7. 城郭都市マイヅル
大きな堀と壁に囲まれた城郭都市マイヅル。関所を超えると花子はその賑わいに圧倒された。
「すごい......。」
花子の村とは大違いだ。
人々は色とりどりの服を着て表情は活気に溢れている。
街に着いてすぐ、花子は以前フィリーに対して気持ち悪いと思ってしまったことを詫びる必要はなかったと、考えを改めることになった。
「ご婦人、落としましたよ!」
着いて早々、フィリーがご婦人の落とし物を拾ったようで、声をかけている。
胸のあたりが大変豊かなご婦人だ。
フィリーはそのまま駆け寄ったかと思うといきなり手を握り距離を詰めていた。
すると、すぐに別の男がフィリーとご婦人に近づきフィリーは胸倉を掴まれる。
「何をやっているんだあいつは......。俺たちはまず宿に向かうぞ。」
「はい。」
アデルと花子はフィリーを見捨てさっさと宿に向かった。
宿に着く前にフィリーは花子たちに追いついてきたが、右の頬が赤く腫れている。
「いや~、参りましたよ。まさか近くに旦那がいるとは。全くついてない。」
「街に着いたんだ。なぜ俺たちについてくる?」
「やだな~、御礼くらいさせてくださいよ。俺、こう見えてお金持ちですからおすすめの宿紹介しますよ~。」
「間に合っている。」
アデルはすげなくフィリーの申し出を断り、どこへでも行けというように手で追い払う仕草をした。
するとフィリーは両頬を膨らませた不満顔でアデルの周りをうろつきながら説得を始めた。
「街に着いたら一緒に綺麗なお姉さんのお店に行くって約束したじゃないですか!」
「していない。」
「ひどい......ずっと連れ添ってきたのに......そんなに簡単に俺のことを捨てるんですね。俺とのことはすべて遊びだったんですね。他に女がいるんでしょう?この薄情者!もう俺、お婿に行けないっ!!」
フィリーはしなを作って声色も替え、潤んだ上目遣いでアデルを詰った。その姿があまりに見るに堪えなかったのかアデルがフィリーに拳骨を落とした。
「やかましい。」
「いてっ。」
「もう宿は決めている。」
「じゃあ~、俺も同じ宿に泊まります。」
「なぜだ?」
「俺、あなたたちのこと気に入ったので。」
「お前、金持ちとか言っていたが、今は一文無しじゃないか。」
「あっはは~。貸してくれます?」
「ふざけるな。」
「きゃーーーー!」
すぐ近くから、劈くような女性の叫び声が聞こえた。フィリーとアデルはふざけたやり取りをやめ、瞬時に叫び声のした方に顔を向ける。
すると、血の流れ出す腹を抑えた男が地面に倒れていた。犯人と思しき人物は奥の路地を曲がろうとしている。
「花子ちゃんと、負傷した男を頼みます。」
言うが早いかフィリーは走りだして逃げた人物を追おうとした。
しかし、アデルが素早く腕を伸ばしてそれを止める。
「おいっ、待て!」
「何をするんです!?犯人が逃げちゃうじゃないですか!」
「目立つ行動をするな。」
「そんなこと言ってる場合ですか!今にもむぐっ......。」
「落ち着け。大丈夫だ。」
フィリーは有無を言わさぬ勢いでアデルに口を覆われた。フィリーは何とか逃れようとするが、腕同様がっしりと掴まれている為全くほどけない。
花子は一連のことに全くついていけず、呆然と立ち尽くすしかなかった。
「通してくだいっ!私は医者です。」
いつの間にかできていた人だかりを縫って医者がやってきた。誰かが呼んだのかもしれない。
その様子を確認したアデルはフィリーの口から手を放し、腕も開放した。その途端、フィリーはアデルに殴りかかってきた。しかし、アデルはさらりとそれを躱す。
「なんで止めたんですか!犯人逃げちゃったじゃないですか。」
「正義感が強いのは結構だが、目立つべきではない。」
「はっ、まさかあなたがここまで小心者だったとは。あなたのことを過大評価しすぎていたようですね。」
「騒ぎになって困るのは俺ではなく、お前の方だろ?」
「は??」
「仰る通りです。」
