四十三 常識という歯車
「それじゃ、先生……行ってきます……!」
そう言って、成島は怪物が集まるあの演劇部の中に混ざっていく。
……まるで、上京していく娘を見送るかのような寂しさを心で覚えてしまうのは、先生としての公平性に欠ける気がして、そのまま閉まっておくことにした。
私は皆の輪から外れて、一般の席に着く。
舞台袖じゃない、ここから見る景色が演劇にとっての全てだ。
私は顧問として、この景色からの感想を部員達に伝える義務がある。
……何となく、自分の中にここで見たいという我儘が生まれてしまったのも嘘ではないのだが。
「ほら、お爺ちゃん……ここ座って」
「ああ…………楽しみだな」
「……うん、そうだね」
そんな親子らしき人たちの掛け合いを最後に周りはほとんどの光を失った。
さっきの伊川高校、とんでもない演劇を見せた。
正直、私の可愛い部員達にプレッシャーを与えやがって……なんて不満がほとんどだけど、それでも今来ているお客さん達は、これ以上凄い演劇を見逃したくないと例年より、かなり集まっているらしい。
……そのことについては、少し感謝したい。
さて、ようやく始まるのだ。
伊川高校や部員達の親御さん、それらの視線を浴びながら行われる、祭が求めた最高の状態の調貫高校演劇部……その初公演が。
演目……「満月の光が届く前に」
始まりは冬休み中の学校。
普段よりは少ないものの、休みの時期とはいえそれなりに生徒達は集まる。
とはいえお盆が近かったこと、学校自体が結構な田舎のこともあって、今日学校に集まったのはたったの六人だけであった。
「はい、それじゃ今日も補習終わり!
……お疲れ様」
教師の遠藤先生……演じているのは二年の高橋。
ここからは頭で整理しやすいよう役者の苗字で補完していくことにする。
高橋先生の言葉を聞いて、ようやく終わっらしい補習授業に体を伸ばす男子二人。
「いやー、今日も大変だったなぁ……」
そんな呑気なことを言っている生徒が石金、それに答えるのが白川……つまりは純。
二人は普段通りの友人としてのテンポで会話を進めていく。
「お前、ちょっと寝てたじゃん」
「っ、先生に聞かれたらどうすんだよ!
多分バレてないんだから辞めてくれ……」
「……そういえばさ、今日小浜来てるらしいじゃん。
一緒に帰ったりしないのかぁ?」
「おい!……それ言ったら成島さんも来てるだろ。
お前好きって言ってたじゃん!」
「成島のこと言うんじゃねぇよ!」
こんな感じで高校生らしく戯れ合う二人。
高校生にとって、こういった学校が終わった後の放課後はつい長話なんかをしてしまうことがある。
さて、彼らが話しているうちに時計の長針は一周ぐるりと回る。
一時間も話し込んでしまった彼らはようやく帰ることを決意するのだが……。
「よ、二人とも。
ちょっと悪いニュースあるんだけど」
「ふ、二人とも……残ってたんだね」
そこに現れたのがさっき話題に上がった小浜と成島。
「悪いニュース?言ってみろよ」
「外……凄い吹雪でしょ。
どうやら、閉じ込められちゃったらしいよ」
外の猛吹雪にさっき言っていた六人。
今集まっている四人に加えてさっきの高橋先生。
それから先輩に当たる元木という男が囚われた。
ここまで話すのは、それだけ重要な情報だからだ。
先生に相談してみた結果、学校から外に出るのは危険ということで一夜をここで過ごそうという結論になった。
幸い、学校には非常食もあったし数日過ごす分には問題も無さそうだ。
「……本当に、携帯も通じないんだな」
「ああ、生まれて初めてだよ。
こうして災害に思いっきり直面するのは」
「やっぱり、ニュースになってたりするのかな……」
二人ずつ、教室の一部屋で過ごすことにした一行。
石金は、勿論親友の白川と共に過ごす。
吹雪に閉じ込められるという特殊な状況に不安はありながらも、結局……眠りについた。
「うわああああああああああああああああああ!!」
そんな絶叫に目が覚める。
急いで廊下に出て、絶叫がした方を見た瞬間……石金は口を塞ぐ。
何と、昨日まで元気に過ごしていたはずの高橋先生が倒れていたのだ。
赤い照明に照らされている、そんな状況。
観客は……悲惨なことが起こってしまったと理解させられた。
ようやく、物語は序章を終えたのである。
次のシーンに映った頃には全員が一つの教室に集められていた。
当たり前のことだが皆、暗い表情を覗かせている。
ここから、とりあえず話し合いをするしかない。
この中に、先生を手にかけた……そんな奴がいるかもしれないという状況の中で。
「あの……皆はどうしたい?」
成島の言葉に、全員が少し悩むような動作を見せた後、ようやく手を上げたのは二年の元木だった。
「これって勿論、この中にいるんだよな……犯人」
「信じたくはないけど、多分いる」
元木以外は全員が知り合い……それどころか友人という関係性だ。
石金と白川に関して言えば、好きな人までいるという始末……そう簡単に犯人がいるとは言いたくない。
しかし、高橋先生が被害に遭ったのも確かな事実であり、その事実は確かに重くのしかかる。
「あの、ちょっといいか?」
その時、白川が話し合いに割って入ってくる。
その深刻ながらも、周りを見渡すその表情には確かに覚悟が宿っているようだ。
「……あのさ、俺……実は昨日寝ていないんだ。
何か、不安だったていうか……こんなことを言うのも恥ずかしいんだけど……怖くてさ」
「ちょっと待って、もしかして犯人見たとか!?」
「じゃないんだけど……それってさ、石金が動いたら分かるってことじゃん。
一緒の部屋なんだから……」
全員が驚いたように石金と白川の顔を交互に見る。
そう、これは別に協力者じゃない限りはあえて嘘をつく理由なんて存在しない。
あえて犯人候補を減らすなんて、白川にとってはむしろ不利に働くくらいだろう。
……つまり、これは本当の証言である可能性が高い。
「つまり……石金くんは犯人である可能性が低い。
一旦、白だと思っても良いってことか?」
このセリフ、いや更に言えばタイトルだったり少し前の状況から、そろそろ皆の頭にとある考えがよぎる。
これはもしかして、人狼ゲームをベースに構成しているのではないかと。
そうすると、さっきまで難解に見えたはずの話し合いがどんどん頭で置き換えられ整理される。
白川は、占い師のようなものなのか?とか。
石金は人狼ゲームで言えば村側である可能性が高いのか?とか。
こうして、お客さんが知識として持っていた人狼ゲームという常識が、この話を面白くし始めた。
ようやく、石金の仕掛けが動き始めたのである。




