28 タイプライター
Leroy Anderson 作
SIDE ルロイ
「もしかして、貴殿はチキューからの転生者か?」
何気なく呟いた僕の言葉に反応したセルゲイが、深緑色の瞳を大きく見開き僕に問う。
地球の発音が外国人チックなのが気になるけれど、それでもその言葉にドクンと胸が波打った。
前世では面倒くさがりの不登校で、巨大掲示板やSNS依存症だったため年齢よりも耳年増。
さらにIQ高めの高飛車、協調性皆無でこだわり強し。
そんなだから、体育会系の脳筋陽キャが目の敵にするタイプの王道を、突っ走っていたと自負している。
それでも最期は、母親と弟を庇って死んだ。
今まで迷惑をかけてきたから、これで良かったんだと思っている。
だからなのか、夢枕にチートを囁く声が聞こえていた。
全ドラゴンスキル習得。
称号・白竜王獲得。
全能力値カウンターストップ。
これより孵化を開始します――――
こうして、転生したらドラゴンだった件。
そんな感じのこの数年間、紆余曲折ありきで人間への擬態を覚え、人語を習得し、気配を消すにまで至った。
そこで現れたこの男セルゲイは、自分は魔導師で王国騎士団員だと言う。
チートなドラゴンに転生して無双三昧だけれど、やはり人間世界に未練はある。
さらに、僕の状況と酷似している知り合いがいると仄めかすような物言いに、至極興味を唆られた。
「なんでそう思うの?」
それでも簡単に、誰彼もを信じることはできない。
だから逆に疑問を投げかけ誘導する。
「いや、祖父さんがチキューからの召喚者なんだ。あと、俺はまだ会ったことはないが、騎士団員に転生者がいる」
「へぇ」
心の動揺を隠し、素っ気なく答えるものの、もうその二人に会いたくて仕方なかった。
だからセルゲイが王都に帰還したのを見計らい、いそいそと気配を辿って飛来した。
だが、屋敷の結界を破って庭に降り立ったため、殺気立ち飛び出してきたセルゲイと再会する羽目になったのだけれど。
「やぁセルゲイ! 僕も騎士団の入団試験を受けてみようかと思ってさ!」
「はぁぁ?」
◆◇◆◇◆◇◆
「アンジェ、実は僕…変身できるんだ!」
フランツの小言を遮り、アンジェリクにゲッツした。
すると物凄い勢いで身体ごと振り向いたアンジェリクは、ネオンブルーの瞳を更に爛々と輝かせて、斜め上の返答をする。
「ビームは?!」
「え? や、あ、ビームは出ない。で、でも口から灼熱の炎と凍える吹雪は吐き出せるよ!」
がっかりされるかと思ったが、マリン色の宝石のようなその瞳の輝きは増すばかりだった。
「すごいすごいすごい!!! やば。ファイヤーブレス!」
フレデリックの眉尻がアンジェを見ながら下がるだけ下がり、フランツは両手で顔を覆いながら空を見上げている。
ジョージに至っては気配を完全に消し去り、空気と化す。
「じゃ、いくよ? 見てて! ジャーーン!」
こうして人間への擬態を解き、本来の姿へ戻ったのだが、僕は何一つ嘘は吐いていない。
変身はしていた。人間に、だけど。
周りはドン引きするか気を失うかだが、アンジェリクだけはテンション高く飛び跳ねる。
「うわーーーー! ドラゴンに変身できるとか、神か!!」
いや違った。
もう一人、金色の瞳を輝かせたテンションマックスなのがいた。
「うわ、初めて見た! チョーマジヤバイ!」
多分、微妙に語尾イントネーションの違う感じからして、この言葉を教えたのはアンジェリクだろう。
けれど僕に全く恐れることなく、純粋に興奮喜ぶ姿から、この男も相当強いのだと悟った。
だから最初はアンジェリクを乗せて共闘する算段だったが、急遽変更することにする。
「フレデリック、乗って!」
