表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

潮風のあと

作者: あい

私となりに立つのは、いつも頼りになる親友、りな。

可愛い系の私とは正反対で、どこか大人びたセクシーさがある彼女と、今日はふたりで海に来た。

おそろいじゃないけど、それぞれの雰囲気に合ったビキニを選んで、ちょっとだけ胸を張って歩いてた。


焼けつく砂浜。

潮の匂い。

波の音。

そして、いかにもな感じのヤンチャな男の子二人――たつや と つよしに声をかけられたのは、ちょうど海の家に向かっていたとき。


ナンパって言葉にすれば軽いけど、りな がうまく笑って受け流してくれて、そのまま自然と4人で海の家へ。

焼きそばとかき氷を分け合いながら、冗談まじりに笑う空気はどこか心地よくて。

そのあと4人で海に入って、水をかけ合ったり、ちょっと手を引かれたりして――

まるで、夏のドラマの中にいるようだった。


でも、夕日が沈みかけた頃、ふと我に返る。

波は静かに引いていき、笑い声もどこか遠ざかっていく。

解散のタイミングは、誰かが決めるわけでもなく、自然に訪れた。


そして。

たつやくんが小さく声をかけてきた。


「ちょっとだけ、寄ってかない?」


彼の笑顔が、少しだけ“推し”に似ていた。

それだけで、心の奥がふっと緩んでしまった。

自分でも信じられないくらい、簡単に頷いていた。


ホテルに向かう道すがら、私はなんども自分の足音だけを聞いていた。

迷っているのか、期待しているのか、わからないまま。

ビキニの上にシャツを羽織った格好で、足早にチェックインを済ませる。

まるで誰かに見られてはいけないように、うつむいていた。


エレベーターの中。

狭い密室で彼が私の肩を引き寄せる。

次の瞬間、唇が重なって、体が少し揺れた。

口紅の甘い香りがまじるそのキスは、深くて、まるで何かを飲み込まれるようだった。


「そんな顔して、来といて……かわいいね」

彼のその声は、熱に溶けた飴みたいで、少しだけ胸が痛かった。


部屋に入ったとき、私の心はもう静かだった。

騒いでも、誰も止めてくれない。

だから私は、されるがまま、ベッドに押し倒された。


ポニーテールがほどけ、メイクが滲み、

ビキニのひもが解けた音が、やけに大きく響いた気がした。


天井を見つめながら、私は心の奥で叫んでいた。

「どうして断れなかったの」

「なんで、また流されてるの」

「私は誰に愛されたかったの」


シャワーの音が聞こえる。

たつやくんはもうベッドにいない。


私はその余韻だけをまとって、ひとり、シーツの中で目を閉じた。

“推しに似てたから”――その言い訳が、こんなに重たくなるなんて。


しばらくして、私もシャワーを浴びた。

乱れた髪をとかし、涙で落ちたメイクを拭いて、

朝と同じTシャツとスカートに着替える。


いつもの私に戻ったはずなのに、

鏡の中の私は、どこか知らない顔をしていた。


チェックアウトのロビーで、彼は軽く手を振った。

名前は呼ばれなかった。

それが答えなのかもしれない。


海の匂いが少しだけ残る朝、

夜の街へと消えていく彼の背中を、私はなにも言わず見送った。


私のなかで、夏がひとつ、終わった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