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43 スムーズ・クリミナル

Michael Jackson 作


「パオっ!」


 隊舎からの移動途中、右手の訓練場から聴こえるマイケルなパオ。

 数歩前を歩く我が上司も流石に歩みを止め、声の方向を見た。

 私も当然、怖いもの見たさで見た。


 そこには、白い中折れ帽を被ったルロイが、契約魔さんたちを従えてムーンウォークを決めている。

 さらに四十五度傾くゼログラビティに挑んだが、重力に耐えきれない契約魔さんたちが、バタンバタンと倒れていく。


「なんだよもう! 全然ダメじゃん!」


 いや、んー。

 ルロイは地団駄を踏んで怒っているが、魔獣さんの二足歩行自体、かなりの無理をさせていらっしゃるかと。

 というか、その面子で踊るならクリミナルよりもスリラーのほうが良いと思わるのですが、どうでしょう。


「アレはどう解釈し、どう脳内処理をすればよろしいのでしょう」

 真顔で戸惑う上司に

「ま、まぁ、今度の宴会芸を、練習しているという認識で良いかと」

 曖昧な返答をしてお茶を濁す。


 オロチとバジリスク討伐遂行祝賀が、三日後に行われる予定だ。


「宴会といえば、今回大公閣下から出された課題は何だったのですか?」


 珍しく、首を横に傾け、きょとんとした可愛らしい表情で上司が答えを待っている。

 この男が黒紫魔王だと存じている者に、コテリ顔など可愛いらしくも全くございませんが。

 更に、返答しづらい事柄のため、言い淀んでから呟いた。


「えっと、実に申し上げにくいのですが……アレです」


 そこで未だ踊るルロイたちを手だけで示し、視線を外して肩を竦めた。

 見る見るうちに不動明王なお顔付になられた上司は、見ることなく、人差し指で向こうを何度も指し、がなる。


「結局貴女も、あの! あの! 宴会芸に加担するということですね?」

「いや、だって、ヴォルフ様がね?」

「何だお前ら、朝っぱらからギャーギャーと」


 廊下の先から、セルゲイ隊長の窘める声がする。

 だからやっぱり窓の外を手だけで示し、全く同じ動作の不動明王(オカン)とハモった。



「「アレのせいです、アレの!」」




「まぁ! フェリクス様がマイコーを踊っていらっしゃいますわ!」


 セルゲイ隊長の後ろから現れたソフィアさんが、面白そうな話題を提供してくれた。

 だからソフィアさんの隣に駆け寄り、窓の外を眺め見る。


「え? あの中のどれがはじまりのフェリクス様?」

「アンジェリク貴女……なぜ今までお気づきにならなかったのですか」

「え? 何が?」

「ですから! ル」


「ほら、雑談はそこまでにして、今日からアンジェは彼女と一緒に訓練だ」


 柏手をパンパンと打ちながら、セルゲイ隊長が会話の打ち切りを告げた。

 真相解明寸前で、コマーシャルに入ったサスペンスドラマかと思いましたが、隊長命令なので仕方ありません。

 というか、切り替えが早いのもソフィアさんの魅力だと思います。フフフ。


「あ、そうそう、アンジェリク見てくださいませ。無事、こちらにホクロが浮かび上がりましてよ!」

「おお! 泣きホクロ同盟発足ですね! ではまず、同盟に関しま」

「そんな同盟、何の役にも立ちませんよ」

「んがーーーーっ」


 同盟の約束を決めようと口を開いたのに、首根っこを掴まれました。

 さらに後ろから抱えられ、連れ去られました。

 遠ざかっていく変顔で固まるソフィアさんが、お可愛らしいです。




「ソフィアは聖属性ならば、ほとんど使えるようになったのかな?」

「はい! 無詠唱ではまだ無理ですが、回復、毒や麻痺の解除、聖なる守りが使えますわ」


 室内訓練場には、既にロベルト隊長が居て、ソフィアさんへ確認を行っている。

 手持ち無沙汰な私は、呼ばれてもいないのに首を突っ込んだ。


「へぇぇ。すご~い!」

「フフン。覚醒いたしましたから」


 左手でドリリングな紫髪をドリドリ払いながら、ドヤったソフィアさんの鼻が高いです。

 それなのに、片眉を上げた上司が、私の声真似をしながら説教染みはじめます。

 語尾に近づくにつれ、低く恐ろし気なトーンになるのはどうしてだ。


「へぇぇ。すご~い! と言うからには、聖なる守りとはどのような魔術か分かっているのですよね、アンジェリク……」

「えぇ? や、えっと、モンスターに効く、蚊取り線香みたいな感じ?」

「カトリセンコー?」

