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ある日の女と男  作者:
5/5

弟の恋人と兄のやりとり

大変ご無沙汰しております。

前話の続きとなります。

一話完結どこ行った?とセルフツッコミ。


依存症に関する内容が出てきますので、苦手であったり受け付けない方はブラウザバックでお願いいたします。

『ただいま、アリー。開けてくれる? 可愛い弟が酔い潰れちゃってね』


 ガレージに繋がるドアのインターホンが鳴り、聞き覚えはあるが明らかに恋人のものではない声がした。

 とは言えその内容は無視できるものではない。クリスは声の主よりも背が高く体も分厚いので、車から運んでくるだけでも大変なのは分かるし。


「今開けるわ」


 と、手早くロックを解除してドアを開けると。


「アリー……ただいま」

「きゃっ」


 クリスにいきなり抱きつかれた。いつもの彼のまとう香りに、分かりやすくアルコールの匂いが加わっている。


「愛してるよ、アリー……」

「はいはい、私もよ。とりあえずソファに行くから足を動かしてね」

「うーん、慣れてるね。流石はアリー」


 微妙に足元がおぼつかないクリスから逃れられたアロイス兄さんが呑気に言った。やれやれ。


 リビングのソファにクリスを寝かせてからも一悶着はあったが、ほどなく目を閉じ眠ってくれた。……危うく抱き枕にされるところだったわ。


「それはそれで見たかったなあ。可愛い弟に抱き枕にされる可愛い妹」

「見世物じゃありませんからね?」


 アロイス兄さんには一人がけのソファに座ってもらい、甘党の彼のためにホットココアを渡す。ここまでは彼がクリスの車を運転してきてくれたので、お酒は飲んでいないらしい。つまり、弟が潰れるのを予想していたということで……

 私はスツールをクリスの傍らに置いて腰を下ろし、同じくココアを飲みながらこう尋ねた。


「それで、何があったんですか? クリスがこんなに酔うなんて」


 クリスはお酒に強いしいくらでも飲めるけれど、それは平常心だったらの話。精神的なダメージがきつい状態でアルコールが入ると、今回のように泥酔することがある。つまり今夜、クリスのメンタルに来る何かがあったということだ。


 案の定、アロイス兄さんは困ったように答えた。


「まあ、色々あったんだけどね。一番はやっぱり、母さんとレオ父さんの正式な結婚の意思を伝えたからかな」

「わ、それはおめでとうございます。……でも、クリスには複雑でしょうね」

「うん。自分ではどうしようもない出生のことで、ことあるごとに外野から攻撃されてきたけど、それでもクリスは両親のことは大好きで……でもそれはそれとして、『今できるならどうしてもっと前に……』という気持ちは当然あると思うよ」


 けれどそんなことを言っても、過去は変えられない。仮にもっと前、クリスの子供の頃にご両親が正式な夫婦となっていたとしても、風当たりの強さは変わるものではないだろうし、それを分からないクリスでもないが……それでも、「自分の両親が法で結ばれた関係ではない」という現実は、頭のいい子だったからこそ重たかったのもまた事実だろうから。それはともすれば、父親の血筋による差別よりも、よほど。


「父さんの血筋が名家に似合うものじゃなくても、それでも両親は正式な夫婦なんだ━━クリスはそう胸を張って言い返すこともできたはずですものね。状況さえ違えば」

「そうだね。……とは言え、そうなっていたら別の問題も発生していただろうし、難しいところだよ。例えば、母さんが当主の座を下ろされるとか」

「ああ、そうなるとクリスやアロイス兄さんの立場も危うくなって……老害はびこる分家が幅を利かせる恐れがあった、と」

「そういうこと。……ままならないよねえ」


 こればかりは苦笑し合うしかない。

 その皺寄せを、アロイス兄さんにとっては弟が、私にとっては恋人がほぼ一手に受けることになったのは不満でしかないけれど……本当にままならない。


「んー……アリー……」

「ここにいるわよ」


 寝言をこぼすクリスの頬を左手で撫でると、その手のひらに頬擦りされる。……うーん。不覚にも可愛いと思ってしまう。世に名高いプレイボーイの面影はどこへ?


「ふふふ、クリスは可愛いね。レオ父さんもそうやって母さんに甘えるのかな?」

「それは……想像できるようなしたくないような……」


 いい意味でクリスがそのまま年を重ねたようなレオナルドおじ様の姿を思い浮かべる。

 ただそこにいるだけで頼れる安心感と存在感のある素敵なおじ様だけれど、だからこそ誰かに頼る姿というのは今一つイメージしにくい。クリスの両親に限らず夫婦二人きりでどんなやりとりをしているかなんて、外野が首を突っ込むことでもないけれど。


「……あ、そうそう。リジーからついさっき、婚約が正式決定したって連絡がありましたよ。それもおめでとうございます」

「うん、ありがとう。僕からもクリスには話したんだけど、やっぱりアリーには彼女から伝わったね。流石親友」

「おかげで、リジーがあなたと出会って早々にペントハウスに連れ込まれた翌朝には、色々大変な余波を食らいましたけど」

「ははは」


 ……笑って流された。相変わらず、こういうところが物凄く厄介な人である。


「……色々言いたいことはありますけど。リジーのことは、ちゃんと幸せにしてくれるんですよね? そうでないと許しませんよ?」

「もちろん。僕もリジーと一緒に幸せになるつもりだから、安心してくれて大丈夫」

「うーん……はっきり言って、いまいち安心できません」

「アリーはそうだよねえ、分かるよ。クリスからの被害を一番受けた過去があるし……良くも悪くも、我らがルード家の重い愛情を身にしみて知ってるだろうから。今は落ち着いてるとしてもね」

