい顔で笑った。


 瞬間。演奏中だというのに、ホール内がざわついた。

 けれど丁度演奏が終わり、ざわついた理由を確かめられないまま、ソフィアさんへの拍手に勤しんだ――


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