34 愛の喜び
Fritz Kreisler 作
「アンジェだけじゃ不安だから、僕も同席する」
「構いませんわ」
伯爵令嬢であり、乙女隊などという素晴らしき隊に所属しているという、ソフィアさんが我が寮に来た。
何が不安なのかは知らないが、朝から延々に不安だ不安だとブツクサ言い続けたルロイも勝手に添付、と。
「まず初めに、わたくしは地球という世界からの転生者ですの」
「あーねー、まぁ、そうだろうね。言動が」
「わ~い、仲間が増えた~」
ルロイから「絶対あいつも転生者だから!」と告げられていたので、驚くことなく喜びましたよ。
大事です。地球のお友達。
けれど彼女の話についていけたのはここまでで、ここから先の長きに渡る説明は、すっ飛ばしても良いのではないかと思うなりけり。
「か、簡単に受け入れられるのは予想外でしたわ……というか、仲間と言うことは」
「うん。僕もアンジェも転生者だよ」
「まぁ、そうでしたのね! ならばお話が早いですわ。では、この世界が『恋ふぉる』の舞台なのはお解りですか?」
「「こいふぉる?」」
「えぇ。恋するフォルテシモ。通称、恋ふぉるですの」
「あ、なんかそれ知ってる。スマホアプリのやつじゃね? 「さぁカレン。僕を選んで」とか甘ったるい声のさぁ」
「ぬはっ!! ル、ルロイ様は、本当に転生されたのですね……」
ルロイが誰かの物真似をしたようで、それを聞いた途端にドリリングな紫髪を躍らせながらソフィアさんが鼻を押さえ悶えておりますが、今おかしな言葉が聞こえましたよね?
「待ってください! ffは生き物なのでしょうか?」
「はい?」
「いやだって意味不明ですよね、記号が恋するなんて!」
「アンジェ~、そこどーでいいとこ! 話が先に進まない」
納得がいかないので、口を尖らせ不貞腐れるものの、見事にスルーされました。
そして、咳払いをしたソフィアさんが話を続けます。
「んっん。では話を進めます。確かに恋ふぉるの舞台なのですが……『アンジェリク』が存在している世界は、ゲオルク解放ルート、バッドエンドのアナザーですの」
彼女は一体、何語を話しているのだろう。
いや、日本語会話は十五年以上ぶりだけれど、これがいわゆるジェネギャップなのか?
特に最後の小節は全く理解不能なのですが、私だけでしょうか。
「あー、要は外伝なわけ?」
「そうです! その通りです! しかもゲオルク様バッドエンドの!」
あ、やっぱり理解不能なのは私だけでしたね。
そんな私のために、ソフィアさんがしっかりと説明をしてくれました。頼んでないけど。
「原作恋ふぉるは、前世の記憶を持つヒロイン『ワカコ・ワーグナー』が、乙女ゲームの舞台である隣国で、攻略対象の殿方たちと逆ハーレムを作るアドベンチャーゲームですの」
「ふむ。この国じゃなく、隣国が舞台なのね?」
「えぇ。けれどここは、アヴァ・マゴーニに敗北し、ゲオルク様を攻略失敗した世界なのです」
「えぇ? パパンとママンがなんだって?」
マゴーニは、ママンの旧姓だ。
先程から、ゲオルクゲオルクと聞こえてはいたが、まさかそのゲオルクとはパパンでしょうか?
けれど私の質問は、二人に届かないようです。
「つまりは、だ、原作は一世代前の物語ってこと?」
「はい。そうなのです! ちなみに、傾国の魔王ゲオルク様は隣国王と大聖女セシル様の隠し子で、しかも! セシル様は勇者ヴォルフガング様の想い人だったことが判明しておりますの!」
流石にそんな話は聞いたことありませんし、我が家族のお話ですので、完全なる否定をさせていただきました。
けれど実の娘が違うと申し上げているのに、ソフィアさんは一歩も退きません。
「いやいや他の方は知りませんが、パパンはローレン騎士爵家ですし、そんなやんごとなき感じの出生ではないです。絶対」
「いいえ。ゲオルク様はセシル様にそっくりですし、髪色、瞳の色は青灰の一族ですから、間違いありませんわ。そしてその血を受け継いでいるアンジェリクもまた然りなのです」
当然の如く力説をしておりますが、青灰の一族とは何でしょう?
