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17 月光 第一楽章

L.v.Beethoven 作

ピアノソナタ 第14番 嬰ハ短調 作品27-2 「月光」


「はぁぁぁ、ベートーベン様が弾きたい……」


 珍しく訪れた隊舎の食堂で、朝ごはんを啄ばみながら呟いた。


 今日は連隊で挑む大規模魔獣討伐が決行されるため、その準備に忙しいフランツ隊長(オカン)から、朝食を用意できないのでこちらで食べろとの指示があった。

 だから久々に同期たちと和気ワイワイ楽しく食事ができると思っていたのに、現実は世知辛いです。


「お願い。アンジェはあっちで食べて。落ち着かない」

 と、同期たちから断られてしまいました。



「おっと? また知らない単語がでてきたぞ。ベーなんだって?」

 フレデリック隊長がそう言えば

「誰だそいつは! 僕のシュガーアンジェに溜息を吐かせるなど許せまじ!」

 エリック兄がそう応える。


「はいはい、ベーさんはどうでも良いですが、そうやってフォークで豆を突かない! 食べ物で遊ぶなど淑女にあってはならないことだと何度言ったら分かるのですか」

「どうでもよくないもん! お豆のほうがどうでもいいもうげごっ」


 鼻をつままれたから口を開けば、その瞬間を逃さぬよう豆を乗せたスプーンが口の中へ投入された。

 ざわざわっとした舌触りの豆味が、口の中に広がって飲み込めない。


 目の前に座っているフレデリック隊長は、自身の皿の豆と私の顔を何度も見比べながら食べることを躊躇し、エリック兄に至っては、いまの私の表情を模写したのであろう、もっしゃりした酷い顔で言う。


「オウ。マイスウィートアンジェ…なんて可哀想なんだ」


 そこで私の隣に陣取り、お豆を私の口に突っ込んだこの方が兄に嫌味を放つ。


「何が可哀想なものですか! そうやって貴方が甘やかすから、こんな好き嫌いだらけの子になったのでしょう?」


 けれど本日はストッパーが降臨したようです。


「おーい、そこの母子、今日はよろしくな!」


 第五騎士隊のジョージ隊長が、マグカップ片手にフランツ隊長の小言を一蹴した。




 ジョージ隊長は多分、父ゲオルクと同年代だと思う。

 フサフサな樺色の髪はまるでライオンの鬣のようで、頰に大きく走る傷が獰猛加減を増している。

 百戦錬磨の百獣の王という出で立ちだ。


 それもそのはず。

 第五騎士隊は魔獣討伐の専門部隊で、魔獣や魔道具などのアイテムを駆使して戦うことを得意とする。

 ジョージ隊長は槍斧の腕もさることながら、強力な聖獣を飼い慣らしていると聞く。


 そして、片や我が第四騎士団は救護隊。

 十名ほどで編成された班が十班あり、一班ずつが各隊に出向き合流している。

 今回、お目付役のフランツ隊長がいる我が班は、ジョージ隊長率いる五番隊に合流し、演習を行う予定だった。



「シュガーアンジェ、討伐は危険が一杯だから、今日はお休みしよう。そしてベーなんとかを弾けばいい!」

「やめなさい! そんなこと言ったら本気で休もうとするでしょう! 騎士団の役目を何だと思っているんですか!」


 エリック兄にガミガミ怒鳴る紫オカン(上司)を無視して、フレデリックが豆をつつく。


「あ〜あ、アンジェの班は五番隊かぁ。一番隊となら良かったのに。そしたら守れたし」

「おやおやフレデリックわかってないな、僕のハニーアンジェは僕が守るから可愛いんだよ」

「えー、じゃあ俺が守ったらアンジェの可愛さが半減するの?」


 そこでエリック兄はハタと考え、合点がいったように手筒を叩きながら断言する。


「いや、それはない。減りはしないんだよ、増えるだけで!」



「はぁぁぁ。だからそうやって貴方がたが過保護にするから、ジョージ隊長にお願いしたのですよ。ほらアンジェリク食べちゃいなさい。食べないなら?」

「わ、わ、わかったから、お鼻つままないで!」


「フランツよ、どう見ても一番過保護なのはお前だと思うんだが……」

 苦そうなコーヒーを更に苦々しく飲むジョージ隊長の呟きが、空しく響く。



◆◇◆◇◆◇◆



 この世界には病院がない。なので当然、医師という職業もない。

 代わりに、病気や怪我は教会の聖職者によって治してもらう。

 けれどそれも万能ではなく、医療と変わらず治療のできないこともある。


 また、軽い怪我や病気などは、薬草を煎じたものや聖女が作るポーションで治す。

 いわば市販薬や処方薬のようなものだと思う。


 前世のお医者さんも成るには難しく激務だが、高給であり名医だのゴッドハンドだのと呼ばれる方々がいた。

 それと同じく、今世の聖職者も激務でその力量が問われるが、高い地位は約束されていた。

 なぜなら、回復系魔法を扱う聖属性魔力を持つ人間がとても貴重だったからだ。


 全国民は五歳の誕生日を迎えると、五歳児健診という名の魔力測定を行う義務があった。

 そこで聖属性魔力の資質があるものは、聖職者への道に進むことを大いに勧められるらしい。

 あくまで任意で強制ではないのだが、庶民はほぼその道を行くと言う。

 

 ぶっちゃけ、教会がその子を買うんですよ。

 その魔力に総じたお値段でね。

 回復魔法はプライスレス。


 勿論私も五歳児健診を受けました。そして資質がなかったので今に至ります。



 さて、救護部隊はその名の如く、戦闘で負傷した団員を救助し看護する部隊だ。

 小さな遠征では煎じ薬やポーションを持って救護に当たるのだが、大きな遠征の場合はその魔力を持って治療をする。

 それでも聖職者ほどの聖属性魔力を携えた隊員は少ない。

 だからオカンがガミる。


「良いですかアンジェリク、ジョージ隊長の契約魔はフェンリルと呼ばれる最上位の聖獣です。気位の高い聖獣ですから、ぜっっっっっ……たいに近づいてはなりませんよ!」


 そこまで溜めなくても、良いのではないかと思うのですが。

 私だってバカじゃないので、君子危うきに近寄らずですよ。


 けれどフランツ隊長がその場を離れ、代わりに五番隊の精鋭たちが相棒(魔物)を伴って現れると、先ほどの言いつけは綺麗さっぱり吹き飛びました。

 なぜなら……


 毛が生えて、こーんな口してて、こんなのと、こんくらいのと、こーんな大きい白いモフモフがいたからだ。




「モロ様!」

「いや、勝手に名付けるな? ちゃんと名前あるから。こいつの名はゾフ…おい聞け!」


 モロ様の後方へ回り込み隠れ、何やらごちゃごちゃ言っているジョージ隊長に向かって声色を変えて叫ぶ。


『黙れ小僧! お前にアンが救えるか!』


 けれど当たり前ですが、ジョージ隊長にはこのセリフが通じませんでした。


「何がだよ! それにお前はアンじゃなくアンジェリクだろって…おい聞け!」


 さらにモロ様の周りを半周し前方へ移動する。

 そしてそこで片膝をつき、片手を胸に当てながら頭を垂れて騎士のご挨拶だ。


「お初に御目文字仕ります犬神様。私はアンジェリク・ローレンと申します。本日は後方にて救護部隊として御一緒させていただきたく、おふっ」



「キャフ。モロさまぁ〜!」

「だから違うっつうの! てかゾフ、何でお前も腹見せてんだ! フランツーーーっ! このバカなんとかしろーーーーーー!

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