表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花子の冒険  作者: 山梨 雪香
10/10

10. 最大の武器

花子は久しぶりに全力で泣いたおかげか、気持ちがとてもすっきりした。

アデルの腕の中でその余韻に浸っていると応接間の扉がノックされる。


「ハリソン様より命じられて参りました。」


アデルが返事をするより早く、侍女を口説いていたフィリーが一瞬嫌な顔をして入室の許可を出す。

いつの間にかフィリーをうっとりと見つめていた侍女は、名残惜しそうな顔をしながら新たに来た侍女と入れ違いで部屋を出ていく。


「またね~。」


去っていく侍女と、その後ろ姿にウィンクを送るフィリーに冷たい視線を向けながら、来たばかりの侍女は花子たちに近づいてくる。アデルはというとチラリと侍女の持っているものに目を止めると「......流石だな。」と呟いた。


「こちらで目をお冷やし下さいとのことです。」


「助かる。」


侍女から渡されたのは氷が入った可愛らしい袋だった。アデルは侍女からそれを受け取ると花子の目に押し当てた。ヒンヤリとした冷気が泣いて火照った瞼に心地よい。何かはわからないが清涼感のある薬草の匂いまでする。


「ハリソン殿は?」


「先にご朝食を済まされ、仕事を片付けるとお部屋に籠られています。」


「そうか。」


その後もアデルは館の主の予定などいくつか侍女に確認を取っている。

侍女との会話が必要なことだと理解していても面白くない花子は意識を逸らすためにチラリとフィリーを見やると、彼は口説いた侍女からこっそり渡された小さな紙を見ていた。

フィリーは花子の視線に気づくとにこりと笑みを浮かべ、ソファーから起き上がり部屋をうろつき始める。

アデルと侍女はそれを一瞬、横目で捉えてから話を続ける。しばらくして会話が終わり、侍女が部屋を辞す許可を乞うと、アデルはいつもの仏頂面を些か柔らかくしながら許可を出した。


「だが、その前に一つ尋ねたい。ここの部屋付きの侍女がいたはずだが彼女はどうした?後ほどそなた達の主人にも確認するつもりだが、もし今何か知っているなら早急に持ち場に戻るように伝えて欲しい。それか、代わりの侍女を手配してくれ。」


「......申し訳ございませんでした。侍女長に報告し、すぐに別のものを参らせます。」


「頼んだ。」


アデルの話を聞き、彼女は眉間に少し皴を寄せ困惑を浮かべたがすぐに表情を取り繕い、部屋を退室していった。その後、すぐに侍女長を名乗る人物が現れ、職務放棄した侍女について謝罪し、侍女長自らが花子の身支度を手伝ってくれることになった。侍女長は、いくら幼いとはいえ女性が身支度をする場に男性がいるのは外聞が良くないと言い、アデルとフィリーを先に食堂に案内しようとしたが、花子が不安そうにアデルを見つめたら、それに気づいたアデルが頑として花子の側にいると主張した。アデルの意志が変わらないことを悟った侍女長は、主人の大切なお客様の意志ということでしぶしぶ頷いてくれた。ただし、衝立越しに背を向けて立っているならという条件で。そこがギリギリ許せる範囲だそうだ。

アデルもそれが妥当であると納得し、花子自身もアデルが同じ部屋にいてくれるというだけで安心できるため了承の意を示した。


花子はなるべく早く身支度を終えたかったが侍女長がそれを許してくれなかった。いろいろ塗りたくられ、自分一人では到底脱げない服を着せられ、へとへとになりながらようやく身支度を終え、アデルたちと食堂に向かう。食堂へ向かう道すがらフィリーはずっと花子の装いを褒めてくれた。鬱陶しいが、先ほど慰めてくれた恩があるため、今回だけは素直に賛辞を受け取る。