「あー、えっと、モンスターの嫌う煙を放って、寄せ付けなくする感じ」


 地球の道具に関して、敏感な程のデッカイ耳を持つロベルト隊長がのめりこむ。

 が、上司のお説教はまだまだ続く模様です。


「ちょアンジェリク、その面白そうなお話は後でよく聞かせてください」

「は~い」

「は~い。じゃないですよ。全然解ってないじゃないですか!」


「良いですか? 聖なる守りとは、呪詛を弾く魔術です。毒、麻痺、呪い、この三点の解除と、中回復を行える者を聖女と呼びます」

「あー、はいはい。キアリー、キアリク、シャナク、ベホイムですね? 分かりますぅ」

「キア…? アンジェリク……」


 上司のこめかみ付近に青い血管が浮かび始めたので、話を急展開させないと不味いです。

 何でも良いから誤魔化せ私っ!


「ああああ、や、あ! というか、ソフィアさんは大聖女ですよ?」

「は? あぁ、いえ、まだ彼女は大聖女候補です。なぜなら大聖女は、聖女が行える全てを、より強力に、広範囲に、一気にかけることができる者を指すため、それらができるようにならないと認めていただけません」


 そこにセルゲイ隊長が補足を入れた。

 その補足を聞いて、腕に鳥肌が立つ。


「付け加えると、王都をカバーできる大結界などの防御系もかけられるようにならなきゃダメだ」

「うぇぇ、そんなの膨大な魔力をもってしても、枯渇しちゃうレベルじゃん」

「が、がんばりますわ!」

「うん。がんばれソフィアさん!」


 武者震いかな? 小刻みに震えるソフィアさんの腕を掴み、応援を声に出す。

 けれどまた上司に真似され、今度は私が震える羽目に……


「うんがんばれ! じゃないですよ。貴女もやるんです、アンジェリク」

「え? なんで? 私は大聖女様どころか聖女様でもないですよ?」

「貴女だけ、聖属性の唱えられる魔術が少ないからですよ」


 最近、魔力の枯渇を経験した。何とも言い表し難い苦痛が生じる出来事だった。

 それだけに、二度と枯渇などしたくないので、サンドイッチマンで逃げようと思います。


「ちょっと何言ってるかわからない」



 そんな私たちの話を聞いていたソフィアさんが、疑問を放つ。

 それに答える形で話は進む。


「アンジェリクは四番隊ですし、ある程度の聖属性魔法は使えるのでしょう?」

「あーうん。でも、回復とシールドだけなんだよねぇ」

「シールド? あぁ、結界のことですか? というか、毒や麻痺の解除もできませんの?」

「むぅ。なんかさぁ、イメージができないんだよね、毒を消すってどんなイメージ?」

「えぇ? 体外に放出するとか……そういわれるとイメージができませんわね」

「でしょう?」

「ですけれど、イメージができないと何か問題がありますの?」


 なので最近判明した、私の常識外れな残念加減を呟いた。


「私、詠唱じゃ魔法が発動しないんだよね……」

「えぇ?」

「多分だよ? これ、残念なモブチートなのかも」

「まぁ……お可哀想に……」


 心底心配するソフィアさんの後方で、セルゲイ隊長が指示を出している。


「ロベルト、魔力数値を測れるか?」

「勿論ですよ。お二人を測れば良いですか?」

「ま、アンジェリクには無駄だと思うがな……」


 なんだ無駄とは!

 おでこで測る体温計のような魔道具で、魔力を測るらしい。

 ロベルト隊長が、まずは私に。そしてソフィアさんに近づき、額にその魔道具を翳す。

 けれど結果は、ソフィアさんのものだけ発せられた。


「凄い! ソフィアは999ですね」

「んまぁ! カンストですのね!」

「カンスト?」

「はぁ。アンジェリクは、本当に前世のことに疎いのですわね。よろしいですか? カンストとは……」


 ソフィアさんの講義が始まると同時に、防音結界が張られた。

 向こうで隊長たちが、私たちには聞かれたくないことを話し合っているのだろう。



::::::::::



「アンジェリクは測れたか?」

「いいえ。ゼロとの表示しかされません。そんなはずがないのに」

「まぁ、想定内だな。で、ソフィアの数値は凄いのか? 祖父さんも俺も三千くらいだ。フレデリックがニ千くらいだが、フランツお前は?」

「私もフレデリックと同等です。団長やクロードは彼女(ソフィア)と同じ一千前後だったはずですよ」


「皆さん凄い…流石生き伝説……。私やテクラなどは五百もありませんよ。というより、三百台ならば王都魔導士になれますし、大聖女の条件は七七七以上ですからソフィアは楽にクリアしています」