なんかもうピアノが弾きたくなってきたので、退室したいのですが……
「まぁまぁ、裏話はとりあえず後回しにしてさ、で?」
「あ、そうですわね。続けますわ」
ルロイが熱くなる彼女の話を切り、本筋へと軌道修正をする。
「逆ハーを失敗したワカコは断罪されて修道院に入り、どなたの子か分からない女児をひっそりと産み、亡くなります」
「うわぁ、逆ハーだけに、失敗するとビッチ浮き彫りじゃん……つうか、何故逆ハーに手を出した」
ルロイが何やら悲観に暮れておりますが、今更ながら逆ハーとは何なのか聞きそびれて辛いです。
というか、情報量が多すぎてパニックなのですが、まだまだ続くのでしょうか、これ。
あ、続くらしいです、はぁ……ぶっちゃけピアノが弾きたいです。切実に。
「そしてここからがアナザーです。ワカコの子『カレン』が聖女として覚醒し、我がコンラート国にやってきます」
「ほぉ」
「カレンはそこで、乙女騎士団隊長のソフィア・ブルーム伯爵令嬢にイビリ倒されます」
「え? あんたじゃん」
「えぇ、わたくしは悪役令嬢なのですわ」
やはり聞こえた乙女隊。
しかもソフィアさんは隊長なのですか?
えー、いいなぁ。私も入りたい乙女隊にぃ。
「そして、母の無念を晴らすべく、攻略対象である六人の男性と恋に落ちるのです」
「うわ、また懲りずに逆ハーゲーなのか……」
「えぇ、そうなんですの。やはり逆ハーは乙女の夢ですし前世で無双してきた記憶がありますから選ぶのは必然かと」
もう逆ハーが何なのか、知らなくても良い気がします。
乙女隊さえ加入できるのであれば!
「で、その攻略対象って現実に居るの?」
「はい。まだお会いできておらぬ方もいらっしゃいますが、全員存在を確認しておりますわ」
そして攻略対象とやらの発表です。
が、すべてにツッコミを入れたくなるのはどうしてだ!
「まず、紅蓮の王獅子、ヨハン・フェルディナント・ド・コンラート様」
「は~やっぱ王子様は王道やねぇ~。んでぬるげーがデフォ」
「え? 誰が王子様なの?」
「そして、孤高の風公爵、フランツ・フォン・ビューロ様」
「は? 誰が孤高? あの口煩いママンツが孤高?」
「こ、孤高の価格破壊じゃん……」
「す、進めます! 寡黙な剣神、フレデリック・ヴァン・シュリフェ様」
「か、かもく?! フレデリックはお喋りじゃないかと……」
「だよなぁ、あいついっつも喋ってるよなぁ?」
「次っ! 冷酷無比な氷の隠密偵、エリック・ローレン様」
「きた~~~! あにぃ~~~!」
「冷酷だぁ? ただのシスコンヤローだよ、しかもアフォな」
「黙れ、次! 心優しき廃太子、ジョウ・サカモト様」
「えぇ? ジョウって廃太子なんだ!」
「もしかしてジブリの国の王子様なんじゃない?」
「んなわけないだろ……坂本はどこいったサカモトは」
「そして全ルートコンプリート後に解禁される隠れルート。難攻不落の白竜王、フェリクス様」
「ブフーーーーーーーーっ!」
「ル、ルロイ?! どうしたの、大丈夫?!」
ルロイが盛大に飲み物を噴出した。
あぁぁ、あの咳き込み方は、変なところに入ったな。ざまぁ。
そんなお可哀そうなルロイに代わり、お話を進めてあげようぞ?
「ん-。竜王には会ったことないけど、他は確かに全員いるね。みんな二つ名は全く合ってないけど」
「そんなことございません! 皆様スチルそのままで、特にフランツ様の声など耳が幸せで……」
「耳が幸せ?」
「フレデリック様に至ってはもう、目が妊娠してしまうかと」
「待ってください! 目は妊」
「ゴホゴホ。アンジェ~、比喩ね。ひゆ~」
お、おぅ。
矢張り私にはこれ以上、進められませんでしたね。
ルロイもう大丈夫? 背中叩こうか?
「で、アンジェも登場するわけだ、その恋ふぉるに」
「えぇ、ヒロインの親友ポジでしたが、裏GLでは攻略対象でしたわ」
全く意味が解っておりませんが、攻略対象たる文言には反応できました。
なので嬉々としてツッコんだのですが、ルロイに怒られました。
「待ってください! 私は音楽記号じゃなく人間ですよ!」
「アンジェ…、まだ引っ張るそれ?」
「ツッコミがソコなのですわね。GL耐性のある方で何よりですわ」
「いや、GLが何か解ってないんだよ」
「まぁ! もしかしてジェネレーションギャップかなにか?」
「いや、単にピアノバカなだけ」
二人サムズアップに励まれ、仲間外れのフレデリック気分を味わった。
地味にキツイねこれ。フレデリックよ、今までごめんね。
「ち、ちなみにさ? 竜王のライバルって誰だった?」
「クレッシェンド様とかじゃん?」
「ゴラっアンジェ!」
チッ。である。
というかいつまで続くのでしょう? もうそろそろ指が限界です……
ちょっとテーブルを、ピアノチックに指で叩いてもいいですか?
