潮風のあと
私となりに立つのは、いつも頼りになる親友、りな。
可愛い系の私とは正反対で、どこか大人びたセクシーさがある彼女と、今日はふたりで海に来た。
おそろいじゃないけど、それぞれの雰囲気に合ったビキニを選んで、ちょっとだけ胸を張って歩いてた。
焼けつく砂浜。
潮の匂い。
波の音。
そして、いかにもな感じのヤンチャな男の子二人――たつや と つよしに声をかけられたのは、ちょうど海の家に向かっていたとき。
ナンパって言葉にすれば軽いけど、りな がうまく笑って受け流してくれて、そのまま自然と4人で海の家へ。
焼きそばとかき氷を分け合いながら、冗談まじりに笑う空気はどこか心地よくて。
そのあと4人で海に入って、水をかけ合ったり、ちょっと手を引かれたりして――
まるで、夏のドラマの中にいるようだった。
でも、夕日が沈みかけた頃、ふと我に返る。
波は静かに引いていき、笑い声もどこか遠ざかっていく。
解散のタイミングは、誰かが決めるわけでもなく、自然に訪れた。
そして。
たつやくんが小さく声をかけてきた。
「ちょっとだけ、寄ってかない?」
彼の笑顔が、少しだけ“推し”に似ていた。
それだけで、心の奥がふっと緩んでしまった。
自分でも信じられないくらい、簡単に頷いていた。
ホテルに向かう道すがら、私はなんども自分の足音だけを聞いていた。
迷っているのか、期待しているのか、わからないまま。
ビキニの上にシャツを羽織った格好で、足早にチェックインを済ませる。
まるで誰かに見られてはいけないように、うつむいていた。
エレベーターの中。
狭い密室で彼が私の肩を引き寄せる。
次の瞬間、唇が重なって、体が少し揺れた。
口紅の甘い香りがまじるそのキスは、深くて、まるで何かを飲み込まれるようだった。
「そんな顔して、来といて……かわいいね」
彼のその声は、熱に溶けた飴みたいで、少しだけ胸が痛かった。
部屋に入ったとき、私の心はもう静かだった。
騒いでも、誰も止めてくれない。
だから私は、されるがまま、ベッドに押し倒された。
ポニーテールがほどけ、メイクが滲み、
ビキニのひもが解けた音が、やけに大きく響いた気がした。
天井を見つめながら、私は心の奥で叫んでいた。
「どうして断れなかったの」
「なんで、また流されてるの」
「私は誰に愛されたかったの」
シャワーの音が聞こえる。
たつやくんはもうベッドにいない。
私はその余韻だけをまとって、ひとり、シーツの中で目を閉じた。
“推しに似てたから”――その言い訳が、こんなに重たくなるなんて。
しばらくして、私もシャワーを浴びた。
乱れた髪をとかし、涙で落ちたメイクを拭いて、
朝と同じTシャツとスカートに着替える。
いつもの私に戻ったはずなのに、
鏡の中の私は、どこか知らない顔をしていた。
チェックアウトのロビーで、彼は軽く手を振った。
名前は呼ばれなかった。
それが答えなのかもしれない。
海の匂いが少しだけ残る朝、
夜の街へと消えていく彼の背中を、私はなにも言わず見送った。
私のなかで、夏がひとつ、終わった。