四十四 成島恭子は
「でも、先生と同じ教室だった先輩って怪しいんじゃないですか?」
「……なるほど?」
話し合いは更に進んでいく。
人間心理的に、どうしても友人や知り合いは疑いづらいし疑いたくない。
そこに、一応は理由づけなんかもあったりして最初に疑われるのは、唯一一つ上の学年という立場である元木であった。
「僕が怪しいというんなら、考えはあるよ。
全員、スマホやその他の持ち物を確認し合おう。
そうやって、情報を隅々まで出し合った後でまだ僕が怪しいというんだったら、拘束してどこかに放っといてくれて構わない。
……そちらの方が潔白の証明にもなりそうだ」
その言葉に、否定の言葉は上がらない。
なぜなら、元木を疑う理由はそれほどないから。
疑いがあるのではなく、疑いたいだけ。
だったら、自分たちの疑いを晴らせて友達も大丈夫なんだと安心出来るこの方法は断る理由がない。
それで見つからなければ元木自身が拘束しても良いと許可してくれているのだ。
罪悪感も、多少は薄まる。
「……どうしたの、恭子?」
しかし、スマホを見せたがらずに黙ってそこに座っている人間がいる。
……それが、成島だった。
身体は大きく震えて、下唇を噛んだように……ここではスマホを見せた方が安心なのに、何故かそれをしようとしない。
「……ごめん、ちょっと見せて」
「あっ、何で……!」
祭は、成島のスマホを奪い取る。
彼女たちは親友同士、何個か思いつく中で成島自身の誕生日を打ち込んだ瞬間、スマホが開く。
……そのメッセージの内容に驚く全員。
「ねぇ、恭子……何でこんなに先生と連絡取り合ってるのよ……!」
「え、成島さんは先生のこと……好き……だったの?」
「……待てよ、成島がそんなことするわけないだろ」
そう、そこに残されていたのは被害者である先生と成島のやり取りの履歴。
恋愛が示唆されている内容も多く、一気に疑いの目が成島に向く。
……そんな佳境のシーン。急に思い出したのは、あの日成島に呼び出された時のことだった。
「一番分かりやすいのは自分にとっての憧れから武器を模倣することだ」
「憧れ……じゃあ、一人だけ」
あの日、成島の相談で石金や祭に追いつくために武器を作ろうという話になった。
そんな中で、成島が憧れで上げた人物がいた。
「お、やっぱりいるのか……言ってごらん」
「はい、玉村雅博という役者さんなんですけど……」
……これまた、渋いなぁ。
こういう時って、女性だったら女優さんを上げそうなものなのだが、まあそれだけ好きということなのだろう。
にしても、玉村雅博か。
「負の感情、つまり怒りや悲しみに対するアプローチが特徴的な、人間臭さが良い俳優さんだよな。
うん……その人が憧れだと言うなら、好きなアプローチでその人の得意をものにしてみな」
そういえば、私にだって役者を目指していた過去があることを思い出す。
……今こうやって、目の前で青春の一ページを見ているから当てられたのかもしれない。
「六倉ちゃんってさ、凄い綺麗だよね。
それでスッピンって本当なの!?」
「えー、肌も白くて綺麗で良いなぁ……。
なれそうじゃない……女優さんとか」
そんな言葉が嬉しくて、気づけば女優という職業を目指し始めていた。
高校に入ったらすぐに演劇部に入って、こんな逸材はそういないぞと褒められた。
……けど、最初に与えられた役は確か序盤で出番が終わってしまうような少女で。
人数が多い演劇部で、その度行われるオーディションに何度挑戦しても落とされ続けて。
気づけば、演劇部を辞めていた。
あの時はヘラヘラ笑って他の部の勧誘も交わしていたけれど、もう何もやる気が起きなかった。
今にして思う。
私は思ったより普通の人間だ。
仮に皆が言うように綺麗な顔つきだったのだとしても。
それを加味してもきっと普通。
私も顔が良ければ、もっとイージーモードな人生歩めてたのになぁ……は?……馬鹿にすんな。
上手くいってるやつは皆、当たり前に何かに必死になっていたよ。
その中で、勝手に自分の魅力を見出していたよ。
テレビで昨日まで普通だと思っていた誰かを急に好きになって、ファンになってしまうことなんてよくある。
それが声だけでも、何なら文章だけでも。
人間は思っていたよりも簡単に魅力に取り込まれる。
恐ろしくて仕方ないよ。
私自身、何とかこうして教師になって。
今こうやって生徒に好かれようと躍起になって、未だに悩みの中で、全力投球で生き続けているのは。
……きっとあの時みたいにオーディションで落ちて隣で汗水垂らして、誰よりも動いていたやつが選ばれていることを知っているから。
私が、努力以外で勝ち上がる手段を知らないから。
成島……お前を初めて見た時、本当に綺麗な人だと。
心からそう思ったよ。
でもこうして過ごしていく中で、友達ができなくて寂しそうにしていて、石金っていう趣味が合いそうな人がいるって嬉しそうに話してきて、演劇部の輪の中で取り組んでいる姿は楽しそうで、二人を超えたいって私に真剣な目で訴えてきたお前は、誰よりも普通の人間だった。
だったらとにかくやってやれ。
声が枯れそうで、身体もくたくたで。
もうやりたくないって心が折れそうになっても。
一瞬、重なったんだ。
誰よりも練習している成島が、昔私が負けて役をもらっていたあの頃の仲間たちに。
……ああ、もっと頑張ってみれば良かったかな。
成島、先生と同じように後悔なんてするなよ。
誰よりも努力してきたお前は、最高にカッコよくて良い武器を握りしめている。
だから後は……叫べ!
「うるさああああああああああい!!!」
何度も反響する、成島の叫び声。
観客はこの瞬間だけ、確かに成島のことを見ている。
「そうだよ、私は先生のことが好きだったの!
でもだから何!?……ああ、そう疑われるのが怖くて言えなかったの!
けど、本当に私は何もやってない!!
絶対この先輩に決まってる……そうでしょ!ねぇ!!」
成島は遂に膝から崩れ落ちた、もう言い逃れは出来なさそうだ。
ああ、皆成島のことを見てる……そうだ、そうだぞ。
お前が用意した特大の武器は今こうして皆の視線を釘付けにして、とんでもない演技をやるやつがいると心の中にずっしりと残り続けている。
見ろ、何度でも見ろ……!
これが私の最愛で、一番可愛い教え子の一人。
成島恭子……まさにその人だ!
成島の叫ぶような言い訳の中、照明は一気に落ちる。




