11 乙女の祈り
Tekla Badajevska 作
★アヴァ&テクラ登場
新緑爽やかな季節で候、やってきました入団式。
「アンジェちゃんの勇姿を見たいから、ママも行く……って、ちょ、待てよ!」
朝からキムってタクりながら元気に騒ぐ母を振り切り、愛妖馬のナリタさんに飛び乗った。
いや、本当の名前はブライアンなんですが、黒鹿毛で鼻梁白な美しい姿は、名前にナリタさんが添付すると思うんです。
我が家は、国土の真ん中にある王城から、少し離れた場所にある。
前世でいうところの、横浜とか柏とか大宮とかさ?
首都圏の中でも、栄えた都市というイメージで良いかと思う。
王城内の騎士団棟から、妖馬で二時間くらい。
通勤にはちょっと遠いよね。
でも兄エリックは、何年間も通勤していたのだけれど。
そう考えると改めて思う。エリック兄はすごい。
ところが、もうすぐ王城が見えてくるという頃、芦毛の馬が目の端に映った。
「うおおぉオグリさん?!」
いや、本当の名はキャップなんですが、ナリタさんと以下同文。
そしてオグリさんは、エリック兄の愛妖馬なのですが……
ドレスを着た横乗りで、そんなスピードが出せるのですね。
「す、すごいねママン」
「はっ!」
確かに私はまだ成人前の児童だけどさぁ、入社式に母親が参列みたいなものじゃないの、これ。
流石にちょっと恥ずかしいだなどと思って、ママンの参列を拒否してみたのですが、蒸気機関車の如く憤慨したママンに怒られて終わりました。
「なんでよ! ずるいわよ! ゲオルクもエリックも最前列で見れるのに、ママだけ見れないなんて!」
そう言われてしまうとそうですよね。
確かに父も兄も隊長ですから、式典では最前列に並ぶでしょうし。
でも彼らのそれは、見学じゃなくお仕事なのですけれどね?
それでも、前世では親孝行ができなかったから、今世では素直になってみようと決めました。
遅すぎるかもしれないけれど。
グラニ専用馬舎にナリタさんとオグリさんを預け、母に手を引かれながら式場へと急ぐ。
「アヴァちゃん?」
唐突に女性の声でそう呼ばれた母が振り返り、相手を確認すると素っ頓狂な声をあげた。
「やっダァ、テクラじゃん!」
さらに「「ナツい〜おひさぁ〜」」と、互いの両手指を重ねて、小刻みにジャンプをする二人の熟女……
この熟女たちの脳内は、青い春の風が吹いているんだろうね。
周りを置いてきぼりにしてさ。
「私の一推しアンジェよ。見て! このゲオルクに生き写しな美少女を!」
母よ、そのポーズを前世では、ゲッツと言いました。
「うわぁ、マジでゲオルク隊長を縮めて女装させた感じだわ……」
えぇ…なんか凄く嫌だなそれ……
けれど、気を取り直してご挨拶に勤しみます。
「アンジェリク・ローレンです。本日より、よろしくお願いします」
母と同じくらい体格のよいテクラさんは、膝を少し折り曲げ、私と同じ高さまで視線を落としながら頭を撫でる。
「はーい。ご挨拶よく出来ました。噂のアンジェちゃんね! 私は第六騎士隊のテクラよ。これからよろしくね」
テクラ様と言えば、真っ先に浮かぶあのメロディ。
新幹線のホームドアメロディが有名か?
脳内が乙女の祈りと化す私の隣で、熟女たちが乙女の怒りを披露中。
「で、まだ確認してないんだけど、アンジェはテクラの隊?」
「うちの隊でも欲しかったんだけど、争奪戦になっちゃってさぁ」
「あらぁ残念。ゲオルクもエリックもダメだったと聞いていたけど……」
「そうなのよ。結局フランツが勝ち取ったの。ほんと昔っから抜け目のない男よねぇ」
「えー、あいつなんかに、うちのアンジェちゃんを預けるの心配!」
「先輩方、積もるお話中失礼いたします。我が第四騎士団員であるアンジェリクを迎えに上がりました」
「「ちっ」」
テクラさんがフランツと言ったときから、見当はついておりました。
この黒髪紫眼の御方は紛れもなく、あの実技試験官さんですよね。
兄やフレデリック隊長より、ちょっと年上じゃないかと思う。
屈託のない笑顔とか少年っぽい儚さなんて形容語呂が、全く想像できないタイプと申しますか?
神経質そうで小難しそうで口うるさそうなタイプと申しますか?
その想像はばっちり的中でしたよ、悪い方に。
「式典まであと一時間を切っているというのに、まだ隊服も引き取っていないのですか? まさかまだ掲示板すら確認をしていないなどと言うのではないでしょうね?」
「あ、えっと……」
「そのまさかなのですか? 未成年者だとしても私は貴女を甘やかしませんよ! いいですか、ここに記入をして…って違う! なんでそうなるのですか、この場合は――」
うるさっ! うるさいよ、うるさいです。見たまんま。
「ほら、終わったらこちらですよ、もう、あと五十七分十五秒しかないんですから急ぎなさい! あぁぁぁ! 急げとは言ったかもしれませんが、転べとは言っていませんよ! あぁもう、ブーツのサイズが合ってな――」
こまかっ! 細かいよ、細かいです。見たまんま。
◆◇◆◇◆◇◆
あれやこれやで入団式が終わり、来賓席に陣取りキラキラした妙な団扇を振りまくっていたママンと合流した。
が、一言も交わす間もなく、背後から聞きなれた声を掛けられる。
「おめでとうアンジェ!」
「ヴォルフ様だ~!」
振り返ればヴォルフ様が少しだけ屈み、両手を広げて私を呼んでいる。
大公閣下へ走り寄る私の背後で、ママンの鋭く息を飲む音が聞こえた。
「ヒッ」
「アンジェリク嬢のお母上でいらっしゃるかな? おや? 初めてではないね、確か第九騎士隊の……」
優しい笑みを湛えてヴォルフ様がママンへと話しかけた。
その内容からして、どうやらママンとは顔見知りのようだ。
というかママンは九番隊だったのか。てっきりパパンと同じ十番隊員だと思っていた。
「はっ! アヴァ・ローレンであります! 大公閣下におかれましては益々ご清栄のこととお喜び申し上げます!」
あ、これ完全にパニックだ。
だってママン、敬礼しながらビジネス文書を朗読しているし。
ヴォルフ様はママンと話をするため、抱き上げていた私をつとカールさんに手渡す。
カールさんからもハグと祝福の言葉を頂いている間に、本日の予定が決定していた。
「国境でトラブルがあったと聞いたのでね? サー・ゲオルクはこちらに帰ってこれないだろうと思っていたのだが…既に予定があったかな?」
「はっ! 全くございません!」
「そうか。ならば、うちでアンジェのお祝いをしよう!」
「はっ! ……は?」
「わ~い! 相棒に会える〜!」
「アンジェ、何てことを! 不敬ですよ!」
そうか、そうだよね。これが普通の反応なんだよね。
そういった家柄の階級なんて、王都じゃないから今世でも身近には存在しなかったし。
だから考えた。
例えるならきっと……
赤坂御用地にお住まいのやんごとなき方を名前で呼んじゃって、私の入学祝いに宮廷でパーティしようって誘われたようなものなんだろうなぁ。
と、そこまで考えて身震いし、母と同じ声をあげた。
「ひっ」




