4. 新たな旅の同行者
花子は体調が回復したばかりであったため、アデルの引く馬に乗って王都まで向かうことになった。
アデルも花子も元々口数は少ない方なので、旅の道中は沈黙が基本だ。
しかし、とうとう堪えきれなくなったのかアデルの方が口火を切った。
「俺ばかり見ていないで、少しは景色を見たらどうだ?」
花子は出発してからずっとアデルを見つめていることがばれてビクッと肩を震わせた。
「ご、ごめんなさい。」
花子は完全に無意識にアデルを見つめていたため、指摘されるまで気づかなかった。
不快な思いをさせてしまったせいで、捨てられたらどうしようという思いが広がる。アデルのことだから花子をぶったりはしないはず、となれば食事を抜かされるだろうか。一食くらい抜かされても平気だ。前にいたところではむしろ食べれるほうが稀だったのだから。だけど、それでは罰にならないためやはりアデルを不快にさせて見限られてしまうのではないだろうか。
そんなことを悶々と考え始めてしまい思考の沼に落ちそうになった時、アデルがいきなり馬を止めた。
捨てられる......!と、花子は蒼白になりアデルの方に手を伸ばそうとしたその時、アデルは花子の腕を引っ張り体を寄せると花子の口を塞いだ。
「俺がいいというまで口を開くな。」
花子は了承を示すために頭を縦に動かした。アデルは先ほどまでとは打って変わって張りつめた空気を醸し出している。
「出てこい。」
アデルは一本の木に視線を止めながら言う。
「3秒以内に出てこなければ攻撃する。1、2、さ......。」
アデルが銃のトリガーを引こうとしたまさにその瞬間、木の後ろから男が転がり出てきた。
......全裸で。
「うわぁー!まって、待って。」
アデルは蔑みを込めた目で男を見ながら銃を構え続ける。
先程まで花子の口を塞いでいた手は、今は花子の目を覆てっいる。
「全然、怪しい者じゃないですよ~。かわいい子たちに誘われてちょっとお酒飲んでたら、気づいたら周りに誰もいなくなってて、一文無しになってただけです~。旅のお方、後でしっかり御礼はしますので助けてもらえませんか~?」
「まずは下を隠せ。」
「だから~、その隠すものがないんですって~。」
アデルの周辺の温度がさらに急降下した。
「花子、もう口は開いていいが今度は目を瞑っとけ、いいな?」
花子は言いつけ通り両手で自分の目を覆った。アデルはそれを確認すると花子と男の間に壁になるようにして立っていた位置から移動して、馬に括りつけていた荷物から引っ張り出した布を男に放り投げた。
「いやいや、助かりました。」
「その布はくれてやる。さっさと失せろ。」
「まあまあ、そうおっしゃらずに。俺、そこそこ腕は立ちますよ。護衛として雇いませんか?」
「いらん。」
「ええー、見たところ親子二人旅でしょ?そんなにかわいい娘さん連れてたら賊に狙われちゃいますって。」
「娘じゃない。」
「おっとそれは失礼しました。それより、俺本当に無一文なんです。困っている人を助けると思って、ね?俺、護衛以外にも料理も子守もできますし、同行させてくれたら報酬もいりませんし、ね?ね?」
男の気配がいつの間にか近くなっている。
「お嬢さんからも頼んでよ~、お願い!」
正直、花子はこんな男いらないしアデルと二人がいい。だが、もしかしたらアデルは花子の面倒を見るのを嫌に思っているかもしれない。それに、何かあったときはこの男を盾にしてアデルと二人で逃げることもできる。花子はどうするべきか困ってしまい、何も言えずに固まった。
すると、先に折れたのはアデルの方だった。
「はぁ、わかった、同行を許可する。ただし、次の街までだ。」
「そうこなくっちゃ。」
男はパチンと指を鳴らしながら得意顔をしている、気がする。
「花子、目を開いていいぞ。」
花子はアデルから許可が出たのでそろりそろりと目を開いた。すると先ほどまで40歩ほど離れた場所にいた男は案の定、アデルのすぐ隣にいた。花子と目が合うと、男はハッとしたように息をのんだ。そして、勢いよく花子に近づいてくると馬上にいた花子の手をとった。
「美しい、君の瞳はまるで、痛ッ‼」
男が最後まで言い終わらないうちにアデルが素早く男の手を払い、拳骨を落とした。
「余計な口をきくな、俺の許可なくそいつに近づくな。話しかけることも禁止する。」
アデルはハンカチを取り出すと私の手を少し痛いくらいの力でゴシゴシと拭った。
「悪い虫が手に着いたらすぐに払い落とせ。」
花子はアデルを見ながらこくりと頷いた。
「昨日話しただろう。口で返事をしろ。」
花子は昨日、首を動かすのではなくしっかり言葉で返事をする様に言われたことを思い出し、また首を縦に振りそうになりながら慌てて声に出した。
「は、はいっ」
少し上ずってしまったが及第点だったようでアデルは頷いた。
そして荷物の中からアデル用の替えの靴をなどを取り出し、手早く男に投げて渡した。
「いつまでそこで蹲っているつもりだ。置いていくぞ。」
「ってぇー、こんの野郎、覚えとけよ!人を虫扱いし上がって。」
男は何とか荷物を受け取ったが、涙目で頭を摩り続けている。相当痛かったのだろう。
「お前、名前は。」
「フィリー、そちらは?」
「アデル、こいつは花子。」
「よろしくね、花子ちゃん」
フィリーと名乗った男は懲りもせず花子に笑顔を向けてきたためすぐさまアデルに脛を蹴られていた。
「話すなと言っただろう。」
「ちぇ、あんまり過保護だと嫌われますよー」
「余計な世話だ」
「ぁ......あのっ!きらい、ならない、です!絶対。」
花子は慌ててフィリーの言葉を否定する。アデルが花子を嫌うことがあっても花子がアデルを嫌いになるなんてありえない。
「そうか。」
アデルはそれだけ言うと馬の手綱をもって再び歩き始めた。
「さっさと最初の街に行くぞ。」
「あ、俺のこと追い払おうとしてますね。」
「......。」
「無視ですか、そうですか。花子ちゃんは何色が好き~?どんな花が好き~?アデルとはどういう関係~?」
フィリーはアデルに相手にされないと見るや花子に話しかけてきた。一気に質問されて何から応えればいいのかわからない。そもそも先ほどアデルはこの男に花子と話すなと言っていたのに花子が話していいのだろうか?いや、良くないはずだ。
「黙って歩け。」
アデルが再びフィリーの脛を蹴ろうとすると今度はひらりと躱された。
「ふっふっふっー、同じ手は効きませんよ~。花子ちゃんと話してほしくないんだったらあなたが俺の話し相手になってください。」
得意満面なフィリーにアデルは眉間に深い皴を刻みつつも、仕方がないとフィリーの提案を了承した。
「やりー!」
フィリーはパチンと指を鳴らすと花子に綺麗なウィンクを送ってきた。気持ち悪い。
それ以来、適当にだがアデルが返事をしたりしなかったりするようになったため、フィリーが花子に話しかけてくることはなくなった。アデルとの二人旅でなくなってしまったことに花子は少し、いやかなり思うところはあるが、アデルの決めたことなので花子は黙って受け入れた。
……それにしても五月蠅い。