16 愛の挨拶
E.W.Elgar 作
私だけ特別長い新人研修が終わり、晴れて正式なる第四騎士隊員となりました。
さらに先日、十三歳の誕生日を迎え、益々女らしさに磨きがかかってきたと思う今日この頃。
そんなこんなで色々とご報告にあがるため、大公爵邸へ赴きます。
「待ってアンジェ! 今日は俺も休みだから一緒に行くよ」
ナリタさんを馬房から出したところでかかる声。
毎度おなじみのフレデリック隊長だ。
「今日はナリタさんで行く予定なのですが、それでも良ければ。ってそうだ、見てくださいこれ!」
そう言って、ナリタさんに付けられた馬具をポンと叩く。
「馬丁のアルフレート様が鞍をプレゼントしてくださったんです。もう私にぴったりなんですよ!」
人差し指を立てながら、首をこてりと傾け物申す。
が、牛が反芻しているようなモシャリとした仕草でもイケメンな隊長がブツブツ言いだした。
「えっと待ってアンジェ、馬丁…のアルフレートさ、ん?」
「はい。大公邸の厩舎にいらっしゃる、隊長みたいな白金髪のアルフレート様です!」
「アンジェ…それは馬丁じゃなく俺の……いや、何か色々嫌な予感が…俺もキタさんで行くよ」
なぜそこまで当惑しているのかは知らないが、ナリタ&オグリさんと以下同文になりそうな隊長の愛馬名に、思わずツッコミをいれた。
「キタさん?」
さすれば模範的回答が寄せられたので、皆まで言わさず返事を端折る。
「うん。本当はブラックって名前なんだけど、祖父がなぜかキタさ」
「あーーー。把握しました」
「ハハッ。やっぱりか。ナリタさんと同じ『さん』だからそっち系だと思ってた」
そこで左手のひらをビシッと隊長に向けてきっぱり言う。
「いえ、全く違います」
「えぇ?」
「いいですか、ナリタさんのサンは敬称です。でもキタサンは全部がお名前になります」
「えー、じゃあキタさんに敬称を付けたら、キタさんさんになっちゃうってこと?」
「んー、まぁそうです。ただキタさんにはブラックが付くので、えっとその場合ですと……」
そんな他愛ない話をしながら、大公爵邸に向かった。
◆◇◆◇◆◇◆
折角、アルフレート様に鞍をつけたナリタさんを見せようと思っていたのだが、今日はお休みなのか会えなかった。
私とは真逆になぜかホッとしている隊長と分かれ、いつものようにリリ様に可愛いドレスを着付けてもらい、共に部屋を出る。
「ハハッ! ハハハ ハハ ハハハハハァ……」
と、私の後ろを見て慄きながら、デクレッシェンドで笑う、変なフレデリック隊長がいた。
だから私も驚いて後ろを振り返るけれど、優しい笑みを浮かべるリリ様しかいない。
「フレデリック隊長、熱中症じゃないんですか? 幻覚が見えるレベルはマズイですよ……」
「幻覚じゃないし、熱中症でもないから」
変なフレデリック隊長はいつものことだから放っておこう。
けれどヴォルフ様までが変でした。
「えーーー! キタさんのさんは敬称じゃないの?」
「えぇ? ヴォルフ様も知らずに呼んでいたんですか?」
「ハァ、ニホンゴ ムズカシイね」
肩を竦めながら、突然のカタコト日本語を使いだす。
いやいや、日本の競走馬に詳しいヴォルフ様のほうが凄いですけどね?
「ウマムス~メぇ」
馬娘か! それで知ってたのか!
そこでふと気づく。
なので思いついたままを告げてみた。
「あれ? そう言えばヴォルフ様の故郷は?」
「フッ。モーツァルトとベートーベンとカラヤンにそれを聞くかね?」
「あ! あーねー」
オーストリアか。
オーストリアだな。確かに聞いた私がバカでした。
◆◇◆◇◆◇◆
今日は使用人さんたちの見学が多い。
多分皆様、貴公子フレデリックのバイオリン見たさ聴きたさなのだろう。
そこに大慌てで駆けつけた感じのアルフレート様が目に入る。
「あ、アルフレート様だ!」
嬉しくなって手を振ると、アルフレート様が照れながら腰の辺りで小さく手を振ってくれた。
「おや、紹介前に知り合っていたのだね」
「はい。先日、私にぴったりの鞍をプレゼントしてくださって」
「アルフレートが、かい?」
心底驚いたような顔で、ヴォルフ様が繰り返す。
そこでフレデリック隊長が、横から口を挟む。
「馬丁のアルフレートさんに、家政婦長のリリさん、庭師のモーリスさんに、家庭教師のナディアさんですね」
「うっ。本職たちが聞いたら卒倒しそうなフルメンバーだな……」
二人の会話の内容は全く分からないので放っておこう。
けれどこの中で一番役職が上であろうカール様だけが立ち、他の方々は優雅に椅子へ座っている。
そこで漸く気がついた。
「慰安旅行いや、慰労会ですね? 隊長のバイオリンで癒し労うと!」
されば、フレデリック隊長の眉が八の字に寄せられる。
「この家にいる者全てが、私には大切な身内だからね。アンジェもフレデリックを補助してあげてくれ」
「はい! バッチリです。ね、フレデリック隊長」
「うっ、いや、まぁ、んーーー」
気を取り直し、隊長室で練習した成果を披露する。
シンコペーションのリズムで、緩やかに伸びよく澄み通る主旋律をフレデリックのバイオリンが奏でて行く。
伴奏の私は彼の意のままに、フレーズの度に見つめ合い、アイコンタクトで切り返す。
息ピッタリに進むうち、ワクワクしすぎて目が会う度互いに笑顔となっていく。
そんな二人を見ている方々も、釣られて笑顔になっているのは知る由もないのだが。
ふと、アルフレート様とリリ様がそっと手を取り合っていたのを見てしまった。
まじかーーーーー! 職場恋愛だ!




