24 そりすべり
Leroy Anderson 作
★ルロイ登場
「ゼラチンをお水でふやかしたら、こうやって温めた牛乳に混ぜ溶かして、そこにお砂糖もこんくらい加えるじゃん?」
この世界の秤は、理科の実験並みに面倒だ。
分銅を使って、天秤にするからだ。
何故、こういう地道な作業こそ魔法で片づけないのかと不思議に思うが、何でか操作が古めかしい。
だから目分量が正義だと思う。こまっかい上司に見つかったら怒られそうだけど。
「セルゲイ隊長、ここに氷作って。小さめのやつをゴロゴロたくさん」
「おお、わかった」
魔法は楽チンだなと思う。
魔導師でもあるセルゲイ隊長は、繊細な魔術も楽々こなせるので素晴らしい。
魔法と魔術の違いを座学で習った気がするけれど、深くは考えない。
考えるな、感じるんだ。
ま、こう、『あーねー』だったはず。
便利だよね、あーねー。
氷で一杯になったボウルに塩と水を加え、そこにゼラチン入り牛乳のボウルを浮かべる。
「で、これを泡立て器でまぜるんだけど」
「待てアンジェリク、なぜ今、氷のボウルに塩を入れた?」
そんな当たり前のことを、さも重大なことのように問われて困惑する。
だから眉間にシワを寄せて言い返す。
「ん? 塩は氷を速く溶かすからじゃん。小学校で習ったでしょ?」
「お? ニュー単語だ! ショーガコーって何?」
「待て待て、そんなことより、塩で速く溶かしてどうするんだ」
「えぇ? 氷点降下でしょ。一気にこの温度を下げたいからじゃん」
「「ヒョーテンコーカ?」」
ちっ。そこからか。面倒だな。
当たり前のことを説明するのって、凄く難しいよね。
1+1は、どうして2になるんだ? とか、あいうえおは何故あいうえおなんだ? とかさ。
そう言えば昔、留学中の友人に、なぜ日本人は注文時に、「俺カツ丼。とか私ハンバーグ。っていうの?」と問われたことがある。
何故と聞かれても、当たり前だから説明できなかったのだが、友人に指摘をされて気がついた。
「それって、アイアムカツ丼じゃん? いや、お前は人間だろ、とさぁ」
そこで考えた。「するわ!」とか「で!」が、足りないだけなのではないかと。
私はカツ丼にするわ! 私はカツ丼で!
ね、伝わるじゃん?
だからこれも同じようなものだと確信し、セルゲイ隊長に断定した。
「氷点降下で!」
「お、おう?」
ほおら伝わった。
何となく疑問符だったかも知れないけれど、ドンマイ!
「で、こちらをメレンゲを作るように泡立ててください」
「よし、任せろ!」
とろりとし始めるソレを見て、厨房全体が盛りに盛って湧き上がる。
たまらずフレデリックがティースプーンをボウルに突っ込み味見した。
琥珀の瞳がとろけるように金色と輝き、なぜかその場で足踏みをしだす。
それも高速で。
フレデリックの瞳が金色に光る時は、良くも悪くも興奮している時だ。
従兄弟ゆえ、それを知っているのであろうセルゲイ隊長もまた、我慢できずにスプーンを突っ込んだ。
すると、茶で縁取られた深緑の瞳がキラッキラと輝き、やはり高速の足踏みを始める。
何なの? その従弟で奏でるタップダンス。
けれどそこで、何かに反応した二人が同時にピクリと揺れた。
私には全くわからないが、二人はアイコンタクトにて話が進んだようだ。
「ちょっと所用ができた。一旦席を外すぞ」
セルゲイ隊長が和かにそう言って、厨房を後にした――
無事なんちゃってホイップクリームが出来上がったものの、シフォンケーキは作れないので、待つ間に簡単なお菓子を作り始めた。
目分量で砂糖、牛乳、バターを鍋に入れて溶かし、もったりするまで弱火で煮詰めて出来上がり。
あとはバッドに流しいれ、固まったら切り分けるだけだ。
そこでセルゲイ隊長が帰って来た。
けれどそのお隣に、小さな男の子を連れて。
完全なる白髪で、瞳はルビー色。肌も透き通るように白い。
「え、セルゲイ、いつの間に子どもが生まれたの?」
「え? じゃじゃ、ヴォルフ様のひ孫?」
「待て、勝手に話を進めるな。こいつは、俺が今回の任務中にスカウトしたんだ」
セルゲイ隊長の声が、微妙に裏返っていたけれど、聞かなかったことにしよう。
問題は最強の魔導師と名高いセルゲイ隊長が、スカウトをするほどの優秀な子だと言うことだ。
けれど私にはそんなことよりも、もっと重要な案件があった。
この子は確実に、私より幼い。これつまり……
後輩だ〜〜〜〜! ひゃっは~っ!
「すごいねぇ。そんな小さいのにスカウトされちゃうほど強いんでしょ?」
「僕、言うほど小さくないけど?」
これは誰もが通る道、泥酔している人間ほど酔ってないと言い張るアレだ、あれ。
だからそこはスルーしてあげようと思う。寛大な先輩として。
「自己紹介をしていませんでしたね。私は第四騎士団員のアンジェリクです。みんなからはアンジェ先輩って呼ばれています」
「え? アンジェのことを、そんな呼び方してるの一人も知らないよ?」
面白おかしそうに茶々を入れてくるフレデリックを、キッと睨みつけた。
「ごめんね。本当の名前はあるんだけど、掟で番にしか言えないんだ」
「番?」
「あー、運命の伴侶って感じかなぁ?」
「へぇ。運命の伴侶か……」
そう言いながらフレデリックが私を見たが、そんな掟があるとは存じ上げないため、肩を竦めるだけにとどめて受け流す。
「ただ、山では皆、僕のことをリュ」
「あーーー! こいつはとは恐深山で知り合ってだな、身寄りもないし俺を頼ってきてくれたんだ。でも確かに名前がないのは不便だな、あだ名だけでも決めた方がいいな!」
「あんな魔物だらけの、魔素が濃い山に住んでいたのか……」
恐深山と言えば、ドラゴンが統治する山だ。
険しく断崖絶壁が多く見受けられ、魔素が濃すぎる為に人間は長期間の滞在で異常をきたすとも言われている。
そんな人里離れた場所に、親のいないこんな小さい子が住んで居たのは、フレデリックが悲観するのも無理はない。
そこに捨てられたのだと思うからだ。
「……ルロイ。そう呼んで?」
彼が突拍子もなくそう告げた。
途端に脳裏に重なるスレイベル音。
幾多もの鈴の音が浮かび、赴くままその曲をピアノで弾いた。
ところがそこで、予期せぬ言葉をルロイが呟いた。
「ク、クリスマスの曲だ……」
その発せられた言葉に驚き、目を見張る。
この世に、クリスマスという概念はない。
宗教は勿論あるが、それがキリスト教ではないためだ。
だからそのような言葉を口にする即ち……
「ルロイは転生者なの?!」
そこまでの経緯を確かめた後、柔和に笑うセルゲイ隊長が、口笛を吹きながら去り際に呟いた。
「どれ、俺はホイップクリームにあうケーキを作ってくるかな――」