その言葉で興奮が骨頂に達したらしいフレデリックは、アンジェリクを見やり、親指を立てる。
けれど、納得のいかないアンジェリクは、そんなフレデリックを無視し、僕を睨んで飛び跳ね続ける。
「ズル! 私だって乗りたい乗りたい!!」
そこで、この場で二番目に強いであろう男が正気を取り戻し、地団駄を踏むアンジェリクを押さえつけた。
そしてフレデリックに目配せしながら、未だ喚くアンジェリクへ説教をはじめる。
「もうすぐ成人だと言うのに、貴女はどこの子供ですか!」
「だってぇ! フレデリックだけズルじゃん!」
「俺で良かったの?」
からかうような探るような声を伴って、フレデリックが僕に飛び乗ってくる。
「僕、効率厨なんだ。この場はフレデリックと組むのが一番早いでしょ?」
「コーリツチュー?」
「あー、最短時間でミッションをクリアすることしか考えてない奴。ってこと」
「なるほど、覚えた! でも俺もコーリツチューだな」
そうだろうな。
容姿は全く違うけど、フレデリックの醸し出す雰囲気は、あれだ。
前世で大好きだった漫画の主人公。
あらゆる敵をワンパンで倒しちゃう、俺tueeeなヒーロー。
フレデリックには髪があるけれど。
「モロ! 貴様は皆と西から回り込んで追い立てろ!」
『御意』
「モロじゃなくてゾフなんだけどなぁ……」
ジョージがモニョモニョと俺の指示に文句を放っているが、そんなものスルーするに決まっている。
「帰ってきたら乗っけてねーーーーーーー!」
未だぴょんぴょん跳ねて手を振るアンジェリクに一度だけ頷き、空へ羽ばたいた。
「その刀は氷山を斬れる?」
剣ではなく刀。
ジョージの槍斧、フランツのレイピア、ローレン兄妹のダガー、そしてフレデリックは日本刀だ。
「どうかなぁ、魔獣以外を斬ったことがないけど、大蝦蟇を凍らせるの?」
玉虫色に変色しながら大蝦蟇の口から吐き出される魔力を、顎で示しながら返答した。
「あれを吐き出されるのが面倒だし、凍らせるのが早いかな、と」
「あー、オッケー。じゃ、ギロチンじゃなくて薪割りでいくね」
なんだろう、このノリの軽さ。
嫌いじゃないけどさ。
でも一応この大蝦蟇は上位ランクの魔獣だし、もうちょっと警戒してあげたりさ。
じゃないと合体した彼らが報われないんじゃない?
「薪割りって、あれを一撃でいく気?」
「え? 一撃以外に何があるの?」
生まれたてとはいえ、竜王と呼ばれるこの僕が、ちょっと引いた。
ドンまでいかない、ビキって感じ。
やっぱりフレデリックは『サイタマ』っぽい。
この男、敵だとしたら僕のことも一撃必殺で挑んできそうで怖い。
まぁ、負けないはずだけど。多分。
フェンリルたちに追い立てられた大蝦蟇が、沼を抜け、開けた大地に足を踏み入れた。
そこでヒラリと旋回し、大蝦蟇より先に、氷の魔力を吠え射出す。
吐き出された細氷は光を受け、煌めきながら辺り一面を白く染めていく。
「うわ~! ダイヤモンドダストだ! 綺麗だ~!」
まるで子供のようなその物言いに、アンジェリクと同じ波動を感じて思わず噴き出した。
どうやらこの二人は、規格外とかメンタル幼児とか、色々な意味でお似合いなのだろう。
もう一度大きく旋回し、大蝦蟇が凍ったかどうか確かめる。
「うん、流石ルロイ、バッチリ凍ってるね! じゃ、俺の番だ、行ってくる!」
そう言うが早いか、フレデリックが抜刀した刀を大きく振りかぶりながら大蝦蟇に向けて飛んでいた。
下から叫ぶアンジェリクのボケに、意味もわからず乗っかるフレデリックも大概だと、ちょっと笑いそうになったのは内緒だ。
「そこだフレデリック! めーーーーん!」
「め? メーーーーーーーーーン!」
なんだこれ。でもちょっと、ちょっとだけ楽しいな。




