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13 悪魔の階段 

G.Ligeti 作

 王国騎士団に入団し、早いもので一ヶ月が経ちました。


 片道二時間の通勤は流石に不便だということで、寂しい寂しいと呪文の如く唱え続ける母に後ろ髪を引かれつつ、隊舎に入居を決めました。


 けれど、まだ未成年だの危ないだのなんだの過保護な周りに説得され、兄エリックと同居です。

 まぁ、確かに中の人はどうであれ、アンジェリクは十歳ですし、おすし。


 ヒラ団員部屋は風呂なしワンルーム。

 隊長部屋は風呂付『3LDK』ってな感じの間取りなので、同期や先輩たちから、コネだ贔屓だと文句が出ないかと心配をしたけれど、逆に一人暮らしを決断した時の方が大ブーイングでした。




「アンジェやめて落ち着かない! エリック隊長が、物陰から四六時中隠れ見てそうじゃん!」

「アンジェお願い疲れる! 公休なのにフレデリック隊長が遊ぼうって、木刀片手で扱きに来るじゃん!」

「ガチでやめてくれ! ママンツ…じゃなくフランツ隊長が、小言を放ちながら迎えに来るだろ!」




 ブーイング内容は、このようなラインナップでしたけれど。

 これって私は全く悪くないんじゃないでしょうか?


 まぁ、先二つは良いとして、最後のブーイング内容には私も激しく同意します。

 うちの上司(オカン)は、なんでこうなんでしょう。



「ほらアンジェリク、温かいうちに早くご飯を食べてしまいなさい」

「はぁぁい」

「貴女、またブロッコリーを残そうと隠蔽工作に勤しんでますね?」


 図星を指されると、なぜ人は逆切れするのでしょう。

 中身はどうであれ、まだ十歳なので人間ができておりません。


「だって森じゃん! これ、どう見ても森じゃん! 森なんて食べられないもん」

「森って…そんな言い訳初めて聞きましたよ!」


「ねえフランツ、僕のパンは?」

「どこの亭主関白ですか貴方は! 貴方がそんなだから私が毎日こうやっ」


「いってきまーす」

「アンジェリク待ちなさい、森を食べてから行きなさい!」

「はぁ? 森ってなんだよ、てかねぇ、ママンツ、僕のパン!」

「だから、どこの亭主関白なんですか!」




 何やら私は後天的に表れた魔力持ちらしく、そのような魔力持ちを稀者と呼ぶのだとか。

 さらに私の魔力は、回復魔術の聖属性があるらしく、救護隊である四番隊に所属したのだが……


 魔力持ちは、物心ついた時から魔力のコントロールを学ぶものなのだが、私はつい最近まで魔力持ちだと知らなかったため、全くコントロールができていない。

 だからそのコントロール練習を、この一ヶ月間、隊長の目の前で延々とやらされている。




 つまり、サボれないのだよ!




 この口うるさいフランツ隊長と朝から晩までずーーーっと同じ部屋にいるってことですよ!

 更に部屋にまで訪れ、世話を焼かれ、毎日二十時間近く顔を突き合わせる羽目になっているのは何故なのか。


 そんなことを悶々と考えながら、ひょろひょろへとへとと、訓練後の帰路を項垂れて歩く。




「アンジェ」




 幻聴でなければ、微かな囁き声で名を呼ばれた気がする。

 振り返ると、お隣さんのフレデリック隊長が自室の扉から顔を出し、右手人差し指は口元に添え、左手で手招きをしている。


「ジャジャーン!」


 あっちゃんカッコイイなポーズでも、このイケメンは絵になりますよ。武勇伝武勇伝。

 更に、イケメンが指し示す先の光景に、ホップステップジャンプです。ひざ神っぽく。


「うぉぉぉ! アップライトピアノさま〜〜〜!」


 すりすり頬ずりマーキングに勤しむ私へ、フレデリック隊長が経緯を告げる。


「祖父からアンジェにって、さっきカールが運んできた。調律もカールがやってたよ」


 カールだけに、それにつけてもちょっとしたおやつの差し入れみたいな物言いですが、執事さんって怪力なんですね。

 というか、調律までできるんですか? 

