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五十二 今

「おはよう、次期部長……」

「ちょっと部長……それどうやって広まったか分かんないですけどやめてくださいよ!」

「良いじゃないか、後輩に愛されてる証拠だろ?」


 そう言って、すぐに俺を追い抜かすと部活を始める準備を始める部長。

 ……あれからまた少し経って、春休みに入った俺たちは相変わらず部活に追われる日々を送っている。


「石金先輩!おはようございます!」


 そうだ、そういえば藤安さんは本当に部活に入って入学前からこうして練習に参加している。

 実際、あの時言っていたマネージャー宣言も嘘なんかではなく、今も部長と今日のタイムスケジュールを確認しているところだ。


「あ、おはようございます拓馬先輩!

 あの、色々と裏方組に回していただきたい話があるんですけど……」

「うん分かった……あの、そういえば何で俺だけ名前呼びになってんの?」

「え、だって皆名前で呼んでるから……」

「俺のフルネーム言える?」

「………………じゃあ、共有するので確認お願いします」


 やっぱり藤安さんは今までにいなかったタイプだ。

 こうして、高いコミュニケーション能力で部活動を円滑に進められるようになった。

 ……彼女がきっかけで俺が次期部長になるとイジられるようになったけど、部長になるなら後輩とはいえ藤安さんが適任な気すらしてくる。


「よし、集まって来てるな。

 それじゃ、さっそく練習始めていくぞ!」


 ――


「よし、今日はここまで!

 お疲れ、また次……明後日な」


 ……ようやく、部活が終わった。

 最近はしっかり体力もつけてきたとはいえ、それと比例するように練習時間は増え、内容も濃くなっている。

 疲れないで帰れる日なんて、最近はほとんどない。


 昼頃、部活を始めた時には日差しが眩しくて閉じていたカーテンを開く。

 ザー……ザー……。

 そこで気づいた、雨の音。

 やば、今日は傘持ってきてないな。


「……有生、早く帰ろうぜ」

「ごめん、傘忘れちゃった」

「マジかよ、天気予報は雨だったぞ。

 ……俺は折り畳みだからなぁ」

「大丈夫、母さんに迎えにきてもらう。

 最悪……まあ、走って帰るわ」


 こんな雨の日、それに北海道は春でもまだまだ寒い。

 きっと、走って帰ることになったら風邪ひいちゃうだろうなぁ……そんなことを思っていたらお母さんから迎えに行くよ、とメッセージが来る。

 良かった、とりあえず一安心だ。


「あ、石金くん。

 また、次の部活でね」

「うん、ってちょっと待って!」


 成島さんも俺と同じような状況だったらしい。

 濡れそうな頭を鞄という貧弱な防御力なもの一つで守りながら帰ろうとしていたようだ。

 俺の車に一緒にどうかと聞くと、少しの間申し訳なさに揺らいだようだったが、それにしても魅力的な提案だったようで、俺の隣に並ぶ。


「雨……どんどん強くなってるね」

「うーん、俺天気予報とか普段見ないからなぁ」


 更に勢いを強めながら落下する雨粒。

 混ざる桜の花がどこか幻想的で、色々話したいこともあるけれど、つい目の前の景色に意識を奪われる。

 そこに飽きが生じて、話し始めたのはついさっきのことだった。


「……部活、最近皆凄い気合いだよね」

「うん、石金くんだって勿論そうでしょ?」

「いやぁ、色々複雑だよね……」


 実際、部長がいなくなることだって仕方ないとは分かってるけど、やっぱり納得できていない。

 ……というより、消化できていない。

 それだけじゃない、何だか自分の中で今までより大きく良くなった部分が見当たらないこと、台本も芸術フェス以上に魅力的なものが、未だに完成できていないこと。

 こうして、何かにがむしゃらに取り組んでいるうちはそんな悩みが数個くらいは付き纏ってくるものだ。


「だよね!?」

「え?……うん」


 こういうと変かもしれないが、何となく励まされるのかな……なんて予想をしていた。

 まさか、共感が飛んでくるとは思っていなくて驚いてしまう。


「いや、良かった。

 私だけじゃないんだぁ……最近、不安だったから」

「……不安っていうのは?」

「楽しすぎて、ここ最近。

 ……勿論、それが故に頑張りすぎで空回り……なんてこともあったりするけどね」


 楽しすぎて……か。

 確かに、そうなのかもな。

 俺は、俺が初めてステージに上げられたあの時。

 芸術フェスで伊川高校とぶつかったあの時。

 とにかく、これまでの一瞬にも思える数ヶ月が楽しくて仕方なかったのかもしれない。


「私ね、今が一番幸せ。

 何にも話せる人がいなくて、自分が何をやれば良いのか全然わからなくて。

 そんな頃もあったけど、今は胸を張って演劇をやってるってそう言える。

 ……ちょっと恥ずかしいけど、それはやっぱり石金くんのお陰だよ!」


 成島さんは、初めて見た時あんなにミステリアスに見えて不思議な魅力があるってそう思った。

 少し笑ってしまう、あの時の俺に言ってやりたい。

 成島さんは、思ったよりちゃんと意見を言うし感情豊かだし、ちゃんと向き合って喋ってくれるって。


「……俺も、皆のお陰なんだ。

 今こうして、演劇できているのは」

「そう思ってくれてるなら……嬉しい」

「そこにはやっぱり部長もいて……あと一年なんて考えたくない」


 つい吐露した、相変わらず答えのない問い。

 誰に相談しても、結局解決することはないのにそれでも言ってしまう。


「……まだ、一年あるよ」

「まだ?」

「そう、これから沢山……勿論休みだってあるし合わないことだっていっぱいあるかもしれないけど。

 それでも部活があれば嫌でも顔を合わせるし沢山話すチャンスはあるんだよ。

 それこそ、三桁超えるくらいの日数は顔を見合わせるんだから。

 だから、ね……その中で思い出作っていこう?」


 長いようで短いそんな時間の流れ。

 俺は今の演劇部が愛おしくて仕方なくて、それでも盛者必衰なんて言葉が未だに受け継がれるくらいには、今の状況だって、いずれは変わってしまう。

 だけど、それなら……せめて今くらいはその状況に必死にしがみついても良いはずだ。


 あと百と数ページ、どれくらいのエピソードが生まれるのか俺には分からないけれど。

 それでも、俺たちのこの一年間は台本として成り立つくらい濃くて、面白いものに出来るだろうか。


 少なくとも、俺は今日……この雨の日を忘れることはないような気がしていた。

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