食事を終えると館の主人がアデルと二人で話がしたいとのことで花子とフィリーは庭園を散策することにした。アデルは朝のことがあったので、花子と離れ難そうにしていたが、どうしても内密な話があると館の主人に押し切られ、しぶしぶフィリーに預けることになった。言わずもがな花子はアデルと離れることにショックを受けたが、ここでわがままも言えないし、フィリーがいるなら耐えられないほどの寂しさではない。正直、花子はフィリーのことを得体のしれない不気味な人だと思っている。軟派で女たらしでどうしようもない男だが、花子にはそれがどうもそれが嘘くさく見えるのだ。その証拠に時々、垣間見える人間性は優秀の一言に尽きる。特に、対人間関係という場面においての立ち回りではアデルや花子が舌を巻くほどだった。しかし、花子はもうすでに何度かフィリーのその能力に助けられている。言うなれば、信頼はしていないが信用はしていると言ったところか。短時間であれば、フィリーと一緒にアデルを待つのも悪くはない。花子はそう思ったが、どうやらアデルは違ったらしい。フィリーを指名しておきながらも、どうしてもフィリーだけでは心配だということで、ハリソンという人もお目付け役として一緒にいることになった。アデルにハリソンという人物がどんな人なのか尋ねると、曰く、フィリーの監視要員でフィリーより安心できる人とのことらしい。アデルとフィリーは二人ともハリソンという人物に面識があるようなので花子もその決定を受け入れた。二人が、否、アデルが大丈夫というならきっと大丈夫なのだろう。花々が咲き乱れる庭園を花子はフィリーと連れ立って歩く。頬にあたる風は夏の終わりを告げていた。花子はせっかくならアデルと歩きたかったと、もう何度目になるかわからない嘆息を噛み殺しながら隣の人物に意識を向ける。


「なぁ~にぃ~?は~なこちぁ~ん。アデルがいない分、俺と仲良くしよ。ほら、あそこに咲いてる華、何か知ってる?」


「あの、それよりハリソン......さま?は......?」


「あぁ~、そう言えば奴も来るんだったね。まぁ、俺の方がカッコイイから花子ちゃんは気にしなくて大丈夫だよ~。あの花の名前は山茶花って言ってね、花言葉はひたむきな愛。アデルを思う花子ちゃんピッタリじゃない?それに、困難に打ち勝つっていうのもあってぇ~......。」


何が大丈夫なのかわからないが、花子はフィリーの指す花を見つめて説明を聞いていた。濃い紅色の美しい花だ。ひたむきな愛......花子かアデルに向けるにそのような気持ちを向けるなど烏滸がましすぎる。フィリーは何もわかっていない。アデルに対するこの気持ちはきっときっとそんな綺麗なものではない。まだ、この気持ちがなんなのか花子自身よくわからないが、自分がアデルを裏切ることはこの先決してないだろうという確信だけがあった。


「......で、それからあっちはぁ~......なんだけど、花子ちゃんはどっちが好き?......花子ちゃん?おーい、ねぇ、花子ちゃん聞いてる~?」


「......聞いてます。」


「ふぅ~ん......。」


「ごめんなさい。」


花子はフィリーに途中から思考の海に沈んでいて、彼の話を全く聞いていなかったことがばれてしまい少々気まずい。フィリーからのジトっとした視線が刺さる。しかし、フィリーは肩を竦める仕草をすると、すぐに雰囲気や表情をいつもの軟派なものに変えて、恭しく花子に手を差し出す。


「花子姫、あちらに東屋がございます。そちらで少しお休みになられませんか?」


「......はい。」


花子は気遣ってくれたフィリーに目線で感謝を伝えるとフィリーの手を取る。フィリーはそのまま花子を抱き上げると東屋まで運んでくれた。

花子とフィリーが並んで腰かけると、花子たちとは逆の方向から男が歩いてくるのが見えた。どうやら花子が気づいたのと同時にフィリーも気が付いたようだ。男はそのまま真っすぐに花子達のいる東屋に向かってくる。もしかして、ハリソンだろうか?


「げ......。」


「お知合いですか?」


「あーーー、誰だろうね?」


「ほう、私をお忘れとは正に鳥頭ですね。お母上の腹に脳みそを置いてこられたようだ。」


「......助けて、花子ちぁ~ん。このおじさんが意地悪するよぉ。」


「意地悪ではなく、事実です。意地悪かどうかで論ずるならば、先に意地悪を受けたのは私の方ですのでこれは正当な仕返しです。そして私は貴方より若い。」


「くぅ~、嫌な奴だな。」


「ふんっ。」


花子はあまりのやり取りに口を挟めずにいたが、やってきた男には見覚えがあった。

マイヅルに来た日に見た、忘れられないあの少女、光のような女の子が「兄様」と呼んでいた人だ。


「貴方が私から逃げ回っていたせいで決済が進まなくて滞っている仕事が山積しています。今だって、花子さんとお部屋でお待ちいただくようお伝えしていたのに、私を置いて先に庭園に行かれてしまうし、予定がめちゃくちゃです。全く.....、今日こそはアデル殿がお戻りになり次第、私と一緒に来て仕事してもらいますよ。」


