四十七 結局家族
「あー……終わったぁ……」
ようやく降りた舞台幕に、急いで袖に捌ける。
二年生の先輩たちに偉そうに演技指導をしたりしていたが、俺にとってこれは人生初の舞台なのだ。
ちゃんと緊張もしてしまったし、気が張って体力もギリギリになってしまった。
……だけど、やっぱり楽しかった。
「お疲れ、石金」
そうして、舞台から降りてくる俺を迎えてくれる部長。
袖に座り込んで、息を切らしている純や成島さん。
俺たちの中での全力投球をとりあえず完遂することは出来たんだなと安堵感を覚える。
「お疲れ様です……部長。
今回の演劇、伊川高校に勝てた……というか全国に通用するレベルだったと思いますか?」
「……分からない、勿論ここからレベルは上げて行かないととんでもなく高い壁にまた心を折られるかもしれないし、単にさらに上を目指せる感覚もある。
だけどまあ、これまでの調貫の演劇だったらキッパリ無理だろうって、そう言ってたよ」
「……です、かね」
俺たちにとっては重大な一歩。
少なくとも自分たちの演劇を認めることが出来た。
舞台の向こうにいたお客さんたちの顔は確かに俺たちのことをずっと追っていて。
今もこうして、あの時のドキドキが止まりはしない。
「……今回は……石金の為みたいなところもあるんだ。
ほら、今日はまだまだやることあんだろ?
やれることはやったんだから、後はお前次第だぞ」
部長も、他の皆と同じで座り込みたいくらい疲れているはずなのに、それでもこうして目線を合わせて……先輩としてちゃんと送り出してくれる。
「……あの、皆ありがとうございます!
俺の思い描いていた演劇の台本は確かにこの部員たちだから形になって、思い描いてた以上のものになった。
俺が、俺が……!
俺が台本、これからも書きます。
どうかまた、力を貸してください!」
「石金くん……皆、お願いしようって思ってたよ。
合宿の最終日、石金くんが寝ちゃって皆で台本読んだあの時から。
もう、この人に任せるしかないって……」
成島さんの言葉に皆が頷く。
俺は、その言葉が嬉しくてそれが身体にも現れて今にも動き出さなきゃ爆発してしまいそうなくらいで。
「それじゃ、行ってきます!」
「石金……次の部活は月曜日の朝な。絶対遅れるなよ」
「はい……お疲れ様でした」
こうして、皆と別れて着替えを済まし何度もメッセージを送り合う。
「あ、いたいた!
ごめん、ここら辺広くて……結局適当に歩き回って見つけちゃったよ」
そう、会う約束をしていたのはお母さんだ。
そのほとんどを演技に集中していて、いるかの確認は一瞬だけしか出来なかったけど、それでもその姿を確認することが出来て、安心した。
「どうかな……面白かった?」
「うん、どうなるのかハラハラしちゃった……!
あれって、有生が作った脚本なんでしょ?
お母さん、びっくりしちゃったよ」
こうして、外で会うお母さんの様子はやっぱり普段と変わらない。
何だか、日常に帰って来れたような気分になって少しだけ落ち着くことができる。
……周りをキョロキョロと見渡してみた。
「……お爺ちゃん、今タバコ休憩してるんだ」
「あ、そうなんだ。
お母さん一人だったから、どうしたのかなって思って」
「改めて……会う?」
これはお母さん、お爺ちゃん。
二人にとっての気遣いみたいなものなんだろうと思う。
俺にとって、最大のトラウマと化しているお父さん。
お爺ちゃんを見れば、少しだけその影を思い出す。
……けど。
「うん、会いたいよ……どうしても」
俺にとって、お爺ちゃんは特別で。
血は繋がっていても、あの人とは確かな別人で。
俺に演劇を、面白いと思える人生を与えてくれたのはやっぱりお爺ちゃんだったから。
俺の作品……どう思っているのかな。
どうしても聞いてみたい……そんな好奇心が何よりも心を支配している。
「じゃあ、呼ぶね。
……あ、お父さん……今ね……うん。
そうそう、さっきのところまで戻ってくれば……はい。
じゃあ、待ってるからね……有生も……うん」
俺たちは、ベンチに腰掛ける。
この少しの間、会話が無かったのは俺に少しでも考える時間を与えようというお母さんなりの気遣いなのかもしれない。
実際、その時間で話したいことが構築されていく。
「……有生」
その声、聞いたのはいつぶりだろうか。
皺が増えて、少しだけ歳を取ったのを感じるけど。
やっぱり目の前にいるのはお爺ちゃんだ。
「久しぶり!」
「……久しぶり、招待してくれてありがとうな。
それで……それでな……」
「お爺ちゃん、俺の作品見てくれた?」
「……え?」
お爺ちゃんと話したいこと。
そんなのは演劇に決まっている。
お爺ちゃんと俺は常に演劇で繋がっているのだから。
時にはほとんど喋らないで、演劇のビデオを見続けるだけの一日もあった。
だから、今もその話がしたい。
「……あの作品、良かったよ。
皆、感情表現が豊富でなぁ……シナリオにも感嘆させられてしまった。
久しぶりに、あんな直近で演劇を見たがここまで良いものだったのか……そんな風に昔を思い出した」
「そっか……良かったぁ。
お爺ちゃん唸らせられる作品、作れたんだ」
「……ああ。本当に、感動……したよ」
お爺ちゃんは頭に優しく手を置く。
昔から口下手で、でもあの頃からよくこの仕草をしてくれていたことを思い出す。
「……あのさ、俺……一番の演劇部作るから。
もっともっと、面白い台本も書くから。
だからもし……全国行く機会あったら見に来てよ」
「そうか……俺も演劇本気でやっててな。
それでも、一番になることなんかできなかったよ。
……託して……良いのかな」
「うん、勿論だ。
俺だけじゃない、皆凄かったの見たでしょ?」
「そうだったなぁ……」
もっと、話したいことがあったけど。
お母さんに話を遮られる。
「有生、そういえばほら……まだ話さないといけない人いるんでしょ?
お母さんたちここで待ってるから。
早く行ったほうがいいんじゃない?」
「……あ、そうだ。
ごめん、ちょっとだけ待ってて」
俺は、思い出した目的に向けて再び歩き出す。
お爺ちゃんに話したいこと、まだいっぱいある。
でも、これからは沢山話ができるんだ。
「……有生……大きくなったな」
「でしょう、長らく会ってなかったですもんね」
「俺はさ、ジジイになると涙腺が緩くなるって。
あれ嘘だと思ってたんだよな。
けど、今日のこれは仕方ないよな」
「ええ、そう……ですね」
「……すまんな、色々と。
あんたにだって、息子が沢山迷惑かけちまって」
「ええ……でもね。
最近まで、息子は私に気遣って全然演劇の話とかしないようにしてたんです。
……部活入ったって知ったのも最近で。
それでも、たまにお爺ちゃんの話はしちゃうんです」
「うん……うん……」
「あの子は、お爺ちゃんっ子なんですよ。
本当……嫉妬しちゃうくらい。
だから、あの子のこと……ちゃんと見守ってあげて」
「ああ……そうだな。
まだ、くたばることは出来なそうだ……」
皺の形に沿うように流れる涙には、確かな年季が籠っていて、これまでの出来事を溶かすかのように温かい。