「あ、ですがゲオルク隊長とエリックは、どの測定器を使用しても、アンジェリク同様ゼロでした」

「それは、ローレン一族は判定を弾いているということですか?」

「そうなりますね。あのゲオルク隊長やローレン兄妹が、魔力ゼロなはずがありませんし」

「やつらが五歳児検診を突破したのはそれだな。恐るべしローレン家」


「あ、それから因みに、ル、ルロイも三千を超えておりました」

「ま、まぁ、アレは特殊といいますか……」

「人間じゃないからなぁ……でも測れるのか。それなのに測れないって……ますます恐ろしいなローレン家」



◆◇◆◇◆◇◆



「アンジェ!」

 

 後方から聞きなれた声に名を呼ばれたので、振り返りながら言いたいことを言いました。


「ねぇねぇ聞いてフレデリック、ソフィアさんが凄いんだよ!」

「ん?」

「王都を包む結界を張るんだって!」


 多分これから私たちと同様に、食堂へ向かうのだろう。

 最近、副隊長に昇進したらしいジョウくんとともに歩いている。


「いえいえ、まだまだですわ。あらジョウさんもいらしたのですね」

「やぁ。大聖女に覚醒したんだってね。おめでとうソフィアさん」

「だ、だめですわよ。わたくしをそのような目で見つめても!」


 どんな目だろう。

 だからジョウくん見れば、フレデリック同様の日本刀を愛刀とするジョウくんが、抜刀体位を取っている。


「ダメだ、ジョー! 廊下で抜刀はダメダメ!」


 それをわちゃわちゃとフレデリックが宥めながら阻止しているのですが、何そのコント。

 懐かしさを感じる、エレキテルな感じ?



「そうだアンジェ、さっきフランツに、俺も宴会芸に加担する気なのかって聞かれたんだけど」

「あー、昨日ヴォルフ様から出された課題のことでさぁ……」

「あの曲カッコいいよね! なのになんで宴会芸なの?」


「それはフェリクス様が踊っていらしたからですわ! パオっ!」


 伯爵令嬢な大聖女様が、股間に手を当てパオっていらっしゃるのですが、何でしょう、この、後ろに一歩下がりたくなる衝動。

 けれどそれは私だけではなかったようで、フレデリックとジョウくんは、後ろに倒れる逆ゼログラビティに挑んでおりました。

 ヤバ。何その体勢に耐えられるインナーマッスル。


「フレデリックはともかく、ジョウ…貴方まで宴会芸に加担ですか……」

「え? や、これは、その違うんです!」


 私たちの後ろから、凍るように冷たい嫌味が飛んでくる。

 慌ててジョウくんが我が上司に言い訳をしているのだが、そこに鼻息荒いルロイが猛ダッシュでやってきた。


「ねぇちょっと! 今見たよ! フレデリックとジョウはダンサーにスカウトするから!」


 さすれば問答無用にこうなるわけで……


「えー、じゃ、隊長も宴会加担しなきゃじゃん」

「は?」

「だってフレデリックが抜けたら、主旋律のバイオリン誰が弾くの?」

「えー! 俺だって弾きたいよ、あれカッコいいし」


「祖父さんの新たなスコア話か? あれカッコいいよな。速弾きしようぜ!」

「やめてよセルゲイ! 踊れる速度にして!」


 ルロイが全力で止めておりますが、セルゲイ隊長までもが絶賛するため、何やら居ても経ってもいられなくなったらしい我が上司が言いましたとさ。


「アンジェリク、スコアを見せなさい」


 あーあ、なんだかんだ言って、結局加担側になりましたね、今。

 まぁ、仕方がないと思います。アレはカッコいいですから――





「パオッ! 茶っ! 宿直っ!」


 で、大宴会が始まったわけですが、どうしてもこうとしか聞こえない空耳発音で、ルロイがシャウトしておりますよ。


 結局フレデリックは、どうしても演奏したいと言い、ダンサーを辞退した。

 代わりにクロード隊長がジョウくんと共に、ルロイの両脇を固めている。


 演奏はいつものカルテットに、パーカスのエリック兄が加わりクインテットだ。

 今回のピアノは伴奏に徹しており、ソロもないので余所見ができる。


 ルロイの前世はダンサーだったのかと思うほど、上手い。

 歌いながら踊れるなんて最高かよ!


 ソフィアさんはノリノリで、ハンズアップしながらギャラリー最前列にて踊っている。

 それを見ていた他の団員たちも、ソフィアさんを真似して片腕を振り上げ踊り出す。


 奏者の方は全員ヘドバンしながら弾いている。

 あんなに不動明王だったくせに、上司よ、あんたも好きねぇ。


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