「愛され方の合う合わないはどうしてもありますから。リジーの場合、愛されすぎて窒息しないか心配なんです」

「それを当の僕の前で言えるあたりがアリーのいいところだと思うよ、色んな意味で」


 むしろこれだけはっきり「あなたの愛し方が不安だ」と言っているのに、怒る気配すらないアロイス兄さんこそ大物だと思う。

 ……まあ、それでも。大切な親友を任せるにあたって、最適任の男性であるのは紛れもない事実だ。


「僕としても、リジーの突拍子のなさが大好きだから、むやみに束縛したりはしないさ。最低限、指輪やら何やらで僕のものだって印はしっかりつけさせてもらうけど」

「……その『何やら』が何なのか、とっても気になるんですけど?」

「それはご想像にお任せってことで。ふふふ」


 ……やっぱり早まったかもしれない。

 ちょっぴり青くなった私の顔を見て、アロイス兄さんは少し緩んだ笑顔でこう言い切る。


「大丈夫だよ、本当に。リジーに嫌われたら僕は生きていけない……とまでは言わないけど、一時期のクリスみたいに仕事が手につかなくなるだろうし、それはいくら何でも避けたいから。ちゃんと加減はする」

「そうしてください。本当に」


 切実に言う私の手には、相変わらず眠ったままのクリスが頬擦りしている。……何だかムカつく。メンタルダメージがないなら頬をつねってやりたいくらいだ。

 そんな私たちの様子をどう思ったのか、アロイス兄さんは楽しそうにこう言った。


「本当にクリスはアリーが好きだね。今夜飲んでた時に、例によってまた派手な女性が声をかけてきて不味いことになりかけたんだけど……君の名前を出したら、クリスはちゃんと踏み留まってくれたんだ。初めてだよ、そんなことは」

「……え……」


 予想外のことに固まってしまう。━━クリスは昔から、女性からの性的な誘いは断れなかったはずなのに。




 幼い頃から血筋や非嫡出子であることを理由に、散々に周囲から見下されてきたクリスは、けれど成長するにつれ、生来の恵まれた容姿に別口で目をつけられるようになった。

 どれほど勉学やスポーツでトップクラスになろうとまともに評価されることはなかったが、年齢よりも大人びた顔立ちと体格、セックスアピールには多くの女性たちが魅了された。そうして、数々の甘い言葉と誘惑がクリスに投げかけられ━━家族以外からの肯定的評価に飢えていた彼は、その全てに溺れていったのである。

 あくまでも性的な方面限定であって、金銭的な害が生じなかったのは幸いではあったものの、そんな関係はどこまでも不健全でしかない。けれどそれがあったがゆえに、地獄の学生時代をトラウマを抱えたまま乗り切れたのもまた事実で……

 今のクリスは、ビジネス界において知らぬ者のないほどの名声を築き上げた。けれど今でも、長年のトラウマは癒やしきれておらず、彼の浮気はまだ不定期に続いている。正確には浮気ではなく、性依存症の一種と言うべきだろう。

 かつてクリスの浮気癖━━に見える現象に耐えきれず逃げ出した私は、ルード家に強制的に保護された時に初めて過去の事情を明かされた。


『……と、説明は聞いてもらったけれど。その上でアリーナさん、あなたがあの子(クリス)と別れたいと言うのなら、私たちは止めるつもりはないわ。私たち家族がクリスを守りきれなかったことで、無関係のアリーナさんをこれ以上傷つけ続けるわけにはいかないもの。だから安心して、ゆっくり考えて答えを出してほしいの。それまでは責任を持って、クリスの手からあなたを守るから。あなたの人生はあなたのものであって、そこに誰を入れるかを決める権利はあなたにしかないのだから』


 と、キャロライン・ルード━━ルード家当主にしてクリスの母である女性は、優しく微笑んでそう言ってくれた。


 結果として私は、クリスを過去とそのトラウマごと受け入れることを決めて、今こうしている。私が彼のもとに戻る条件として、定期的なカウンセリングを受けることを彼に承諾させた上で。

 トラウマの回復には気長に取り組まなくてはいけない。それが分かっているので、クリスの奔放な性関係については過度に重く受け止めすぎないようにしている。それはあくまでも肉体関係だけの話でしかなく、彼が恋人として愛しているのは私ただ一人だけ。その事実は昔も今も変わることはないのだから。

 でもその事実とは別に、彼の傷がいつ癒えるのかは変わらない心配事だった。

 けれど━━




「アリー」


 アロイス兄さんに名を呼ばれ、うつむいていた顔を上げると、目の前にハンカチが差し出された。

 それでようやく、頬に涙が伝っていると気づく。


「……ありがとう、ございます……」

「お礼を言いたいのはこっちだよ。━━本当にありがとう、アリー。クリスの傍にいてくれて」


 優しい声と微笑みに、更に涙が誘われて止まることはなく。


 翌朝、泣いた跡を隠しきれない顔になった私をクリスが見て、ちゃっかり泊まっていったアロイス兄さんに何があったかと詰め寄ることになるのだけれど、それはまた別のお話。




ようやくクリスの背景を明らかにできました。

性依存症が出てきましたが、実際の依存症はこんなんじゃない!おかしい!というご意見もあると思います。

非常にデリケートな問題であり、取り扱いが難しく、当方の調査不足の面も大いにあると思いますので、ご指摘お待ちしております。

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