「う......。」


「仲良し......。」


ついつい花子が二人の様子からそうこぼすとフィリーから激しい否定が返ってきた。


「はぁ!?花子ちゃん、いくら何でもそれはないよ。この悪魔と俺が仲良し?太陽が西から登ったってこいつと仲良くする日なんて来ないね。それよりも俺はもっと花子ちゃんと仲良くしたいな?あと5年もしたら花子ちゃんはきっと誰もが振り返る美少女になるよ。間違いない。だって、5年を待たずして今でさえこれほどの愛らしい幼女なんだもの。もう既に麒麟を表している。」


「はぁ......。ちょっと、気持ち悪い、です。」


花子は自分が美少女になろうがなるまいがどうでもいい。ただ、アデルの役に立てる存在になりたい。

そして、こういう時のフィリーの発言はただただ気持ち悪い。もう少し離れて座ればよかった。花子はじりじりとお尻をフィリーと反対の側にずらす。フィリーはそんな花子を見ても全くめげずに誉め言葉を重ねる。


「貴方はまた......。何度も言いますが、少しはアンジュの気持ちを考えていただきたい。」


「......。」


フィリーはアンジュという名にピクリと反応すると、立て板に水を流すがごとく溢れ出ていた賛辞を止め、いきなり黙りこんでしまった。


「ちょうどいいですから、そのまま口を開かず猛省していてください。」


男はそういうとフィリーをひと睨みしてから花子の方に体の向きを変え、しゃがんで花子と目線を合わせてくれた。


「貴方は花子さんですね?ご挨拶が遅れました、ダニエル・ハリソンと申します。実際の名前はもう少し長いですが、今はハリソンで結構です。本日はアデル殿より花子さんと一緒にフィリー様を監視してほしいと聞いております。」


「は、花子です......。あ、あの、監視ではなく私が面倒を......。」


「いえ、監視でよろしいのです。」


「そ、そうですか......。」


「あの、お二人は、どういうご関係で?」


花子は目の前のダニエル・ハリソンと名乗った男とフィリーを交互に見つめる。


「アデル殿は我々のことはどこまでお話されていますか?」


「ハリソン様はフィリーの監視要員でしっかりした人だと。」


「ふむ、大体そんな感じです。付け加えるなら私の妹とフィリー様は婚約しております。」


「あの、ごめんなさい......、婚約って何ですか?」


「結婚を約束するという意味です。結婚は家族になるということですかね。」


「家族......。」


ここでいきなり黙っていたフィリーが口を開いた。


「何が家族さ......。」


そのあまりにも無機質な声は普段のフィリーからは想像もできない、酷薄なものであった。

ハリソンは何事も聞かなかったという風に黙殺し、花子に好きなものは何か尋ねてきた。


「好きなもの?アデル。」


「......。アデル殿以外でお願いします。」


アデル以外に好きなものなどない。花子はそれでもハリソンを困らせてはいけないと必死に考える。好きなもの、好きなもの、好きなもの......。これまでずっと生きるのに精いっぱいで好きも嫌いもなかった。しいて言うのなら痛いものと空腹が嫌いだったくらいだ。だが、ハリソンが聞いているのは嫌いなものではなく好きなものだ、困った。

なかなか答えを出せない花子を見かねてハリソンは聞き方を変えてきた。


「花子さんは何かしたいことはありますか?」


「アデルの役に立ちたい。」


言ってから、後悔した。これでは先ほどと同じことの繰り返しではないか、花子は自己嫌悪に陥っているとハリソンはさも当然というように頷き、理解を示してくれた。


「では、読み書きはできますか?」


「少しだけ。」


「では私がお教えしましょう。いいですか、花子さん。お役に立ちたい方がいるのなら花子さんはもっと学ばなければなりません。知恵は自分と大切なものを守るための誰にも奪われない最大の武器です。今から、その武器を手に入れられる場所に花子さんを連れていきましょう。」


花子はハリソンが何を言っているのかよくわからなかったが、どうやらアデルの役に立つ方法を教えてくれるらしい。それが理解できたから、花子は勢いよく頷き頭を下げた。


「はいっ、よろしくお願いします!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