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ある日の女と男  作者:
3/5

男と女のある日のこと

初のクリス視点。

やたらと背景が重たい彼ですが、アリーがいる日常はそれなりに普通の人。

トラウマもトリガーを引かれなければ問題なし。

 ヨーロッパへの事業進出計画書を作り上げたところで、階下の玄関の鍵が開く音がした。

 入り口の取っ手には指紋認証がついているので、鍵を持っていても許可無しに家に入れるのは二人だけ。当然俺とアリーのことだ。

 仕事部屋を出て階段を下りていくと、愛しい唯一の女の姿が目に入り──


「……アリー。どうしたんだ?」


 彼女は怒っていた。




 家の中に美味しそうなピザの匂いが漂う。

 アリーの怒りの解消法の一つがパンやピザ作りで、どっちも実に美味いから俺としては嬉しい限りだが、彼女の怒りの理由が分からないのはいただけない。俺に対しての怒りは正面から容赦なくぶつけてくる──その姿がまた苛烈に美しくてそそられる──から、今回は該当しないことだけは確かだが。


 他に彼女が怒るとなると、素直に考えれば仕事関係だろう。

 彼女は才能あふれるインテリアデザイナーで、俺と出会ったのは彼女に仕事を依頼することになったのが始まりだった。何事にも最高を旨とする我がホテルに最高のティールームを新設することになり、その内装に関して全米とイギリスから多数のデザイン事務所をピックアップしてコンペ参加を依頼した。結果、コンペに勝利したのがアリーとその事務所だったというわけだ。


 事務所内のトラブルか、クライアントとのごたごたでも起きたか。さて──


「ねえクリス。一つ変な質問をしていいかしら?」


 アリーがそう言ったのは、二人で焼き上がったピザを堪能していた時だった。

 料理後のアリーは長い赤毛をポニーテールにしていて、実年齢の二十七歳より五歳くらい下に見える。それはそれでとても可愛らしく魅力的だが。


「変な質問?」

「ええ。あなたの方から積極的に口説いた女性って、今まで何人いたの?」


 なるほど変な質問だ。とは言えこれほど簡単に答えられるものもない。


「一人だよ。アリー、君だけだ。目で軽く誘うことを口説くというならもっといるけど」

「そうよね、やっぱり私だけよね。分かったわ、これであのクリスの元カノらしき秘書を叩き潰してあげられるわ!」

「は?」


 何やら燃えているアリーもいいがそれはともかく。……つまりまた、俺の過去の女関係が関わってきたということか。いつもながらアリーには申し訳ない。


「具体的に何があったんだ? その秘書が君に無礼なことをしたんだな?」

「私にもクライアントにも無礼よ。要はあの女、私と話す時はことあるごとに『それはそれは情熱的にクリスに口説かれたのよわたし』とか自慢してきて死ぬほどうざいの」


 それは確かに鬱陶しい。しかも大嘘だ。


「ほら、クライアントとのミーティングの予約って、秘書がいればまずそこを通して入れるでしょう? 必要があるから連絡してるのに、そのたびに昔の自慢話だか妄想だかを延々垂れ流すもんだから、私は毎回毎回無駄な時間を浪費させられる羽目になってるわけ。あんまり腹が立ったから、三回目くらいからスマホで録音してその音声ファイルをコピーしてパソコンに保存してるわ」


 立腹してる割に行動はずいぶん冷静だな。流石はアリーと言うべきか。

 だがその後の動きは彼女らしくない。


「それはいいけど、録音データ(そんなもの)があるなら俺に確認するのを待たずに、クライアントなり君の事務所の社長なりに業務妨害の証拠として渡せばよかったんじゃないか? 君はクライアントの利益のために動いてるのに、それを妨害する秘書なんて即日どころか即刻解雇(クビ)案件だろ」

「まあね、そうなんだけど……」


 純粋な疑問を口にすると、何故かアリーの勢いが弱まった。

 どこか神話の女神を思わせる美貌に苦笑が浮かぶ。


「あなたの言う通り、もっと早くそうすることもできた。でも……何故かは分からないけど、あなたに何も確認しないままあの女に処分を下してたら、きっと負けたような気分になってたわ」


 何に負けるのかもよく分からないけど、と言いながらするりと俺の腕の中に入ってきたアリーを抱き締め、そっと背中を撫でてやる。

 いまいち理解できないので、自分がアリーの立場にいたらと仮定して考えてみた。


「……そういうことか。相手がもしも過去に、恋人にとって本当に大切な人だったとしたらと考えれば、恋人に確認せず手を下すのをためらうのは分かる。恋人が事前に知る権利を勝手に奪うことになると思ったんだな」


 こくん、と頭が動いた。

 ……その恋人の俺はかつて、アリーの自由意思と権利を盛大に侵害した挙げ句、逃げた彼女を追いかけて追い詰めて捕まえたことがあるわけだが。もしまた彼女が逃げ出したら、絶対に同じことをしないとは言えない自分が少し悲しい。

 そんな俺でも、俺と別れたり逃げること以外の彼女の権利は、今は尊重できていると思う。以前とは違い、アリーに愛されているという確信により精神的に余裕ができたからだろう。

 できればこのまま……彼女を傷つけることなく生きていけるようになればと、心から望むようになった。兄に言わせればそれはとても大切な進歩なのだそうだけれど。


「……クリス。録音データ、クライアントに渡してもいい?」

「ああ、もちろん」


 嘘つき秘書の運命は決まった。




 それからのアリーはとにかくご機嫌だった。


「ああ……何の問題もなくスムーズに話が通るって素晴らしいことなのね……!」

 

 ……むしろ感動だなこれは。若干壊れてるような気がするあたり、よほどあの秘書の妨害が色々な意味で酷かったのだろう。

 アリーの抱いていた怒りに俺がもっと早く気づければよかった。アリーが良くも悪くも我慢強いことはちゃんと知っているのだから。


 Bccで取引先とホテルのお得意様にあの秘書の件をメールしてから、楽しそうに朝食のオムレツを作るアリーに声をかける。


「アリー。今日は二人で出かけないか? セントラルパークでピクニックをしよう。サンドイッチは俺が作るよ」


 快諾したアリーは、ここ数日のうちでも最高の笑顔をしていた。





クリスの過去の女関係は話が作りやすくていいなあ()

なお仮にも元カノに対してさらっとえっぐいことをしたクリス。金とコネと権力は使うべき時には最大限突っ込めというのがルード家の家訓。嘘です。でもあってもおかしくないなあの家。


お次はそのルード家のお兄ちゃんが登場。


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