 カラヤン家の執事たるもの、この程度のことができなくてどうします的な感じなんでしょうか。



「あ、なんかあらぬ妄想してるけど、カールを人外に仕立てないでね? 魔道具を使ってるからね?」

「そうか、その手があったか」

 片手のひらの上に拳をポコン叩きつけながら、


「ハハ。俺が防音結界をかけられるから、エリックの部屋じゃなくてここに設置したんだ」


 なるほど。フレデリック隊長は剣技が凄い。

 けれど侯爵家と大公家の血筋だから、魔術にもある程度は長けているのだろう。


 逆にエリック兄も剣技は優れているが、魔力がない。はずだ。多分。自信無し。

 まぁ、あるのかもしれないが、使っているのを見たことがない。いや、あるかも。記憶なし。



「こっちの部屋はアンジェが入れるように設定したから、いつでも来て弾いていいよ」


 この世界、否、この世界の貴族は、鍵をかけるという概念がない。

 魔術、若しくは魔道具で、入れる生き物を設定するのだ。


 よって空き巣という犯罪もない。自ら招かなければ害虫もこない。

 そういった意味では素晴らしいと思う。

 Gどころか、蚊に蠅も、部屋で出くわすという恐怖に慄かず済む。




「寝ている時以外、ピアノに触ってないと気が済まないだろうからって」


 全くもってその通りです。

 記憶が戻ってからずっと、作った板の模擬ピアノで我慢しておりました。


「公休の日は、大公爵邸でヴォルフ様に指導をお願いしていて」

「うん。聞いてるよ。相棒にも会いたいだろうしね。俺もできる限り一緒に行くつもりだよ」

「え? なんで隊長が?」

「え? ダメなの? 俺、邪魔?」

「う、いや、そういうわけじゃなくて、忙しいのに付き合わせたら悪いというか」

「まぁ、祖父とアンジェは仲良しだから、俺は空気になっちゃうしねぇ」


 チラっチラっと見てくるのがいやらしい。

 実は密かに『だってフレデリック隊長、空気じゃん』などと思っていた私を許してください。

 口が裂けても言わないけれど。


 ところが次の台詞で、事は一変した。



「鍵盤楽器は苦手なんだけど、弦楽器はそこそこなんだよ、これでも」

「え?」

「アンジェ風に言えば、バイオリンが一番しっくりきて得意かな」


 めっちゃ意外。

 まぁ、弦と剣は濁点有無の差だけだし?