いきなり背後から声が聞こえてフィリーと花子はびくりとした。アデルは相手を見定めるように一瞥したのち、すぐに興味を無くしていた。
「なぜ、ここに......?」
フィリーが思いっきり顔を引きつらせながら声の主に尋ねると、声の主は額に青筋を浮かべながらフィリーの顔を片手でぐっと鷲掴み至近距離からひたと見据えた。
「はははははっ、なぜでしょうね?むしろこちらがお聞きしたいくらいですよ。貴方はこんなところで、そんな恰好で何をしていらっしゃるんですか?性懲りもなく、ふらっと消えたと思って探しても全然見つかりませんし、仕方なく貴方が通るであろう街に先回りして滞在していたら、見知らぬ女たちが酒代だなんだと次々請求してくるではありませんか。貴方はこの街にまだ着ていないにも関わらず。挙句の果てには貴方の妻だという女性が何人尋ねてきたと思います?」
「俺はまだ妻は娶っていないぞ?」
フィリーが真顔で告げると、声の主である男の表情が一瞬で抜け落ち、フィリーと同じく真顔になった。
次の瞬間、男の顔が殊更笑顔になったかと思ったら「ふふふふふふふふふふっ」と不気味な声をあげながらフィリーを投げ飛ばし、締め上げていた。
「んなこたぁ、百も承知だこの阿呆がぁぁぁぁ!」
締め上げられているフィリーは顔を青くしているが、近くにいた臀部が豊満な女性に縋っていたため問題ないだろう。むしろもっと徹底的にお灸を据えて欲しいものである。
アデルの表情も呆れ顔へと変わっており、「結局、目立っているが、まぁ自業自得だな。」と静観している。花子はアデルが言った「自業自得」という言葉が難しく、よく意味が分からなかったがアデルはフィリーたちを見ていて、周りも騒がしく聞ける雰囲気でもなかった為、後で意味を聞いてみようとこっそり考えていた。
フィリーの顔が青を通り越して白くなってきたころ、アデルは流石に収拾がつかないと二人を止めに入ろうとした。しかし、アデルが口を開くより早く「兄様っ!」という可愛らしい声が響いてきた。その声を聴くや否や男はさっとフィリーを開放し、自身の服装の乱れを整えた。男が懐から取り出した眼鏡を掛けると、可愛らしい声の主は長身の女騎士を付き従えて表れた。
花子は突然現れた少女の愛らしさに目を見開き、呆然とした。
少女は光をまとっていた。
艶々と輝く美しいブロンドカラーの髪は緩やかに波打ち、彼女の真っ白で透き通った肌に華を添え、愁いを帯びた表情は見る者の心をきつく締めあげる。そんな少女のぷっくりとした赤く瑞々しい唇から紡がれたのは非難の声だった。
「兄様、フィリー様をあまり叱らないであげてください。」
天使と見紛うほどの少女からの糾弾を受けた男は、苦虫を嚙み潰したような表情になりながらも訂正した。
「叱ってなどいません。」
「お兄様......。」
少女がじっと見つめると、男はすいっと目をそらし両手を上げた。
「少し言葉が過ぎたかもしれません。」
少女はほっと胸を撫でおろし、とびっきりの笑顔を男に向けた。
「ありがとうございます、お兄様。カミラ、フィリー様の手当てをしてください。」
少女が輝くような笑顔のまま女騎士に向き直るが、女騎士は困ったように首を傾げて、言いにくそうにしながら花子の方を示した。
「フィリー様に手当は必要ないかと。」
花子は注目を浴び、困ってアデルを見た。
「おい、花子の後ろに隠れるな。」
何とフィリーは、いつの間にか自力で起き上がり花子の後ろに気配を消して隠れていたのである。身長差のせいで全く隠れられてはいないが。
「だって~。」
「だってもクソもあるか。お前たちが目立って注目を浴びるのは勝手だがこっちまで巻き込むな。」
そういうと、アデルはすっと花子を持ち上げ、自分の着ていたローブの中に花子を隠すように抱いた。
そのお陰で花子は周囲の目から守られる形になり、ほっと息をついた。
「少し、息苦しいかもしれんが我慢してくれ。」
花子はこくりと頷いた。
「俺たちはここで失礼する。」
刺された男がいるのに不謹慎だと周囲が非難の目を向け始めたこともあり、アデルは隙を見逃さず足早にこの場を離れた。




