32 ボッケリーニのメヌエット
R.L.Boccherini 作
★ジョウ&ソフィア登場
季節は花咲き乱れる頃となり、騎士団にも新人たちが入団してきた。
そう、王都の騎士学校を卒業し、入団試験に合格した新成人の新団員。
つまり同い年だ!
入団式。忙しい隊長たちから忍び逃げ、木陰で式典表を読んで(さぼって)いると、突然目の前に影ができた。
見上げるとそこには、黒髪黒目で黄みがかった肌の塩顔イケメン少年が立っていた。
彫りの深い西洋イケメンだらけの騎士団に、この塩イケメンは貴重だと思う。
さらに、前世の国を思い出させる出で立ちの彼に、とても懐かしさを感じた。
けれど彼の名を聞いて、ファルセットな叫びを放ってしまうのは仕方がないと思います。
「アンジェリク先輩。自分は第一騎士隊に入団したジョウ・サカモトです」
「ふぁっ!」
耳ざといルロイが、私のファルセットを聞いて、どこからともなく現れ言う。
だからここぞとばかりに、ファルセットの意味を話し出す。
「何アンジェ、また楽しそうなことがあった? うお、東洋人?」
「ねねルロイ、彼、ジョウくんだって」
「え? 久石?」
「ううん、坂本」
「はぁぁぁぁ? ジョウでサカモトなの? マジかよ!」
そこにまた、(きっとサボリの)フレデリックがやってきて、ルロイにあらぬ疑いをかけた。
さすれば当然、ルロイから反撃を喰らう。
「ねぇルロイ、うちの期待のルーキーいじめないでよ?」
「は? なぜ僕がこんなのを虐めなきゃならないの? バカなの? あー、でもこれが噂の騎士学校主席卒で、既に剣王なエリートね?」
同期にそんなエリートが!
思わずほめ讃えるけれど、エリートは謙遜するものなのですね。
「そうなんだ! ジョウくん凄いね!」
「いや、自分はアンジェリク先輩と同い年ですが、五期も下で入団してますから……」
「アンジェリク先輩? ジョー、アンジェにそんなの必要ないよ、どう見てもその、ね?」
ね?ってなんだ。ね?って。
やっちゃうぞフレデリックめ!
「アンジェ、今、やっちゃうぞって思ったでしょ?」
「!?」
金色の瞳が陽の光を浴びてきらりと光る。
ゆっくりと顎を引きつつじりじりとにじり寄り、息が掛かるほど間近で脅された。
「いいよ。やってみて?」
「ひぃ~」
けれど今度のストッパーは予想外の方向からやってきたようです。
「う、嘘ですわよね……アンジェリク・ローレンが騎士団に!?」
明らかに場違いな口調とトーンと私の名がプラスされ、一同が振り返る。
するとそこには、藤色の髪をドリドリドリリングさせた、釣り目の貴族令嬢がいた。
「お初にお目に掛かります。ブルーム伯爵が娘、ソフィアですわ」
「おお、ご丁寧にありがとうございます。私は第四騎士隊所属のアンジェリクです」
私はお利口なので、ちゃんとご挨拶ができますよ?
けれどフレデリックとルロイはご挨拶よりも大事な事柄があるようで、矢次に彼女へ質問します。
「あーえっと、ここは団員以外立ち入り禁止なのですが」
「いえ、わたくしは乙女騎士団隊員ですわ」
「はぁ? 騎士団員なの? じゃなんで隊服を着てないの?」
「それは、乙女騎士隊の隊服が送られてこなかったからですわ」
是が非でも問いたい内容が彼女の口から発せられたのに、時は無常です。
風魔法を操り、疾風の如く登場した我が上司が、厄介任務を告げました。
「あぁ、皆こちらでしたか。アンジェリク、今年の公開演技は貴女に決まりましたので」
告げられた言葉に素で返事をしたのですが、最後まで言うことなく、隣にいたフレデリックに手で口を塞がれました。
「えぇ? めんどく、むぐぅ」
「貴女今、フレデリックに止められなかったら何と言おうとしたのでしょう。めんどく?」
さすれば当然始まるオカンの小言。を、彼女が止めてくださいました。
「あ、あの! ビューロ公爵でいらっしゃいますよね」
「……。いかにも。ですが、ここは団員以外立ち入り禁止ですよ」
「いえ、わたくしは乙女隊のブルーム伯爵が娘ソフィアですわ」
私は貴族じゃないので、そういったマナーは皆無だ。
けれど騎士団員ではあるので、騎士団のマナーは知っている。
騎士団は実力主義だ。だから、貴族社交や生まれを出すことは禁じられている。
よって我が上司が、静かに怒りを放っている理由が分かる。
フランツ隊長ではなくビューロ公爵と呼び、自身も伯爵が娘と自己紹介したからだ。しかもドレスで。
まぁ、なんやかんやいつも怒っている人なので、そこら辺はスルーしよう。