 用途は一周回って三百六十度違うけれど。


 でもフレデリック隊長の境遇を考えれば、何かしらの楽器が弾けて当たり前なのかも知れない。

 それでも『フレデリック』なのだから、ピアニストであって欲しかったなどと思うのはエゴか。エゴだな。

 世の全てのフレデリックさん、ごめんなさい。



「それで、祖父からスコアをもらったんだ。アンジェとアンサンブルができるようにって」


 そう言って、ヴォルフ様が書いたであろう手書きのスコアを私に手渡した。

 音符に目を走らせて、すぐわかった。



「エルガー様の愛の挨拶だ!」

「うーん。最近、祖父とアンジェの暗号が段々わかってきたぞ」


 指でスコアをコツコツ叩きながら、ドヤった隊長が予想を放つ。


「これはチキューのエルガーって人が作った愛の挨拶って曲を、祖父がスコアにしたってことだな」

「大正解です!」




「ハハッ。フレデリックの曲はまだかなぁ。興味があるよ」

「え? 愛するフレデリック様の曲は、既に弾いていますよ?」


 何故かその一瞬で、頰と鼻の頭が一瞬で真っ赤になった隊長が口籠る。


「あ、あ、愛する?」

「あ、すみません。愛するショパン様です」

「いや、わかってるからそんな無下に言い直さなくても…というかいつ弾いたの?」

「えっと、ヴォルフ様が私にリクエストした曲です」




「あー! チャンッチャチャン、ダッダン! チャラチャラチャラチャン、ダッダン! ってやつ?」

「そうですそうです!」

「じゃ、その前に弾いていたドドソソララソってやつは、誰様の曲?」


 にやりと片口を持ち上げ、待ってましたとばかりに告げた。


「ヴォルフガング様です」

「ファーー!」




「ぐふふ。実はヴォルフ様は全てが凄いんです。ヴォルガング、ヴァン、カラヤンと、お名前のお三方ともに全員神域です」

「へぇ! (前置詞の)ヴァンはうちだけだから、何か意味があるんじゃないかって思っていたんだ」

「そうなんですか?」

「うん。他は大概フォンだからね。ヨハン団長がドだけど、同じ公爵のフランツもフォンだし」

「はっ 悪魔め」

「え?」

「いえいえ、何やら思い出したらピアノが俄然弾きたくなってきました…ぐぬぬ」


 そこで改めて鍵盤に触れ、呪い祟られろ状態で鍵盤を叩く。

 ぐぬぬぅ。おのれママンツめっ!

 今に見てろよ、目にモノを見せてやるっ!

 ってな気分で。

 

 「な、なんか凄い曲だね。怨念が篭っていそうというか、なんというか」

「あ、怨念込めて弾いてました。ママンツが朝から晩まで煩くてイライラとしていてですね?」


「ブッ! あ、ごめ、ごめん」

「フレデリック隊長、そんなことをママンツの前でやったら三十分は説教ですよ!」

「うえぇ」




◆◇◆◇◆◇◆




「これは悪魔の階段と呼ばれる、技巧練習曲なんです」

「あー、なんかわかるかも。確かに悪魔が待ち構えてる階段って感じ」

「私的には、悪魔自体が階段を昇降している感じだと思うんですよ、だからこうやって……」


 トッカータが徐々に大きくなりながら鍵盤を上がっていく。

 絶頂に達し、ffffffffのアクセント和音を全体重乗せて叩いた丁度その時!

 結界の張ってあるはずな扉が、バーンと盛大な音を立ててに開かれた。



「居ないと思ったら、こんなところに隠れていたのですね!」




「「ギャーーーーー!」」




「全く、このおバカならともかく、フレデリック貴方までギャーとは何ですか、騒々しい」

「あ、や、すみません」

「大体一体、このアップライトピアノは何ですか、このようなものを設置するなどとは聞いていませんよ」

「あ、や、今日設置したばかりで」

「貴方、自分への迷惑をちゃんと考えたのですか? こんなものを自室に置いてそれを知られてしまったら、この脳音おバカが地縛霊の如くここにへばりついて離れませんよ?」


 フレデリック隊長へ向かって、我が上司の小言は延々と続く。

 けれど、脳音とはなんだ脳音とは!

 言い返したいけど、言い返した途端、説教の矛先が私に向かうから、ここは黙秘死守だ。

 だから知らぬ存ぜぬを決め込み、ピアノを再開しようとしたところで首根っこを掴まれた。



「アンジェリク! お風呂に入りなさい!」

「えー、もうちょっとぉ」

「ダメです。そんなでも貴女は年頃の女の子なんですからね! 訓練後の臭いままでいるなんで恥ずかしいと思うべきなんですよ!」

「でも、あとちょっとだけ」

「お黙りなさい! 髪は洗ってあげますから行きますよ! うわ、ほら汗臭いじゃないですか!」

「いやだぁ~~~~」


 一人取り残されたフレデリック隊長の呟きは、私の悲鳴で搔き消されたけれど。


「マ、ママンツだ……」

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