「ルートのライバルは、大聖女様でしたわ」
「大聖女様かぁ、会ったことないなぁ」
「わたくしです」
「は?」
「ですから、大聖女はわたくしです」
「いや、あんたは悪役令嬢でしょ? てか、アンジェうるさい!」
「そうなのですが、フェリクス様ルート開放時のみ、私は断罪されずに大聖女へ覚醒するのです。アンジェリク、カタカタ騒がしくてよ」
あ、怒られました。
ちっ。
「で、あんたの推しは誰だったわけ?」
「わたくしは当初はフランツ様推しだったのですが」
「アンジェ顔。その顔ダメ、フランツに失礼」
「けれど隠れルート解禁後からはずっとフェリクス様一択ですわ! わたくしはフェリクス様のために大聖女になるべきかと存じますの」
「へ、へぇ……」
「で、そのヒロインとは出会えたの?」
「いえ、それが何かのバグかと思うのですが、ヒロインが入隊しておりませんの! ですが、わたくしヒロインとお会いしたのです!」
「え? どこで?」
「あぁ、ここに居たのか。部屋にいなかったから探しちゃったよ」
話は佳境のはずですが、天然ストッパーは話をぶった切るのが得意ですよね。
何やら複数枚の紙束をヒラヒラさせながら、フレデリックが現れた。
「アンジェ、大公閣下からアンサンブルのスコアを渡されたんだ」
ソフィアさんがいるからか、ヴォルフ様のことをお祖父様呼びをやめて大公閣下と呼んでいる。
どこかいつもと違う余所余所しさを醸し出すフレデリックに戸惑うが、ソフィアさんがいるからなのか。
否、あの瞳の燻り方は、そうじゃない気がする……が、まいっか?
「どれどれ? ん? これ、二曲あるね。こっちとこっち」
二つの楽譜が入り混じってしまって、おかしなことになっている。
だからトランプを配るように、譜面を一枚一枚分けていく。
「あ、ごめん。ちょっと考え事してて、楽譜をバラまいちゃたんだ」
「え! 考え事? フレデリックが?」
いや、流石にフレデリックだって考え事くらいするだろう。
けれどどうにもルロイは納得ができないらしい。
「ねぇ、考えなきゃいけないようなことがあったの?」
「いあやぁ、まぁ、んー」
しつこくルロイに問われると、言葉を濁しながら、ポリポリと困ったようにこめかみ辺りを人差し指で搔いている。
「ほい、できた! えっと、こっちが『愛の喜び』で、こっちが『リベルタンゴ』だ」
分けられた楽譜を指さし、曲題名を語る。
すると鋭く息を吸い込んだソフィアさんが、言うが早いが私から楽譜を奪った。
「アンジェリク、楽譜を」
「ん?」
そして、間違いないと大きく頷き、力一杯断言した。
「フレデリック様、これはヒロインと一緒に弾く曲ですわ」
「「「え?」」」
ところがそこに、天然のお小言魔がやってきた。
「アンジェリク、ロベルトの試作品が出来上がったそうなので、午後の訓練はそちらに切り替えますよ」
「た、隊長ダメですよ喋っちゃ! ソフィアさんの耳が妊娠しちゃう!」
慌てて椅子から立ち上がり、長身上司の口をジャンプしながら塞ぎにかかる。
「は? 昼間から何の馬鹿を言い出すのでんぐっ、止めなさ、痛っ!」
「アンジェアンジェ、目が妊娠ね? 耳は幸せだから」
「あ、そうじゃん! ソフィアさんの幸せを奪っちゃうじゃん!」
コアラのように上司へしがみつき、塞いでいた口元の手を外した途端……
ワナワナ上司が拳を握って、私ではなくルロイに雷を落としました。
「ちょっと目を離すとこうですよ……ルロイ! 状況を簡潔に説明なさい!」
「えー、なんかぁ、あいつがぁ、フランツの声をーー」
◆◇◆◇◆◇◆
「あ、あの、フレデリック様?」
「え? あ、ごめん。ちょっと考え事してて……」
「それよりも、タンゴはフランツ様が愛する方とお弾きになる(設定な)ので」
「え? 愛する? フランツに? いや、それよりフランツってバイオリンできるの?」
「ビューロ公爵と言えば、チェリストであるカラヤン公爵様と並ぶバイオリニスト(という設定)ですわ」
「セ、セルゲイと同レベルなのか……それは凄いな」