それよりも、先ほどからとても素敵な隊名が聞こえてくるのですが、そんな隊があるとは五年も居て知りませんでした。
なので居ても立ってもいられず、上司に問いただそうと思います。
「隊長、乙女隊って何? 私も乙女隊にはいり」
けれど言い終える前に断固たる否定をされました。
「そんな隊はありません。仮にあったとしても、貴女が行けるわけないでしょう? そんなことよりも演技の件で団長が」
そんな上司も言い終える前に断固たる確定をされました。
「乙女隊がないなんて……もうアナザー確定ですわ!」
「あ、あのアンジェリクさん、少々お話がございますの。お時間をいただけまして?」
「お話? あーでも今日は式典後、ヴォルフ様たちとお食事会があるので……」
「ふむ。では、明日にでも。そちらにわたくしが伺いますわ」
それだけ告げると、彼女は美しい辞儀をし去っていく。
そこに魔法陣が現れ、セルゲイ隊長がやってきた。
「おいアンジェリク、余興演技なんだが、ジョウ・サカモトという新人が相手でな?」
「ん? セルゲイ隊長、ジョウくんならそこに居ますよ?」
なぜか青褪めカチンコチンなジョウくんは、自分の名を呼ばれて初めて呼吸を再開したようだ。
「も、申し訳ありません、自分がジョウ・サカモトです!」
「まぁ、無理もないよねこのメンツじゃ、ドンマイ」
「いえ、あの、えっと……はくりゅ」
「おお! 丁度良かった、君もこの場に居たんだな。余興演技なんだが――」
ルロイとジョウくんが何やら話しているところに、セルゲイ隊長が加わった。
「マイハニープリンセスアンジェ!」
気のせいだと思いたいが、今、エリック兄はフレデリックの影から出てきたような。にょんと。
いや、本当にまんま、地面に映る影ね、影。
プリンセスで思い出したけど、なんかもうエリックはマジシャンでいいんじゃね?
テンコーっぽく。
「ちょ、エリックお前、今俺の影から出てこなかった?」
「フフフフフ。そんなことより、僕のメイプルアンジェが可愛いことを褒め称えよう。皆で!」
「はぁもうさぁ、何でもありだなお前ら。僕もビームの練習しようかなぁ」
ルロイのその言葉で、その場に居たほぼ全員が、一斉に同じ言葉を放つ。
「「「「ビーム?!」」」」
「だから何故貴方たちは、いつもいつもビームに異常過剰反応を示すのですか…セルゲイ貴方も一緒に叫びましたね?」
「いや、ビームだぞ? ロマンだろビームは!」
上司とセルゲイ隊長がぎゃいのぎゃいのやっているところに、魔道具のテレポートで団長が現れた。
「はぁぁ。おいお前たち、雁首揃えていつまで馬鹿をやっているんだ」
「あ、団長だー。だってルロイがビームの練習するって言うから」
そこで団長が、勢いよくガっとルロイを見る。
けれど口惜しそうに、邪念を振り切る。
「否、ダメだ時間がない。至極心惹かれるがその話は後で聞こう。アンジェリク掴まれ。このまま移動する」
ついと団長の腕が私へ伸び、そのままひょいと抱き上げられた。
この場合の移動とは瞬間移動のことで、ロベルト隊長が作った魔道具を使い、ぐにゃっと飛ぶ。
このぐにゃっとが曲者で、胃が搾り上げられる感じがして苦手だ。
「うげぇ。テレポート苦手」
「何人もを迎えに出したというのに、いつまでも来ないお前が悪い」
「それ私悪くないじゃん。お迎えの人たちが悪いんじゃん」
「まぁそうなるな。だからといって、時間的にもうテレポートは回避できん」
「うげぇ」
ジョウくんに向き直った団長が、テレポートを発動する前に言い残した。
「ジョウだね? すまんがこの者たちとともに来い。後のコレとの演技に期待する」
「はっ!」
「ホゲェ~~」
「ホゲェ~~」
「あぁ、可哀想なアンジェスイートハニーエンジェル……」
「おいフランツ、このバカは影移動するからほっといて、他は一気にいけるか?」
「いやだなぁ、僕もみんなと一緒に行くよぉ。てか連れてって?」
「僕が皆を乗せてもいいよ? 急いでんでしょ?」
「いやルロイ、会場が大混乱になるから、それはやめた方がいいよね。俺がジョーだけでも峰で飛ばそうか?」
「み、みねで飛ぶ? いや、フレデリック隊長それは……」
「全員でなければ意味がありませんよ。セルゲイ、高さ十のゲートを。そこから一気に行きましょう」
「了解。お前らいくぞ、一列に並べ」
土魔法が唱えられ、轟音と共に地面が迫り立つ。
まるでエレベータのように一気に地面が上昇する。
それはどこまでも高く高く這い上がり、遥か彼方に壇上が望めるほどまでになって漸く止まる。
そしてそこからは追い風の暴風が彼らの背を押した。
「ひゃっほ~~~ぅ~~~!」




