21 情熱大陸
T.Hakase 作
「ヴォルフ様、日本の偉大なるバイオリニストが作った曲がありまして」
「ん? もしかしてタロー?」
「おぉ! そうですそうです、ご存知でしたか! で、曲がですね?」
それならば話が早いとばかりに、本来はバイオリンで奏でる主旋律をも含め、ピアノでさらさらっと弾いてみる。
「こんな感じなんですよ。でも、楽譜を見たことがなくて、うろ覚え聴奏です」
「この曲知っているよ。ジョーネッツ タイリ~クだね!」
そこでヴォルフ様が、執事のカールさんに指示を出す。
「カール、バイオリンを持ってきてくれるかい?」
けれど毎度おなじみな、カラヤン家の執事たるもの〜なので、既に用意をしていたようだ。
ケースからヴァイオリンを取り出しながら、ヴォルフ様が言う。
「うーん。イメージが広がり湧いてきた。私がアレンジを弾くから、アンジェはピアノを弾いてみてくれるかな?」
「はい!」
矢張りマエストロは格が違う。
初見で編曲ができるらしい。しかも……
「ヴォルフ様のアレンジ、すっごくカッコいい!」
演奏中、たまらずそう叫べば、ヴァイオリンに顎を乗せたイケオジのウインクが飛んでくる。
それならば私も、それに合わせてこのようにアレンジしてみせよう!
すると私の変化を察知したヴォルフ様が、アイコンタクトで私のアレンジソロを促してくれた。
やばい。楽しい〜!
いつもと様子の違う楽曲に、何事かと皆がホールに集い出す。
曲の終わり頃には、ナディア様を始め、カール様の首までメトロノームのようにリズムに合わせて横に振れていた。
「ということで、これをフレデリックと弾きたいんです! なぜなら…」
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※アンジェ回想では、時系列がズレます。
ご注意ください。
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十四歳になりました!
早いもので騎士団へ入団して四年の月日が流れたのですが、来る日も来る日も魔力馴染ませ制御馴染ませ制御、たまに団長のテスト。
で、未だ一度も遠征に出たことがありません。
身長も百五十センチの壁を超えられず、他の女性団員のようなしなやかな筋肉もなく、ミニミニモッチモチです。
器具を使用した筋トレにも精力的に励みましたが、顔面の血管が切れるほど力を入れても、どこもかしこもモッチモチです。
なぜだーーーーー!
ですが、お胸の下着は買いました。
テクラ隊長に引きずられて、仕方なく渋々にですが。
こちらはなぜか徐々に徐々にタユンタユンのボインボインです。
いらないのに……
他の皆様は相変わらずです。
両親には(我が上司がうるっさいので)月に一度、お手紙を書いて近況報告をしています。
エリック兄もブレることなく妹馬鹿ですし、フランツ隊長は髪結いの技術が向上しました。
お陰で毎回私の髪型が女性団員の憧れにまでなっており、ちょっと鼻が高いです。
ファッションリーダーっぽい感じで。
そのうち、アジェラーとか呼ばれちゃうかも知れません。
フレデリックに至っては、もう面倒なので隊長呼びをやめました。
ピアノを弾くのにフレデリックの部屋へ入り浸っているため、エリック兄よりも一緒に過ごす時間が長く、もうこれ家族でしょう?
ヴォルフ様と大公邸の方々も皆様お元気です。
ヴォルフ様はますます若々しくなって御成ですし、カール様には最近余り抱っこをされなくなりました。
重くなったからではなく、大人になったからですからね!
さらに、大公邸に私のお部屋ができました。
相棒とみっちり練習したいときは、そのまま邸宅にお泊まりしています。
また、リリ様やナディア様からいただいたドレスが増えたので、その置き場所にも一部屋いただきました。
大公邸は広いので、一室や二室くらい、どってことないらしいです。ありがたや。
そういえば!
ヨハン団長から、頑張って魔力のコントロールができるようになったご褒美にと、まさかのグランドピアノをいただきました。
ややや、いただいたと言うと語弊がありますね。
隊舎の大広間(と言う名の宴会場)に、自宅にあっても使わないらしいピアノを設置してくれた感じです。
国に五台しかないグランドピアノを所有している団長。
やはりヨハン様は、いつの世も凄いですね。
そして本日、初陣しました! おめでとう私!
私の下には既に三期も後輩がいるのですが、その一番下の新人たちよりも遅い初陣ですけれど……
「仕方ないよ、アンジェより年下は未だに居ないしさ?」
などと同期や先輩たちは皆は慰めてくれますが、体格的にも能力的にも劣っていると自負している分、不安が募ります。
こと、後輩たちに「アレでしょ? 使えない女児」などとヒソヒソ言われると、流石に堪えます。
だから後輩たちに認めてもらおうと張り切り、自分でも結構活躍できたんじゃないかと思うのですが、尊敬してもらえるどころか、目も合わせてくれません。
なぜだーーーーーっ!
「やぁおかえりアンジェリク。初陣は大活躍だったって?」
クロード隊長が、討伐隊の出迎えがてら声をかけてくれた。
初めて貰う称賛に、喜び破顔をするものの、ちょっと伸びた鼻っ柱をへし折られました。
それはものの見事に。
「大活躍ではなく大混乱を巻き起こしただけですけれどっ」
我がクッソ上司が戒めを断言し、白目になっておりますが何か?
ちっ。
凱旋早々にパイアとワイバーンの肉が振る舞われ、葡萄酒も数樽置かれている。
皆のお腹が程よく満たされた辺りで、ヨハン団長に呼ばれた。
「アンジェリク、皆に一曲弾いてやってくれないか」
「フッ」
「な、なんだその悪い顔は……」
「フフフフフ。実は団長がそう言ってくれるんじゃないかと思って、準備をしていたのですよ」
眉毛を上げ下げしながらそう発した途端、団長の隣に座る、我が上司の眉間に皺が寄る。
「ここのところ、フレデリックと二人でコソコソやっていたアレですね」
そこで、間髪入れずに私の後ろから反論が放たれる。
「違います。二人ではなく三人です」
振り向けば、ラテンな太鼓を肩に担いだ我が兄エリックがいた。
◆◇◆◇◆◇◆
ゆったりとフレデリックのヴァイオリンが始まると、その切ない音色に皆の口からため息が漏れる。
そして余韻を残しながらもヴァイオリンの前奏ソロが終わり、私のピアノのリズム伴奏が新たな章の始まりを告げる。
そこから手拍子が一人二人と増え始め、中奏からエリック兄の素手で叩くラテン太鼓が加わってくると、何人かはたまらず立ち上がって踊り出す。
「ハッ!」
エリック兄の掛け声とともに、ソロが順番に移って行く。
フレデリックのアレンジソロは、ヴォルフ様とはまた違ったラテン風のソレで、そんなアレンジを聞かされた日には、私のピアノソロも負けじとラテンになる。
椅子の上に登り、タオルを投げ縄のごとく振り回して踊る団員と、エリック兄を真似て机をコンガ化して叩く団員に、警笛をホイッスルにして吹きまくる団員と……
ヨハン団長はグラス片手に。フランツ隊長はなぜかジョージ隊長に肩を抱かれ、テクラ隊長とクロード隊長はシャルちゃってウイっちゃうラテンなダンスを踊り、見渡せば、その場にいるみんなの歯が見えた。
ハカセ様、貴方は異世界でも偉大でした――




