五 強引な先輩
今日の三時間目は体育だ。
目の前では他のクラスメイトたちが、バスケの試合を繰り広げていた。
うちの高校……特に体育は割と緩い傾向にある。
テストの時とか、特別なタイミング以外は練習が終わればこうして、ダラダラ試合を見るだけの時間を過ごすこともまあまあある。
俺は特別運動ができる方ではないし、好きということもないため、こんな時は大抵体育館の端っこで体育座りをしていることが多い。
今は俺にとっての休憩時間のようなものだ。
「よお、石金」
と、突然そう言いながら俺の隣に座ってきたのはまあまあの顔見知りだった。
「げ、部長……」
「部長って呼ぶな、お前帰宅部だろうが」
そう、その正体は演劇部部長。
小浜祭という名前の三年生だ。
俺にとって、数少ない異性の知り合いである。
「この前さ、成島恭子は逸材だって話したじゃん」
「あー、はい……確かにしましたね」
「小耳に挟んだんだけどよ、最近仲良いらしいじゃん」
……全く、この人は相変わらず耳が早い。
そういえば、当たり前みたいに先輩がここに座っていること自体が相当違和感なのだが、いつも通りの時間割りで進むと二年生と体育の授業が被っているタイミングがある。
この人はそういうタイミングを見計らって俺のところに遊びに来るというわけだ。
そして、そういう時には必ず言ってくることがある。
「ちなみにさ、成島恭子はどんなやつだった?」
「成島さん……は、俺以上に演劇詳しいですよ」
「…………はぁ!!??」
あまりにでかい声に、流石にクラスメイトたちも一度こちらに視線を向ける。
へへ、と苦笑いする部長をジト目で見ながら話を更に展開していく。
「成島さん、俺の持ってない映像作品とか貸してくれたりしますし……」
「マジかよ、そんなことってあり得るのか?
……まあ、じゃあ尚更都合いいじゃねえか」
「言っときますけど、成島さんは色々厳しいかもですよ」
……成島さんは自分で演じるのとかどう思っているんだろうか。
何となく、人一倍緊張してしまいそうな気がする。
「あ?……まあそれもあるけど、ちげえよ。
石金、お前が演劇部入れ。
成島恭子は、入りたいなら勿論ウェルカムだがな」
「え、結局その話ですか?
もう百回は断ってると思うんですが」
「断られてるからまた誘ってるんだろうが」
この人が毎回言ってくること、というか多分ここまでわざわざやってくる理由……それが、俺の勧誘だ。
まあ、俺は演劇が誰よりも好きな自信はあるしそれなりに知識も有しているとは思う。
だけど、ここまで誘ってもらえるほどの逸材かと言われれば首を横にふらざるを得ない。
「じゃあもう一回、お断りさせていただきます」
「…………なぁ、石金。
お前さ、演劇部に入らないか?」
「あの、俺の言ったこと無視しないでください」
部長は急に覆い被さろうとしてくる。
結構長い付き合いだ、俺もこういう時彼女が関節技を決めようとすることは知っていた。
急いで、二本伸びてきた腕を受け止める。
「なあ、頼むから入ってくれ。
いや、先輩命令だ入れ!」
「先輩命令ってなんですか!
この学校は部活の参加とか自由なはずですよ」
「お前は唯一の例外だ!」
はぁ、はぁ。
数分格闘して、ようやく難を逃れた。
「……なぁ、なんで入らないんだ?
好きなんだろ、演劇」
「好きですけど、それは見る方です。
勿論、それを作っている先輩方とかプロの方たちにはリスペクトを送っているつもりですが」
「はぁ、わかるだろ……うちの演劇部……微妙なの」
まあ、正直に言って特別成績を残すことは多分ないのだろうなとは思う。
それこそ、部長は凄いと思うがそれ以外の部員のやる気には正直期待できない部分も多い。
「……先輩はそれが俺でどうにかなると思ってます?」
「思ってるよ、だから誘った。
演劇部は私一強だ、意見すればすんなり通る。
石金みたいに生意気に意見してくるやつはいない」
だろうな、誰も部長には勝てないと思っているだろう。
成島さんとはまた違う、神格化というやつだ。
「石金、お前なら役者も裏方の仕事も基本できるだろ。
それに、私たちの演劇台本も全部頭に入ってる。
その上で思っていることもあるはずだ」
「俺はあくまで客の立場なんで。
別にあの部活私物化したいわけじゃないですから」
「……そんなこともよく分かってる」
部長の声も少し寂しげだ。
……それでも、俺は意見を変えない。
頑固なのかもしれないが、演劇のことで俺は嘘をつけないのだ。
「分かったよ。
じゃあせめて、成島恭子……成島に会わせろ」
「ああ、俺は最初からそっちの用事だと思ってました」
「未だに、お前が第一優先だよ。
ただ成島がいれば、格段に演劇部は魅力を増すだろう」
もうあえて反論することもしない。
実際、演劇部に成島さんが入ることが万が一にでもあれば非常に魅力的な部活動になることだろう。
「そこに関しては同意です。
……とにかく、俺のことは諦めてくれて良かった」
「諦める?馬鹿なこと言うんじゃねえよ」
部長は立ち上がる、俺のことを舐め回すように見る。
まるで何かの挑発のようだ。
「今は……成島を入れて士気を高める。
勿論、成島だって私たちにとっちゃ逸材だ。
だが、それでは完全に完成することはない」
「と、いうと?
またその後俺を勧誘するってことですか?」
「いや、とりあえず目標を変える。
今はお前が自ら入りたくなるように劇の魅力を少しでも上げてやるよ。
……次の公演会、石金なら見にくるんだろ?」
こういう時、用事があるからいけないとかそんなことを言ってみれば簡単なのかもしれない。
けど、繰り返して言うが俺は演劇に関しては嘘をつくことができないし、あえて見ない真似はしたくないのだ。
「勿論、行きますよ」
「だったら、そこが勝負だなぁ!
待っとけ、待っとけよ石金〜!」
何だか凄い気合いを入れている部長。
その熱量は今までにないくらい凄まじい。
「それで、成島さんにはどう交渉するんですか?」
「え、そりゃあ勿論石金に紹介してもらって……」
「俺を勧誘する作戦に、俺を使うって……まあ本人がどう思うかは分からないですけど、聞くくらいはやります」
「さすが!……成島ってマジで可愛いよな。
もしかして、いい匂いとかすんのかな……」
ちなみに部長は綺麗な人と話すのが苦手だ。
今も思春期男子みたいなリアクションをとっているのが何よりもの証拠になるだろう。
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